295:ギルティアの目覚め2

 

ギルティアは一人部屋に立てこもっている。
与えられた部屋は、鍵を自由に開け閉めしてもいいと言うので、それならばとレナの目前で大きな音を立ててがちゃりと鍵をかけてやった。
それから扉の裏側でしばらく丸くなってうずくまっていた。

レナとその周りのたくさんの従魔の、足音が去るのを聞いて、なんだかとてもほっとした。

ざまぁみろと言う気持ちと、自分なんかがあの輪に何の影響を与えたというのだという呆れ、従魔契約というものの厄介さを、胸の中に抱え込む。
むずむずする胸を押さえた。

部屋の中を見渡すと、きれいに掃除をされていて、丸みのある柔らかい印象の家具が揃っている。
広さは一人部屋としては十分なほどで、ベッド、ソファー、小さな机と椅子、本棚には絵本が並び、ここだけで過ごせてしまいそうだとギルティアは思った。
もちろんこれまで過ごした部屋のどこよりも豪華だ。

ぎゅっと眉をしかめる。

これが良いものだという押し付けが腹立たしかった。

(押し付け、押し付け、押し付け。お前にはこれだって? あたしを蔑んだものでも、哀れんだものでも、変わりやしないんだ)

床をがりがりとひっかく。
柔らかめの木材に細かな傷がついた。

(いい物だから受け取れってさ……。どれだけ綺麗事を装ってみたって……)

罪を洗い流すための罰と変わらない。
ギルティアの蕾は頑なに閉じていた。

床が冷たくて、ギルティアはダランと伸びるように寝そべった。
あのふわふわしていそうなソファーになんて、絶対座ってやるもんかと思って。

ずっと胸が苦しい。
こんなに苦しんだことなんてなかったんじゃないかと思うくらい。
もう、昔の事なんて半分以上忘れているから、苦しいこともあったのかもしれないけれどそれはそれ。何度もくどくなるくらい、この環境が気に入らないと言い聞かせて。

そうじゃないと自分が壊れてしまいそうだ。

ドアの向こう側に、先ほどの誰とも違う足音。
すんなり耳の奥まで音が通るような感覚にびっくりして、ギルティアは手のひらで耳をふさいだ。生まれ変わった体はおそろしく敏感だ。
それから、そっと指の隙間をあける。

扉の鍵穴から、少年のような少女のような不思議な声が、いかにも優しげに自分を呼んだ。

「なあ、ギルティア」
「お前なんて知らないから」

嘘だ。
とてもよく覚えている。

この屋敷がボロだった頃、戦った。
自分に声をかけてきた花職人とやらである。

あんなに近くでそうっと撫でられたことなんてなくて、ギルティアは、ずっと忘れられずにいたのだ。
今、その記憶を消してしまいたかったけれど、攻撃魔法は自傷であれ別のものであれ、強力なものほど使えないように首輪で縛られている。首輪にぶら下がったリンゴ型の鍵が、そのうっとうしい効果の魔道具だ。

「レナパーティーに言われて来て、ご苦労さんだな」

いつものようにトゲトゲした声が出た。
ギルティアは安心した。

「私が来たくて、きたんだけどな」
「……それもあいつらと関わっているから、雰囲気を共有しただけだと思うぜ」
「そっか。でもまぁ、私が決めてここにいるからそれはそれでいいよ」

