32:夢

狩りの成果をたずさえ、パトリシアの自宅に立ち寄ったレナ達。
彼女の実家を見て、その外観の可愛らしさに驚いていた。

家族と住んでいたという一軒家は、当然トイリアらしい白の壁に赤い屋根だが、窓枠にチロリアン模様がペイントされていたり、鮮やかな花の鉢が至る所に飾られていたりとアレンジが施され、周囲の家々よりもいっそうメルヘンな仕様である。
聞けば、母親の趣味らしい。
パトリシアは几帳面にも、母が育てていた花と同じ種類のものを、同じ場所に植え続けているのだとか。

毎朝水やりをしてからギルドに行くんだー、と目を逸らしながらいう彼女の顔は少し照れ臭そうで、でも嬉しそうでもあって、悲しみの感情が見られなかった事にレナはホッとした。
両親が亡くなってから、早くも1年が経っている。
今だに未練を引きずりながらも、パトリシアは自分の中ではある程度の感情の整理は出来ているらしい。
冒険者ギルド関係の話になると、まだ少々荒れてしまうが…。
両親の亡くなり方を考えれば、それは仕方ないだろう。

家の中も、外観と同じくメルヘンなインテリアで統一されている。
現在一人きりでここに住む家主は、掃除がたいそう苦手なようで、床の隅や飾り棚の小物には、うっすらとホコリが積もっていた。
ここのところ、冒険者稼業にずっと入れ込んでいたのも掃除不足の原因である。

見られたく無い所にレナの視線が向いていることに気付いたパトリシアは、なんとも気まずそう。
怒られるかな…?と身構えている。
すでに精神は立派に調教済みのようだ。
そんな彼女に対して、ご主人さまはふふん!と無い胸を張った。

「…パトリシアちゃん!
ご飯を作る前に、お掃除を手伝ってもいいかな?
おせっかいだとは思うけど」

「ああ…うん。うん?
それは助かるよ。けど、いいのか…?
ごめんなー。
最近、クエストこなすのに必死でさ。寝るためにしか家に帰って来なかったから…」

「そうだったんですね。いつもお疲れさまです。
…ふっふっふ。
行くよー、緑魔法[クリーン]!」

実は、覚えたての魔法を使ってみたくてウズウズしていたレナさん。とても嬉しそうだ。

▽レナは 緑魔法[クリーン]を 使った!

いつもより大きめな声で清掃魔法の呪文を唱えると、室内には柔らかな緑の光が現れる。
無数の光はフワリフワリと宙を舞い、床や壁にくっ付くと、その場所にあった汚れはピカリと輝き綺麗に消えていった。
わずか5分ほどで、部屋中がピカピカになる。
ただ、部屋中のホコリを満遍(まんべん)なく消すイメージをしてしまったせいで、思ったよりも大量の魔力を消費してしまっていた。
そこは反省点だなーと、未熟な彼女はペロリと舌を出して、ステータス研究ノートに効果を書き込む。
効果については、満足そうだ。
パトリシアは細やかな清掃魔法を目にして感心している。

「すご…!ありがとうなー!
レナ、ずいぶん清掃魔法のイメージが上手いんだなぁ。
部屋中すごく綺麗になってるし。助かるよー」

「いえいえー。
清掃魔法を使ったのは初めてでしたけど、お掃除は好きなのでイメージしやすかったんですよ。
ふふっ、上手にできて良かった!
じゃ、ご飯、作りましょうか?」

「うぃーーす」

「クレハとイズミにも手伝ってもらいましょう」

『『任せんしゃーーいっ!』』

スライム達もレベルアップと同時に、新しい魔法を覚えていた。
熱魔法[ヒート]と、氷魔法[アイス]である!
それを真っ先に料理に使用しようとするところが、レナらしい。

パトリシアは料理も苦手だったので、肉をざっくり切る所だけを任された。
長く使われていなかったキッチンでは、久しぶりに包丁とまな板のぶつかる豪快な音が響く。
…少年娘は力加減がどうにも下手なようである。羊肉はぶつんっと力任せに切断されていた。
これぞ、女子力※物理と言えよう。

まあ、今夜のメニューは漬け焼肉なので、この切り方でも問題はない。むしろ、断面がギザギザしているぶん味が染み込みやすいかも、とレナはフォローする。苦笑しつつニンニクとネギをスライスしていった。
それらと塩を、切られた肉に揉み込むと、焼肉の下準備は終わりである。

