308:リリーと宝石水

 

──宝飾店メディチ。

店の工房内には、未だかつてないくらい大勢の職人たちがつめかけていて今やすし詰め状態である。
真ん中にぽっかりと人垣が空いており、乳白の髪となめらかな褐色の肌を保つ妖精姫・リリーが宝石と向き合っている。

観衆が息を呑んだ。

リリーの手の中で、宝石がとろりととろけて瓶の中に落下していく。
褐色の手のひらの中で自ら光を放つ水、そこだけ神秘の泉のようだ。リリーの指の間からにじみ落ちて、風のろうとを一直線に下っていく。

手のひらが空っぽになると、リリーはしっとりした指で瓶を持ち上げてすこし揺らす。
ちゃぽん、と水の音が響いた。

「で、できたよーーーっ!」

リリーが声を上げると、部屋が震えるくらいの歓声が送られた。

あの技術を習得するには50年はかかるもんだぞ!? とか、なんて美しい手際だ……才能の塊! とか、キャー妖精王族さま麗しぁぁああ!! とか、ざわめきがとまらない。

リリーのそばにいた妖精たちは慎重に瓶を確認している。

「不純物がなにひとつ含まれない宝石水……はい、すばらしいです。なにに使ったとしても最高の結果に繋がるでしょう」
「まさかあの硬度の宝石をみごとな軟水にしてしまわれるとは……」
「リリー様の手際に驚きました。長年宝飾にたずさわっている我々ですら、あのような宝石を扱うとなると指先が震えてしまうものですのに」

アンベリールブレスレット所属の青妖精クール、金細工職人の黄妖精イエラ、宝石加工師の赤妖精メルル。

▽それぞれ一流を極めている妖精からも お墨付きをもらった!
▽やったね!

「えへへっ。ぶい!」

リリーがVサインをしてテヘペロと舌を出すと、可愛らしさと美しさと我らが妖精王族尊いのメンタルダイレクトアタックを受けた妖精たちは胸やら口元やらを押さえてうずくまった。
リリーが進化してプリンセスとなった今、妖精族への影響力はますます増している。

「よーし、蓋を閉めてっと。これできっとご主人さまに喜んでもらえるなあ」

マイペースに瓶にラベルを貼るリリー。

たっぷりの紫色の宝石水が揺れている。
それだけ大粒の原石を使ったということであり、クレハもイズミも宝石吐きをがんばったのだ。スライムボディが大きくなるにつれて、大粒の宝石を吐くようになってきた。

瓶は、レナがリリーに持たせた元祖マジックバッグにしまう。思い出の品なので、エリザベートに可愛らしいバッグにアレンジしてもらい、今ではお出かけの従魔がよく斜めがけしている。

るんるんっと立ちあがったリリーに、おそるおそる声がかけられた。

「あ、あの、リリー様! ……もしよろしければこの宝石水を使った完成品を、ぜひ我々にもお見せいただければとっ!」

職人たちがこぞって床に頭をこすりつけて、土下座する。
リリーは(わあ時代劇みたーい)とちょっと興奮した。

ここまできたらリリーも乗るしかあるまい!

▽リリーは 装飾保存ブレスレットを光らせて 振袖着物姿になった。

▽水平にあげた腕を 横薙ぎに振るう。

「みなのもの、控えおろうっ! あ、もう控えてるか……。あのねのじゃ、あれ? 作ったもの、またご覧に……えっと、よくみてご覧! 連れてくるから!」
「ありがたき幸せ!!」

ははーー! と職人は感嘆の息を吐いた。
リリーの噛み噛みなんちゃって言葉につっこむ者はいない。
愛嬌なんだよ!!
オッケーサンキューだ!!

(やっぱり時代劇みたーい)とリリーはころころ笑った。

今日は付き添いできていたモスラが、生あたたかい微笑みでこの光景を眺めている。

職人たちは知る由もなかっただろう。
常識的に考えれば、宝石水が使われるときは贅沢な宝飾品ができあがる。だからこそ職人としてお目にかかりたいと思ってすがったのだろうが。
樹人幼女がやってきて「宝石水? あたしが飲んだ」なんて発言して大騒ぎになる未来を確信して(なんて愉快なのでしょう)とモスラは口元を押さえた。

▽本当に愉快だと思うぞ。

▽店主のクリエが 工房に走り込んできた。

「お、おめでとうございますっっ!」

周りをキョロキョロして、すでにリリーが宝石水を完成させたうえしまったのだと判断し、がくっと肩を落とした。歓声を聞いて大急ぎでやってきたのだが。

「あらら、間が悪かったです……。お話好きなお客様がいらしたものですから、タイミングを逃してしまいました」
「また、作ってるとこみせるねっ。のじゃっ。私、感覚、覚えたのじゃからっ」
「まあ!!!! ぜひ!!!!」
「う、うん」

