327:ドワーフ王国カルドグラン

 

ドワーフの王国、カルドグラン。
火山のふもとに位置する炎のように熱い国。

火口から流れるマグマの川では、毎日10000もの金属が溶かされている。形を変えられ、保冷庫で冷やされた金属は、武器や防具、日用品として最高品質を誇る。

川沿いに工房が建ちならび、汗をほとばしらせながらドワーフたちが働いている。我が工房の品が一番とばかりに、金属を打つ槌の音が響く。

熱気が上空にのぼり、丸い輪っかになっているのが、カルドグラン王国の目印だ。

カルドグランはその日、沸いていた。

「おおおおお!? でかい獣が突っ込んでくるぞおおおお!!」
「ありゃ魔物か!? 武闘大会に出るやつが誤ってこっちきたんか!?」
「すぐ到達しちまうよぉ! おい工房守れえ!」

「があっ!!!!」

酒混じりのがなり声を響かせたのは、他ならぬドワーフ国王だ。

あくせくと騒いでいたドワーフたちは、ぴたりと立ち止まって上を見た。
誇り高き|煤けた王宮(・・・・・)を背景にして、どっしりと大きなドワーフ国王が髭を揺らして、喋る。

「ありゃ、魔王だなあ。魔王ドグマ、デス・ケルベロスの旦那だぜえ」
「魔王!?」

暴れん坊で火山地帯の狩りが好き、とは有名な話だが、いつもは離れた狩場をきちんと選んでおり、今のように鍛治工房一帯に近づくのは初めてのことだ。

「何かあったんじゃろうか……」
「国同士の重要なこととか……?」

「があっ!!! げぷっ」

ドワーフ国王はちいさな樽に入った酒を脇にかかえ、ストローで思い切り吸いあげると、酒臭い息を吐く。

国王がこのようにどっしり構えているというのに、工房の親方たちが乱れていてどうするのだ。
次第にそのような空気が広がっていった。

「おっしゃ、迎え撃とうじゃねえかあ」
「撃ってどうする。攻撃してくるか分からないじゃろうて」
「長老様!? あんたまで出てくるってことは、あの、この状況ってやばいんじゃ……」
「なあに、面白そうだからおるだけじゃよ」

ほほほほ、と口笛を吹いて、真っ白な髭を生やした長老が、ドワーフ国王の隣にすとんと座る。

魔王はもう、すぐ目先まで迫ってきていた。

でかい!!!!
それがドワーフたちの総意であった。

デス・ケルベロスは、王国を囲う砦よりも背が高い。見上げていると首が痛くなるほどだ。

あいにく金属ではないので、ドワーフには目測では正確な高さを測れない。

そして肝っ玉の大きな親方ドワーフであっても足が震えてしまうほどの[絶対王者の覇気]だ。
これはたまらない。

デス・ケルベロスは、爛々とした金眼六つ、三首それぞれが牙をぎらつかせながら、街を眺めている。

つばを飲み下したドワーフたちは、腰にくくった武器に無意識に手をかけていた。

「手ェ出すなよお」

ドワーフ国王の言葉は、魔王にも国民にも向けられたものである。

そして自分が一番前に出るために、坂の上から門まで、えっさほいさと歩いていった。酒のせいで少々ふらふらしているのはこの国王のトレードマークのようなものだ。

にょっきり飛び出ている魔王の首を、臆することなく睨み上げる。

「何しにきよったんだあ? 魔王さんよお」
<フハハハハハハハハハ!!>

▽悪手!!!!

デス・ケルベロス状態のドグマに喋らせてしまった。
紫炎が口の端から溢れでて、今にも、門付近の工房や商店に引火しようとしている。
建物はマグマ対策をしており炎には強いが、魔王の紫炎ともなればひとたまりもない。

