306:ルーカの視たもの2

 

異形の魔物モドキが、ルーカとハマルを襲ってくる。

夢の中に立ちながら、応戦するのに手一杯。
ルーカの夢の殻をつついたら、溢れるように出現したそれを二人は、ちぎっては投げぶん回しぶっ飛ばし光で焼き蹴飛ばして、なんとか退けている。

ハマルの息が上がってきた。

「ねえこれ何さー!?」
「なんだろうね? ガララージュレ王国の悪意というか?」
「それを夢の中でこんな風に具現化させるもんじゃないと思うなー!」
「僕も同意だけれど、こんなものを視たんだよ」

ルーカは魔剣を振るう。
ドロドロとしたヘドロ状のものを切った。黒の霧となって、霧散する。漂う悪臭は鼻が曲がりそうだ。それだけハマルの能力の精度が上がったということであり、ルーカが視たものが酷かったのだろう。

「光魔法[サンクチュアリ]……あ、使えるね」
「うっすらと魔剣にまとわせて汚れを弾いたのはいいけどさー、魔剣泣いてない?」
「所有者と一緒に戦ってくれています。武器の本望ですね」
「都合がいいアテレコしてるぅー」
「ハマルの訓練にもなるね?」
「だから防がずに応戦してるわけだけどさ〜。もー夢の残機が限界! ってか使うともったいないから! そろそろお遊びはおしまいにしたいよぉー」
「うん」

ルーカは頷くと、魔剣を両手で持って自分の顔の前に掲げた。

「光魔法[サンクチュアリ]──!」

放たれた光がオーロラのようになびき、ルーカを中心に黒いものたちを浄化(パージ)していって、退けた。

ひゅーう、とハマルが口笛を吹く。それからだるそうに手を払った。

「さすがに疲れた気がするぅー」
「気力的なものが減るよね、この夢の世界ではさ」
「ルーカはそれにしてはもう元気じゃん」
「空っぽにしてきたからね、あとはずーっと気持ちが地を這うだけだよ。あっはっは」
「その格好にその笑い方は似合いすぎていやだなぁ」

空っぽの笑い方、とハマルは言った。
その通りで、ルーカの目は弓形に曲がり口角は上がっているのに、まるで「笑みの形に歪んでいる」という表現が正しい。

「ボクはそれやだからー」
「はいはい」
「さっさと終わらせようー」

ルーカの夢の殻に二人が触れた。
すぐにでも崩れ落ちてしまいそうに薄くて脆い殻だ、とハマルは思って足を止めた。

けれどルーカはさっさとこじ開けて中に進んでいく。

「ちょっと!」
「大丈夫、見た目ほどヤワじゃない」
「ほんっとーに? ちゃんと魔眼で確認したんならいいけどぉ」
「僕の殻を、さらに悪夢の殻が覆っている状態なんだよね。脆いのは、悪夢だけの殻の方。本質はもっと中にあって……僕らはそれに触れて、視たものを整理するべきなんだ」
「へー。ボクよりも詳しいのやっぱ凄いしー、ちょっとむかつくぅ……」
「前よりも深い夢の世界にハマルが導いてくれたってことだよ」
「ふふーんだ、成長してるし成長してやるもーん」

ハマルも進んだ。

ゾッとするような薄暗い森の中に、二人は佇んだ。
鬱蒼とした雰囲気は、生えっぱなしの木や雑草の手入れがされていないため。地面はぬかるんでいて腐臭がする。それに舐めるようなねちっこい視線がたくさんある。風はなく、ぬるりとした空気がやけに肌にまとわりついて気持ちが悪い。

「ガララージュレ王国の森だ……」
「現在、こんなかんじなのかー。うぇ」
「ここを通り抜けて行こう」
「さっきみたいな魔物モドキがやってきたりするかなー?」
「おそらく。ひとつずつ片付けていこう、さっきみたいに大胆にサンクチュアリを施すと内側から殻が弾けるかもしれない……」
「そしたらさー、ルーカの夢の周りにあるギルティアやモムたちの夢も、傷つけちゃうかもー?」
「そういうこと」
「ボクに乗って行くのもー?」
「やめておこうか。強力な乗り物だけれど繊細ではない」
「むむー」

ルーカは軽口を言う余裕くらいはあるらしい。
ハマルはひとまずそれで満足しておいた。
心配してるぞと肩を叩いた。
貴族服の装飾が拳に硬く当たってくる。

ルーカは魔剣を振るって、毒殺ヘビを輪切りにする。
ハマルはカエルもどきを足で蹴飛ばした。飛んで行った先で木にぶつかると、自爆したので(なんだよこの生態―!?)と顔を引きつらせた。

ガララージュレ王国がいかに異様な場所かを思い知らされる。

(ルーカが歪むはずだよなー)