「イズミ。これを体内の空間に入れて、転がりながら[アイス]の魔法を使ってくれる?」

『はーーい!』

レナが次に取り出したのは、帰りに食材街で買った濃度の高い生クリームと、自家製のベリージャム。
それらを計量して、器型になったイズミへと放り込む。
イズミは体内の空洞に材料を入れ込んで、くるくると机上で回転を始めた。
机の端から落ちないよう、あっちへコロコロ、こっちへコロコロ、時々リリーとハマルにもつつかれて実に楽しそうである。

出来上がったのは、即席のアイスクリーム。
卵を材料に使っていないのでカチコチに固くなっているが、食事が終わる頃まで常温で放置しておけば、いい感じに柔らかくなるだろう。

それでは!とばかりにクレハがびよーん!と円盤型に伸びて、熱魔法[ヒート]を使用する。
地球のものと変わらない高性能なホットプレートが出来上がった。
高温プレートで漬け肉を焼くと、香ばしい香りが部屋中に広がる。
異世界の羊肉はそこまで匂いが強烈ではなく、口に入れたらふわりと香る程度なので、室内焼肉をしても問題はない。よだれが出そうないい匂いだ。

まず、全員で一定量の肉を焼く。
それらをヒト型のクレハが最初に全て食べてから、またホットプレート状態に戻り、焼肉パーティの開始となった。

「「かんぱーーいっ!」」
「「「いただきまーーす!」」」
『召し上がれ~♪』

主人たちの食事開始の合図とともに、ヒト化した従魔たちは目をキラキラさせながら、羊肉を小さな口いっぱいに頬張っている。
パトリシアとご主人さまは、それぞれビールとベリージュースで乾杯した。
食卓に並ぶのは、薄くスライスしたライ麦パンに、簡単な野菜サラダ、焼きたての羊肉。
これでビールが進まない筈がない!
単純なパトリシアは超上機嫌である。
またレナと肩を組みかねないテンションだが、さすがに自重した。

レナもうっとりと口の中の旨味を堪能している。
美味しそうに食事をする子だなぁ、とパトリシアはレナを見つめた。

「みんな強くなったねぇ」

「『えへん!すごいー?』」
「私のステータス、強くなった…?ご主人さま、見せてー」
「ボクも見るぅー」

「はいはい」

従魔たちはわらわらと主人のもとに集い、ギルドカードを覗き込む。
食事中にカードチェックは少々お行儀が悪いが、ある程度お腹も膨らみ、あとはもう少しアイスが溶けるのを待つのみなのだ。
今回ばかりは無作法も許されるだろう。
クレハは、ホットプレートのコゲ汚れをきれいに飲み込んで、イズミと同じくヒト型になる。
レナが順番に従魔の名前をタップしていくと、個々の詳細なステータスが表示された。

「名前:クレハ
種族:ミニ・ジュエルスライム(赤)LV.13
適性:赤魔法[熱]

体力:33(+3)
知力:25(+4)
素早さ:33(+2)
魔力:22(+2)
運:14

スキル:[溶解]+1、[超硬化]、[伸縮自在]
ギフト:[全状態異常耐性]☆4
称号:魔人族」

「名前:イズミ
種族:ミニ・ジュエルスライム(青)LV.13
適性:青魔法[氷]

体力:31(+2)
知力:25(+4)
素早さ:35(+3)
魔力:22(+2)
運:14

スキル:[溶解]+1、[超硬化]、[伸縮自在]
ギフト:[全状態異常耐性]☆4
称号:魔人族」

「名前:リリー
種族:ダークフェアリー(幼体)♀、LV.11
適性:黒魔法、黄魔法

体力:18
知力:19(+3)
素早さ:20(+1)
魔力:41(+6)
運:15

スキル:[幻覚]+1、[吸血]、[魅了]、[黒ノ霧]、[紅ノ霧]
ギフト:[フェアリー・アイ]☆4
称号:魔人族」

「名前:ハマル
種族:金毛羊(ゴールデンシープ)♂ 、 LV.15
適性:黒魔法

体力:33(+2)
知力:27(+3)
素早さ:21(+5)
魔力:21(+1)
運:25(+2)

