304:真実の湖、ルーカとシュシュ

 

「──うん、だめだ」

ルーカが疲れたようにため息を落とした。
湖面にため息が吹き付けて、はかない波紋となる。

水面は天井の水晶を映して、キラキラと光っている。洞窟はあたり一面、石壁から突き出た水晶の塊で構成されている。湖の底をぷわぷわ泳いでいるライトゼリーフィッシュによって、昼も夜も関係なく、神秘的な明るさを保っている。

「そんなに顔近づけて〜。そのまま湖に落ちていかないでよ? って幸運なシュシュが言ってあげてるんだから、気をつけてよね」

シュシュはあくびをしながら、ルーカの背中に声をかける。

暇つぶしをしていた手元のタブレットを見てみると、時間はもう深夜に近い。
それでも元気にチャットを打ち込んでくる天使族副族長のディスに今は感謝したいくらいだ。それほど眠い目をこする。

「シュシュ、訓練に付き合ってくれてありがとうね」
「なんのなんの。さすがに頑張ってる先輩を放ってひとりで寝るほど薄情じゃないし。ルーカが成功したらご主人様のためになるんだから、応援だってしちゃうもん」

それでも眠気のためちょっとイライラした声になったシュシュだが、ご主人様、と言った時はへにゃりと頬が緩んだ。

(自分たちは本当にレナのことが好きだなぁ)とルーカは思う。

おそらく今の自分もシュシュと似た緩んだ顔になっているのだろう、と思いながら。

これまでずっと細めていた瞳が和らいだことで、ルーカの目には一気に痛みが襲ってきた。

「っつう……」
「わ、大丈夫? 休みなよ。その体と忠誠心はご主人様のものでもあるってこと、忘れないで」
「そう言われると休憩せざるをえないね」

ルーカはしゃがんでいた体を起こして立ち上がると、うーん、と腕を上げて伸びをした。
関節がぱきぽきっと音を立てる。
かなり長いこと姿勢を動かさずに集中して湖を覗き込んでいたためだ。

(この目をこんなに使うのは久しぶりだ)と思いながら、懐を探り、エリクサーの目薬を一滴。回復を促した。

「……まだ、何も視えなかったの?」
「ん……。ガララージュレ王国の方を視ようとしているんだけれど、靄がかかったように視づらくなるんだよね。その直前のアネース王国は問題なく視ることができたんだけど」
「おお〜」
「僕の[遠視]の不確かさは、おそらく心の問題だろうって考えてる……」
「昔住んでたところだしね。しかも悪い思い出がある」
「はっきり言うね」
「はっきりさせないと、ルーカいつまでたっても視れないでしょ。視たいのに」
「うん、僕も、視たいって気持ちはあるんだ」

ルーカは拳をぎゅっと握る。
爪の先が手の甲に食い込んで、赤い跡を残した。

「すぐにできなくて悔しい……。なんでこんなにできないんだ」

レナが側にいないからだろうか、ルーカはいつになく低い声で凝縮された不安をそのまま口にした。

シュシュは返事をしようか、少し悩む。

「……すぐにできなくてもゆっくりやったらいいよとか違うと思う。なんでできないのって怒るのも絶対違う。あなたはなにもかもを完璧にはできない」
「……ごめん、やつあたりした」
「いや、シュシュが勝手に聞いて答えただけ。ルーカが謝るのは自分に対してだよ。自分を傷つけるのが本当に得意。そーいう感覚、シュシュにはよくわかるけど、他人だから労ってあげる。どうしてできないのか一緒に考えてあげる」

