299:凍土の氷1

▽凍土へ行こう!

出かける前の夜、ギルド長グレイツと連絡を取る。

<チャラララッチャラ〜♪ ナンドデモ・ベル・カード〜♪>

キラが新たに創造した、分身体をアレンジした魔道具。ファーストベルカードという一度だけ通信可能な魔道具をベースにして、それなりの遠方に電話がかけられる。何度でも。

片方はギルド長の懐へと滑り込ませておいたのだ。
急に胸元から変な着信音がしたので、ギルド長はギルド私室でワインにむせた。

銀色の名刺サイズのカードに、ギルド長の魔力が通る。

『あいっかわらず、やってくれるなぁ……!』
<こんばんは〜>
『マイペースか』
「すみません。冒険者レナパーティとして相談したいことがありまして」

傍若無人な従魔からの、主人の丁寧な対応が身に染みる。これぞ落として上げる。なんちゃって。

『ふむ……聞こう』
「ありがとうございます。私たち、急きょ凍土に行くことにしたんですけど、その地方までの旅路で受けられるクエストってありますか? あまり深入りするものじゃなくて、ついでにできたらいいな〜って感じです」
『受付に調べさせる。期間はいつだ? 道は?』
「明日、空路で、モスラに乗っていきます。日帰りで」
『ごっふぉ!……君らと話しているときに水分補給は厳禁だなァ……』

ギルド長は何かぼそりと話すと、しばらくして、バサリと紙がこすれる音がした。受付からクエストリストをもらったようだ。

『お待たせ。凍土行き、空路……であれば空賊の報告があるからぶっ倒せ』
「うそでしょう!?」
『はは、やっと驚かし返せたなァ。これはもしも遭遇したらでいい、ついでだ』

レナがほーっと胸をなでおろす。

『あと常時依頼。凍土の植物など採取して、魔王国で下取りに出すと、距離があるぶん高く売れる。まあ金は困っていないと思うが……』
「いえ、従魔たちが採取をしたら、お小遣いにしたいから。その情報も助かります」
『そうか! 採ってよいものはロベルトが知っているだろう。尋ねたら何とかなるさ』
「ありがとうございました」

