329:鍛冶場のてつだい2

 

「そんなパタパタ走ってたら、マントの裾が溶けちまうぞお。……溶けてねえ!?」

レナがあちこち動くたびにひらひらしていたマントを横目で見たドワーフ王が、あんぐり口を開く。

舞った灰のことを注意しようとしていた声も、喉の奥にひっ込んでしまった。

レナはというと、内心大荒れだった。

(あのねレナ、幸運付与されちゃったよ。マグマに……)
(マグマに!?)
(あとオリハルコンにも)
(そっちがついでのように言わないでくださいよ。大ごとですよ)
(マグマにってのが珍しすぎたからさあ。幸運なマグマって何……? ちょっと分からないな。すごい、魔眼を持ってしてもよくわからない。ちなみに灰にもね)
(もうなんでもありすぎて……)
(少々舞っている灰も、高級金属の粉末だから、普通のホコリと違って影響されたんだな。ちなみに灰を吸い込んでも大丈夫なようにドワーフ族の鼻毛はみっちりとしている)
(別に知らなくても良かったかな!?)
(レナについては、その仮面がいいガードしてるよね)

かつて、スチュアート邸で悪党撃退大作戦をしたときの【マスカレイドマスク】。あやしげな装飾が彫られた仮面の向こう側で、レナはすうっと目を細めてみせた。

目を合わせて、呼吸を止めて一秒で、レナとルーカはこの会話量をこなしている。
幸運が付与されたことについては何の解決もしていないけど、状況共有は大事!

(関わるものみんなに影響を与えちゃうの、どうにかならないかなぁ?)
([異世界人]の称号をセットしていると、レナの能力が強化されることが、幸運微拡散となってるんだろう)

レナが強化するのは従魔だけでいいし、友達が幸運になってくれるのは自分の素朴な手助けであったほうが嬉しいのにな、とレナは思う。
けれどまあ、世の中思い通りにはならないものだ。
思い通りにはならないんだよ!
忘れかけてたけど!
▽レナたちは気を引き締め直した。

誰彼かまわず幸運にしてしまうなんて、レナが有益すぎる。さらわれたりしないように気をつけないと、と異世界ラナシュにやってきてすぐのことを回想する。

(あーーー。ルーカさんと感覚共有してると、たくさん考えすぎちゃいますねー)
([異世界人]の称号効果で思考速度も上がっている気がするんだよねぇ)

なぜ、レナが称号を使っているのかといえば。

「金属の声がこういってるんだよお。レナさん抱っこしてえ!って……いいなあ……だからそういう力、持ってるんだろう? 出し惜しみしないでくれやあ」

……とドワーフ王に言われたからだ。

ここまでばれているなら、異世界人の称号を隠すことは難しいと判断した。
舞台:赤の女王様の稽古でたまたま手に入れた異世界人の称号を使うことにしたのだ。(という建前で通した)

レナは、鍛治用のペンチなど、言われたとおりに次々渡す。
ドワーフ王がぼそぼそとぼやくように口を動かす。

「こいつらをやすやすと持つなんて、相当な力持ちだなあ」

レナが細腕で苦もなく渡しているペンチだが、ドワーフ王が受け取るときには、腕の筋肉がムクリと盛り上がるほど力を込めなくてはならなかった。

「レナさんよー。実は小さな巨人族だったりしないのか?」

なんと返答しようかレナが迷った時だ。

「巨人族と聞いて!」

▽魔王ドグマがやってきた!

「ヒト族ですわ」

めんどくさいことになる前に、ぴしゃりとレナが否定する。

今はそういう絡みをしている場合ではないのだ!
魔王の奥様談義はいつだって、正直長い。新しいエピソードが生まれることがないので、同じ昔話を延々と会うたびに聞いている。

魔王の足音が騒がしいので。

「おすわり」

レナが強めにお叱りすると、魔王は反射的にぴたりと止まり、用意されていたイスに座った。

工房で魔王が暴れる前にどうやって鎮めようかとあせっていた参謀の爺は、こぼれ落ちそうなほど目を見開いている。

「魔物使いとはこのような存在であったかの……!」

▽違うんだなあ……

どちらかと言えば、魔王が幼い姿になってしまった事件の時、はしゃぎまくったドグマくんにレナオカンがお説教したことが効いている。あれ以降、レナに叱られると、耳を傾ける習性がついた。
あれも他言厳禁なのでわざわざ言わないけれど。
誤解が……広がっていく……。