スキル:[体形変化]、[駆け足]、[快眠]+1、[周辺効果]+1、[跳躍]
ギフト:[鈍感]☆5
称号:魔人族」

スライム達とリリーは5つ、ハマルは6つレベルが上がっている。
一番経験値を得やすいハマルドライブで大活躍していたため、ヒツジの経験値はとくに多いようだ。
それぞれが新しい魔法、スキルを取得しており、今後さらに戦闘面でも役立ってくれるだろう。

新しいスキルの説明を見ていこう。

ーーー
[伸縮自在]…パッシブスキル。ボディを伸ばす・縮める動作に補正がかかり、より自由に変形することができる。

[黒ノ霧]…視界を妨(さまた)げる漆黒の霧を発生させる。範囲と濃度は使用者のイメージ、込める魔力量により変化する。

[紅ノ霧]…血のような紅色の霧を発生させる。この霧の中にいるものは”恐慌状態”になる。霧の範囲と恐慌レベルは、使用者のイメージ、込める魔力量により変化する。

[跳躍]…より高く、遠くまでジャンプできる。連発すると足に負担がかかり、体力値ステータスが一時的に下がるので注意。
ーーー

このようになっている。
リリーの[紅ノ霧]は、もしやガララージュレ王国内で行った、死亡偽装工作の血飛沫がここにきて影響したのだろうか…?
…乙女の名誉のためにこれ以上の深読みは避けよう。

レナも、サーベルキャットの経験値持ち越しぶんがあったため、またもレベルアップしていた。
魔物使いレベルは9になり、体力・知力・素早さがそれぞれ+1ずつ上昇している。
新しく取得した魔法は、緑魔法の[クリーン]!
従魔たちに比べると地味な変化だったが、少しずつでもご主人さまも強くなっているのだ。

ヒト族はレベルが10上がるごとにステータス値が大きく上がる。
魔物でいうクラスチェンジ時のような増え方をするらしい。次のレベルアップではレナももっと強くなれるだろう。

ちなみに魔物は、もともと身体が頑丈で多技能な代わりに、クラスチェンジでしかボーナス値はプラスされない。
魔人族状態でもステータスは魔物の時と変わらないが、ヒト族のように職業に就いて、その補正を得ることはできない。
元のステータス値が高すぎると、職業選択の魔法がエラーとなり適用されないのだ。
そのため「料理人」や「服飾師」など、生活面での職業についている者専用のスキルを取得したい場合は、よほど特別な努力をしなければならないのである。

長めの寿命にものを言わせて、生活スキルをなんとか取得し、固有の種族間で代々引き継いできた者たちには、洋裁一族のエルフ、鍛冶一族のドワーフ、茶業一族の樹人(ドリアード)などがいる。
伝統的な手法を長く受け継ぎ、クオリティの高いものを作るのが魔人系統。
真新しいものを次から次へと発明し、流行をつくるのがヒト族。と、このように住み分けがされていた。

お互いの作り出すものがあまりに違うため、争うよりも協力関係を望むようになり、昔から種族間で親交があったことも影響して、ラナシュでは種族差別はほぼ見られない。

話を戻そう。

強化されたステータスを満足そうに眺めているレナたち。
お腹が満たされてリラックスしていた事もあり、無防備にもオープン済みのギルドカードを、全員に見えるくらいの位置に掲げてしまっていた。
当然、この人にも見えてしまう。

「えっ……。
ちょ、レナ達のステータス…やばくない?
てか、強すぎだし!
いや、レナのステータス値は大したことないけど。
従魔たち!…なんだよこれ!?」

「ーーーあっ!?み、見ちゃダメですよ…!」

「「きゃーーーっ!えっちーー!」」

「その発言は、私がマジで犯罪者に見られるからやめてくれ…!」

…一見少年にしか見えないパトリシアと、超美幼児スライムの組み合わせは、会話内容によってはとても危険な絵面になってしまうのである…。
ドンマイ。

「めっ!パトリシア…制約で縛るよ…?」

「せんぱーい、いってまえーー!」

妖精契約をチラつかせるリリー、煽るハマル。

結局、レナの☆7ギフトまで見られたら制約せざるを得ないので、パトリシアの手首の百合印は2つに増えた。
哀愁漂う背中をしている彼女だが、人のギルドカードを勝手に見てはいけないという冒険者間の暗黙の了解をやぶった非はあるので、仕方ない。
前回と今回の制約相手は、支配人の妖精リリーである。
彼女のぶんの百合印は、胸元の一つの白百合紋にまとめられていた。

