298:成長の水

 

帰還したレナは、まずギルティアの様子を尋ねた。

ギルティアは相変わらず、幼くなったり反発したりを繰り返しているらしい。

今は、クリスティーナが側にいる。
食堂にやってきたパトリシアが「あの人ほんと女らしさってもんがわかってるわ。女装バレてない」と感心したようなため息を吐いた。

「私たちは、できることってなにかな……?」
「ん。ちょっと聞いて。エリクサーしか注がれてないのが良くない気がするんだよな」

ギルティアの極端な状態の原因かもな、とパトリシアが言う。
キラも頷いたし、ルーカもそのような判断をしたのだという。

パトリシアは小さな水球をいくつか出して、指先であやつり宙にたゆたわせる。

「花屋の水やりに使う水もさー、たくさん栄養が入った水と、普通の水を使うんだ。いろんな水を知ることでその花は環境変化に強くなるから」
「普通の水を摂取できなくなったらこの先困るのはギルティアだしね〜……」
<いつでもエリクサーを創りますけれどね?>
「ふふ、キラ優しいね。けれど、あの子がここを離れられなくなっちゃうよりも、選択肢をあげたいの。自分の人生、っていうか魔物だから魔物生? あっ魔人族だからまあいっか……。やりたいことや進みたい道を見つけてほしいなって」

レナは紅茶のカップに手を添えて、そっと覗きこんだ。

白磁のカップには琥珀色の紅茶が揺れていて、ふわんといい香りの湯気が立つ。
この紅茶の水は、モスラがわざわざ取り寄せた硬水。

水には種類がある。
異世界ラナシュならば、その種類や効能は圧倒的に多様である。
全てを集めることは無理だろうけれど……

▽従魔のためならば。
▽レナのスイッチ・オン!

「いろんな水か〜」

レナがつぶやいた時、ロベルトが帰還した。

玄関方向からやってきたロベルトに、ミディとマイラが、ふかふかのバスタオルを渡す。
小雨が降っていたためしっとりと濡れていたロベルトは、お礼を言って、髪を拭く。パラパラとした氷が床に少しだけ散った。レナは氷を眺める。

「ただいま帰りました。オズワルドたちはもう少し後に来るはずです。さっき雨が止みましたので、濡れることはないでしょう」
「わかりました、お疲れ様です。……ところで」

ロベルトは獣耳をレナのほうに向けた。

レナはその雪色をじーっと見ている。

ちょっと悩むような間が開いて、けれどそのあとにレナはちゃんと決めた。

「凍土って、水ありますか?」
「……氷を溶かせば可能ですね。それが何か?」
「よし」
「それが何か、を聞かせていただけると……!」
「ああすみません。獣耳を不安にさせちゃって」
「いえいえ」

伏せていた雪色の獣耳がシャンと立った。持ち直し、お見事。

「ギルティアの健やかな成長のために、いろんな水を集めよう、って話していたところなんですよ」

これについては賛成のロベルトであるが、話の流れを考えて、さすがにゾッとするところである。

レナの首にカルメンがまとわりつく。
それはもう、期待を込めた笑顔で、ぎゅーっと。
あちち! とレナにペチンと叩かれてまあなんと幸せそうなこと。

「凍土であれば、もうひとつも同時に進められそうだなってー」
「まさかの……ついで……」

ロベルトはひくひくと獣耳を震わせてから、ふうと息を吐いた。

あらかじめ心の準備とレナパーティへの慣れができていたからいいものの、部屋の隅では新人蝙蝠が目を剥いている。よしあいつも連れていこう、鍛えよう。レナパーティの進化についていくには時短で成長するしかないのだ。

「する」方に頭を切り替えて提案を。

「凍土に行かれるのであれば、大急ぎがいいでしょうね。ギルティアの七日目に遅れたくないでしょう?」
「はい。モスラ便で超特急!……の場合、どれぐらいかかるか分かりますか」
「目的としては氷を得ること、それから現地の下見、そんなところですよね。凍土の端にだけ行けたらいい。合っていますか?」

