309:七日目のギルティアと水

 

ついにこの日がやってきた。
ギルティアが仮契約をしてから七日目の、朝。

与えられた部屋の隅で、ギルティアは丸くなっていた。
その隣にはクリスティーナが座り、スカートの端がきゅっと小さな指先に握られているのを、苦笑しながら眺めている。
もじもじ、指先が動く。そして物言いたげに開いたギルティアの口は、閉じる。

クリスティーナは自らの頭に生えた葉っぱを一つちぎり、手のひらに閉じ込めると、種族特有の魔法をかける。ゴーストローズが見せる幻覚だ。

「ほら」
「わっ?」

白い花、桃色の花、青の花に、黒の花──小さな花々が生まれては霧のように消えていく。

「綺麗よね」
「……そう、だな」
「私は実は花があまり好きではなくて」
「ふぅん」
「綺麗な薔薇には棘があるっていうじゃない。異様な花に貫かれたことがあるわ」
「……樹人狩りの花剣? 罪深い樹人を捕らえるために使われるやつ。どんなに硬い樹皮でガードしてもあれだけは樹人を貫く。魔王国の軍人も使ってる……それで軍に入ったの?」
「軍に入ることは決まっていて、でも抵抗したから貫かれたのよ。しつけ」
「魔王国のこともっと嫌いになった」

クリスティーナはもっと深く苦笑した。

「あなたもそうなるわよ? 七日間、よく考えた?」
「……そんな脅さなくても、あたしは従魔契約するつもりだよ」
「それならよかった」

ギルティアは、ゴスッと頭をクリスティーナの肩に叩きつけた。
しとやかな見た目に反してがっしりと引き締まった肩は、幼児の頭突きくらいなんてことないようだ。膝立ちになって抱きついたギルティアは、しばらく肩に頭を預けて頭痛に悶えることになった。

(抱きしめ返されることは望んでいないだろうし)
クリスティーナはただ癒す係として、静かに呼吸をした。
ギルティアの呼吸もしだいに整っていく。
影響されるくらいに心も側にいる。

初めて受け入れてくれた樹人だ。

「クリスティーナさんの花って、何?」
「軍の規約で秘密」
「きっと本当の花も綺麗だ」

クリスティーナが頭の花を偽っているであろうことは随分前に分かっていた。寝不足の時にたまに花が揺らぐから。白薔薇は、赤になり黒になり黄色になり白になり……たまにピエロのような奇天烈な色になっていた。
それも全部綺麗だと思ったのは、おそらく好意のためだとギルティアは自覚している。
どのような花であっても、好意と紐付けば好ましく、クリスティーナのように捕縛と紐付けば嫌になってしまうもの。

「綺麗って感性があること、いいと思いますよ」

クリスティーナはそんなことを言う。ふんわりとしたなにも悟らせない微笑みとともに。きっと失ってきたものがたくさんあるから、自分にはまるで無関係だというようにギルティアを褒めるのだろう。

ギルティアは抱きついていた腕をだらりとさせて、ちょっと離れたところにぽすんと座った。
一歩分あけて、また距離を詰めてくるクリスティーナのお節介が心地いい。
人の好意でギルティアは遊ぶ。

(あたしが従魔契約したところで、あの魔物使いはあたしをナイトメアたちと紐付けるだろうさ。情が深いなら、なおさらあの戦いを忘れられないだろう。自分が本当の好意を持てないことを、悔やんで……そうだ、壊してしまおうかな)

ギルティアはちょっと嗜虐的な笑みを浮かべた。
クリスティーナはその変化に気付き「お前……」と若干口が悪くなる。

「何?」
「イタズラ前の顔してた」
「イタズラしてもあの魔物使いは許すと思う?」
「思う。従魔に限っては」
「じゃあイタズラしちゃえ」
「そんなこときっと見透かされてそれでも許されるのでしょうね」

ギルティアは面白くなさそうに頬を膨らませて唇は尖らせた。

「完璧にイタズラしてやる」
「完璧ってどこまでが完璧? ちょっと教えて? 事前に報告をするから!」
「あのさー!!」

ギルティアがぽかぽかと殴ってくるのは大して痛くないし、クリスティーナはははっと軽やかに笑ってしまった。
随分と打ち解けた。
長いゆったりとした時間と、お互いが歩み寄るための立場を与えられたから。
潤沢に与えられたら人は変わることができる。

「──そろそろ従魔契約の場所に行く準備はできた?」
「………………えー」
「もう結構待たせてるけれど。しょうがないな、あと10分、って連絡をするから」
「っ」

ギルティアが頬をまんまるにして息を呑んだ。言おうとして、口ごもってしまう。

「? どうしたの?」
「…………っ」
「はいはいありがとうってことね、どういたしまして」

言う機会を奪われたギルティアは愕然とし、クリスティーナは(そんなもん初めてはレナパーティに言ってやれ)と先ほどのギルティアのようなイタズラ前の笑みを浮かべた。

再びぽかぽかと殴ってくるこの手が、やがてレナの手のひらを掴むのだろうなと楽しみにしている。

レナパーティのメンバーだなんて、更生においてこんなに恵まれた立場もないだろう。

「ん、<時間了解>だって。んん?」

クリスティーナは首を傾げた。

(<こちらこそ助かります!>……って、なんで?)

