324:ノアのお仕上げ

「能力の仕上げをしたいです」

ノアがレナに訴えた。
これまではお世話になっているのだからという気持ちと生来の性格によって、言われた内容をおとなしくこなすことが多かったノアが、強く主張したのは初めてのことだ。
いや、当初強くなりたいと言った時もこんな風にお願い事をしていたから二度目かもしれない。
それでも初めてだと思ってしまったのは、ふくよかな顔でキリリと告げられる光景があまりに昔と違っていたから……。

レナは気迫に呑まれてつい頷いていた。

(なんていうのかな〜、芯の強さが以前とはまるで違うって感じ。どっしりと頼もしくなった体格とともに、心の芯も太ましくしっかりと育ったような!)

▽普通に失礼
▽太ましいは別に褒め言葉ではない。
▽レナのずれてしまった常識が心配である。
▽レナにとっては身内がふくふくしているのは可愛らしいのだ。

▽レナの物語に入りかけたぞ! 気をつけろ!

レナはノアの手を取る。
そしてスパイシーな香りのするキッチンに誘導した。
カレーを完成させてからは連日、レストランレシピの研究が行われているのだ。

「私たちもピッチを上げていくね」

(これ以上!?)……と口走りそうになったのは護衛のスクーである。しかし上司のお嬢様のご決断だ。見守れ。

レナ、マイラ、ルージュが種類の違うカレーを大盛りで持ってくる。

「ヘイ、カレー&ナンです、お待ちっ」
「まだまだいけますおいしいですううう」

舌の肥えたノアは、よい試食係になってくれた。
ノアの個人的な好みでは、チーズをたっぷり使ってはちみつを垂らしたハニーチーズナン。バナナとリンゴを使用したフルーツ風味の甘口カレー。

▽空の皿が積み重なっていく×10

「わたくしも、けふっ、皆様のいざというときを助けられるような、はぐっ、むぐっ、美味しいっ、立派な淑女になりたいのですっ」

淑女という言葉の方向性がどんどん逸れているのでは。しかしそれをわざわざ訂正する者はこの場にいないのであった。

こみ上げてくる食欲とキッチンでつまみ食いというイケナイシチュエーションによって、つい食べながら話してしまって、はしたないと顔を赤らめる……ノアの可愛らしい一面にレナたちは大変和んだ。

(お行儀がいい子がお行儀を忘れるくらいリラックスしてくれてる瞬間、好きなんだよね〜)

▽レナがイケナイ目覚め方をしている。
▽レナの物語に入りかけたぞ! 気をつけろ!

「デザートお待ちどうさまです〜!」

高く積まれたマカロンタワー。
笑顔のチョココがるんるんと運んでくる。お皿まで砂糖菓子にしてしまった!

チョココはノアによくなついている。
たくさんのお菓子を満面の笑みで平らげてくれるノアは、”食べられたい”スイーツプリンスにとってたまらない存在なのだ。ふくふくとした頰でマカロンなどが噛みしめられるたびに、うっとりと見つめてしまう。対面の席に座ってにこにこと、食べ放題のノアを眺めるのがチョココのお気に入りであった。

マカロン、チョコレートケーキ、積み重なったパンケーキをぺろりとノアは平らげた。
デザートは別腹なのである。

しかしながら追加のパンケーキともなるとさすがにペースが落ち始める。
ボリュームたっぷりのチーズナンと、濃厚カレーが強すぎた。このカレーセットならば大食らいの魔物も満足するはずです……とノアが宣言してくれた。やったね。

キッチンに呼ばれてきたルーカは、感心したようにノアを視つめた。

「成長の兆しがもうすぐだね。従魔になっていないにも関わらず、これだけ早く的確に成長するのは凄いことだよ?」

持ち上げた。
▽わっしょい! わっしょい!