レナが律儀にもカードに向かってぺこりと頭を下げて、通信を切る。
──直前、良い旅路を、とギルド長から応援が送られた。

レナはクスっと笑って、お礼を言った。通信は切れていてもう聞こえていないだろうけれど、口から出てしまったのだ。

そんな主人のしぐさが大変尊いので、従魔たちは各々うっとりと酔いしれている。

「ん? みんな? ちょっと怖い情報も聞いちゃったから、不安になっちゃったかな……」
「ぶっ倒す、上等ですよ」

モスラがグッと握った拳の威力はきっとえげつないのであろう。

「ドラゴンキラーとシュシュの気合が混ざってるー!」

レナはあははと笑った。

「後輩がボクの特徴をとっちゃったー?」
「なになにシュシュの気合いの掛け声気に入ったの? 押忍!」

モスラの周りで、楽しそうにハマルとシュシュがくるくると回って戯れる。草食系にも関わらず、性格が肉食な面々である。

「はーい、今回一緒に行く子の確認だよ。私と凍土に出かける子〜、手ぇあげて〜!」
「はーい」

レナパーティから、レナ・モスラ・クレハ・イズミ・キサ。

護衛としてロベルト、見習いのノア。

そしてしなやかな筋肉がついた長い腕があげられた。まだあまり見慣れない、ミントカラーの爽やかな髪を持つ新人護衛(・・)。

「えー、護衛ならびに白炎聖霊杯探索を務めさせていただく、蝙蝠人のスクーです。よろしくお願いしまっす!」

ささっと頭を下げると、条件反射なのだろうか、蝙蝠の幕の張った翼がふわっと広がった。淫魔族のようなとんがりしっぽも揺れたので、クレハとイズミがうずうずする。

「あ、これ? 触ってもいいですよっ。弟妹たちにも好評なんです」
「「わーい! わんわーん! なんちゃって。オズもやる?」」
「やらない」

オズワルドはやんわり拒否すると、スクーを指差して、レナにわざわざ告げた。

「蝙蝠人は目が良い。今回、泉に行くルーカや寒さに弱いリリーの代わりに、道中の索敵が期待できるよ。しっかり使ってやるといい、主さん」

その言い方はちょっとどうかなぁ? とレナが苦笑いをすると、スクーはからりと言い放った。

「ほんとその通りで〜。お気軽に、使えるとこはガンガン使ってくださいね。わたし、魔王国からしっかりと賃金払ってもらってますから、その分力になるつもりですもん」
「わかりました。じゃあ凍土での採取も一緒にしましょう?」
「いいんですか!」
「はい。野草の扱いが上手だって聞いたから」
「そうそう、冒険者ギルド常時依頼の薬草集めは小さい頃の日課でした。いやぁ、今役にたってよかったです」
「ふふ。ご兄弟が多いんでしたっけ?」
「そうそう。わたしが一番上で、チビたちがたくさんなんです。家でわいわいとやってますよ。先日は、お菓子のお土産をどうもです!」

目をキラキラさせたスクーは、贈り物が効いたらしく、レナパーティに好意的だ。
お菓子をどんどん製造してくれるチョココのことなんてもはや崇拝している。

ロベルトは「話が長い、馴れ馴れしいぞ」と首根っこをつかみ引き離しながらも、これぐらい好意的でなければ今のレナパーティについていくのは難しい……と考えている。
レナたちは戦力も協調性も兼ね備えていなければ側に寄らせないだろうから。

「朝に備えてしっかり眠ろう。ノアちゃんも、今日は泊まっていって」
「お、お世話になります……! 必ずや、私もどこかでお力になりますからね」

ノアがふくふくした手をぽにょっと握った。

「お世話になりますね……お三方」

微笑むノアを、ジレたちが案内する。

三人が過ごす部屋にノアがお泊まりだ。
久しぶりに会えて嬉しい、そしてなんだか気恥ずかしさもあってそわそわしている。
部屋についたら、今夜は仲間のことを少し話すのかもしれない。
イラは今、どうしているのだろう。
夜更かしをしないことは信頼しよう、と、レナは手を振って見送るにとどめた。

レナたちは寝室にいって、無重力空間に浮かび上がり、ハマルの夢のように柔らかい金毛に埋もれて、深い眠りに落ちていく。

おやすみなさ……すぴー、とレナは最後まで言う前に、そうっと意識を手放した。

──レナが完全に眠った頃、ギルティアが目を覚ました。
瞳を大きく見開いたり、縮めたりを繰り返し、やがてクリスティーネが隣にいると気づくと、ゴーストローズの花をぎゅっとつかんでトゲが痛くて夜泣きを始めた。
仮眠していたクリスティーネは、この暗闇で淡く光る金毛ブランケットを引っ張ってくると、ギルティアを包むようにくるんだ。
夜の攻防は続く──。

▽朝だーーーー!

明け方のまだ弱々しい陽の光を浴びながら、爆速でやってくる者がいる。魔法効果のかかったシューズを目一杯踏み締めて、赤の聖地に辿り着いた。
ぜえぜえと粗い息を吐く、エルフの服飾師エリザベートである。
上品な美貌を必死の形相にゆがめて、目の下にはクマを作り、白目をまっ赤にして、玄関先に現れたレナに袋を押し付けるように渡した。

「はい……! 魔王国の軍防寒着、アレンジ完了よ。限られた時間の中でできるだけ可愛く暖かくした……か、ら……!」

ガクッ、とエリザベートが地に倒れ伏せた。

「エリザベートさぁぁん!? ハーくん、来て来てっ」
『なぁにぃ……スピ……すぅ……』
「オズくん運んできてくれる?」
「仕方ないな」
「ハーくん来ましたよ」
「おぎゃあああああああーーーーっ」
『ひょわ!?』

▽エリザベートが飛び起きた!
▽ハマルが 頭突きをかましてしまった!
▽エリザベートは エリクサーの泉に落ちて回復した。

案外、幸運値が高いらしい。

レナは袋を開けて、感嘆のため息をついた。
なんて美しい赤色。

「本当に間に合うとは……」
「やれるって言ったでしょ」

その袋は受け取った時にすでに魔法効果が発動しているようで羽根のように軽い。軍防寒着といえば、ズシリと重たかったはずなのに。
そして頑丈さは変わっていなくともデザインはうんと可愛くなっている。エリザベートとしては、一から服を作りたかったらしく若干不満なようだけれど。
電話一本の取引で、即決作ります! と一夜づけにしては素晴らしい出来だ。

