296:名残から見えるもの

 

ギルティアは、拒絶と、本能による求めを繰り返している。
朝になってパトリシアとクドライヤからその報告を聞いたレナは、うーん、と顎に人差し指をそえながら唸った。
自分もどうにかしてやりたいとウズウズするけれど、黙って頷いたことに、パトリシアは笑みを見せた。

レナが指示をして、キラがエリクサーを作る。
清らかな水がたっぷり入ったポットを渡されて、頷きを返した。

「ここの水が安全ってことをまずは理解してもらう。ツンケンした状態でも水を飲むようになれば、大きな第一歩って思うぞ!」
「ま、生命をつないでおければとりあえず大丈夫だと思いますけどね」

クドライヤが、相変わらず手厚いことで、と呟いた。
バシンとパトリシアに背中を叩かれて、いたあっ! といつもよりは女性的な悲鳴をあげる。

「だーかーらー、それじゃダメなの。全く、あんたは自分に厳しくて、周りにも厳しさを求めちまうタイプだろ。ちょっとゆるめてくれよ」
「自分、仕事中なんで」
「クリスティーナさん?」
「わーかったよ……」

クドライヤはスカートの生地をちょいと指先でつまむと、ひらひらと裾を揺らしてみせた。
このクリスティーナと言うキャラクターの通りにちゃんと動く、というアピールである。

カタンと音がしたので、レナが振り返った。
モスラが近くにやってきていた。いつのまに。相変わらず気配を消すのが上手。

ハンカチを取り出したモスラは、自らの目元に当てた。

「あのパトリシアがここまで……」
「ふふ、成長したよねーパトリシアちゃん。ごめん成長って言葉使っちゃって、なんか大人っぽくなったというか、尊敬してますいたたたたたたた」

パトリシアがレナの頬をつまみに行ったので、餅のように伸びた。
レナはモスラに話を振る。

「モスラ、ちょっと寂しそうにしてる? パトリシアちゃんの教育の手が離れちゃった〜みたいな」
「いいえ。今パトリシアが口にしたことのおおよそは、私からの受け売りですから。全く寂しくはないですね。彼女の中に自分を見るようです」

上品な微笑とともにけっこうなことを言ってのけるので、レナは思わず「わお」と呟いてしまった。
モスラらしいのだけれど、あまりにもらしすぎて苦笑してしまう。

パトリシアはドカドカと大股で、モスラのほうに歩いて行った。

「そして私の教えた感性というのも、元はといえばスチュアート家、そしてレナ様から教えていただいたものですから、もはやこれは赤の運命」

これには同意したパトリシアは、腕を上げると、バシン!! と爆音を立ててモスラとハイタッチした。
レナががくっとずっこける。
キラに支えてもらうという貴重な体験をした。

「うん……二人がそれで楽しいなら……。赤の運命かあ。まぁそういう物言いもまかせる」
「相変わらず独特な雰囲気ですよねー、結束力が高くて何よりです。しかしだからこそ、ギルティアが入り込めないという点はあると思いますよ」
「クドライヤさん、覚えておきますね」

レナが胸に手を当てる。

「私、懐をもっと広げて、ギルティアがゆりかごに出来るような隙を作ろうと思います」

レナはうんうんと小さく数回うなずいて、にこっと笑った。

ちゃんとできる、と自信が現れているのは、夢組織の三人など難しい者を含めてたくさん従えてきたという魔物使いの経歴の賜物だ。
頼もしいものだ。

パトリシアとクドライヤは、レナから自信を分けてもらったように芯のある声で言う。

「ギルティアの本契約まであと六日。ズブズブに甘えさせてやるぜ!」
「やりますわよー」

あははと笑い声が上がった。

現在、ギルティアは部屋の中でツルのゆりかごを作り、すうすうと眠っている。
昨日夜遅くまで、自分の心に悩み、ぐるぐる考え込んで寝付けなかったようで、朝になってようやく落ち着いたのだ。