尋常じゃなく成長していくレナパーティーといると、ノアが落ち込んでしまう瞬間もある。
しかしこちらが異常なだけである。

ラナシュ世界的にみれば、目指したスキル習得が見込めているのは快挙であるし(この訓練ならこのスキル、という定義がいまだに曖昧だ)もともと痩せ型としてマイナスに振っていた体型ステータスを急上昇させたことも、大した気合いだ。

己の成長をマカロンとともに噛み締めたノアは、お腹をさすって変化を実感しながら、ふとキッチンの天井を眺めた。

上方の小窓ぐらいが、ノアの父サディスの”魔物型の大きさ”である。

小型のノアも、きっといつかそのぐらいまで……いや、雌の影蜘蛛としてはもっと遥か大きく、ステンドグラスあたりまでを目標にしたっていいかもしれない。
目標は高く。今になってようやく、努力の仕方を知ることができたのだから。

ステンドグラスに堂々と描かれている魔物たちを、まぶしそうにノアが見つめる。

そんな横顔をレナが観察していた。

「ノアちゃん」

遠くを見ていたノアの強い眼差し。
それがレナの方を向く。

戦闘意欲とも取れる雰囲気を、レナはよく知っている。
──ああ、魔物だ。
だから魔人族らしい理性的な思考に引き戻してあげなくては。さあ手綱を引いて。

「ノアちゃん。もしかして、スカーレットリゾートの防衛のために某新人教育に早く携わりたい……とか考えてる?」

シヴァガン政府は明言はしていなかったが、警護クエストを受けるものは諜報部からも送られることが想定されており、ノアが目指していたのはもともとその指導係なのだ。
青色のノアの目が、くるりと丸くなった。

ノアが日々励んでいたことを、レナはオズワルドから聞いていた。
シヴァガン王宮であの人見知りなノアが、わからないことを他人に聞きに駆け回ったのだ。本を読んで学ぶだけでは足りないことを、諦めずに交渉してまで学ぼうとしていた。
体型が変わったノアをからかうような噂話も少々あるらしいが、そういう噂も耳にする機会があれば自分から立ち向かったそう。「わたくし、目的のためにがんばっております」と堂々と口にするのだ。
父の背中から飛び出して。

「はい。わたくし、指導員になるのです」

ノアはレナに向かってお辞儀をした。
お腹の丸みがつっかえるので、軽めの礼となってしまったが。
ぐぐぐとお腹を押してでも。ふう……と上体を起こした。

「あ……そういえばわたくし言葉足らずだったかもしれません。さっき、いざというとき助けられるように、という抽象的な言い方をしておりました。反省です」
「これまでノアちゃんが頑張ってたことを私たちもよく見てたからね〜」
「それにしても本質を察するお力がすごいです……!」
「私、よく考えるからね。その子が何を一番大事にしているのかなって」

なるほど、レナからノアに向けられている視線は、従魔に向けるものに近しい。
それくらい関心を持って相手を眺める。
レナを近く感じるわけだ。

「それって、上に立つのに必要なスキルだと思いますわ」

ノアは青の目と、額の蜘蛛の目を光らせたがすぐに頭を横に振った。

「レナ様の一番大事は見えません……」
「そうだなー」

なぜかレナは、ノアの手をつないで駆け出した。
ノアは丸い体で弾むように走り、レナについていく。

やってきたのはダンスホール。
レナが装飾保存ブレスレットを使い、軽装の運動スタイルになった。

「さあ、ダンスしよう」
「レナ様とダンス……?」

ノアが不安がったのも無理はない。

▽やっぱりね!

レナはよくこけそうになる。
ノアが支えて、リードをする羽目になった。
そしてレナはリズム感すらもあまり上手とは言えない。普段踊れているように見えていたのは、従魔の高等運動神経からなるリードスキルのおかげであった。

しかもノアもリードの方には慣れていないので、どうしてもリズムに遅れたり先走ったりしてしまう。
BGMをかけているキラは、わざわざ調整するつもりはないらしい。
ヘンテコでおかしな踊りがしばらく続いた。

ノアとレナのオナカがぽよんとぶつかって、ついつい、ぷっと噴き出す。
不恰好だけどとても楽しい快適な空気が流れている。

「あっ」
「レナ様!?」

レナが転びかけたのをかばって、ノアが尻餅をつきそうになったとき、床がトランポリンのように変化した。
ノアは思い切り沈み込んで、はるか上まで打ち上がると、また落っこちそうになる。