食堂では、レナたちが勢ぞろいして、ズゥンとした顔を見合わせていた。

「どうしよう。これ……」

テーブルの真ん中には、混沌(カオス)とタイトルがつきそうな液体・ネオがある。

時刻は少し遡る。

▽ギルティアのための ウェルカムドリンクを作ろう!

……というわけで、ジョッキに集めた液体を少しずつ注ぐことにした。混ぜやすい大きな器で。マドラーは|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)の延べ棒を使う。

「さあやってきましたクッキングタイム!」
「「ぱふぱふ〜!」」
「まず最初は〜、我らがキラが生み出したエリクサー! だいたい100mlとしましょう」
「「いえーい!」」

キラがドヤ顔で水球を作り、ジョッキの中に落とした。

▽エリクサーきらめいてるよ!
▽体調いいね! 整えてきましたからね! オッケー進めるぜ!

「次は、リリーちゃんの宝石水」
「はいっ♡ キラキラのピカピカだよ〜」

リリー手ずから、瓶の宝石水を注ぐ。
みんなの気持ちが込められた水を、それぞれが注ぐのがいいのだ。
レナはマドラーでくるくると混ぜる係。

▽すごいきらめきだ……!
▽液体は 薄紫色になった。
▽すでに飲めなさそうな物体になってきている。

「なんか……ラメ入りの紫水飴みたいな……」
「きらきらで可愛い♡」
「そ、そうだね! リリーちゃんナイスファイト!」
「これもう液体・ネオだろ」
「う、薄めよう! 普通の水で……」
「普通の水???」

すでに普通の概念がこんがらがり始めている。いつものこと。さあ行ってみよう! 進むのみ!!
ギルティアの|7日目(しめきり)はすぐそこだ!

「はいこれ、私から。大精霊シルフィネシアに頼んだ水」
「フルネームで聞いちゃうとインパクトすごいよね。パトリシアちゃーん、入れてください」
「混ぜてる手を休めるなよ、レーナ。いろんな水を混ぜてる時ってすぐ沈殿するから」
「りょ、了解」

▽きらめきが 増した!!
▽まるで小さな太陽のようだ。

「あっ、あーーっ! そうか、宝石に光のきらめきを足したからビカビカに光っちゃうんだ!? 透明な水だからイケると思ったのに!」
「混ぜる手を休めてなくてえらいと思うぜ」
「ギルティアのため! ぐああ目がああ! ルーカさん目隠しして!」
「レナは目隠ししたままだと水をこぼしてしまうのでダメです」
「鬼畜!」
「僕たちは成長しなくてはいけないと思うから」
「正論! まあそれはいいとして、何か、何か薄めるやつ! 暗いやつ……!」
「真実の湖の水とか」
「ネガティブ方面で暗いやつだった……まあいいや、やってください」
「肯定が早い」
「どうせ全部混ぜるんだし、あなたがオッケーを出したってことは緩和されるんでしょう」

頼られたルーカはにこにことしながら、目を閉じたまま[心眼]でジョッキを視つめて、すでに効能が尋常じゃないことに一瞬真顔になりながらも、真実の湖の水を注いだ。

▽すんっと 液体の輝きが沈黙した。
▽まるで「わたしは普通の水ですよ?」と言わんばかりである。
▽その真実は 宝石は光るものという概念が 水に溶け込んで完全に一つになったからであった。液体・ネオの爆誕である。
▽めちゃくちゃ。

「科学実験みたい……!」
「非科学液体を前にそんなこと言うなよ……」
「ふう〜まぶしかったぁ。じゃあ、気を取り直して続きいきましょう!」

レナはどれを入れようか吟味する。
できるだけ光の再来にならないもの。この間も手は動かし続けている。

「凍土の氷水にしよう。ではロベルトさん、溶かしながら入れちゃってください」
「頑張ります」
「尻尾がブワッてなってますよ!? 大丈夫ですか!?」
「はは。さすがに氷の聖霊様の体液……? ともなると取り扱いに緊張するようです。腕を震わせることはありませんので、見苦しいですが尻尾はご容赦ください」
「いやに饒舌ですね……ファイトです!」
「頑張ります」

