300:凍土の氷2

広く氷に覆われた大地。ぽっかりと大口を開いた泉は、底が深く海にまでつながっているらしい。遠くには雪山も見えていて、雪山と凍土では過ごしている動物の種類が違うそうだ。
レナたちは目前にそれらを見た。
おおーと歓声が漏れる。

それを聞いたロベルトはどこか誇らしげに獣耳を揺らした。
しかし目は抜け目なく細められている。

レナが「ふふ」と女王様モードで微笑む。

「あなたが住んでいたのは雪山なのよね? ご家族を訪ねるとして、方角的に凍土の中央を飛び越えるのがいいかしら?」
「いいえ。手前のところまで来て引き返す、という予定通りで大丈夫です。最も手前に山がありますよね?」
「山というか、巨大な氷の塊というか……。まさか……」
「ええ。そこが本来であれば雪に包まれたもう一つの山でした。私はここで生活していたのですが……景観が変わっているのは、報告されていた異常気象のためだと思われる」

ロベルトは涼しげな表情をしていても、故郷の変貌に動揺しているのだろう。言葉遣いが乱れている。

凍土に近づくほどに、風がベタベタとした雪をはらんで、氷が威嚇するように向かってくる。
【☆5】[大空の愛子]ギフトによる追い風の加護を持つモスラでなければ、部外者が凍土に近寄ることも許されないような気候だ。
モスラの首周りの艶やかな蝶々の産毛に、雪が絡まってはつるりと落下していく。
これがもし重石のようにまとわりついていたらと考えると、笑えない話である。

視界が悪い中、スクーは必死に目を凝らした。

「リーカ先輩の代わりを務めさせていただくんですからね。ここでくじけたら……!」
「クビだな」
「いやですよ、こんなお賃金が良い仕事止められません〜!」

ロベルトがきつめのメンタル鼓舞をしてやると、スクーはぎょろりと目を動かして、生体反応を見つけ出した。

「あそこです! 氷山の洞窟のようになっているところ……生物の体温アリ。縮こまっているけど動きアリ、確実に生きている。暗闇で光る瞳……獣のようですから、ロベルト先輩、話ができますよね?」
「おそらく雪豹だ。俺が対応できる、よくやった」
「はい!」

スクーはにっこりと素直に破顔した。

ノアが少しほっとした顔をしたのは、諜報部のような場所であっても、実力さえあればこのように朗らかな人柄でも受け入れられるという現実を見たためだ。ずっとしかめ面をして表情を殺さなくてはならない、ということでは無いのだと。もちろん時と場合によるけれど。レナパーティは特殊だけれど。なんだか気が軽くなったというそれだけの話。

ロベルトが下降の判断をした。

「今、地域にいるものに水分の採取について聞くことが良いでしょう」
「わかったわ」

レナはというと、涼やかに下を眺めている。
その内心は、
(よっし! 早く手前で氷を取って帰りましょ! ギルティアが心配だもんね)
と沸き立っていた。

▽高笑いが漏れてしまった。
▽スクーはずっこけそうになった。

「キサ!」
「うむ、レナ様。妾に手伝えることが今、あるか?」
「あなたの力で、モスラが降りるための場所を作って欲しいわ。これから進行方向の雹(ヒョウ)を溶かしていってちょうだい!」

モスラに向かって、殺意を伴った北風が、ぶつかって来ようとしている。

「承知した! 氷と水の扱いは、妾に任せるのじゃ」
『えーっ。イズはー!?……て言いたいところだけど後輩ってば優秀だからなぁ。よろしくね、キサ』
「んふふ。やる気が出るのじゃ〜」
「クレハとイズミは引き続き、私たちを支えることをお願いね」

レナは柔らかな手つきで、自分を支えてくれるスライム触手を撫でた。初めての場所で緊張しているキサを、先輩がわざわざ解してあげたのだとわかったから。

キサは、はらりと厚手のコートを脱いだ。
珠のような肌が、刺すような北風にさらされていて、見た目にはいかにも寒そうだけれど、鳥肌一つ立っていない。
【☆7】[壮絶耐久]ギフトがキサの体を守っている。

(見ている方が寒そうなんですけど……)
(素肌で感じた方が、氷の制御がうまくできるのだとかつて雪女から聞いたことがあるな……。彼女もそのような系統かもしれない)

キサの様子を、ロベルトたちが脳内にメモをする。

スクーの隣に立ったキサは、前に向かって手のひらを掲げた。

「”妾の前に立ちふさがる雹どもよ、その姿を変えよ、空気の中で霧となれ……!”」

▽カッコイイーーー!
▽だから言ってみたのーーー!

雹はふわっと解けた。
それに伴い、視界はいっそう真っ白になってしまったのだけれど。

目を見開いているスクーの隣で、キサがコロコロと笑う。

「せっかくだからモスラの体を隠すようにしてみたのじゃ。ほれ、汝は目が良いらしいではないか。期待をしている。行く先をしっかり視るのじゃー! 共に行こう!」
「了解です!」

(ひええええ〜っ!?)というのが、心の声である。
キサがすっかりキマっている。
大人しいお姫様かと思いきや、レナパーティの一員なのでそんなはずはなかった。
スクーの学びは続く……

実はモスラの目前にはキラナビゲーションマップが表示されている状態なのだが、背中の喧騒を大変面白く思ったので、その事はあえて知らせずに、そっと見守ることにした。鬼畜。

(おや、大したものですね。ナビゲーションとルートがほとんど一致していますよ……及第点)

モスラが急降下する。
スライム触手がきゅっとレナたちを強めに締め付けて、斜めの角度に備えた。
首元のネックウォーマーに頬を埋めて、レナたちも下を見つめた。

「ふぅむ。氷を溶かすか増やすか……妾の判断は…………」
「どうかお早く!?」
「増やす!!」

ころころとキサが笑った。
黒髪が冷たい風になびく。
その冷たさを肌で感じた。水が凍る、氷点下。

「水魔法[クリスタロスドーム]!!」

キサの魔力が、モスラを包んでいた霧に流れ込み、まずは包み込むような水の器を作った。
そして瞬時に、氷になる。
翅を畳んだモスラの体が、つるんと滑って、氷の器の側面を破壊した!

