305:ルーカの視たもの1

 

ルーカとシュシュが帰還したのは、一晩明けて、翌朝になってから。

シュシュがルーカをお姫様抱っこしている。
もう一度言おう、シュシュがルーカをお姫様抱っこしている。
いや、今までにももしかしたらあったかもしれない。
けれどジレたちは少なくとも目をこすって現実を疑った。ただの現実である。

普通、逆ではないだろうかとは、付き合いの長い仲間たちも思った。
けれど普通ではないくらいなんだと、ただただ帰還を喜ぶことにした。

▽おっかえりー!!

「おつかれさま。成果はどうだったー?」
「押忍! お水ちゃんと持ってきたよー」

シュシュが視線を下にする。
確かに、ルーカは目を閉じてぐったりしながらも、その胸に水の入った入れ物を抱えている。
ハマルの夢産・超軽量透明容器(ペットボトル)。

「渡すのはね、ルーカがやりたいみたい。ご主人様いる……?」

シュシュは出迎えてくれたメンバーの中にずっとレナを探していたけれど、見当たらない。ガッと見開かれた目が、だんだんと血走ってきている。

ルージュが『あらあら』と前に出た。

『レナ様でしたら、チョココさんに呼ばれてスウィーツパラダイスに行っておりますわ。クレハさん、イズミさん、ロベルトさんが同行しています』
「そーなの……!? うう、残念……」
「残念」

ルーカも薄目を開けながら、ポツリと呟いた。
そしてまた、目を閉じてしまう。

レナの予定を伝えたルージュは、心配しながらも、従魔たちの様子をちょっと嬉しそうに観察した。
(ネコ科の贈答体質なのでしょうね。いじらしい)と、贈り物を手離さないルーカを眺めて思った。

『このように疲れていらっしゃるなんて。なにが起こったのですか? ご報告くださいまし』
「「……」」
『ご報告くださいまし』

あらかじめ概要は伝えてあったのでは? とルーカとシュシュは思ったが、ルージュがにっこりとした笑顔を崩さないことから、どうやら怒っているのではと察した。そしてレナはもっと怒るだろうし泣くだろうなぁと思ったらやっぱりご主人様が愛おしいので信仰心が向上した。

▽レナは 愛されている!
▽そういう場合ではない。

「ルージュが状況をまとめてくれているんだもんね。分かった、じゃあ真実の湖であったことを詳しく話そう。ところでキラとの役割配分はどんなもの?」
『わたくしが、滞在状況把握。キラ様は、伝達と記録、ダンジョンの開発をしてくださっています』
「了解。じゃあリビングで……」

ようやくシュシュに降ろしてもらったルーカ。
二人は目を合わせている。

「[身体能力補正]返してもらうね」
「ん! これいいねーすっごく動きやすかった! シュシュもっと強くなれるんだなって分かった!」
「体のポテンシャルが把握しやすいんだよね。また調教もしてあげましょう」
「よろしく〜」

まだフラつくルーカの手をぶん取り、シュシュは元気いっぱいにリビングにぶっ飛んでいった。
風のように入室すると、クンクンと鼻を動かす。
とあるソファに飛びついて背もたれに頭を突っ込んだ。

「ご主人様の残り香!!!!」
(((だいぶキテる……)))

マイラたちがドン引きしながら先輩の背中を眺めた。
自分たちもそうなってしまうのだろうか? とはちょっと考えたくはないけど予感はある。

レナが「チョコレートクイーンと交渉があるんだって。ちょっと行ってくるね」と出かけて行ってから、やっぱり心がしょんぼりとしてしまって物足りない感じがあるのだ。

……ルーカは思ったよりも落ち着いてるなぁ、とハマルが横目に見た。
金色のネコミミははかなく揺れて、すうっと赤の聖地の空気を深呼吸で吸い込んだりはしているものの、レナがいないことにあまり取り乱さない。
真実の湖での鍛錬の成果? とハマルが思考した。

