314:ギルティアの異変

「ギルティアお姉ちゃん?」

アグリスタがふと、顔を上げた。
青ざめている。

首をかしげたリリーが、抱えていたギルティアをふわふわと撫でても、ギルティアに異変はないが。
いや、返事をしない。
眠っているから……と流していいものだろうか。

リリーが[フェアリーアイ]で見たところ、魂の色が濁っている。

『! ねぇ……』

アグリスタがきょろきょろと周りを眺めた。

「あの、ルーカ……さんは……?」
「庭に行ったみたいだよ。間が悪かったね」

シュシュが言った。口の端のケーキのかけらをペロリと舐める。アグリスタがガクガクと震えた。

「ひいいっ! 縛って下さいぃ!」

なんで????

従魔たちは困った顔を見合わせる。
アグリスタが縛って欲しいなんて言うのは慣れたものだが、主人以外の束縛に意味などないのにこの場で口にするのはおかしい。とハマルがのんびり説く。

「んー、君も混乱してるみたいだねー?……どーしたのかなぁ、顔色悪いよー?」
『チョコレート食べてもなおりませんかー。しょぼん』
「はいぃぃ……ぅぅ……」

アグリスタの様子をじっと見ていたルージュが、慎重に告げた。

『おそらく[共感]ですわ。その子がさっき口にしていた、ギルティアでしょう』
「『え!?』」

アグリスタの魂の光を見たリリーは、ギルティアに似た色をしている、と言う。

ハマルもギルティアの夢を確認した。

「ギルティア、夢を見てないなー。それくらい深く眠ってる……深く、深く、深く──」

ふわふわとした綿毛の顔は呼吸に合わせてそよりと揺れて、目をつむったことで植物そのもののような見た目。
黄色と緑と深緑、葉っぱは健康的にツヤツヤしており、心配することなどなにひとつなさそうなのに。
この魔物が「ギルティアである」ことで先輩たちの不安は募る。

つめたい風が窓から吹き抜けてきた。

ギルティアが目を開けた。

ギン!!!!

一気に見開かれた目は熟れすぎた果実の如く焦げ茶色、甘く腐りかけのにおいを発した。
ざわざわと綿毛が揺れて膨れあがる。

ビュン!!!!