部屋の扉は開けっ放しされていて、それは幼い状態になったギルティアが好奇心旺盛にこのお屋敷という場所を探ろうとして扉を開け、それから元のギルティアに戻って大慌てで部屋の中にツルの防御檻を作った。
そのとき扉が開けっ放しにされてしまって、後にまた幼く戻ったときには檻も半分以上解けてしまってゆりかごに、という複雑な流れがあったのだ。

当時、ずっと寄り添って声をかけ続けていたクリスティーナは、実はそれなりになつかれる傾向がある。
未来の嫌な予感はあるけれど、クドライヤは、まぁなるようになるしかないし仕事だし、と自分を納得させた。

そんなギルティアをチラリとだけ眺めたハマルとルーカ。
それだけで、この二人にはわかる。

「ギルティアねー、夢見が悪そうっていうかさぁー」

ハマルは白金色の髪の毛をふわふわと揺らしながら、室内から戻ってきた。レナにひょいと抱きつく。

「夢を見るってことはー、眠りが浅いってことなんだよねー。断片的な夢をいくつも見てる。夢と夢の間、穴になってるとこが多いのは、昔の記憶を消しちゃったからだと思うのー。クドライヤさんが、ソウルリリースの方法が下手だと忘れるもんだって言ってたじゃんー。それかな。ねぇレナ様ー、穴の中にー、ボクらの夢のカケラぶち込んでもいーい?」

「とびきり優しい夢をプレゼントしてあげてね」

「もちろんそのつもりですー。だってレナ様はそうしてあげると嬉しいでしょー?」

「うん。ギルティアには幸せに慣れていってほしいんだ。これまで良くないことも悪いこともしてしまったんだろうけど、だからといって、ずっと幸せになっちゃいけないわけじゃないと思うから。魂の色が白と黒に変わるのはきっとそのためだよ。従魔に罪があるのなあら、主人も一緒に償う」

レナが抱えているものは、とても重い責任だ。
ともすればそれを察せないような明るい表情で、いつだってポジティブに前を向く。

支えなくちゃね、とかなりの恩恵を受けているルーカが、紫眼を瞬かせた。

「やっぱりね」

レナに、異世界人の称号をつけるように言う。
レナは首を傾げながらもそのようにした。

「ストレートにいっとく。ギルティアの中には、あの死霊術師(ネクロマンサー)・イヴァンの痕跡があるんだ」
「……今一瞬、心臓が止まるかと思いました」
「やめてよね。言おうか迷ったけれど、何も知らないままじゃレナは嫌だと思うから」
「はい。知らないことには、何かトラブルが起こったときに対応もできませんから……大丈夫。知った上で、私は気持ちを切り替えることができます!」