「ありがとうございます。着替えてこようかな?」
「そうそう、それがみたかったのよー! そのためにわざわざ来たんだからー!」

エリザベートが、ヘニャヘニャと笑いながらレナの肩を叩いた。ペチン。

ざわ……と空気が揺らぐ。

▽エリザベートの目前に 影のナイフがいくつも現れた!
▽影の軌跡は網目状のバリケードになり レナを守っている。

カチンと固まっているエリザベートの隣に、すうっとルージュが姿を現す。

『この方は、赤の聖地を害さないご友人でしょうか?』
「あーうん、そうだよ、もちろんもちろん!!」

本当は友人よりは取引先という感じだが……レナは大急ぎで頷いておいた。

ルージュがにっこりと微笑んだことで、影が消えた。

「ごめんなさいね」というルージュの謝罪を、エリザベートは青ざめながら受け入れた。圧がすんごいのだ。只者ではないのはよくわかった。
その服が常人には触れない生地であることも。
(ああ、羨ましい! 噂の精霊の生地……!)

「あの、ごめんなさい。今、みんなちょっと気をつけて警備しているんです」
「まぁ気持ちはわかるわー。お店とかやり始める時って、ずっと気が張っているもの。私がエルフィナリーメイドで働き始めた時もそうだった。リゾート業もするのよね?」
「はい」
「頑張りすぎには注意よ、レナちゃん! 自分では気がつかないうちに疲れが溜まって、心がポッキリ折れてしまうこともあるんだからね」

エリザベートは仕事柄、何度もそのような例を見て来たのだという。

やりたいこと、のためなら疲れを自覚しづらくなるものだ。
心の疲れならば、特に。

「肝に銘じておきますね」

レナはペコリとお辞儀した。

▽レナたちが 着替え終わった。

魔王国の軍制服をベースにしたシンプルな防寒着だったものが、赤く染められている。ただ裾を絞っただけだった袖には、もこもことした飾りが付いている。
ともに男性用を着用したロベルトが一瞬眉を顰めたが、これぐらいならば雪が付着して困ることもない。絶妙なセーフラインでオシャレを取り入れてくる、エリザベートの執念には舌を巻く。

赤のコート、白のブーツ、耳を冷やさないように耳当てをして、脳みそを寒さから守るために帽子をかぶる。

いつも使っている腰ベルトが使えないので、斜めがけにしたベルトに愛用の鞭[|緋の薔薇女王《スカーレットアンペラトリス》]をくくりつけたレナ。手を伸ばせばすぐに触れられて、従魔回復を万全の状態で行える。

赤白のラッキーカラーの組み合わせ。

エリザベートは鼻血を出した。
似合いますか? とわざわざ聞くまでもない、瀕死のグッジョブサインが出されている。

「……ロベルトさん、目立ちますかね?」
「吹雪くことがありますから、むしろどこにいるか目立つ方が良いですね」

ロベルトの故郷なので、敵に襲われる心配はないらしく、吹雪対策が優先された。

「サンタクロー……みたい!」

ルーカがクスクスと肩を震わせているので、レナは赤いリボンをルーカの髪に結びつけてサンタクロースの仲間入りをさせてやった。どうだ!

「はいはい。一日だけだから、そんなに寂しそうにしないんですよ」

いつも乗り遅れがちなルーカを先に愛でたところで、レナは、一人一人においでと手を広げて抱きしめていく。

エリザベートがハンカチを噛み締めてじーーっと羨ましそうに眺めているので、さてどうしてあげようか。ステキな服を作ってくれたことだし。

「エリザベートさん?」
「なななにかしらぁレナちゃん?」
「……じゃーん」

▽サービス精神!

▽レナは、防寒着の前をバッと開けた!