「「「うわあああああ!?」」」

ドワーフたちが大慌てし、紫炎が引火しそうになった直前、

「水魔法[クリスタロスドーム]」

水の盾が現れて、紫炎をすべて受け止めた。
これほどまでに広範囲の水魔法、さらに炎がなくなるまで継続する魔力!
ドワーフたちが「ほー」と感嘆の声を上げる。

じゅわり、と水蒸気が一帯に満ちた。
視界は真っ白になってしまった。

「水魔法[アクアフュージョン]♪」

聞いたこともない呪文とともに、今度は水蒸気がみるみるなくなり視界がクリアになっていく。
ドワーフたちが目撃したのは……

魔王デス・ケルベロスの体にうねうねと絡みつく巨大なイカゲソであった。

「「「うッわあああああああ!?!?」」」

先ほどとは違った意味の「うわあ」が叫ばれた。
しかたないよね。奇妙だもん。

場が騒然となっている中、ドワーフ国王は門に辿り着いていた。
門番をしっしっと追い払う。

「おうい。魔王さんよお。開けてやるから、ヒト型になって入ってこいやあ。でないと獣のお前さんとは話もできんだろお?」

ふん! と一人きりで門をこじ開ける腕力。
ドワーフ国王が力を込めた腕は丸太のように太く、魔法で強化された筋肉がめりめりと力強い音をたてる。
さすが鍛治大会圧勝者! と、ドワーフたちは鼻を膨らませた。

「んん?」

国王が門を開けきると、デス・ケルベロスの背から、何者かがひらりと飛び降りてきた。
影は複数ある。

そしてその全員が、可愛らしい見た目のガキンチョだったので、ドワーフ国王は「ふぁぁぁ?」とおかしな声を上げてしまった。
「はよせい」と長老に後ろ頭を叩かれてやっと背筋を伸ばした。

三つ編みのこぢんまりとした女の子が、なにやら四角いものを鷲掴みにして見せつけながら、口を開いた。

「たのもう!!」
「っほうーーーーーーーーーーー!!」

ドワーフ国王が歓喜の声を上げたのも無理はない。
そのあと魔王に挨拶を忘れたのもしょうがないのだ。
これぞ、対ドワーフ用の印籠(・・)、|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)であった。

***

迅速に、それこそ攫うように、レナたちはドワーフの王宮に連れてきてもらった。

王宮は城らしい造形をしているものの、外壁が灰で煤けており、黒ずんでいる。
せっかくの豪華さが台無しだが、これこそがドワーフ族の象徴であるらしい。堅実に鍛治の腕を磨き、生活を支える物作りを続けてきた、火山のふもとで生きる灰と煙にまみれたドワーフの姿そのもの。

(馬鹿にしたよそ者は袋だたきにされてすぐに追い出されたようだよ?)

……とルーカがみんなにこっそり伝える。
ここにいるのは、レナ・キサ・ミディ・ルーカ・オズワルド・クーイズ・ロベルトだ。
みんな(はあい、馬鹿にしません)と頷いた。

鍛治工房の親方ドミニク・ドゥーチとガルボはもちろん安泰。

そして魔王ドグマの発言が心配だけど。

「落ちつく良い巣だな!!」
「ありがとよお。魔王さん」

獣的感性とはベストマッチだったらしい。
ロベルトがやっっっっと胸を撫で下ろした。

中の応接間に通された。
重厚で大きな家具が並んでいる。そこにドワーフ国王が座ると、なんとも絵になる。

「まずは久しぶりだなあ。兄弟よお」
「おうおう、兄弟よ!」

でかいドワーフ二人が、ごつん!!と拳をぶつける。
従兄弟であるが、鍛治の腕を認め合ったドワーフたちはみな兄弟という言い方をするのだ。

「……昔話はまたあとだあ。お前さんらあ、なにして欲しいんだ?」

ドワーフ国王の目はずっと、レナの持つ|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)に釘付けだ。
さっき触ろうとしたら「お待ち」と妙にサディスティックな声で命じられてしまい、まだ指一本すらも触れられていない。

そんなの我慢できない。魅惑の金属がドワーフ国王にアピールしているというのに。
とにかく早くレナの希望を聞き出し、アレに触る!
細かいことは後回しでいい!

ドワーフ国王がワキワキと指を動かして前のめりになっているのを横目に見て、長老はふうと酒臭い息を吐いた。
とろんと国王の目尻がわずかに下がり、動きがちょっぴり押さえられた。

(国王はとにかく職人気質。長老は彼を導いている参謀、そして前国王だよ)
(ひええそうなんですか!? 二人合わせたら最強って感じがします)
(ふふふふっ、やめてよ。そう、そういう感じだけどね)

クスリ、とルーカが笑ったのをどう受け取ったのか。
長老が少々警戒したようだ。
ずんぐりした鼻の穴がふくらんだ。

(おっと?)
(従魔のアフターフォローしちゃうんですからね。今だっ)

「お土産がございますの。まずあなたに差し上げてよ」

(ああああ口調がお姉様のままだったあああ)
(久しぶりの外部へのお姉様だもんねえ。ドンマイ)