圧がすごい。さすがのリリーでもそう思った。そしてなんちゃって姫言葉にやはりツッコミはない。

クリエはリリーを圧倒するように間近に迫り、感激のあまり両手を握って涙ぐんでいる。

「その辺で」
「あ、モスラ」
「! ああ失礼しました……!」
「妖精族のみなさんに自動的に魅了が効いてしまうみたいですね。リリー先輩」
「無差別攻撃、したい、わけじゃ……ないんだけどなあ? ごめんねぇ」
「いえいえいえ! そんなそんな!! こちらこそ!?」

クリエがペコペコ頭を下げている。
そして動くたびにリリーに顔が近づくので、鼻血をにじませた。

「わあ、マリアベルさんみたいになっちゃった……」
「そんな。一緒にされるなんて、その、よくないですわ」

さりげなく、マリアベルと一緒にするなと言っていないだろうか? その気持ちはわかるけど、とモスラは思いながら、クリエの肩を掴んでリリーからそっとひっぺがした。べりっ。

リリーはにぱっと笑顔を見せる。
▽距離をとったというのにまたそうやって魅力を増す!!!!
▽モスラの妖精族ガーード!

▽両腕を広げて 殺到する妖精族を防いだ。

「あ、あのね。謝らなくても、いいよ。私も、感激したとき、ご主人様に抱きつくこと……あるもん。愛情表現だよね」
「「「「寛大……!」」」」
「近いです」
「みんなー。ねえ……魅了されてるって、どんな感じ?」

▽どんな風に私のこと好きなの? というリリーの純粋な疑問。
▽メンタルアタック!!
▽妖精族は真っ赤になってしまった。
▽鼻血案件。

「そ、そうですわね……心がふわふわと浮き足立つ感じで、もっと見たい気持ちと顔を見ていられない気持ちがせめぎ合いますああっ」
「大変失礼いたしますが浮き足立つ程度ではなく実際に足が動いているのでお控え下さいはい下がって、リリー先輩に近づきすぎです」

「リリー様が輝いてみえるので、光に吸い寄せられる虫のような……ああ……!」
「背中に翅が具現化していますね。ああほら妖精型になってしまって、ちょっと腕をすり抜けないで下さい[ウインド]」

「何に阻まれたってあなた様の元に!! 妖精姫様万歳!!」
「行かせませんよ」

「ラナシュ世界に感謝いたしますありがとうありがとうありがとう」
「宗教みがありますね」

▽モスラのブロックが激務。

リリーは笑顔をやめてみた。
いつもの微笑みがなくなると表情は一気に大人びて、少女としては艶のある妖艶(ダーク)さを醸す。

妖精族はさめざめと泣きだした。
これはこれで良すぎる……!
と、赤くなったとがり耳が何よりも雄弁に語っていた。

「うーむ。これで女王になってしまった暁には妖精族は虫の息なのではないでしょうか……? どのように思いますか? リリー先輩」
「やってみなくちゃわかんない♡」
「ヤる気なのですね」
「あとルーカや、キラ先輩に、聞かなきゃ、わかんないと……思うのだよ?」
「そうですねぇ」

モスラは妖精三人に手刀を落とした。
指先に風を纏って、小さな首の後ろにストンストンとミニチュア手刀。さすがに指刀は語呂が悪い。

「翅の音がだんだんと弱ってきていましたので、休憩していただいた方がいいでしょう」
「なるほど〜。優しいねぇ」
「はうう、リリー様の声音がなによりも優しくて美しいですよぅ……!」

クリエがキュンキュンと胸を高鳴らせている。
そんな場合ではないだろうに、とはさすがのリリーも心配になった。

リリーは青の瞳を刮目させて、クリエの顔を覗き込む。
視界が徐々にきりかわり、クリエの魂の光のゆらめきを[フェアリーアイ]が明らかにする。
光は爆発せんばかりに荒ぶっていた。それから少しだけグレーの光も。

(これ嫉妬……?)

「モスラ。クリエさん、ちょっと、離してみて?」
「はい」
「ああああリリー様!」

ズリズリズリズリ、と工房の端にまで遠ざけられるクリエ。
リリーが一旦後ろを向いてから、またクリエに向き直ってみると、先ほどまで抵抗していたクリエはただ大人しくパチクリと瞬きしてみせた。

「あら? わたしってば何を……ああご無礼をっ!?」
「控えおろう。うんまあそれは、置いといてっ」

眺め続けると魅了が増す、とリリーとモスラは理解した。

リリーはうんうんと頷くと、モスラだけを呼び戻す。
こっそり耳打ち。

(さっき、妖精族の心に、嫉妬の感情があったの……なにか、わかる?)
(そうでしたか。憶測を立てるとすれば……嫉妬が、異常行動の主な原因。ではなにに嫉妬しているのか? 自分たちの王族が他の者に縛られていること、なのかもしれません。でなければ王族を前にただ混乱するだけの種族など、おかしいでしょう? それならば王族がいない方がいい。王族という立場に異変があるからと考えるべきです)
(ええっ!? そんな……)