リリーの細腕をふりほどき、ギルティアはつめたい風に乗って飛んでいく。

「わーーーっ!?」
『捕まえて!』

ルージュが指示を出す。
レナのような声の響き、従魔たちは弾けるように立ち上がり、それぞれ己の判断で動きだした。

すってんころりんと後ろに転がっていたリリーが、瞳を細めてギルティアを”視る”。

『ギルティアのっ、魂の色、真っ黒……!』
「そっかぁ、じゃあ手加減してあげられないね。[覇]ぁっっ!!」

シュシュの蹴りの威力がギルティアに向かっていく。
ある程度傷つくのは喧嘩の定め。ここには治療のプロフェッショナルがいるため存分にぶっぱなす。

ギルティアは後方確認をせずに、黒い魔力を纏う。

シュシュの[衝撃覇]は、[シャドウ・ホール]に阻まれた。

「なに!? あれギルティアの技じゃないよね?」
『ホワイトチョコレートの壁~』

ズボッ。

ギルティアは目前に現れた巨大チョコレートタワーに頭を突っ込んだ。

「ナイスチョココ~。おお……ギルティアまだ、深く眠ってるー。ということでー動かしてるのは別のなにか」
『一番関連性があるのは、イヴァン、ってところかしら!』

ルージュが口にしたその名称に、従魔たちは産毛が逆立つのを感じた。

屋敷が汚されたときのことを思い出したのだろう、ルージュと影の魔物たちもざわざわと怒りで震える。

ホワイトチョコレートに刺さっていた小さなギルティアは、なんとチョコ壁を腐らせながら進んだ。

「『イヤアアアアアア!?』」

ミディとチョココが悲鳴をあげて、手を取り合う。
食材魔物にとっては相当に恐ろしい光景であった。

さらにギルティアが身をよじると、ほの黒い魔力が部屋の家具を染めていく。

『呪いの名残が含まれている……許しませんわ!』

ルージュが影の魔物に捕縛指令を出した。
観音開きのリビング扉は腐食してしまい、ギルティアが脱走する。

<創りかえます>
『だ、大丈夫? キラ、先輩……』

リリーが心配したとおり、キラの音声はかすれていて体調が悪いようだ。

<ぐふっ……ダンジョンへの攻撃すなわち私へのダイレクトアタックが効いているので御座います。弱点を知りました。いずれ克服しますが……今は助けて下さいまし!>

キラが館内にアナウンスをする。

キラウィンドウに、ルーカが映った。

『キラ! ギルティアを映して』
<がってん承知>

走り去るギルティアの後ろ姿を、庭にいるルーカにみせる。
間接的な光景であるが、映像であるためルーカは名残を視ることができたようだ。

『イヴァンが今、操っているわけじゃない。残留思念ってところかな……マゾヒストの。どこにいくか分かりやすいね! ったくもう!』

レナのところに行くだろう。
止めるに決まってる、と沸き立つ従魔たちに、ルージュが案を出した。

少し前。
図書館を兼ねた資料室で、ページをめくる音がそよぐ。
はらはらと軽やかな音は、落ち着いた読書ではなく資料の読み込みを表していた。
複数の本が同時にめくられている。

「みんなお待たせ~」
「レナ」

ティーポットとティーカップをお盆に乗せたレナが、資料室の脇にあるミニキッチンからやってきた。
ちょっとした休憩がしたいときのために作られた一角は、レナがよく友人にお茶を淹れる場である。
本格的な料理はメイドたちの仕事になったので、自分が提供する場もほしかったのだ。

「はい。アリスちゃん、パトリシアちゃん、クドライヤさん……」

穏やかな音とともに、透き通るような緑の紅茶がカップの中に注がれた。
マスカットティー。

アリスは香りをまず嗅いで、パトリシアは早速ひとくち味見した。

「いただきます。……あ、すてき。レナお姉ちゃん、お茶淹れるの上手になったよね」
「ふっふっふ。モスラには負けるけどね~」
「そこまでの違いはなくない?」
「あ、パトリシアちゃん、それ言ったらモスラ膨れちゃうよ? まぁ私の紅茶は愛情がたっぷり入っているし、別枠で美味しいかもね!」
「うふふ」

乙女三人がなごやかにティータイムを始めたので、さすがのクドライヤも、読んでいた絵本を脇に置いて紅茶を飲み始めた。

「……確かにすごくいい味です。水の美味さが異常」
「大精霊シルフィネシアの水を使ってますからね?」
「げっほ」

喉をゴホゴホいわせながらも、一滴もこぼしてたまるかよ、とクドライヤは意地をみせた。
すみません~とレナが背中をさする。

「だってさー、クドライヤおじさん。私は一日一回、水の極大魔法の[水の盾]が使えるんだぜ? せっかくあるんだから、使わずに温存するのはもったいないじゃん。キラ曰く、エリクサー化しやすいらしいし。というわけで、風魔法で収集して瓶詰めした水の盾を、貯蔵してるんだよなー」
「理解はしました。意味はわかりません」
「はは! ギルティア大食らいですしね」
「とんでもねぇ贅沢ものに育ちましたよね、あいつ」

クドライヤはごくんと喉の水分を飲み下すと、またティーカップに口をつけ、ついついという感じでマスカットティーをぐいっと飲んだ。
樹人にとってはたまらない。

レナが快くおかわりを注いでくれるので、ありがたくいただいた。

クドライヤが、キラウィンドウを眺める。

<▽ギルティアのインタビューが 完了しました>

「褒めてやらないとなぁ」
「うふふ」
「幸せそうですね。レナ様」

従魔が活躍して嬉しい! とレナの顔に書かれている。
今更、無理やり受け入れることになった犯罪者ですけどね? なんて茶々を入れるほどクドライヤは愚かではない。
マスカットティー、三杯目。

「どう褒めてやるんだ? クドライヤおじさん」
「そりゃあクリスティーナを呼ぶきゃねーなー。あいつは褒める時のために朝露菓子を用意してたみたいだから? 預かってきましたけど?」

今後はこのキャラの使い分けでいくらしい。

樹人にとって最高のおやつ、朝露菓子。
葉っぱの上に溜まった朝露を、樹人が氷砂糖のようにかためたもの。作り方は、樹人ならば本能で知っている。葉っぱの上で上手に転がすのだ。
栄養豊富な朝露菓子は、水不足がおこった時のエネルギー源になる。枝の根本にキラキラと光るものがあれば、その植物は樹人か近しい利口な生きものといえる。

「クドライヤおじさんの魔物姿、割とびっくりしたよな」
「いやあれはクリスティーナですし? まぁそれは置いといて」

今朝、庭で作業をしていたパトリシアが見たのは、艶がありねじれた黒い樹木とベルベットのような黒緑色の葉っぱ。表面に朝露を乗せて影に溶け込むようにたたずむ、クリスティーナの姿であった。
樹人の魔物姿といえば、10メートルを超えるような大木に顔があるのが平均的。
しかしクリスティーナは上半身はほぼ人型であった。