「でええええーーーーーっっ!?」

最前線で目を閉じられないスクーの悲鳴もなんのその。

「スキル[氷の息吹]っっっ」

キサが唇を艶やかにすぼめて、ふううーー! と息を吐く。
水が凍る方向をサポートしたのだ。

そしてできあがったのが……氷のジェットスライダー!

巨大なスライダーはくるくると螺旋状に作られていて、そのすぐ前は半分水の薄氷という鬼畜仕様。
キサが凍らせていくのがわずかでも遅れれば、一寸先はモスラの弾丸ツアー(物理)

▽いやースリリングでたまりませんね!

▽ズドオオオオオン!!!!

▽おおーっと、これはどっちの衝撃音でしょうか?

▽氷山の山頂に モスラが着陸した!

▽キサWIN!!

氷山はもくもくと、霧の煙を立てている。
足をガクガク震わせたスクーが、這うようにモスラの背中から降りた。
ロベルトは真っ白な顔の無表情で、ノアを横抱きにして降りた。
ノアは震えていたけれど、口に、氷砂糖を放り込んであげると落ち着いたようだ。

レナは異世界人の脚力で、危なげなくモスラから降り……いや足を滑らせた!
氷の間にそのまま滑り落ちていく。
キサが大急ぎでレナに抱きついて、また氷のすべり台を作って下まで運んであげるようだ。

「オーーーッホッホッホ…………」
「イヤーーーッホーー! 楽しいのじゃああぁぁぁ……」

だんだんと声が小さくなっていった。
ドップラー効果、そしてこだまという。

「「レーナー!? キーサー!」」
「落ちていってしまいましたね。この内部からは獣の匂いがします、私が住んでいた頃とほとんど変わりがないようだ。レナ様にも雪豹の匂いが付着していますから、同族が襲ってくることはないでしょう。安全と言えます」
「「ホッ」」
「こここ、これも追うんですか? どうやって下まで行きましょうねぇ……」

スクーが震える指で、氷山の隙間をさした。
すっかり氷のジェットコースターがトラウマになっているようだ。
できれば翼で飛んだりと別の方法を模索したい……と顔に書いてある。

「話し合っている時間が無駄です、追います。さあ行きますよ」
「待っ……あーーーー!」

▽モスラが スクーを すべり台に放り投げた。
▽自分も滑っていった。
▽主人と離れた寂しさと 二歳児の遊具遊びの楽しさと。

「ノアお姉ちゃんも怖い? 手を引いてあげよっかー?」
「我らが付いてれば大丈夫だよーん。ロベルトおにーさぁん後ろお願い!」
「承知しました。何かあれば対応します」

▽クーイズ、ノア、ロベルトの順に すべり台を降りていった。

氷山の中は、ぽっかりと空洞になっている。
崖のようなゴツゴツした岩を、雪豹は爪を立てて巧みに登るのだという。
上部の方は、外からの氷が入り込んでいて凍っている。
その中に、発光鉱石が輝いていて意外にも視界は明るかった。

下るほどに、景観が変わる。
氷はなくなり、雪がそのまま岩に変わったような乳白の壁と、きびしい自然環境をそのまま映したような黒の壁が混ざる。
途中に寒色の草花が生えていたり、薬草が群生しているところは、共に生きる雪猿が栽培をしているのだ。

氷山の中に、獣の社会が築かれていた。

▽下層に 到着した!

最後尾でやってきたロベルトは、また苦笑することになる。

レナが雪豹の群れの中に埋もれていた。
どうやら、懐かしいロベルトのにおいを嗅がれているようだ。
それから縦社会の獣を魅了してしまう圧倒的風格があるゆえ、といったところか。

モッフモッフと、レナは幼い雪豹の毛並みを堪能している。
ついつい、とその緩んだ頬に書いてある。

モスラがハンカチを噛み締めそうだったり、クレハとイズミが雪豹の尻尾にじゃれついて驚かしていたり、キサが毛皮の暑さに肌を火照らせていたり、ノアは目を白黒させていたり、スクーがなんだかんだ幼い雪豹とうまく戯れていたりと、騒々しいことこの上ない。

『あっ!? 坊じゃないか!』
『本物!?』
『『えー。だれー?』』

ロベルトはここで、自らも雪豹の姿になった。

大型で、一族の誰よりも毛艶がよろしい。
どこぞのレナのブラッシングの成果である。

(言葉はキラリンガル的なものでなんとか伝わるだろう)

『魔王国を支えるため長の座を退いたんだ。今はロベルトと名乗っている。急な帰省ですまないな』
『やはりか。お帰り!』
『それでは協力してほしい。最近の凍土の様子を教えてくれ。それから氷と水が最も澄んでいる場所に、この植物の種をぶち込みたいんだ。”超速くいしんぼうマッチョマン”という品種の──』

なんて???? と、雪豹たちはこてんと揃って首を傾げるのだった。

▽ギルティアに水を届けるためだよ!!
▽さあ凍土を知りましょう!

▽カルメンは地中深くに 意識を潜らせているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

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