ルーカの背にトンと衝撃があり、シュシュの拳がノックするようにこつこつと当たっていた。

ルーカは後輩の提案に乗ってみることにした。
どうせ一日中ひとりで集中してもできなかったのだから、ふたりで考えたら何か分かるかもしれない。

手を取ることができるようになったのは間違いなく環境が変わったおかげだ。

大きめの水晶にルーカが腰掛けた。
シュシュも一旦タブレットを横に置いて、ルーカの向かい側の水晶に座った。

「シュシュ。ネガティブを追い払って欲しいんだけど」
「キック? パンチ?」
「言葉で。どうしても視えないのは……僕が、怖がっているからだと思う」

ルーカは瞳を伏せる。
肩につくところで切り揃えられた艶やかな金髪が、さらりと揺れた。

「故郷を視ることだからだろうか。昔に向き合わなくてはいけないからだろうか。乗り越えた気持ちだと思っていたのに、どうしてこんなに……」

だんだんとブツブツ呟くようになっていく。
向き合えると思っていたぶん、できなかったことへのショックが大きいのだろう。
髪を切った時のように。

「顔を上げて」

シュシュがはっきりと言う。
自分は赤い目をまっすぐにルーカに向けながら、ストレートな本心を告げる。

「ルーカの不安ってきっと過去のことじゃない。だって今が幸せだってきちんと知ってる。だから不安があるとすれば今のあなただからだよ」
「……もう少し聞きたい。シュシュは確信してるよね?」
「あなたは愛することを知ったから。妹や祖国を、愛するべきなんじゃないか? 愛することができるんじゃないか? ってきっと悩んでる」

その意見にルーカは目を丸くした。
血の気が引いていく。

「……そんな、こと……考えてもなかった。それから……考えたくないな、とも、思ってしまっている。それって、視れない原因かな?」
「原因のひとつってシュシュは思う。気づいてなかったんでしょ、だったら、視えないルーカからひとつ変わったね……。次はできるかもしれないよね。キッカケ、他にもないかなー? むむー」

シュシュは脚をプラプラさせながら、顎に人差し指を当てて、虚空を眺めて考える。
天井の水晶に、桃色髪で赤い瞳のとても可愛らしい幼天使ネオが映っていて、シュシュは思わずにこっと笑いかけた。
相変わらず、与えてもらったこの容姿が大好きだ。

ルーカが黙っているので、たたみかけるように言う。

「シュシュは、兄妹とは全然違う。ラビットの兄弟はみんな、本能しか持たない野生の獣で、シュシュから当たり前に離れていった。離れて行ったとき悔しいって思ったのは、シュシュだけだった……」
「確かにそうだったね」
「ルーカは、ネコミミヒト族になってからもヒトで。可愛くない妹もヒトだし、国民もヒトで、ご主人様もヒトだから。きっとヒトを信じてる。割り切れないし、寄り添えるんじゃないかって可能性を今だからこそ思ってるとか」
「僕のこと、そんなふうに見えるんだ?」
「だってルーカ優しいからね」
「優しいように、進化させてもらったのかもしれないな」
「じゃぁそこはシュシュと一緒だね!」

見上げた天井の水晶越しに目が合う。
アイコンタクトをしたふたりの瞳がちょっと笑みの形になった。

なんだかテンションが乗ってきたよ! とシュシュが拳を振り上げる。
前向きな話をしていて、さらにレナからの恩恵の話となるとシュシュは嬉しくなるのだ。

「あとねシュシュは、昔の自分が好きじゃない。未練みたいなのはないつもり。なんにもなかったステップラビットは、ご主人様から全てを与えてもらってシュシュになった。……けれど、ルーカは昔の力でご主人様を助けたんだよね? だから、きっとルーカティアスを忘れられないんだと思う。いつまでも覚えていてしまうんじゃない? その瞳も、剣術も、スキルも、全部毎日使うたびに」
「……そうだね。思い知るような気がする」

ルーカはすらりと剣を鞘から抜いて、自分の前に掲げた。
水晶の洞窟で光を反射している剣は、ガララージュレ王国の宝物庫から持ち出してきたものだ。
それ以降、ずっと自分を守るために使っているし、レナのことも何度も守った。

「昔の自分を割り切れない……か」
「ご主人様の役に立ったんだから、ガララージュレ王国の剣であれ、誇って欲しいな」
「わかった」

苦笑いしそうだったルーカは、そのままぐいっと口角を引き上げて、いつものようなにこりとした微笑みにしてみせた。

ばしーん! とシュシュが背中を叩く。
カラ元気も元気のうちだ。

「まとめようっ。ルーカは昔を捨て切れないままに、それでいいのかなぁって思いながら、悪いことをしてるらしい祖国を覗こうとしているし、そもそも遠視って難しい技術……だから、雑念が多すぎねって意見に同意?」
「まとめてくれてありがとう。うん、わりと目から鱗」
「別に全部白黒はっきりつけろって思ってるわけじゃないの。いつか答えが出てルーカがすっきりするといいなとは思うけど、今は遠視を成功をさせるの協力したい」
「ありがと」