ロベルトは100mlぶんの氷をルーカに切断してもらい、ジョッキの上で氷を溶かす。
手に持った氷の温度をだんだんと上げていき……水滴を慎重にジョッキの中に入れた。

ゆっくりと加えられたのでレナも混ぜやすかったようだ。マドラーを中心に、ひんやりとした冷気が漂う。

「お上手でしたよロベルトさんっ。おわあああ凍った!?」
「やはりですか!? くっ、申し訳ございません」
「もしかしたらって思ってたから、大丈夫! アリスちゃん、砂漠のオアシスの水をちょうだい。カルメン、注いで」
「は、はい。カルメン様」
『我々の熱き概念の水が、氷の聖霊を上書きしてくれるわ!!』
「概念を持ち出さない! 騒がない! 水を”混ぜる”んだから仲良く!!」

▽レナの 教育的指導!
▽概念操作はやめようね。
▽氷はしゅううううと溶けて、とろりとした液体・ネオになった。

今の段階でジョッキの三分の一が満たされている。

「あたたかい液体になっちゃったから……そうだなぁ。キサ、温泉水を」
「うむうむ。ちょうど馴染みやすいと思うのじゃ〜。この温泉水は普段から|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)に触れてカルメン様との親和性もあるからの」

キサが優雅な所作で温泉水を注ぐと、これまでで一番なめらかに馴染む。

「おおっ! じゃあ次は……分離しないあたたかいうちに、スウィーツパラダイスの砂糖水!」
「甘みです〜」

チョココが注ぐと、とろみがかなり増してしまった。
マドラーを動かすレナの指の動きが鈍くなる。

「んん……軽やかにするような、そうだ、海底の水をくださーい! 砂糖の後は塩で中和!」
「お料理失敗した時みたいなこと言ってません? じゃー俺が……いてっ」
「おいドリュー。レナ様に向かって失敗などというな。それから注ぐのは子どもが優先だ」
「いいノ?」
「おーミディちゃん、ごめんなぁ。じゃあやってごらん。上まで持ち上げるぞ、よっ」

ミディが注ぎやすいようにドリューがしっかりと抱える。
ミディはご機嫌に鼻歌を歌いながら、海底水を注いだ。

▽液体・ネオは 真珠の輝きを放ち始めた。

「やばいっ! またライトクラッシュくる!? もうどんどん入れちゃおう」
『これを。レナ様の涙ですわ。従魔との再会に感動して流した涙ですから、そのような由来のものはきっといろんな水を束ねて従わせる力がございます。そろそろ投入しておくのがよろしいかと』

「ああ、そうしておこうか。私の涙〜、穏やかにみんなをまとめてね〜」

(穏やかは無理でしょ)とはみんなが思ったが、口に出さなくてえらい。
あと泣きすぎで合計100mlに達したのは大したものである。

▽なにやら液体・ネオが 赤く染まった。
▽レナクラスチェンジ!

「やっぱりこうなるか……! でもすごく混ぜやすくなったし、これから入れるラスボス前に投入しておいて正解だと思う。オズくん……!」
「魔王の涙だ」

オズワルドがニヤリと笑って見せた瓶の中には、5滴ほどの液体。

「分量がアンバランスだけど、スパイスとしてはいいでしょう。ところでどうやって泣かせたの……?」
「胡椒ぶっかけた」
「えー!?」
「正攻法でやってもまだ、勝てなかったから。でも絶対に涙は欲しかったし、勝負と仕事は分けるべきだと考えたから、主さん式で魔王を泣かせた」
「誤解がひどい……!」
「なにをやっても絶対に成果を得るやり方ってことだよ」
「ロベルトさんメモらなくていいです」
「つい」

レナが半眼で眺める前で、オズワルドはくくくっと笑いながら涙を投入した。恐れることはなにもないらしく、尻尾もゆるやかに揺れている。レナの横にいって「撫でていいよ」というほど余裕だ。
しばらく離れている間に、急激に成長したらしかった。

その感慨に浸る間もなく、変化は訪れる。

▽液体・ネオが ボコボコと泡を吹き始めた!

「魔王の涙、元気すぎ!」
「ぴえっ」
「アグリスタ、今びっくりして泣いた涙ちょうだい!?」
「ふあああこれでよければ……!」
「よしみんな、頑張って泣こう。従属エネルギーであの魔王を屈服させよう」
「「押忍!!」」
「「やったるでえー!」」
「一人ふた粒づつくらいなら足しても問題ないでしょ」
「ギルティアを思う気持ち! 泣ーくーぞー!」
「「ぴええん」」

…………各々が、それぞれの感動や悲痛の場面を思い出して、涙をこぼした。

▽ネガティブと ポジティブの バランスが整った!
▽あとはレナの涙による調教……
▽魔王の涙が鎮まった!
▽今のうちに異世界日本の夢水をぶちこむぞ!!!
▽ぐるぐるぐるっと よくよく混ぜて〜〜〜〜
▽できあがり!!

「どうしよう……」

▽液体・ネオが ネオすぎる。

ここで、クリスティーナから連絡が入り、レナたちはもうしばし水の試行錯誤をするのであった。

 

 

 

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!