リビングの赤いソファにそれぞれが座る。
ルーカ、シュシュ、ハマル、マイラ、ジレ、アグリスタ、ルージュ。
キラは分身体だけを置いて、記録を行なっている。

「真実の湖で、シュシュに[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]をしてもらったんだ」
「うわあ。自分で傷をつけにいってるぅ〜」
「あれ自分のコンプレックスを突きつけられるから精神疲労が激しくてさ。それに真実の湖で行うことで、効果が増すことがわかった」
「マゾじゃんー?」
「悦んでないから。さらにはあの湖、シュシュの光を拡散してジャッジメントの周辺効果も発生させちゃって。洞窟の外で待機していたメデューサさんも精神ダメージで倒れちゃったんだよね」
「「「うわあ……」」」
「それで、リーカさんとスクーさんを呼んで欲しいって要請したんだね〜」
「メドゥーサさんを運んでもらわなくちゃいけないからね。イケメンに運ばれると脈拍が乱れると視たからさ……」
「こじらせてるねー」
「女性のリーカさんと中性的なスクーさんが正解。ロベルトさんやモスラだとアウト。頭を揺らさないように運んでもらっているから、もうしばらく後に到着するはずだ」
「けれどルーカは強行軍のシュシュ便だったのー? そーんなに早くレナ様に会いたかったー?」
「察して」
「はいよー」

キラウィンドウにメッセージが現れる。

▽ギルティアに渡す[真実の水]を手に入れた!
▽主人に渡そう。

▽[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]により ルーカの視界が広がった。

まとめ書き。それから、

▽脱線注意

の注意書き。
ルーカはふふっと苦笑した。

「僕が真実の湖で視たかったのは、ガララージュレ王国の現状。赤の聖地の脅威になると困るから……」
「ふむふむ〜」
「視えたよ。断片的にだけれど、視えた」

成長だねー、とハマルがルーカの頭を撫でた。
ネコミミがしおれきっている。
紫眼をぎゅっと細めて、目が痛いのかパチパチと瞬きをして、結局瞼を下ろしてしまってから「ふう」と息を吐いた。

「覚えてることを整理してから言ってもいい? ちょっと視えたものが多いから」
「情報として期待大?」
「期待してくれていいよ。面白いものではないけど、重要なものはあったから」
「そっかあ。まあすこし、寝るかいー?」

ハマルが廊下に人差し指を向けた。

「……そっちが寝室だっけ?」
「いやー。部屋割り変えたんだー。ギルティアが暴れちゃってねー。あとで視てあげてー」
「了解。忘れないうちに記憶の整理だけしておくよ」

立ち上がったルーカのシャツの裾を、小さな手がくいっと引く。
マイラだ。
緊張してちょっと震えている。

「あ、あのっ。これ、レナ様から……です」
「え?」
「なんだってっっっ!? ご主人様!!! うわああクッキーだあぁ!」

シュシュが叫んだ通り、マイラがキッチンから慌てて持ってきたのは、小さな籠に入ったバタークッキー。
シンプルなプレーンクッキーだけど、卵黄が塗られて表面はつやつやに光っており、形は動物を模しているのでこだわりが感じられる。
従魔二人はにやりとした。

「兎型! えへへぇ、んふふふふ……!」
「猫型だ」

ぱくりと口に入れた。
こうばしい素朴な美味しさが口に広がって、素材の味以上に、帰りを気にかけてくれていた真心がとても嬉しかった。
ほっぺが落ちそうなクッキーだ。

「シュシュ、訓練してくるっ。ジレ、アグリスタ、マイラ、付き合って! 押忍!」
「ほえっ!? は、はいっ」
「が、頑張ります」
「よーしっ……!」

▽シュシュと 三人が 訓練場に向かった。

「それじゃ僕は、寝ながら記憶を整理しようと思うんだけど」
「オッケーまかせなー。ボクがスペシャルな睡眠の旅にお連れしましょー」
「よろしく。主人から先に贈り物をもらってしまったからには、赤の宣教師として従魔として必ずや成果を渡さねば。何が何でも成果をレナに渡してたっぷり驚愕してもらうんだ絶対に」
「落ち着いて。おー……ルーカさあ、やけに大人しくて静かで、湖で訓練して大人になったのかなあと思ったんだけどー。発散の方向性が変わっただけだったんだねー?」
「会うつもりだったのに会えないって飢餓感がすごいんだね」
「あとでモスラと傷の舐め合いでもしなよー。じゃ、行こ」
「レナに渡すためのケーキかなんか作るって覚えといて……」
「そっちなんだ」
「悪い情報だけをプレゼントなんてできないでしょ」
「まーねぇ。で、そのケーキを覚えてられるか不安なくらい、これから精神かき乱すつもりなのー?」
「やりたいことのために必要な過程だからね」
「ついてってやんよー、後輩よー」