ルーカは剣を手に立ち上がった。
湖に向かって両手で構えてみる。
ひんやりとした冷気が頬を撫でて、ネコミミの黄金の毛をさわさわと立たせた。
静かに沈黙している。

たくさんのことを考えているんだろうなぁ、とシュシュは端正なルーカの横顔を見つめながら、くわあ、とあくびをした。

プッ、とルーカが吹き出す。
シュシュはエヘヘと頭をかいた。

ルーカが深呼吸をする。

「ここは真実の湖……か」

パチリと目を瞬かせる。

「なんか視えたっ?」
「うん。水質が澄んでる。それから自然の魔力が溶け込んでいるから、モノとしては精霊シルフィーネの好んだ水に近いかな」
「うん??」
「飲めます」
「飲むの!? 後半の説明の意味は?」
「ただの水質の情報」

ごくん、とルーカが手のひらを盆にして水をすくい、飲み込んだ。
悪運の餌食になってお腹を壊すのでは!? とシュシュが慌てて隣に座った。

「そーいう突飛なとこ、ご主人様みあるよね……!?……負けられない、シュシュは泳いでこようかな」
「やめなさい? これから視るために、この湖ともっと波長を合わせたかっただけだから」
「波長(物理)……」
「ところでこれだけ聞いて欲しいんだけど。自己の確立としてね」
「よくわかんないけど聞くくらいはできるし、ルーカは自分で上手にしてみせるだろうから、さあ言ってどうぞ?」

シュシュが耳を澄ませる。
ウサギから変化した、天使族らしい愛らしい耳。

「レナパーティに降りかかってくる火の粉になるならば妹も国家も陰謀も、防いでみせる。……もしもそうじゃなければ、前向きな選択肢が生まれたなら? っていうのは、またその時が訪れたならきちんと考えるよ」
「うん!」

ルーカは、晴れやかな表情になった。
剣を鞘に戻す。
鞘をくくりつけていたベルトをもう一度しっかりと閉め直した。

「シュシュ。[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]してくれない?」
「え?」

シュシュが慌てた。
膝が湖にずり落ちかけたので、おっと、とルーカに支えられた。

「あ、ありがと。……っていうかルーカにそれして大丈夫ぅ?」
「今、レナが側にいないから不安のアラームであんまり苦しめないと思うし」
「まあそこは考えられてえらい。うーん、アレ、きついよ? ルーカ崩壊しちゃわない?」
「なんとかなるでしょう」
「ねえ、笑顔が暗い」
「元からだよ」
「ねぇご主人様ロスになってない? 帰らない?」
「やだ」
「なにこれめんどくさい」
「元はこうなんだよね。そう、元はさ」
「よくご主人様たちがルーカを受け入れてくれたなあって思う。過去のエピソードとか聞いてると特に、あなたひどい」
「本当だよねぇ。だから僕は思い知りたい」
「だめだ目がキマってる……。あ! 知りたいって! 真実の湖の水飲んだから!?」
「わりとここの水濃いから、ギルティアに持って帰る前に、しっかり魔眼で使用して魔力を発散させたほうがいいと思うんだよね。とくにあの子過去が暗いから」
「……なんていうんだっけ、外堀を埋められてる? シュシュ」
「ちなみに湖の魔力の補助なく遠視を続けた場合、目から血が出ます」
「休憩するってさっき言ったじゃん」
「目は閉じているから、ジャッジメントしてもらって、心がボッキリしたところでまた遠視をしようと思うんだ」
「スッキリにしてよやる気なくなるから」
「頑張ってくるね」
「戦士の顔」

はーーーよく喋った、とシュシュたちは水を飲む。

「あーちょっとわかる、この水ってジャッジメントしてくる感じがある」
「心の底から薄暗いものが湧き上がってくるよね」
「シュシュのジャッジメントの方がすごいもん」
「おっ、いい感じ」
「ご主人様にもらった力だからね!!!!」
「そのいき!」

ルーカに煽てられたシュシュは、[自由の翼]を展開し、瞳をぎらりと光らせた。

「[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]──!」

▽ルーカは 過去の自分と対峙した。

▽ガララージュレ王国までの[遠視]が 可能となった。

▽あとでレナに叱られてください。

 

 

 

 

 

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