レナが頷く。

「早朝、深夜で、日帰り可能かと思われます」

みんながモスラを見ると、スマートに微笑んでいる。

キラが立体地図を現した。
バーチャルグラフィティーの上部に、モスラが指をかざして空路を示した。

「|赤の聖地(ここ)から凍土(ここ)まで、休むことなく飛ぶことが可能です。空中戦もお任せ下さい」
「ありがとう。頼りにしてる!」

モスラの背後にぱあああっと薔薇が咲き誇る幻覚が見えた。
あとで赤の経典に書かれる内容がゴージャスになるに違いない。

「光栄です……! レナ様が乗りこなしてくださる瞬間を楽しみにしております」
「うっ。頑張ってみるね」

レナは、異世界人異世界人、いける、と自分に声をかけて、自分を励ましている。
いざとなったらスーパーパワーが出せるのだから、きっとなんとかはなる! なんとか!

カルメンの頬を、レナが指でつつつと撫でる。

「そうだ。もし白炎聖霊杯のきっかけを掴んだら、カルメンの涙ももらえちゃうかも?」
『おやおや。我々を泣かすのはそう簡単ではないぞ? 内側には炎が燃え盛っておる、その分、カラカラに渇いている。……半身は、泣きやすかったような気もするのだが』

カルメンは尖った耳に手のひらを当てて、昔を懐かしむように目を細めた。

「二人で一つ、なんだねぇ」
『ああ。凍土でどのような変化が起こるか分からないが、あちらから涙が流れ込んで来れば、あるいは……?』
「おおー! せっかくだから一石二鳥を狙おう!」

レナがからりと笑うと、カルメンが好戦的にニヤっとした。

<二兎を追う者は……というマイナスな諺もありますが、レナパーティは複数人で二つの目的をこなすので、もっとご褒美が欲しいくらいですね。ラナシュさーん!>
「キラがフラグ立てた?」

どう? とルーカに聞こうとして、レナは、今はいないのだということを思い出した。

今度は、部屋の反対側の扉が開いた。
セーターが絶妙に裂けているクリスティーネが現れた。

「水やり、って……またウォッカじゃねーですの」
「聞いてたんですか?」
「まあ世話係ですから。雨の水とかもいいですよ」

だいぶ雑な女装になってきているクリスティーネ。ぼさぼさの髪をかきあげる仕草は気だるげで、顔には愛想がなく疲れをあらわにしている。バストの位置がズレている。
なにがあったんだろう……とレナが眺めていると、廊下の向こうでなにかが這うような音が響く。

「ギルティア……? いそげ、これを」

パトリシアがクリスティーネに毛布を押し付けた。

「寝かしつけ終わりましたっけ?」
「うん? 何とかのわあああああ」

▽クリスティーネの足に 植物のツルが絡みついた!
▽|ものすごい力(エリクサーパワー)で 引き摺られていった。
▽退場した。

「えっ、そんなに気に入られてるんだ……!?」
「うん、私もびっくりしてるんだけどさ」

目を丸くしたレナが廊下に走っていって転けかけたのを、パトリシアが抱きとめている。ぷらーんと三つ編みがなさけなく揺れた。

「樹人だからいいみたいだぜ。初めて同じ種族に受け入れてもらったんじゃないかな、ギルティア……。ママみたいなものかも?」
「クリスティーネママ!?」

行き場を無くしたような渇いた笑いが、食卓に溢れた。

真実を知る者にとってみれば、とんでもない悲劇である。
クドライヤにとっては更に、だろう。

「いざとなれば、グルニカ様の薬で性転換させましょう。それで最悪、何とかできます。あいつも仕事人ですから、やりますよ」

ロベルトが真顔で言い切った。

(社畜こわい)

レナが冷や汗をかく。
魔王を子どもにしてしまう薬があるのだから、性転換の薬や魔法くらいあるのだろう。
ヒト族はともかく、植物や虫や魚類などは性別があやふやだったり変態するものもいるのだし、魔人族の倫理観としては「ギリギリヤレル」なのかもしれない。