「うう…ごめんってば…。
お詫びにならないけどさ、私のカードも見ていいよ?」

そう言ってギルドカードを恭(うやうや)しい仕草でレナに差し出すパトリシア。
おふざけなのだが、確実に染まってきている…。
彼女は、冒険者としては新人と中堅の間という所だろうか。

「ギルドカード:ランクF
名前:パトリシア・ネイチャー
職業:剣士 LV.15
装備:白シャツ、ズボン、編み上げブーツ、防火マント、黄甲剣
適性:青魔法、黄魔法

体力:51
知力:30
素早さ:42
魔力:25
運:20

スキル:[重心移動]、[一閃]、[叩き斬り]、[ステップ]
ギフト:[剛腕]☆3
称号:少年、遺族」

「わあ…すっごく頼りになりそうー!強いね」

「ストレートに言っていいんだぜ、脳筋って」

「そ、そんな…」

パトリシアは何かを諦めた顔をしている…。
感想を求められたレナは、称号からは気まずそうに目を逸らしていた。
それにしても、他に比べて高すぎる体力値に[剛腕]ギフト、[少年]の称号持ちとは…キャラが立ちすぎである。

彼女はひょいとレナの手から自分のギルドカードを取り返すと、一瞬複雑そうな顔でカード全体を眺めて、また服の下にしまい込んだ。
リリーが、ご主人さまの膝の上に座りながら、浮かない顔のパトリシアをじーっと視ている。

「…貴方の魂が、今、揺らいだね。どうして?
なにか…悩んでるの?
現状に、納得してないとか?」

「っ!」

抽象的な妖精の問いかけに、主人は首をかしげていたが、当のパトリシアはなにやら心当たりがあるのか、ぎくりと肩を跳ねさせている。
緊張した様子でリリーを見つめ返したが、気まぐれな妖精は彼女からふいっと視線を逸らしてしまった。

「…あっ、アイス!もう食べ頃だよ!ご主人さまぁ」

自由すぎる。
…計算なのだろうか?
甘えた声を出し、そのままアイスに向かっていく妖精を目の当たりにしたパトリシアは、脱力したように机に突っ伏した。

***

食事も終わり、まだ幼い従魔たちが魔物姿に戻ってうつらうつらと居眠りし出した頃。
レナとパトリシアは2人きりで二度目の乾杯をして、少ししんみりと話を始めた。
先に口火を切ったのは、少年娘。
アルコールが入っているため、鋭い目付きはいつもより少し柔らかくなり、饒舌(じょうぜつ)にもなっている。

「いや…あのさー。
…悩んでるのか、ってリリーに言われたじゃん…?
悩んでは、無かったんだよ。
後悔もしてないつもり。
あー、えーっと…”剣士”の職業の話なんだけどね?
他にちょっと興味があった職業もあって…。
本当にちょっとダケ、それに未練があったっていうか」

「うんうん。
リリーちゃんに隠し事は出来ませんからねぇー。
その未練について、私が聞いてもいいんですか?」

「それな。レナの従魔たち、パないわ…。
こんな事、誰にも知られないと思ってたのにな。
…つまんない話だけど、聞きたいのか?」

「貴方さえ良ければ、いろいろ聞かせて欲しいです!」

「……ぅ。あのさぁー…」

▽パトリシアは 激しく 照れている!
▽レナは 楽しそうに 続きを催促している。

▽パトリシアは 逃げられない!

…顔を赤くしつつ、少年娘はポツリポツリと話し始めた。

「…あのさーー。
私が剣士になったのって、まあギフトや取得スキル予測があまりにも戦闘職向きだったからなんだよね?
なるべくしてなった、というか。
お父さんもお母さんも冒険者だったから、小さい頃から木剣振って遊んでたし。
絶対強くなるなーって、周りからも期待されてたんだ。
私、皆に褒めてもらえるのが嬉しかったから、いつも”将来は冒険者になる!”って言ってたの。…でもさ…本当は、その。
えーとなぁ………。
……ぅぅ、可愛いものとかも、結構好きで!
見た目こんなんだし、将来は冒険者って言っちゃってたから剣士になったけど…なりたい職業、別にあったんだよねー」