(これはもう舞台で軌道修正するしかないなあ)と、レナは遠い目で考えた。
ルーカが笑いを堪えている。

そしてレナは分厚い手袋をすると、使用済みのペンチを受け取って、新しい工具を渡す。
マグマに浸けられたペンチの先端は、煌々と赤く燃えている。

▽ペンチに 幸運が付与されました。+1
(もーーーーー!)

黒紫の魔眼で視たレナは、地団駄を踏みたいところをこらえた。
ステップを踏んでしまってドワーフ王を驚かせた。

レナたちの作業が意外にも滞りなく進む中、オズワルドがガルボに一歩近づいた。
はらはらと親の背中を見守っていたガルボは、ぎょっ横を見る。

「すいません。父が、こういう感じで……」
「え!? いえいえいえ、うちなんて鉱石にモエるデレデレオヤジで、情けないとこばっか見せてすみませんすみません〜!」

個性的な親がいる子供らは、苦労する。
そんな子供らを配慮するわけでなく、親は親自身のために手元の仕事に向き合っている。憎まれ口を叩きながらも、そんな大きな背中を、子供らはじっと見ている。

親が自分に一生懸命だということは、子供らが自由であるということでもあるから。親元を離れた今だからこそ、クリアな視点で、親のすごさを見ることができる。

「あーこいつ重いんだよなあ。魔王さんよ、せっかくいるならアンタもやってくれ」
「いいだろう!!(小声)」

魔王はズバッと素早く立ち上がると、部屋の中央を越えた。

その瞬間なにか察したのか、足音が聞こえないほど動きが静かになり、さっきまでブンブンと揺れていたしっぽもすんなりとおさまって、雰囲気が変わる。
腕まくりをすると、肘の少し下あたりに、細いブレスレットが数種類はめられていて、(華美な装飾をいやがる父様はシンプルなアクセサリで気温調整など付与魔法を使っているんだっけ……)とオズワルドが思い出した。

魔王が、鉱石がたくさん入った箱を持ち上げる。
ハンマーをくり抜いたような重厚な杓子の中に、かけら一つこぼすことなく入れた。

まさかこんなに繊細な仕事を魔王ができるとは……。爺が思わず自分のひげを撫でて、鼻息を漏らした。

「魔王様、すごいですね」
「あのひとの本能は魔物一だから」

ガルボとオズワルドが、ぽつりぽつりと会話した。

ドワーフ王が杓子を揺らしながらマグマの炉につけると、濁った黒だった鉱石は、クリスタルのように透き通る。
その中にレナが海底産のオリハルコンを沈めた。

「まずは不純物を取り除く」

だから焦って色々聞いてくれるな、とドワーフ王が釘を刺した。
小さめの杓子で、上澄みをすくいとる地道な作業。オリハルコンが溶けていく。ペンチで砂つぶをつまんで除去。オリハルコンの部分と屑石の選別。
集中しているうちに、ドワーフ王の額からは汗が吹き出し、レナがハンカチでぬぐってあげた。

魔王は、興味津々に、おとなしく金属の変化を眺めている。
獣耳が揺れている。
金属が溶けるときの、しゅわしゅわという音を聴き分けたのだ。

「まったくよおー。レナさんにしろ、魔王さんにしろ、金属の好意や声をもらっちまうんだから……嫉妬しちまうぜー。俺がぁ、一番きれいにしてやるからなあ」

ふにゃふにゃとした言葉だが声の芯はどっしり通っていて、ドワーフ王がこれまでどのような心で金属たちに向き合ってきたのかを、そのまま表している。
素敵だなとレナは思った。

(自分に合う形を、真剣に考えてもらえる。そんな人を好きにならない相手なんていないよね)

引き上げられたオリハルコンに、カンカンカンカンカンと槌が打ちつけられていく。
形を整えて、氷蛇(こおりへび)の冷却庫で一気に冷やし、色艶と変形を見たあと、またマグマで溶かして冷やして──繰り返し。