「魔人族として血統を受け継いできた方々ほど、魔物姿にもヒトの名残が現れるといわれますよね……」

アリスがクドライヤに視線を送り、回答を求める。

「そうですよ。代々ヒト型をとってきた魔人族の系統であれば、完全な魔物だけの姿になることは珍しいです。人の背に翼が生えた姿であったり、獣の容貌をしていても表情が豊かであったり。どこかに特徴が残ります」
「へえ……」

レナはふわっとあたたかい息をはいた。
また紅茶をひとくち。

「んー、ハーくんも、出会ったばかりの頃よりもヒトっぽい表情をするかも? 羊であってもね」
「俺たちには、魔王国にいらした時ひと目で『あーこれは魔人族だな』ってわかりましたよ」
「そうだったんだ!?」

レナがウィンドウを眺めつつ、指を走らせる。
写真フォルダを開き、現在のギルティアの写真を表示した。

「もしかして、ギルティアが進化して完全魔物の姿になったのって、レアケースですか?」
「──よく思い至りましたね。ええ、進化して”強く””それなのに魔物に近しく”なるものは聞いたことがありませんでした。一件を除いて」
「それって」
「そちらのルーカティアスさんですね」

レナが机に突っ伏した。

「世界に二例、が自給自足だった……」

パトリシアとアリスは、クスクスとほがらかに笑っている。

クドライヤはわずかに音を立ててカップを置くと、目元をクリスティーナのように柔らかく細めて三人を眺めた。
このような表情をするときはギルティア関係への切り替えだ。
そうなるとレナも脱線している暇はなく、聞く姿勢にならざるを得ない。

「早めに相談しておきたいんですよね。肥料の仕入れについて」
「あーいいですよ」
「続けましょう」

それぞれ空になったティーカップをお盆に戻して、相談を再開することにした。

また手繰り寄せられた資料がパラパラとめくられる。
樹人の生態について。
ギルティアのような若芽に適した肥料について。
幼い心のあり方がかかれた絵本まで。

「肥料の目的は、ギルティアが休むのにちょうどいい柔らかくて栄養豊富なベッドを作るため……」
「植木鉢も工夫するといいよ。大きさはのびのびと根を伸ばせるくらい」
「遠方の肥料が欲しいなら、茶葉の貿易ルートがあるから、植物を凝らした肥料を集め始めてるよ」
「アリス、もう進めてんの!?」
「貿易に絶対はないの、欲しいものがあれば手に入るうちに手元に置いておいたほうがいいんだよ。ありがたいことにレナお姉ちゃんが資金を出しているし、容量もマジックバッグがあるしね。新規開拓は楽しい」

書き出されていく情報に、ミニキッチンに去ったレナ。
クドライヤは一息ついた。

その時、警報音が響き渡る。

「皆様!」

モスラが資料室の窓(・)をバン! と開けた。
どうやら庭からひとっ飛びしてきたようだ。
だいぶ執事を極めている。

「え、どうしたの」
「レナお姉ちゃん、これ!」

アリスが指すキラウィンドウには、リビングで起きたことがまとめられていた。

全員、事態を把握する。

パチン、と指を鳴らしたモスラ。

▽分裂した。

「本当に何!?」

四人のモスラが胸に手を当てて、美しい執事の一礼を披露する。

「影の魔物に変身を仕込みました。皆様全員をお守りするために……」
「ちょっと待ってください、俺も入ってるの予想外なんですだけど」
「ギルティアの指導者であるクリスティーナさんを失うわけには参りませんので。こう見えても、私、強いんですよ?」

こうみえても。たいした謙遜である。
モスラの(黙って心身の保持に努めてください)とかかれた微笑を目の当たりにしたクドライヤは、口の端を引き攣らせた。

「わかった。モスラ、レナお姉ちゃんを守って」
<承知いたしました>

アリスを抱き上げたモスラは、影の魔物なのだろう。
そしてキラの音声が流れることに、おおっと感心した。芸が細かい。

イヴァンの狙いとなれば、レナである。

レナは素直に抱えられる。

パトリシアは降りてしまった。

「私もやれる」
<それでは前へ>

影の魔物が変化したモスラが誘うまま、パトリシアも臨戦態勢に。
資料室の扉を睨みつけた。
鍵はかかっているが……

「来ましたよ!」
「!」

ぐにゃりと取っ手の金属が錆びて崩れ落ち、木造の扉も紫色に染まって朽ちる。
穴が空いた。

小さな白い影が現れて、ものすごい勢いで室内に入り込んでくる!