「そうだったんですか」

レナはとても驚いていたが、それを大げさに表情に表すことはせずに、落ち着いた様子で、少年のような見た目の女の子を眺めていた。

笑われなかった、という事実はパトリシアを安心させたらしい。
ビールを一口飲んで唇をしめらせた彼女は、続きをゆっくりと口にする。
手首の百合印を、まぶしそうに見つめた。

「…花職人になりたかったんだ。
毎日、自分で育てたキレーで可愛い花に囲まれて生活して、店を構えて、お客さんにオススメの花を売るの。
とびきり素敵な花束を作って…笑顔になってもらえたら嬉しいなー、なんて。…ちょっとダケ、夢見てたんだよ。
…なんかさぁ、大人になってくにつれて、どんどん可愛いものとかが好きになって来て。
小さい頃から、女の子らしい物に触れてこなかった影響なのかなぁ…?
昔は女の子らしいのってなんか恥ずかしくて、花とか人形とか嫌がってたんだけど、今になって気になって仕方なくて。
…この歳にしてだよ!?ええい、私め…。
ドちくしょうっ」

「もう…。口調荒れてますよー?」

レナはパトリシアの言葉遣いに対してのみ、わずかに苦笑してみせて、照れてビールを一気飲みしている”女の子”の背中をトントンと叩いた。
…むせられた。
予想外だったらしい。
ビールが鼻に入って涙目になっているパトリシアにごめんねーと謝って、レナは溶けかけたアイスを彼女の口に放り込む。
甘味効果で場が静かになったタイミングで、今度はレナが囁くように話す。

「…パトリシアちゃんが本当にやりたい事をして、笑顔でいてくれる事を、ご両親も望んでいると思いますよ?
今でも、きっと。
ゴルダロさんたちもそうですよ…。
ご両親やゴルダロさんたちが冒険者としての貴方を歓迎したのは、花屋さんになりたいって夢を知らなかったからでしょう?
言わなきゃ、分からない事だってあります。
恥ずかしがって自分で隠してた秘密なんて、尚更、気付かれません…。
隠し続けてあとで後悔したら…パトリシアちゃんも皆さんも、悲しい気持ちになると思います。
…きっと、貴方が本当にやりたい事を、みんな知りたいはずですよ。
打ち明けてみませんか?
相談したら、花屋さんになる夢も、絶対応援してくれますよー!」

「…後悔なんてしてないって言ってんじゃん!レナのばか。
言わないもん…」

「そうでしょうか?
私にはそうは見えなかったですけどねぇ。ふふっ。
…言っちゃおう?」

「や、だっ!」

パトリシアの”ばか”は、従魔たちがオトナの対応として聞き流してくれたと言っておく。
なお、額にはバッチリ青筋が浮かんでいる模様。

「今更言いたくないって…。
恥ずかしいし、きっと…みんな笑うから。
それに、冒険者になって親と職業で同じランクまで登りつめるのも、一年前に私の夢になったんだよ?
そうしたら、お父さんとお母さんとの思い出も、全部忘れないでいられる気がしててさ…。
毎日、眠ると、その分だけ何かを忘れてく気がして怖くてねー。
今は何か、心の支えになるものが欲しいんだ」

「…それが、冒険者業なんですか?
…ご両親と同じランクの冒険者になるって夢、素敵だと思います。
でも、寝不足で、そんな精神状態で依頼をこなしてたら死んでしまうかもしれませんよ…」

「なんだよ。心配してんのかー?」

「当たり前ですっ。友達でしょう?」

「…ははっ、いーね、友達ー!
レナみたいな女の子らしい友達も、今まで出来なかったもんなぁ。
…敬語やめてふつーに話そーぜ、レーナ。
私、絶対アンタにしか花屋の事話さないからなー?」

「むう。強情だよ、パトリシアちゃんっ」

「イイね、パトリシアちゃんて!くははっ!
可愛くなった気分!」

しんみりした空気を、酔いの勢いに任せて豪快に笑い飛ばしたパトリシアは、ふざけて「レーナちゃん!」と口にして、椅子に座ったままスイッチが切れたように眠ってしまった。
相変わらず、眉は苦しそうに歪められている。
…快適に寝ている訳ではなさそうだ。