この繊細な作業はドワーフ王のみでやる。

レナは息をするのも忘れて見入った。

オリハルコンは艶やかに槌の摩擦によって磨き上げられていく。

「この氷水時計にとてもあいそうな装飾……」

レナが小声で呟いたとおり、整えられたオリハルコンは小さな帽子のような形で、極小ペンチでつけられた波模様が美しく、氷水時計にくっつけたら素敵な見た目になるだろう。

へへ、とドワーフ王が口角を上げて鼻をこすった。
少々脂がついてしまった指先をハンカチで丁寧にふいて、それからまたペンチを持った。

純粋な金属を取り出したら手のひらにちょこんと乗るだけのオリハルコン。
贅沢なものづくり。

ドワーフ王が、オリハルコンを指先でつまんで、上に掲げながら目を細めて見る。
火山光蟲の入ったランプに照らしてみると、頷いた。

「ほほう。きれいな光なのじゃ〜」
「本当ネー。ミィ、あんな蟲みたの初めて。……ン? でもなんかに似てるような〜」
「火山光蟲は、氷山光蟲と同類のムシです。凍土から持ちかえったお土産の中に氷山光蟲もいましたから、みなさんに覚えがあるのはそれでしょうね」
「ロベルトおじちゃん、詳しいネ〜!」

(火山光蟲は、マグマの熱にビクともしない)
(あれを喰べたら)
(状態異常耐性が、もっと上がっちゃうかも?)
((お土産にお願いしてみようっと〜))

クレハ・イズミが、口元ににじんだヨダレを妙に上品なしぐさで拭いた。

「レナさんが仕上げてくれやあ」

完成したオリハルコンを、ドワーフ王がぶっきらぼうに渡そうとする。
大変な葛藤があったのだろう。厳しく表情を引き締めているが、眉が下がり、しゅんとしている。

レナは、氷水時計とドワーフ王を交互に見つめた。

「いいえ。こんな思いを込められたものを断る鉱石はいないわ。だから、どうぞあなたが」

空いていたドワーフ王のもう片方の手に、レナが、氷水時計をそっとを置いた。

リーンリーン、とドワーフを心の耳に、金属の響きが聞こえている。

「おお……わ、わかった」

接着用の海底銀をふちにつけて、ペタリと、氷水時計にオリハルコンを貼りつける。

それからひび割れが拡大しないように、装飾の淵にうっすらと海底銀で装飾を描いた。職人技だ。創造や修繕だけでなく芸術的センスもある。

あらためて氷水時計を、氷蛇の炉にそっと入れたら、氷がパキリと凍りつやつやと輝いた。

レナの手のひらに、氷水時計が返された。

レナが微笑みかける。

「とても綺麗だわ」

氷の精霊杯はしんと静まって、もらった賞賛を静かにかみしめているようだった。

***

参謀の「爺」と呼ばれるドワーフが、くったりと椅子に深く腰掛けている。

あのような光景を見ることになるとは、夢にも思わなかった。
珍しい氷水時計はもちろんのことだが。

(まさか、王があのように仲間を見つけるなんてのう……)

ぼっち。引きこもり。自分一人で一番綺麗なものを作る。
そんな現ドワーフ王がふたりも誘ったのだから、正直、青天の霹靂であった。

ドワーフ王、レナ女王様、魔王ドグマが横にならび、まるで長年の友人のように呼吸を合わせて鍛治をしていた。
まったく、こんなに面白いことに出会うとは!