▽まぁ話を戻して。

「水のこと」

パトリシアがキラウィンドウに予定を書き込んだ。
指でラナシュ文字を刻む。

「私、ネッシーに相談してくる。アネース王国とを繋ぐ泉の水をちょっともらうことと、<青の秘洞>の湧き水もほしいなって」

次に書き込んだのは、レナ。
指はなめらかに、みんなのためのラナシュ文字を書いた。

「私は凍土に行こうと思うんだ。モスラだけをおつかいに出すには、遠いし寒い場所だし、心配だからね〜。それにカルメンと私がついていることで何かわかるかもしれないでしょ?」
「生き急いでんなーレナ」
「そりゃあ急ぐよー! やりたいこともやるべきこともたくさんあるから。その道中に従魔とも触れ合っていられるなら最高じゃないのっ」

▽レナの微笑みに 従魔が打ち抜かれた。
▽好き!!!!

「我らもいくー! シートベルト役だもーん」
「レナが落っこちないように縛り付けてアゲルもーん♡」
「うっ……ボクも縛られるの好きだけどー、レナ様が縛られているのもお仲間みたいで嬉しいー」
「ハーくんノンストップすぎるからね。ステイステイ」
「わーアグが考え込んで目を回してお腹痛くなってうずくまってる〜」
「大丈夫ー!?」
「死ぬぅぅ……」

▽レナが 従魔回復を施した。
▽新人たちも まだまだ自分探しの途中である。

ロベルトが相変わらずの主従を眺めながら、しっとりと呟いた。

「道中に従魔の回復ができることと、レナ様が異世界人であることも強力ですし、いざ主人がピンチとなればみんなが駆けつけるのでしょうね。レアクラスチェンジしてでも、なんて気もしています」
「ありえそう〜」

わははっとレナたちは明るい笑い声を響かせた。

レナパーティジョークに慣れていない新人蝙蝠は、ごくんと生唾を呑んだ。
思った以上に仕事が大変そうだなという気持ちと、レアクラスチェンジなどの新技能を報告できたらボーナスが出るんだよね〜、という私欲を腹にしまった。

「押忍、じゃあ私も!」

シュシュが、コンと机の上に瓶を置く。

「天使の涙だよ」

いうまでもなく、天使族副族長ディスがかつてよこした贈り物である。

ルーカが受け取ったけれど、天使が持っているのがいいだろうからとシュシュに渡していたのだ。そして現在はギルティアに送られようとしている。

▽みんなの認識が 集まった。
▽ディスは [不憫]の称号を 取得した!
▽あちゃー

なんならもっともらってくるよ! とシュシュが飛び跳ねてシャドーボクシングしながら豪語するので、さすがにそれは慌てて止めた。

「はいそろそろ意見をまとめるぞー」

キサは、ラミアの里の温泉水。

チョココは、スウィーツパラダイスの砂糖水。

ミディとドリューは、海の水を。

リリーは、宝石を水に変える試みを行う。

アリスは、砂漠のオアシスの水を大至急市場で探す。

オズワルドが帰ってきた。
犬耳をぴくりとさせて「ふーん」というと、ニッと口角を上げる。

「明日、魔王ドグマと手合わせしてくるんだ。魔王の涙、とってきてやる!」
「わ、応援してるー!」
「ん。レグルス、訓練付き合って」
「休まないのか?」
「仕方ないやつだなーオズってばー。休息大事だよー。ほーら五分仮眠していっけー」
「ぐぅ……」

モコモコの金毛に埋もれたオズワルドが、運ばれていく。
ハマルとレグルスが、よいしょっとベランダから飛び降りて、庭の訓練場に向かった。
土俵では新作のマッチョマンフラワーたちが相撲をとっている。よい訓練ができそうだ。