肥料袋を持ったパトリシアと、影を操るセカンドモスラが、ギルティアを捕まえようと動いた。

本物のモスラは、マジックバッグから赤い布を取り出した。

「レナ様、これをお召しに」
「これって……」

▽赤ノ祝福ヲ賜リシ覇衣(はごろも)が 現れた!

「エリザベートさんのお店に預けてたはず……レグルスが見守ってる中、ほつれたところを修復してくれてて。もう終わったの!?」
「よだれを堪えながら徹夜したそうですね。そのレグルスとエリザベートさんが先ほど玄関に現れたところでした。本当に、レナ様は幸運の申し子でいらっしゃる」

そういってモスラが微笑む。
思わず頭を撫でようとレナが手を伸ばしかけたところで、モスラがジャンプした。
レナは舌を噛まないように口を塞いで、しがみつく。

殺気がないから油断していた。

「攻撃……いや、捕縛?」

ぶっ飛んできた黒い残像は、レナのいた場所をすり抜けて壁に当たると、網のように広がっている。

レナはふわわんと風に乗るギルティアを見つめる。

(ギルティアの目的は、私。だったらどうすればいい?……受け止めてあげなくちゃ。あの子は従魔なんだから)
「称号[お姉様][赤の女王様(極み)][サディスト][異世界人]セット!」

レナの雰囲気がガラリと変わる。
横抱きにしているのはふさわしくないと感じたモスラは、レナを肩に担いだ。今のレナであれば、体のバランスを取ることもできるだろうと。
赤のハイヒールに包まれた足を組むしぐさもサディスティック! 鞭が良く似合う! ヒューーウ!!

ギルティアはわなわなと震えて、レナに突撃しようスピードを上げたが、後光がきらめくあたりで動きを止めた。

「──! ──! ──!」

綿毛の内部から、黒くドロリとしたものがしみ出してくる。10個ほど。ヘドロは小魚のようにピタピタとはねながら、光の中を突き進んだ。
ひとつが、じゅうっと光に焼かれて消滅した。

(やっぱり。この称号と装備ならギルティアの中にくすぶっていた悪いものを焼けるんだね)
「降ろして」

レナはゆっくりと降ろされると、ハイヒールをカツンと鳴らして立ち、装飾が新たになった覇衣をばさりとなびかせた。
──覇衣は黒い魂を寄せ付けない。
──赤の女王様(極み)には浄化の力がある。

「おいで。ギルティア」

レナが手を広げると、黒いヘドロが加速した。

「あなたたちはお呼びではなくってよ……身の程を知りなさい!」

レナの後光が強くなる。
▽黒いヘドロ 全滅した。

消滅の間際、ヘドロは本音を吐露した。
キイキイと叫ぶように。
踏まれたいだの叩かれたいだのというマゾ野郎の戯言が大半だったが、ギルティアの声も混ざっていた。

憎い。

幸せな環境にいるからといって、過去がなくなったわけではない。持ち続けてしまうものはある。たとえ必要でないとしても。
クドライヤは胸を押さえた。

ぽろん、と落ちるように倒れた綿毛ボディ。ふらふらとレナのもとへ行く。光の中をさまよう。

途中で、ヒト型になった。
無垢な若木の内部のようにみずみずしく白い素肌。
幼い体は、レナのもとにたどり着いても手を伸ばすこともなく、ただ誘われるままに主人に寄り添うだけである。
かくんと力を抜いたギルティアが傷つかないように、レナはしゃがんで小さな体を受け止めて、自分の膝の上でやんわりと抱き込んだ。

この時、クドライヤの目はサードモスラが隠している。

レナはマントをギルティアの背中にかけてあげて、隠した。
二人だけの世界で、ギルティアの口がむにゃむにゃと動く。
本人はまだ、深い深い深い眠りの中にいるのだ。
夢さえみない己の深淵に。

「……あたしを、信用しないで。信用できる子になるまで……」
「わかった」

それがギルティアの望みであるならと、レナは頷きを返す。
苦笑で口元がゆがむ。

そうっと触れた首輪は、外さない。
レナが生きているうちはずっと、かもしれない。
いい意味でも悪い意味でも、未来はわからないのだから。今はいたわりの言葉を。

「おつかれさま。ギルティア!」

深い深い呼吸を、ギルティアは繰り返した。

 

 

 

 

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