319:ふつうの旅人

 

▽レナが レグルスの前に出た。

「大丈夫! です!」

かばうように両腕を広げている。

攻撃姿勢で走りこんできた男は、驚いたように立ち止まり、細い目を見開いた。

(冒険者っぽい。なんだか雰囲気が……アジア人ぽいんだよなぁ)

レナが男を観察する。
ラナシュ世界でいえば、アネース王国の魔法使いジーンに似ていた。

細身だが鍛えあげられた体に、薄手の防具。
日焼けした肌に、彫りの浅い顔立ち。伸ばしっぱなしの黒髪を無造作に首の後ろでくくっている。

日本刀のような剣が、ゆとりのある姿勢で握られている。
力を込めず柳のように滑らせて切る、そのような武器なのかもしれない。

「……まだ剣を向けたままだから、目ぇ逸らさないんかい? お嬢さん」
「え? そうです!」

レナは咄嗟のことで必死だったため、自分がどう行動しているか自覚していなかった。
最前線に出て刃物と向き合ってるんだ──と自覚したので、どっと汗が噴き出してくる。

『レナ様。俺が出ます』
「ぐるる……」

レグルスの呼びかけは一般人にとっては威嚇にしか聞こえない。

男の刃物がギラリと光ったので、レナも威嚇のために”頬をぷっくりと膨らませて眉を顰めてみせた”。
──だだをこねる子どものようであった。

「おお……獣に育てられた子、とか……?」
「違う違う〜!」

おかしな勘違いを誘発してしまった。

レグルスが前に出てくれたことで、やっとレナの膝が震え始めた。
従魔を守りたい一心であり、それには”人”が前に出るのが一番だと、一瞬で判断したのだ。
それをレグルスは誇らしげに思い、ぐいっと口角を上げて牙を見せつけ、炎のたてがみがパチパチ音を立てた。

▽レグルスが 魔人族に変化した。

スマートな立ち姿でレナを庇う。
男は唖然とした様子で、ゆっくりとレグルスの方を指差した。

「えーー……! この辺には魔人族がたくさんいるって、噂には聞いてたが、たまげたなあ」
「話が通じる相手だとわかったら剣をしまえ。こちらから攻撃する意思はないし、レナ様もご無事だ」
「おおー、分かった。なるほどお嬢さんが言ってた大丈夫って、これかあ……」

男は剣をしまう。
さやのようなものにシュルリと収納する様が、やはり日本刀のようであった。

「魔人族を見るのは初めてか? 潮のにおいの旅人」
「ああ。これからその、魔人の王国に行くところじゃった。すまんかったね」

レナたちに頭を下げる動作が(懐かしい感じ)。

「あの。口調……」
「お嬢さんが故郷の奴らに似てるもんで、つい方言が出てしもうて」

にっ、と笑いかけられたレナが、パチクリと瞬きする。
レナの顔を男はさらっと観察していた。
幅の狭い二重であるとか、こぢんまりとした鼻や唇であるとか、白っぽくても満月みたいな肌の色であるとか。すらりと細い体つきも。

▽レグルスが威嚇した。

「はいはいよしよし…………もしよかったら、ちょっと話しませんか?」
「お、おう。ええよ。技出したあとでくたびれとるし、休まんと進めそうもないから」

▽レナたちは 倒木に腰を下ろした(火炎獅子がストレス発散に殴り倒した)。

彼は東方の民。島国を出て、今はまだ旅を始めたばかり。方向音痴が災いして、少数民族の魔人とも会うことなくついに魔王国近郊まできてしまった。初めての魔人エンカウントがレグルスであるとは、運が良いような悪いような。

日本刀に似ている武器は、よく見ると鍔(つば)の形が独特で、柄の端には華やかな組紐飾りが揺れている。
服装はアオザイに近い。体にぴったりと沿うようなデザイン。
聞けば、日本の着物のような民族衣装の民もいるという。

「お嬢さんもあのへん?」

ナナシが尋ねた。
東方を出てこの辺に知り合いもいないから、ナナシでいいやとのこと。

「内緒です」
「おー、冒険者、じゃね!」

レナはえへんと胸をはっておいた。

「あのですね」
「なん?」

レグルスにかました技のことでも聞かれるかと、ナナシは身構えた。
こちらも冒険者といっていい、手の内は明かしたくないが、勘違いで攻撃してしまった……という痛手がある。

レナがぐいと詰め寄る。

「お米はありますか!?」

▽迫力の一喝!

ほとんど叫びに近い問いかけであった。
諦めていなかった。

ナナシはゆっくりと首を傾げた。思ってたのと違った。

「おこめ…………米?」
「それです!」
「あるよ」
「あった!!」
「欲しいん?」
「とても!」
「無理やで」
「なんっですとーーー!?」

レナががっくりと肩を落として、でも諦めていない眼力の強さで前髪の隙間からナナシを見上げる。女王様のオーラが滲み出してすらいる。
レグルスが(どうどう)とレナを慰めた。

ナナシがぽりぽりと頬をかく。

「あれは特別なもんなんや。東方の民の命のみなもと。大地をつかさどる蛇霊様に祈りを捧げて、栄養を分けていただく」

ナナシは大きく息を吸い込んで、合掌すると指の横側をおでこにつけた。その神聖な雰囲気に圧倒されて、レナも「うっ」と奥歯を噛みしめる。

「大国への挨拶でもないと、持ち出されんらしいなあ」
「わ、私ちょっと有名人ですけど?」

▽必死だーーーーー!