眠る事を怖がっているので、睡眠が浅いのだろう。
こうした状態はもう長く続いているらしく、目の下にはクマが出来ている。
レナは、小さくため息を吐いた。

「はあ…素直じゃないなぁ。もう。
クレハ、イズミ。パトリシアちゃんをベッドまで運んであげてくれる?
ハーくんは、[快眠]スキルを」

『『あいあいさーー』』
『はーーいっ』

いつの間にやら起きていた従魔に、テキパキと指示を出すご主人さま。
少女がスライムにぐにょぐにょ運ばれている間に、お皿を洗ってキッチンを片付けておいた。

「…もうバレてるんだよー、パトリシアちゃん。
お姉さんが聞いちゃってたよ?」

「うふ♪
ごめんねー、レナちゃん。
ウチの子がまた面倒くさい感じに絡んじゃってて!」

苦笑するレナの背後に現れたのは、ゴルダロパーティメンバーの踊り子風お姉さんだった。
桃色の髪に、やたらと色っぽいカラダを強調した衣装。

「ルルゥさん」

まあ、この人である。

レナに名前を呼ばれたルルゥは、赤い目を楽しそうに半月に歪めた。
ベッドで寝こけるパトリシアを眺めると、クスクス笑う。

「あの子、お花屋さんになりたかったのねー?
全然気づけなかったわぁ…聞き出してくれてありがとう。レナ」

「どういたしまして。
…で、いいんでしょうか?
私は、パトリシアちゃんが自分から話してくれたお話を聞いていただけですけど。
お花屋さんに憧れる気持ちも、両親への思いもとても強いものだったから、一人で抱えるのは大変だったんだと思います。
そろそろ、誰かに聞いて欲しいタイミングだったのかも…。
…今回話したことで、心のガス抜きが出来てたらいいけどなぁ」

「うふふ♡
貴方は、友達想いねぇ。
メンタルケアのお医者さんになれるわよ〜?
パトリシアは剣士としての実力はあるんだけど、最近どうも戦い方が危なっかしくて。
お酒を飲まなきゃ寝れないみたいだったし…心配していたの。
…花職人への転職、それとなーく勧めてみるわね♪」

「!ありがとうございますっ」

「あら、貴方がお礼を言うの?ふふっ」

勢い良く頭を下げたレナに対して、ルルゥは、心底おかしそうに声を上げて笑った。
彼女を見つめて、レナは少し言いづらそうに口を開く。

「…ところで、ルルゥさん。
どうして、ゴルダロさんのパーティに?
口調までわざわざ変えてたので、何か事情があるのかと思って尋ねていませんでしたけど…。
昨日の夜もお宿♡にいらっしゃらなかったですし……あ、言いづらかったら別にいいんです」

「あん♡ …私の夜のお話、聞きたいの?
長くなるわよぉーー?」

「そこは割愛でお願いします…。
それよりも、パーティにいらした理由が聞きたいです」

「いいわよー♡」

そして、淫魔は話し始めた。
これはパトリシアが生まれる前の、彼女の両親とルルゥの思い出話。

中堅冒険者だった剣士の父は、地方貴族からの指名依頼を受けて、打ち合わせをするためお宿♡を訪れていた。
それを邪推してしまい怒ったのが、当時は恋人だったパトリシアの母親。
お宿♡の受付で淫魔に対してさんざん騒いで、泣いて、話を終えた恋人には激怒したのである。
恋人にお宿♡を訪れることをあらかじめ言っておかなかった父も、思い込んで暴走するまでが短すぎる母も、どちらも悪い。
そう仲裁したルルゥは、それから彼らと仲良くなった。

以来、ときどき気分転換にルルゥはゴルダロパーティに参加していた。
彼女の役割は、お得意の付与魔法による後方支援である。
口調や服装をわざと変えていたのは、冒険者になりきって楽しんでいたかららしい。
…忘れ形見のパトリシアを心配した淫魔は、最近の日中はほとんど踊り子ルルーとして活動していたとか。
ルルーも、冒険者としてレナに会った時に距離を置かれたため、何か事情があるのかな?と考えて、親しく話しかけなかった。