「んん? 金属が先……いや酒のにおいか……お前さんそーいやあ、何モンだあ?」
「フハハハハハ! この者は」
「教典をどうぞ。|あとで(・・・)」

ずっっっっしりとした分厚い赤の本を、ルーカが国王に差し出した。
レナが遠い目になった。
魔王の物言いをとめたのはまあグッジョブである。

「甘酒っつーんだとよ! 珍しい酒でなあ、このお嬢さんのグループが作ってんだ、スカーレットリゾートグループっつうこれから有名になってく事業だぜ」

親方ドミニク・ドゥーチが過不足なく、さらに親しみも感じられるように紹介をしてくれた。
都会で商売をしているだけあって言い回しがうまい。

「甘酒!」
「どれわしも味見させてくれんかのう?」
「すぐグラス持ってこいやあ」
「こいつあいい香りじゃ」

酒の香りにつられて応接間を覗きにきていた従業員を呼び、さらに景気良くドワーフグラスを配ってやった国王は、そこに甘酒をたっぷりと注いだ。
従業員と国王の距離は近い。
拳を打ち鳴らすように、頑丈なドワーフグラスで乾杯をする。

ゴウン!
ごきゅごきゅ。

「「っほーーーー……!!」」

揃って感嘆の声を出し、鼻から酒混じりの息を吐く。
つぶつぶとした甘酒の食感が珍しかったためか、2回ほど喉を動かしてからは、口に含んだままよく噛んでいる。
酒は、その酒に合わせた楽しみ方で、大事に飲め。
ビールはのどごし。
濁り酒は噛む。
ドワーフの掟である。

「っかあーー美味い、美味いぞお。相談事ひとつ、なんでも受けてやるよお」
「そうじゃなあ。これは見事な先払いじゃ。ドワーフとして恩を返さにゃならんのぅ」

「っほーーそうだろうぜ。俺もそう思ったからこのお嬢さんたちを連れてきたんだ」
「ああ、お嬢さんの依頼しか受けんぞお? 魔王さんからは何かもらったわけじゃないからなあ」
「我はつきそいだ!!!!」

ガオオオオン! ドグマがごきげんに吠える音が広間に響く。

ドワーフたちが耳を押さえながら「すげえつきそいのアテがあったもんだなあ」と呟いている。

▽よっしゃ!
▽印象付けはばっちり。

レナたちが与えたものは、酒の恩、|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)の興味、親方のツテ、魔王の存在感。
十分すぎる。

満を辞して、レナは氷の聖霊杯を取り出した。

「こちらを直していただきたくて」

イズミを呼んで、スライム状のお腹からデロリと聖霊杯を取り出す。
さすがのドワーフたちも、一瞬ビビって頭を引いた。

これまた未知なる金属を差し出されたので喜んで触ろうとしたドワーフ国王が、呻いて、手を引っ込た。

「こいつあ……俺が触っちゃならねえ」
「どういうこと?」
「金属の音が聞こえたか?」
「いいえ」
「長老はどうだあ?」
「ふむ。不吉なもんは感じるが、そんな金属の声を聞けるようなんはお前さんくらいじゃろうて。ほっほっほ」

この国王がいて良かったのう、運がいい、と長老がレナに囁いた。

「リーーン、と悲しい音が響いてなあ。拒絶だよ……。俺がそれを直そうとしたら、どんなに上手く蓋してやっても、氷水(ひょうすい)時計として動いちゃくれねえだろう。氷水時計っていうんだあ、そーいうやつぁ。寒い時にはかたくなに動かなくて、あたたかい時には時を刻むから、冬の到来を測るために使われている。実用的じゃあないが飾りとしてそーいうやつがある。
んでな、金属には心があるんだあ。俺はほとんどの金属を惚れさせることができる色男ってとこだがなあ」

おえっと、ガルボが舌を出して、すぐしまった。
そういう親父ギャグが苦手なお年頃である。

「アンタしかだめだろうさ。一体何して惚れさせた?」

レナが沈黙した。
心当たりは山ほどあるし、攻撃したら惚れられたなんてこともザラな雑な旅路を歩んできている。
サディスティックに微笑んで場を濁した。
しんどい。

「アンタから言い聞かしてくれねえかあ? この氷の|女神さん(・・・・)になあ、直させてくれねえかって」
「そう……ところで女神と呼んだことに意味はあって?」
「勘だあ」
「だったら私は、これまで通り氷の金属とだけ呼ぶことにするわ。余計な呼び方をしてこの世界にまた新しい常識が生まれたら大変ですもの」
「そうだなあ。神さんは言い伝えの中だけでいいや。んでも俺は女神さんって呼びたいだけさあ」
「じゃあ私は氷の金属って呼ぶ。それだけね?」