なんと、お腹には、腹巻が。
ただの腹巻ではないのだ、キラキラと繊細な白金の輝き、すなわちスターライトカラーの羊毛がふんだんに使われている。

「素敵に仕上げてくれたお礼に、いらっしゃっうわっ」
「うぼぁああああーーー!」
「きゃーーー!?」

▽エリザベートは レナのお腹に突っ込んだ。

奇行を初めて見た後輩従魔は、あまりのこわさに先輩の後ろに隠れた。
その勢いを除けば普段自分達がやっていることと変わりないのだが、その勢いこそが得体が知れなくて怖かったのである。変態は世の中に多い。

「行ってきます」

巨大なモスラに乗って、レナたちは悠々と空に上る。
安定した上昇は、オズワルドの[重力操作(グラヴィティ)]とパトリシアの風に支えられている。
すうっと空に浮かぶと、ただ一度のはばたきで、ぐんと前に進んだ。

速度はどんどん上昇していく。
新幹線も真っ青な移動速度。

スクーがぽかんと口を開けて八重歯を風にさらしながら、ノアを支えている。軽く手を添えるだけで支えられてしまうのだ。それぐらい、モスラの背中は、風圧もなにもかも安定している。
大空の愛子であり、天帝ヴィヴィアンレッドバタフライである証。

「どうなっているんですか、これ……!? ドラゴンでもこんなのってないですよ」
「レナ様の従魔だからな」
「覚えておきます……!」

素直でよろしい、とロベルトは頷きを返す。

スクーは、ノアをロベルトに託すと、頭を下げてからレナの前に出た。

最も先頭の位置から、どおおおっと迫りくる雲を見て冷や汗をかく。
緊張も集中力に上乗せして……赤い目を見開いた。目を細めるルーカたちとはまた集中のしかたが違う。

「雲の中に影があります。さっそく件の空賊が現れたかもしれません……いえ、確定! 現れました!」

これは幸先が悪いなと、尖った歯を噛み締める。
レナパーティは大丈夫? と雰囲気をうかがうと、落ち着いている。

「ん。先に悪運にあったということは、凍土に辿り着いたとき、きっと良い氷が手に入るよ。試練がやってきたなら、乗り越えてみせましょう!」

レナの声の力強いこと!
普段の少女らしい声のままぐっと芯が強くなった。

流れるように鞭に手を伸ばし、称号のセット。
赤の女王様+異世界人モードになる。
だって、乗りこなさなきゃね。

「やれるわね、モスラ?」
『お任せいただき光栄です!』
「スキル[鼓舞]」

ぐーん! とモスラのテンションが天井を突き破ってどこまでも上昇を続ける。もうめちゃくちゃ愉しくってたまらない。

それとともにスピードはさらに増して、弾丸のように突っ込んでいった。
クレハとイズミが、モスラの額にジュエルの盾を作る。もはやミサイル。

▽天帝ヴィヴィアンレッドバタフライの 頭突き!
▽空賊を 轢き飛ばしたーーーー!

かわいそうなドラゴンとワイバーンの空賊は、口上を名乗るどころか悲鳴を上げる暇もなく、翼や尻尾を大破させて地上に落ちていった。

また、スクーの顎があんぐりと落ちた。

しかもあれほどの大群と衝突したのに、レナはモスラの背で仁王立ちなんてしている。異世界人の脚力とみるべきか。
スクーたちも、膝が震えたくらいの衝撃しか感じなかった。一体どれほどこの蝶々は安定しているというのか。

ふと、ノアが蜘蛛糸を引っ張るしぐさをした。
柔らかな手にぐっと糸が食い込んでも、必死に離さない。
ロベルトが力を貸してやり、何やら引っ張り上げた。

「ふう……! あのこれ、空賊が身に付けていた紋章です。私たちが狩ったという証拠がないといけないのでは、と……。サディス宰相は、証明こそ大事だと教えてくれましたから」

ノアはとっさに、蜘蛛糸を思いついたのだという。
判断も、精度も、度胸も、大したものだ。

これはとても負けていられない、とスクーも周りを視(・)渡す。

「さっきの空賊の中に白竜も混ざっていたみたいですね! えっ……」
「それって……」
「竜人族の……?」

みんなはしばらく沈黙した。
結論。
雲の中を飛んでいるならぶつかったってしょうがない。空路違反。
あとギルド長が空賊ぶっ飛ばしてやれっていってたし。

事故ってことで。

▽そんなこともあるよね!

▽凍土に到着した。

 

 

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!