お互い、深読みをしすぎていたということである。

小さな魔物使いと淫魔は、顔を見つめ合って苦笑した。

「私たち、考えすぎていたんですねぇ…。
これからは、昼間も普通に話しかけてもいいですか?」

「もちろんよ〜♪
その方が私も嬉しいわ。実は、さみしかったの!」

「「ふふふっ!」」

その晩は、ルルゥはパトリシアの家に泊まると言ったので、玄関先で別れることになった。
受付はなじみの獣人が代わってくれているらしい。

…今夜ばかりは穏やかな表情で深く眠っている少女を、淫魔はとても優しい瞳で見つめている。
彼女のおでこを撫でると、追加で[夢枷]のスキルをかけてやった。
本来ならば、心地いい夢で本人を強制的に眠ったままにさせる恐ろしいスキルなのだが、器用に魔力を絞って、ごくわずかな心地よい影響のみを与えている。
…それでも、以前のパトリシアには毒だっただろう。
甘い夢に囚われて、寝たきりになっていたかもしれない。

友人に心を開いた今なら、きちんと目覚めるだろうとルルゥは確信していた。
…夢をそっと覗くと、母の作ってくれた可愛らしいワンピースを着た幼いパトリシアが、両親と手をつなぎ楽しそうに笑っているシーンが見える。
その隣には、現在のパーティの面々、そしてレナ達の姿もあった。

「おやすみなさい、いい夢を。
パトリシア…貴方のことを大切に思う人は、たくさんいるのよ?
うふふっ♪」

不器用な少女を優しく包みこんで、夜はゆっくり更(ふ)けていく。

***

翌日、目を覚ましたパトリシアは驚愕していた。
部屋中が、ありとあらゆる種類のキレイな花束で埋め尽くされていたのである。

「なんだよ…これ…」

ベッドに腰掛けたまましばらく唖然としていると、ふいに玄関扉が開いて、ゴルダロと魔法使いのジーンがひょっこり顔を出した。
両手には、大きな大きな花束をいくつも抱えている。
パトリシアと目が合うと、大柄なリーダーはガハハッと豪快に、魔法使いは軽快に笑った。

「…おう!
目が覚めたか、パトリシア?
お前さん、今日はいつもに増して寝ぼすけだったなぁ。ガハハハハッ!
花職人を目指すらしいじゃないか。
そんなお前さんに、俺たちからの餞別だあっ!」

「いやー、驚いた驚いた。
うんうん、いいと思うよ、お花屋さんねー。
パトリシアは花壇の花も枯らすことは無かったし、向いてるんじゃないの?
店開いたら、花買いに通うわー。
贈る相手もいないけどなぁ」

「………待てよ。おい。…なんでお前らがそれを知ってんだ。
〜〜〜〜ッレナッ!!!」

パトリシアがわなわなと震え、顔を真っ赤にして友人の名前を呼ぶと、案の定、友人も玄関先からひょこっと顔をのぞかせる。
怒ってるぞ!ときつく睨みつけたら、レナの背後からは従魔たちが圧をかけてきて、ビビッていた。
残念!懲りない娘である。
踊り子ルルーも楽しそうに笑顔で登場した。

「ほらー…ルルーさん。やっぱり彼女にいきなりコレは、ちょっと刺激が強すぎたんじゃないですか…?
照れて真っ赤になっちゃってますよー。
あ、パトリシアちゃん。おはよう!
お花屋さんのこと皆に言ったのは、私じゃないからねっ?」

「これくらい過激にしないと、あの強情なパトリシアには効果ないわ〜!
素直になるまで、攻めるわよ♪
おっはよー、パトリシアー!」

「…照れてるんじゃなくて、怒ってるんだッ!」

「「またまたぁ〜♪」」

「…なんかアンタら、妙に仲良いなぁ!?」

今日も朝から、レナさんの周りはとても騒がしい。
そして、笑顔があふれている。
照れに照れたパトリシアは、結局、玄関のドアを閉めて室内に引きこもってしまった。
しかし、ゴルダロたちは全く堪えた様子もなく愉快そうに笑っている。

「ガハハハハッ!
パトリシア、明日もまた、たくさん花を持ってくるからなー?」

「…や、め、ろ、よっ!?」

意外と心が乙女だったパトリシアが素直に本心を口にするまで、数日の間、花束は贈られ続けた。
鮮やかに彩られた自宅を見て、今は亡き両親たちもきっと喜んでいるだろう。

▽Next!パトリシアと花屋稼業

 

 

 

 

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