レナと国王は頷きあった。
譲れないものはある、しかしそのために喧嘩をする気はない。という合図になった。

(ルーカさん?)
(おそらくドワーフ国王はカルメンのことも女神と呼ぶだろう。彼にとってはそのように感じるんだ。唯一の感覚的なものだから言語化が難しい)
(了解)

レナが氷の聖霊杯に語りかけようとしたとき、ドワーフ国王が待ったをかけた。

「もういい、だってさあ」
「え?」
「音が変わった。アンタの心持ちが変わったからかねえ? この調子なら、俺に惚れていなくとも、お触りくらいは許してもらえそうってもんよお。ぐふふ……」

ひょいとドワーフ国王が手を伸ばし、氷の聖霊杯を持つと、いつくしむように表面を撫でた。
べっぴんさんだぞおおおと絞るような声が漏れているのは、表現するならば「萌え」ている。
ガルボが眉を顰めた。

「ふう、ふう、ふう。わかった! 金属でこの割れ目を繋げばいいんだな、蓋をするようにオリハルコンを使ってやりゃあいい。アンタあ、えっと」
「レナですわ。女王様とお呼b……」
「主さん!!……この人魔物使いのベテラン冒険者だから、レナさんでいいと思うよドワーフ国王様」

オズワルドがレナの羞恥を救った。ナイス。笑いをこらえて崩れているルーカは反省するべし。

「レナさんよお。直すの協力してくれるかい?」
「私にできることがあるなら、もちろん」
「本当かあ?」
「そこまで確認を取るのはなぜ?」
「直してはやりてえが、汚れてる時。アンタならどうすればいいと思う?」

ドワーフ国王が部下に持って来させたのは、オリハルコン。にぶい銀色に氷と砂つぶが混ざっていて、これは厄介そうな金属である。

(これがつまり、汚れている? この熱気のドワーフ王国でも溶けない氷……金属好きの国王様でもどうしようもなかったってことかな……。どうすれば、かあ)

「浄化かしら?」

ニヤリ、とドワーフ国王が笑った。
先ほどからどんどんと饒舌になってきたことといい、言い回しが萌え萌えしいのも、酒が抜けてきているらしい。
こりゃもうごまかしきれんわい、と長老がため息を吐いた。

「いんや、自分も汚れるんだよお!」
「……」
「金属が汚れていりゃあ、自分も汚れるッ。そんで一体感を持てば金属の気持ちになって溶かされて、形を整えられて、全部気持ちよくできるんだッッ。完成したときなんか生まれ変わっちまったような心地でなッッ。俺は鉄、銀、金、美しきもの可愛きものそれ自身。今日も炎で炙られるフライパンッ、肉体を切り裂く剣でありッ、淑女の脚を包みこむブーツぅ……」
「黙りゃんさい!!」

ガルボの一撃。拳ゴンッッ。
こいつの親父さんなんだよなあ、という衝撃の暴露。

まあそれは置いといて、だ。

「一緒に汚れながら扱ってやりゃあこの地底産オリハルコンも付き合ってくれるはずだし、そのあと浄化してやりゃあ氷の女神様も大満足ってわけよお。金属たちはレナさんにお熱アッチッチだからなあ、メロメロに溶けてくれるはずだあ」
「分かりました」

即決してしまったため、従魔たちから心配そうな視線を向けられているレナ。
魔王ドグマがふと、真理を口にした。

「そこまでしてやる必要があるのか? 魔物使いレナよ、お前にとって大事なのは従魔たちであろう」

氷の聖霊杯は従魔ではない。
それなのに尽くしすぎではないかと。

国としては聖霊対策してもらったほうが得なんだけど言っちゃった、だって魔王ドグマだから。

レナは立ち上がり、ポーズを決め、ビシッと言い放った。

「だって、私が従魔以外のことで負けるはずがないのですもの。勝ってくるわ!」
「「「「従えてえーーーー!」」」」

ドワーフ国王たちは、目をパチクリとさせた。

▽どっちのグループもクセが強すぎる。

▽レナは 鍛治の手伝いをすることになった。
▽防護服着込んで行こうね!

▽従魔たちの信仰度が 上がった!

 

 

 

 

 

 

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