「あとは……。誰に協力してもらおうかなぁ」

お屋敷の赤い屋根に、ルーカが腰かけている。
雲が分厚くて迫ってくるような夜空に、ときおり風が吹いてピカリと星が覗く。また隠れた。

ぼうっと遠くを視つめていた目を伏せて、すっかり冷えてしまった腕をさすった。

「僕は、真実の湖の水を汲んでくるね」
「うん、わかりました。無理はしないで下さいね」

レナが、白金色のブランケットをかけてあげる。
両隣に、クレハとイズミが腰かけて、ぎゅーっと距離を詰めた。

クスリ、とルーカが微笑む。

「超幸運なレナが心配してくれているんだから、大丈夫! なんだと思うよ? それに僕がやりたいから」
「うん……はい!」

ルーカの瞳がやんわりと細められて、先ほどよりは近くに焦点を合わせた。

魔王国のはずれにある水晶の洞窟の中には「真実の湖」があるのだという。

メデューサ一族など特別な目を持つものが湖に己の姿を映すと、いっそうその効果が際立つのだ。
己をよく視ることで、魔眼の使い方がよくわかる。
自分が必要としている情報を、視界から選び出すことができる。

レベルアップのためにいかがざんす? と誘われていたが、ルーカはギルティアのためにもなるだろうと、修行を決めた。

「真実の湖の水は、ギルティアが心を見つめるためにいいかもね。ここから視てるだけでもおそろしいくらい光ってる……」

おそろしい底冷えするような青の光だ。それが今、ルーカの内側をおびやかしているもの。

ルーカは頰に冷や汗をつうっと流すと、耐えかねたように振り返った。
ほうっと吐息をこぼす。

「でも、レナの方が光ってるや」
「それ私の方がおそろしいってことです?」
「レナは自分の心をよく見つめられているんだと思うよ。やりたいことと、やれること、決まってて。すごい、えらい」
「えへん」
「クレハとイズミはちょっと揺らいでるかな」

ルーカがそうっと左右を眺めた。
夜風は、宝石の髪の光をチラチラ散らす。

「「そーお?」」
「融合した紫スライムじゃないからかにゃーん?」
「我らのこと覗いて視てもいーよん」
「「どーお?」」

「え、なんで?」

ルーカはきょとんとする。
四つの黄金の瞳に、見つめられた。暗闇の中でより濃くらんらんと輝いている。
へにょ、と眉は下がっている。

「ライアスハートのことで悩んでんのかなって思ったからさ〜」
「悩んでる時に爆弾ぶちこんで花火にしちまうのが好きなのさ〜! なんてね?」

あはは! とルーカがウケた。

なんともおかしな物言いだ。

「確かに、二人は魔力の元から分裂するように生まれたんだよね。家系を気にしなくていいのって、僕にとって爆弾かも」
「「わかるぅ〜♪」」
「わかるの? けれど大丈夫。もう花火を見た気分だから」
「私、花火扱いされました?」
「うん、わりといろんなものが吹き飛んでね……………………あのね、レナの家系について、ごめんなさい」
「ネガティブ入った、ここでー!? リリーちゃん、キックキック」
『しゅわーっち!』
「飛んできた!? うわっ」

▽かわした!
▽ルーカは 屋根から落ちた。
▽ハマルの金毛に 埋もれた。
▽キラに 撮影された。

「はは……はぁ。ライアスハートに戻りたくないなぁ」
「了解。うちのルカにゃんですからね、いてちょうだいな。藤堂レナでいることも、ただのルーカさんでいることも、私たちは選んでいいんですよ」
「はーい」
「「「そりゃ!」」」

レナたちも金毛に飛び込んできた。
ハマルは大喜びで背中の衝撃を受け止めた。

ルーカは、すっかり使わなくなった自分名義のギルドカードを眺める。
名前には「ルーカティアス」としか書かれていない。家名を失くした自由なひとりがここにいる。
世界情報は変えられた。

ルーカが祖国に関わるとしたら、新たな自分として挑んでもいい。髪色を変えられること、種族を進化させたこと、後ろ盾を得たこと。
関わらなければならない、のではなく、関わりたいのかを選ぶのだ。

「戻りたくない、かぁ。自分のこと考えられるようになって、えらいじゃないですか! 真実の湖のおかげですかね」

水集め頑張るぞー! えいえいおー! とハマルの背中は騒がしい。

「レナたちのおかげだと思うよ」

……と何度も口にしているのだけど、せっかくなので、また一度伝えた。

▽主人の涙が 大量に集まった。
▽プレゼントの一つにしちゃう? しちゃおう!
▽よい変化になりますように。

 

 

 

 

 

 

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