レグルスが、止めようかどうか迷っている。
ここまでレナが執着するとは思っていなかった。

それほど大事ならば手に入れて欲しいし、魔王国に頼むか? と宰相の顔を思い浮かべたものの、そういえば長いこと東方の使者が来ていないことに気づく。
会談もキャンセルになったのだと、こっそりレナへのお土産を図っていたオズワルドが悔しそうに愚痴っていた。

「お嬢さんの名前は?」
「藤堂レナです!」
「……いかん、あっちで聞いたことないで。司祭様が許さんよ」

がっくり。
今度こそ、レナの頭が深く下がった。
東方とはジーニアレス大陸の端っこの島国群、そこまで赤の女王様が広がっていないのがこんなに悔しいだなんて。

さすがにレナがかわいそうになって、ナナシは木の葉の包みを渡した。

「煎餅(せんべい)あげる。保存食みたいなもんやからまだ美味いよ」
「ありがとうございます。お米だああ……!」
「はは、そんなに好意的やと気分ええなあ」

ナナシはレナの頭に手を伸ばしかけた。
子供っぽいので、ワシワシ撫でようとしたのだが。
レグルスの殺気がマジだったのでやめた。

──ところで二人の関係は?
──冒険者はじめてどれくらい?

など、ほのぼのとした会話が弾む。

レナは煎餅をかじりながら(ふつーの冒険者の会話みたいだ……!)とかみしめていた。
冒険を始めて以降、ふつうとはまるで縁がない。
遠い目でふりかえる。

「なあ、旅先としていいとこ知らん?」
「んー……私も実は知ってるところって少なくて(一般人向けの観光地は知らなくて)。レグルスは?」
「自由にやればいいのでは」
「キョーミなさすぎじゃな! 勘違いで攻撃したのはごめんて!」

レグルスの睨みに早々にギブアップ宣言したナナシは、古びた地図を取り出した。
昔、旅をして帰ってきた東方人がくれたのだという。

「じゃあ行ったらいかんところは?」
「ガララージュレ王国ですねえ……」
「へえー」

なぜ危ないのか、世間的な噂話をレナは話した。

政権が荒れている。
ほとんど鎖国状態で、行ったものが帰ってこられない。
土地柄としてアンデッド魔物が多い。

ナナシは深く頷いた。

「あ……! 従魔の子たちが近づいてきてるかも」
「そのようですね。この音は、マイラたち……3人? 空?」
「えっ空!?」

見上げると、ビター&ホワイトカラーの鳥が飛んでいる。
▽快晴
▽もう限界だ!
▽チョコレートの翼が溶けてしまった。
▽マイラ・ジレ・アグリスタが落っこちてきた。

「「「うわああああ!?」」」

レグルスが火炎獅子となり受け止めたが、みごとな毛並みにべったりとチョコレートがこびりついてしまった。

「あとでお手入れしてあげるからね……! カカオ油ってしつこいんだよね。今日一緒にお風呂はいろう」
「ありがとうございます」
「え? ナナシさん?」
「いいもの見せていただきました」
「ナナシさん!?」

手を挙げて、去っていくナナシ。
唖然としながら、レナは見送るしかなかった。

レグルスが雌であることを説明されていた彼は、ここにきて「ガールズラブ」という推しに目覚めていたのであった。
ゆたかな風呂で洗いっこというのは、昔から東方男のロマンである。
いいじゃないか、それが女の子同士でも、むしろいい。

──騒がしくなってきたからそろそろ離れた方がいいな、というタイミングと、レナの[物語の主人公]がおかしな方向に作用したゆえの見事な開花であった。

ぽかんとしていたレナだが、すぐに、目の前の従魔たちに対応する。
手を伸ばすと、めそめそしていたマイラたちはビクッとして縮こまる。
チョコまみれで触れば、レナまで甘くなってしまう。

けれど主人はそんなことおかまいなしで。

「みんな、進化条件クリアおめでとう!!」

ぎゅーーーー! と抱きしめてお祝いしたのだ。

甘ったるい4人と1匹が完成した。

あとでやってきた従魔たちと、レナは帰宅する。
甘い香りだけ残されたドリューは途方にくれるのであった。

「レナ様、どうしてあのナナシと話そうと思われたのですか?」
「……ん? 突然のタイミングで珍しい出来事があったら、必要なことなのかなって思うじゃない?」
「なるほど赤の運命」
「う、うんそれでもいいや……。私って幸運だし、[物語の主人公]もあらゆる場面で作用するしね。そしてつまり」
「つまり?」
「スカーレットリゾートを有名にして!! お米をもらうぞおーー!!」

ばりん! と煎餅をかじりながら、レナが宣言した。

▽スカーレットリゾート計画が 加熱した。

 

 

 

 

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