ハマルがルーカの手を引いて、寝室に連れ出した。
ルーカはまだ目がかすむのか、ハマルに誘導を任せて目を閉じてしまった。

リビングではルージュがみんなの背中を目で追っている。

『あらあら、予定を連絡せずにもう行っちゃうなんて困った子たちねぇ。わたくしたちはお茶にしましょう 。レナ様が帰っていらしたときに、ピリピリしているよりも和やかな雰囲気の方がきっと喜んでくださるわ』

ルージュは影の魔物とともに。

▽それぞれの時間を過ごし始めた。

***

『スキル[体型変化]〜』

寝室にて、ヒツジの姿になったハマルは3メートルほどに大きくなった。脚を曲げて座り、もふもふの金毛を堪能できるようにうずくまる。
ルーカが寝転がると、わたぐも尻尾をふんわりとかぶせてあげた。

「[快眠]はかけないで。そうしたら夢をみられる。夢は、起きている間に経験したことを脳がつなぎ合わせて整理している断片……。だからガララージュレ王国のことが現れると思……ふあ……」
『ハイハイ。夢ならボクにおまかせだからねー。プロフェッショナルの前で蘊蓄たれるよりもさ〜、自分自身に集中しなー』
「なんかドライな諭し方がシュシュに似てる」
『野性育ちゆえ?』

ルーカはクスリとすると、まどろみ始めた。
昨夜は自分の地獄と戦い続けて、一睡もできていなかった。
まぶたが落ちて、夢をみはじめたのはすぐだった。

──藍色の空間に、浮かぶように立つルーカ。隣には白金色の輝きを放つヒツジがたたずんでいる。

「つきっきりで同行してくれるの?」
『ボクの鍛錬にもなるからねー』

ハマルがじっと見つめてくる瞳には、王子様のような格好をしたルーカが映っている。
華美な装飾の貴族服に、足首まである重いマント。首にはスカーフが巻かれていて、その下には首輪の冷たい質感がある。どこまでも懐かしくて足がすくむ。
ネコミミは生えていない。

無表情にみえる端正な顔。顔つきそのものが、現在のルーカよりもキツいように感じられた。

(確かにこんな姿をしていた)

認めることができた。
まっすぐ眺めることができた。
それは確かにルーカの成長で、昨夜一人で戦い続けた恐怖に勝ったことを意味していた。

鏡のようになっていたハマルの瞳が閉じられた。

「あ」
『フーーっ』
「わーー!?」

思いきり息を吹きかけられて、ルーカが脚を踏ん張る。
なびいたマントごと、後ろに転んでしまいそうだった。

『ボクをみて辛気臭い顔しないでよねー。ほら、そんな格好から変わる方法なんていくらでもあるでしょー』
「知ってる。でも今からみるものにはこの格好こそがふさわしいんだろう」
『首輪くらい欲しいんじゃない? 赤いやつ』
「赤いやつ……欲しい……」

ハマルは少年の姿になった。
それでも現実のルーカが頭を打って夢から覚めることはなく、現実と夢、姿を区別して変えられる技を身につけていたようだ。おお、とルーカがハマルを見ると、ふふんと胸を張っている。

「はい」

ハマルはしゅるりと自分の髪を結んでいた赤のリボンを外すと、ルーカに渡した。
ルーカは素直に受け取ると、首輪の上から赤のリボンを結んだ。
はにかむように笑う。

「ありがとう」
「ん。夢のことならボクにおまかせなんだからねー」

金髪をふわふわさせながら、ハマルが前に進む。
ルーカはその後を追って歩く。
魔剣を手に握って。

 

 

 

 

 

 

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