チラリと眺めた横顔は、驚くほどまっすぐに前だけを見ていて、それはそれで異様だ。
首元で赤のリボンが揺れているから大丈夫だろうけど……
(手のかかる後輩だー。今はボクしかいないんだからー、守ってやらないとねぇ)

「手ぇ繋いでー」
「? はい」
「地面ぬかるんでるから転びやすいでしょー。辛気臭い夢の中でルーカが転ぶかもしれないしぃ、そしたら引っ張ってあげるからさー」
「ありがとう」

森の中を歩いている間、やはりルーカはなんども転びかけた。
獣人の身体能力補正がなくなってしまい、体の調子がかなり変わったから。
その度にハマルが支えた。

「昔の体になってみると、今の成長がわかるものだね……それにしてもハマルの夢のイメージ力がすごいな。僕の未熟なイメージをこんなにも明確に反映させている」
「あっりがとー。ネガティブの合間にもボクを褒める余裕があって安堵してまーすこのやろー」

ハマルがその辺の木の枝を折って、ビシバシと振ると、突撃してきたヤドクトカゲたちを叩き落とした。
ルーカが雷で焦がしたのは、魔物になり損なった内臓的なものの集合体。
精神力をガリガリ削られてしまうので、ヤケクソで歌を歌いながら進んだ。

ガララージュレ城の頭が見えてきた。
とんがり屋根は青く、煤けている。
建物は茶色の石造り、半分ほどが白っぽい新しい素材であり、ハマルが首を傾げた。
ルーカは目を凝らす。

「しばらく前に半壊したらしいよ」
「ふぅん」
「レナの[運命の宣告(センテンスト)]によってね」
「ぅええ!? レナ様こーんなところにまで影響与えてたのぉ? なんで?」
「アネース王国で幻黒竜と会ったのを覚えてる? [運命の宣告(センテンスト)]によって、呪術師イヴァンが受けた罰というのが幻黒竜の<マルカジリ>。そのタイミングでガララージュレ王国に転移したため、幻黒竜ごとやってきてしまって、城を破壊したんだ」
「さっすがレナ様ー。っていうには嫌なつながりになっちゃったなぁー」
「レナのことはバレていないようだけどね。イヴァンの執着の形も変わってて……」
「?」

ハマルが尋ねようとした時、巨大な目玉がごろんと現れた。

「うわぁぁ!?」
「シェラトニカ……妹の目、だ」

そんなふうに妹を呼ぶことができたんだ、とハマルが思っている間にルーカは近づいていく。

ごろんと目玉が横に回転した。
見事な紫眼だ。ルーカの目よりもわずかに青みがかった紫色、木の影がかかっているところは色の深みを増している。
転がったため白目には泥がついている。
(痛そー)とハマルは眉を顰めた。
(それとも痛覚が通っていないのかなー?)

「ねぇルーカ、これの元が何かは聞いたけどさー、えーと、どうしたい……?」
「放っておいていいよ。魔物化もしていない、ただ捨てられたものみたいだから」
「ふぅん……」
「眼として機能しなくなった。だから捨てた。部下に気づかれる前に、できるだけわかりにくい森の奥に捨てたんだ。シェラトニカは自分に欠損部位があることを許せなかったらしい」
「そんな思念まで読み取ったのー?」
「うーん、あまりに強い思念だったからこっちにぶつかってきたという方が正しいな」

ルーカはレナがいつもするように、そっと目玉に手を合わせた。
自分もそっくりの紫眼を伏せて、目玉が死んだことを悼んでいた。

涙ももう流れないんだなと思った。

「ボクは、目玉単体には、手を合わせる気になれないやー」
「それでいいよ。僕はまあ思い入れがあるっていうだけ。この紫眼に縛られていたんだ」
「え……切り捨ててもいいくらいじゃないー?」
「なんだかね。なんだろうね」

ルーカは四秒ほど、黙祷した。
わからないことをわからないままにしてもよくて、だけどやりたいって明確になった物事は見逃してはいけなくて、そのために動けばあとでさまざまなことがわかるかもしれないって、と……小さな声で大切そうに呟いた。

今このことを考え込んでしまうと先に進めなくなりそうだから、あとにした。
目玉の向こう側にぼんやりと青いドレスが見えているけれど、それもあとで。

ハマルが知っている限り、ルーカは異世界人騒動の時にこの森から脱出した。
そして妹はずっと国にとどまっていて、もっと歪んでしまったのだろうと考える。

それを視たにしてはルーカは頑張って前を向いているじゃないかと、思う。

ルーカが城に向かって手をかざすと、少し先の空間が歪んで、手が押し返された。

「さあ、ここから先が正念場……」

 

 

 

 

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