「きゃああああああ!?」
「ノアちゃん大丈夫ー!?」

レナがあわてて腕を広げて、ノアのことを迎えようとしてくれている。
が、この肥満体で細身おっちょこちょいのレナに突っ込んでいくのはどうしてもはばかられた。

それに高い視点は好きだと──ノアの影蜘蛛の雌としての本能が訴えかけてくる。

「スキル[蜘蛛糸][蜘蛛糸][蜘蛛糸]っ」

ダンスホールの壁に蜘蛛糸を張り巡らせ、ノアの体重すらも支えられるような立派なクモの巣が完成した。
そこに顔面落下すると、ビヨーン、と伸びてレナの上空には「蜘蛛糸でボンレスハム状態のお嬢様」が完成した。
ちょっと面白い……とレナが口を押さえて震える。

「レレレナ様ー!」
「は、はーい。大丈夫?」
「はいっ! わたくし、わたくしついにっ」

ノアがジタバタと手を動かして喜びを溢れさせている。
察したレナが、Vサインを上に向けると、涙の雫が落ちてきた。

「はい、はいっ! レベルアップできました、そして[体型変化]スキルを取得しましたー!」

努力してやっとつかんだ自分の望んだ未来だ。

「おめでとう!!」
「はいっ!! おかげさまで[体型変化][ヘビーボディ][頑丈糸]の三種スキルを取得し、さらに幸運の値がとても伸びたんですよ。影蜘蛛の雌にとっては、健康な卵を産めるようにこの幸運値ってとても大事なんです!」
「そうなんだ〜」

蜘蛛である。
レナは改めてそのことを思い知った。

ガーデンで運動後のティータイム。

「わかりました。レナ様の一番のもの。きっとすごくたくさんあるんです──従魔のみなさまもそうだし、友達も赤の聖地も、これからできるスカーレットリゾートもお米も」

ノアは最後は少々ちゃかしながら告げた。
表情は明るく、少女らしくなった面持ちを上品に微笑ませて、|スラリと長い指先(・・・・・・・・)を振り子のように振ってみせた。
その後膝に手のひらを伏せるしぐさは、幼い頃からずっと仕込まれていた上流階級ならではの美しさである。

レナはほうっと見惚れたくらい。

体型変化を取得したノアは、スリムな姿、ふっくら丸い姿、どちらにもなれるようになった。

そしてレナはレナらしく、あははっとフランクに笑う。

「そうなんだよー! 私自身も強くなっちゃったからね、いろんなものが手に収まるから欲張りになっちゃった。別に一番を隠してるとかそういうわけじゃなくて……たくさんの中でその時によって、優先順位が違っているんだと思う。私はね、ノアちゃんみたいに一番を決めている子はすごいと思ってるよ」

レナの言葉が、ノアをこれまでで最高の笑顔にした。

従魔の中にも、一番を決めている子はいる。
たくさんを守れる力は強いけど、一番をいつでも決めている覚悟もまた強い。

ノアは魅力的な友達だ。

レナの大事のひとつ。

そう伝えられたのだ、あの特別なダンスホールに招かれたことによって。

「私、大事なものを愛でたい気分だなー」

ぎゅうっと、スリムになった少女のノアを抱きしめた。

「今、わたくしがこうしてほしいのか分かっているから、やっぱり凄いお方です」

「お世話になりました」

ノアが数日分のお泊まりセットを回収した大きなカバンを持ち、玄関先で全員に深く頭を下げた。
ほとんど直角に近い最敬礼。
今はスラリとした体型なのでお腹が礼を邪魔することもなく、綺麗な姿勢で上体を起こす。さわやかな笑顔。

「頑丈で幸運な影蜘蛛の雌になれますわ!」

シヴァガン王宮に帰ってきたノアが真っ先に向かったのは、父のところだった。
廊下にいる従業員たちに、居場所をたずねてまわった。
そして裏庭で囚人舎の監視をしていた父に出会う。

「お父様」

言わなきゃ。

「ぎゅーしてくださいませっ!」

▽HAPPY 影蜘蛛 ENJOY LIFE!!

 

 

 

 

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