リリーは泣きそうになってしまった。
モスラはそっと目元にハンカチを当ててあげた。
そしてクリエを振り返ると、むすっとした表情をしている。接客業をしている彼女がここまで負の感情を晒すことは珍しく、職人たちも驚いている。

(ふむ。今は私に嫉妬している状態のようですが、先ほどと比べてどうですか?)
(さっきよりは嫉妬が薄いかな……?)
(であれば従属が原因の線が、より濃厚になりましたね。私がリリー先輩を泣かすことの方がよほど悪どいでしょうに、リリー先輩の近くに寄ったときのレナ様との契約に嫉妬するだなんて)
(……フェアリーアイで視えてるから?)
(そうでしょうね)
(どうしよう)

リリーがしょんぼりとしてしまう。
モスラは苦笑しながら、リリーの乳白のおだんご頭を見下ろした。

ただレナを選ぶだけではなくて、妖精族のことも考えるようになってきている辺り、リリーの心にもきっと変化があるのだ。
その思いやりがリリーを傷つけるなんてよくない、と思う。

(ネオ種の自由な蝶である私は、身内びいきですからね、先輩のために一肌脱ぎましょう)

「モスラ? 何か言った?」

ただ思考するだけだったモスラの気持ちを読み取って、リリーが話しかけてきた。なるほど能力の精度が上がっている。リリーのフェアリーアイはさらに特別になったのだろう。
綺麗な青の瞳が上目遣いに見つめてくる。

「しっかりと配下も愛して差し上げたらミンナナカヨシになるかもしれませんね」
「みんなーーっ! 愛してるよーーっ!」

▽リリーの 笑顔の一声!
▽完全に和風アイドルライブであった。
▽ミンナナカヨク しんだ(比喩)

リリーはきょとんと小首を傾げた。

「あれ……? 床に、ししるいるい?」
「さあリリー先輩を引き止める方々もご就寝されましたし、宝石水という目的も達成されましたから、我々も帰りましょうか」
「そうだねぇ。あ、伝言置いていこうっ」
「私がカードに書きましょう。ではどのように?」

『宝石水にするのを失敗した割れた宝石、職人のみんなで使ってもいいよ! 綺麗なアクセサリーになったら[赤の聖地]に売りにきてね。適正価格で買います』

──この書き置きをみた職人たちは、歓喜の悲鳴をあげた。

高価な宝石で技術鍛錬ができるだけじゃなく、きちんと売り込み先まで保証されているだなんて。商人アリス・スチュアートの名刺をみて安堵し、さて自分の技量はどれほどの適正価格をいただけるのか? と、その日から職人たちの猛訓練が始まった。

夕日が背中を照らす帰り道。
リリーとモスラは兄妹のように仲良く並んで歩いて帰る。
王都のにぎやかな商店で珍しい食材を少し買って、今日の夜ご飯にみんなで食べるのを楽しみに。
ちょっぴり足が急ぐのは、はやくご主人様に会いたいからだ。

「……従魔契約のこと、やっぱり、まだ気になるな……」

リリーが少し沈んだ声でこぼす。

「不安があるなら調整したらいいのです。きっとなにか方法はありますし、方法がなければ作ってしまえばいい。私たちはレアクラスチェンジに誰よりも恵まれたパーティなのですから」
「……そうだねっ」

にこ! とリリーが微笑む。

妖精族とか関係なしに街ゆく人々の心を可愛らしさで撃ち抜いた。

ふわ、とモスラが微笑みを返す。

なんとか立っていた人々をその麗しさで根こそぎ地面にひれ伏させた。

遠くから走ってくる人影が見える。

「おーーい!」

「ご主人さまっ!?」
「レナ様!!」

二人はぱああっと顔を輝かせた。
通行人が見ていなくてよかった、きっと心臓が一瞬止まっただろうから。

レナは二人の前にやってくると、にこりととても優しく笑った。
腕にはうたたねしているチョココを抱いている。
ふんわりと甘いチョコレートの香りが広がった。

「こっちにも寄れそうだから迎えにきちゃった。私もスウィーツパラダイスの用事が終わったとこなんだ。一緒に帰ろう」
「うんっ」
「はい。クレハ先輩、イズミ先輩、ロベルトさんもお疲れ様です」

みんなで並んで帰路を歩く。
でこぼこの影がなんだか愉快だ。

「それにしても周りみんな倒れちゃってて…………二人が見つけやすかったし、歩きやすかったぁー。うんうん。うんー!…………。命に別状がないならまあセーフですよね?」
「街の警備員に連絡をしておきます」

ロベルトがただただ業務的に返し、懸念がなにもなくなったレナパーティは宝石が輝くように笑いあったのだ。

▽Next! お水は取れたかな? 全員集合!

 

 

 

 

 

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