それに誘われた二人の素質も興味深い。
熱も火気もものともせずに、初めての参加だというのに己の判断に迷いがなかった。
ああ、あのふたりも鍛冶屋になればいいのになあ。

くっくっ、と喉から音が漏れる。
そしてお腹を押さえて前かがみになった。
老いた体には、笑う衝撃すらもよく効く。

「大丈夫ですか?」

声をかけたのはルーカだ。
金茶色の髪に、やや地味な容姿、金茶色のネコミミと黒紫の瞳といういでたち。リリーの[幻覚]を一点集中型にして魔力を込めたら効果範囲が広がるのではないか? という実験中である。今のところいい感じだ。

不思議な雰囲気の青年だ、と爺は考える。
おくびにも出さずに、にっこりと微笑んだ。

「問題ないわい。ドワーフは若い頃にたくさん無茶をする、せずにはおれん。だから一定年齢で一気に老け込んでしまうのじゃよ」
「それほど創作は楽しいものなんですね。ドワーフ王は生き生きして視えました」
「そうじゃ。ゼロからイチを創り上げるこの興奮は何事にも代えられんなあ! 近くで親父の背を見ていたらなおさらじゃ。自分もやってみたいと憧れる。お前さんもそう感じたかい?」
「いえ、僕は、もともと在るものを知る方が好きかな……」
「化石の発掘とか?」
「どちらかといえばそうですね」
「その化石からイメージして古代生物の模型を作るとか」
「うーん。創造は、従魔仲間にもうプロフェッショナルがいるので」
「ほほーーーーーーっ」
「会わせませんよ?」
「そこをなんとか」
「引き抜こうとお考えのうちはお断りです」

爺はニヤリとして酒を口に含む。
しかし、そのニヤリも、どこか弱々しかった。

「ずうっとドワーフ族の質はええんじゃ。しかしなあ、金属のほうが悪い。あのオリハルコンを見たじゃろう? ここ最近、あのようなものが発掘されとる。何千、何万年もかけて成り立ったであろう金属が、ここ最近流れてきただけのヘドロだのに侵されるなんてあってはならんよ。金属への侮辱じゃ!」
「それで、レナや魔王様のようなパワフルな人材が『いいなあ』と?」
「自分で掘りにも行くじゃろうし、鉱石の使い方を本能で知っておるようじゃし、なんなら鍛治にハマったら汚染の原因をぜーんぶ浄化してくれるかもしれんじゃろう」
「期待しすぎですよ。レナにそんなに背負わせないでください」
「ほれ『赤の教典』。もう読んだぞぅ」
「それは創作なので」

仲間にそういう創作が得意なのがいるんですよ、とルーカがもう一度念を押した。

それから自分には(そういえば赤の宣教師の発端は僕だったのだから、もしかしたら向いている創作もあるのかもね)とふと思い直した。ふふ、と笑ってしまう。

「舞台、楽しみにしていてくださいね。それからスカーレットリゾートの建物視察の件も、よろしくお願いします」
「おーおー。ドワーフ王を行かせるでな。安心せい」
「あなたもぜひ」
「腰が、悪くてなあ……」

痛みを忘れたがるようにまた酒を一口。
そして驚愕に目を見開いた。

「水じゃ!?」
「飲みすぎては体に悪いと、従業員の皆さんが心配している声をうかがったので、すり替えてみました。ご自愛ください」

ルーカが手に酒瓶を持って、ゆるゆると振っている。
それを返されたけれど、爺はしばらく飲む気にならなかった。
体の調子がひたすらにいいのだ。

「お酒の合間に、水分も摂取、これ重要。ドワーフ族の間に広めて、みなさん長生きして下さいね」

ビシ! とポーズして、ルーカが快活に笑った。
▽ザ・エリクサーマジック&フェイク。

「あと、ドワーフ王が、あなたが一緒じゃないとこわくて国外遠征なんて出来ないって駄々をこねているのでなんとかして下さい」
「ほほほほ!」

ロビーの片隅でなにやらもめているドワーフ王たちを、二人が見た。
魔王とレナがひっぱっても、ここが引きこもりの意地!とばかりに踏ん張り、ドワーフ王は置物のようにびくともしない。

やっとズリズリズリ……と動き出した時には、鉱石底のブーツから火花が飛び散った。
それがクレハのふくらはぎに当たる。

「あちっ」
<我々に幸運が付与された件について!!>

ぶわっ!! と現れてしまったのはカルメンだ。

古代の火山で敬われていた聖霊を前に、ドワーフ王と爺はごとりと顎を落とし、レナはおでこを押さえて、ルーカがついつい笑ってしまった。

▽氷の聖霊杯 修正完了!

▽スカーレットリゾートへの招待完了!

 

 

 

 

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