グッとレナが強い声で言い切る。

「ネコミミ撫でる?」
「羊の髪はいかがですかー?」
「ありがとうありがとう」

▽まるでアニマルセラピー。

ルーカの濃い金髪はさらさらと指通りがよくて、ハマルの白金色の髪は繊細でふわふわとこれまた触り心地が素晴らしいのだ。

癒されたレナがほっと息を吐く。

ガッツポーズをしたのは、話続けて! の覚悟である。

「|あれ(・・)はまだこの世に|いるよ(・・・)」

ルーカの言葉は真剣で、レナはしっかりとこのことを覚えておこうと思った。

癒されたいのでー、と言いながら、へにょんと伏せたネコミミを撫でて撫でてなりまくり立たせてあげた。

「たとえ死を迎えたとしても、怨念か、アンデッドとして存在する可能性があるんですよね。この世界では」

確かめるようにレナが口にする。

「ギルティアの魂がレナとつながれば、魂のより深くまで視ることができる。きっとその時に、事情の深いところがわかる。協力してくれる? レナ」
「もちろんです」

今のレナは、魔物使いであり、赤の女王様であり、異世界人である。
様々なことに対応できる。そのための力をつけてきた。レナの大好きな者たちを守るために。

あのイヴァンにも立ち向かっていける。

なんとなくまだ消滅していないような気はしていたのだ。恐ろしくしぶとい変態だったから。

復活させた扉を、ルーカが閉じた。

「引き続き僕も見張るよ。パトリシアとクリスティーナさん、万が一異変があったら教えて欲しい」

二人はうなずいて、扉の側のソファーに座った。
今からギルティアの懐柔大作戦を相談するのだ。

廊下をパタパタと一番小さな足音がやってくる。
ジレ・アグリスタ・マイラだ。
ほとんど走るようなのは、ずいぶん行儀が良くなった三人にしては珍しいくらいだけど、最近はずっとこんな感じ。
ギルティアに手紙を書きたいと、すすんで発言したのも三人からであった。

パトリシアに、三人から、手のひらに収まるくらい小さなスライムボールが渡される。クレハとイズミが分泌するスライムジェルを丸めて、チョココがお菓子のようにした、いわゆる水まんじゅう。ギルティアに食べてほしいんだと言う申し出を、パトリシアは快諾した。
今日の大作戦のメインはこれにしようと決まった。

それから三人は、レナにすがる。

アグリスタの馬耳がぴょこぴょこと動いている。
先程の話もこの敏感な耳でしっかり聞いていたようだ。
ジレとマイラの手は固く結ばれている。

「あの!!」
「どうしたの?」
「怨霊やアンデッドって聞こえたから……」

マイラとアグリスタが口々に話す。

「あのね。怨霊ってすごく遠くでも、すすすって移動ができます。足が速いというより、気持ちだけの概念の世界を、すすっと渡れるような感じなんです……」
「アンデッドは、死んだ肉体と魂がツギハギになったものでぇ、そのつながりの糸が魂だったら心が折れた時にいなくなるしぃ、もしも操られているんだったら、操っている者が亡くなったときにドロドロに溶けてちゃんと消えるよぉ」

ここで、がーん! とショックを受けたように、アグリスタが縮こまってうずくまった。

「あー、こんなこと言っちゃったら……逆だぁ。存在が生きてるかもしれないって話してたんだもんね……あああじゃあね、ボクが言ったことすごく余計だったかもごめんなさいぃぃ」
「私も、何か言えたらと思ったけれど、曖昧でごめんなさい……」
「協力したかったみたいだから、二人のこと、許してやってくれませんか?」

しょんぼりしたアグリスタとマイラ、その二人を慰めるジレ。
みんながレナを見上げる。

レナは心臓を押さえた。
尊い。三人がまっすぐ見つめて、自分を頼ってくれるようになって嬉しい!

その気持ちを友愛の微笑みに乗せると、三人はポポポッと頬を赤くした。

「大丈夫だよ。すごく助かる情報だったから。このことは、従魔の間で共有させてもらうね。ありがとう」

三人ともをそっと抱きしめて、早起きして水まんじゅうを作っていたため寝不足らしい疲れを、[従魔回復]で癒してあげた。

オズワルド・リリー・ロベルトが、本日魔王国に行く予定がある。
その時に、役員たちにも内容を共有しよう。
メデューサによる墓の解析も終わったのではないだろうか。

地獄の釜から何が噴き出してくるのだろうと不安には思う。
それでも、不安を現実にしないために、杞憂のせいで今笑顔を失ってしまうよりはと、レナはいっそう明るく笑うのであった。

主人が笑えば、従魔も微笑みを浮かべた。

▽ギルティアに 好意とプレゼント攻撃だ!

▽魔王国と連携して 墓の情報を得よう。
▽イヴァンの可能性に立ち向かえ。

▽Next! スカーレットリゾート 墓の悪意 ギルティアの懐柔 聖霊杯探し のフラグ四本立て。

▽エリクサーを飲んで強くたち向かうのだレナ!ファイトー!

 

 

 

 

 

 

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