あっけらかんとした声にギルティアはイライラして、扉に木の根を叩きつけた。

自分じゃないものの影響を受けていて、どうしてそう受け入れられるというのだ。

「うおっと」とパトリシアの慌てたような声が聞こえてくる。

ガチャガチャと固いものが擦れ合う音がして、けれど持ち直したのか、何かが落ちる音はしなくて、ふうっとため息がそよぐ。

「食事を持ってきたわけだけど?」

また耳をふさごうとしていたギルティアの手が、ピクリと反応する。
体は随分と豊かさに慣れてしまっていて、ほんの少し根が渇いただけで、水分を欲するくらい。

耳をふさげ、と念じても、幼い欲望が「さぁ食べるぞ」とギルティアを動かしてやまない。

右腕に生えている根はうねうねと動き始めてしまったので、ギルティアはあぐらをかいて、足の裏をすり合わせるようにして腕を挟み、押さえつけた。

ゴクリと喉が鳴るけれど、

「いらない」
「ふーん」
「それだけ!?」

イライラすることにはイライラするのだ。

「花を枯らさせないとか言ったくせに!」

感情的に叫ぶと、フーッ、フーッ、と荒くなった呼吸を整える。さらに喉が渇いて、幼い自分に呑み込まれそうでたまらない。口を、伸ばした根で塞いだ。

パトリシアはのんびりと、

「ま、その状態ならあと7日は持つなあ」

お盆を置いた時、水で満たされたポットがちゃぽんと音を立てた。

「とはいえ、ギルティアがしおれていくとなると私の余裕もなくなるんだ」

寂しそうに告げられた声に、ギルティアはどう反応していいのかわからなくなった。

パトリシアが、とん、と扉越しに背中をぶつけてきた音がする。

「昔話をしてみよっか。レナが弱かった時、私がひどい目にあった話なんだけど」

ギルティアは面食らった。
長話をするつもりはなかったけれど、あの主人が弱かった時と言うのは知っておくべきだと考える。

ひどい目にあった、というところももちろん興味を抱いた。
薄暗い傷を舐め合うような感覚が胸の奥から湧き上がってくる。
それは夢組織にいた頃と同じ、傷ついた者という感情の引き合い。ではなぜ、ひどい目にあった原因であろうレナと一緒にいるのだろう? 尋ねる前に、昔話が始まった。

「私、昔は、冒険者の剣士をやっててさ。それって両親の影響だったんだけど、うちの親ってばクエストの最中に悪い奴らに騙されて、殺されたんだ。手柄を横取りされた。そのことを知らなくって、うちの親は弱かったのかなとか、でも私よりは強かったよなとか、それを超えるくらい強くならないと冒険者でいられないんだとか……でもどうして冒険者になりたいんだっけ? とか」

パトリシアはそういえばレナよりも話すのが下手だと自分で言っていた、とギルティアは思い出した。

冗長だけれど、昔話に込められている感情が複雑すぎて、ギルティアは聞き入ってしまった。

「全部に全力で心をガリガリに削ってちゃって、がむしゃらにクエスト受けて体も壊そうとしてた時に、レナに会った」

ここでパトリシアの声のトーンが変わる。
ちょっと弾むように。

「荒れてた私が、可愛い魔物連れた泣き虫の女の子に会って、さぁどうしたと思う?」
(わざと焦らしてやがるな……)

ドーン! とギルティアの拳がドアを叩いた。
いいから早く話せ、か、と受け取ったパトリシアは、ケラケラ笑ってから続きを語った。

「まぁ喧嘩をふっかけたよね! 私に敵いやしないと思ってたしさー、あの仲良しな感じを見ているとイライラしちゃって。あの頃、余裕なんてなくって」

パトリシアの声がどんどん遠くなっていくような感じがした。
過去にさかのぼって昔を思っているのだろう。

「レナも余裕なんてなかったんだよ。売られた喧嘩は買うしかなかった。で、私の事、スライムの触手でヒツジに縛り付けて草原を引き回しやがったよね」
「は?」

展開の突拍子のなさにギルティアが思わず間の抜けた声を出した。一触即発のバトルを聞く気が満々だったのだが。

めちゃくちゃその気持ち分かるわ、とパトリシアが大真面目に頷いている。

間抜けな声を出したことを笑われはしなかったものの、ギルティアは自分が思いがけない反応をしてしまったせいで、鼻と耳の先まで赤くなってしまった。

「私、そんなふうに恥晒されて、なんだこいつって恨んだ。レナのことがいつも気になっちゃって、それから何度もつっかかったり文句言ったり。いいやつだっていうのは分かったけど、でもだから何?って話なんだよね。「いいやつ」は理由で「むかつく」感情は私のもんだからすぐに納得できるはずがないんだ」

御託はいいからさっさとその後を話せと思っているギルティアは、舌打ちをしてみせた。

パトリシアが立ち上がる音がする。

「いろいろあって部屋に篭ってたら、引きずり出されたわ。心配してる奴らの顔、ちゃんと見なよって。いやーあれは効いたよね」

もしかして今の状況のことを指しているんじゃないか?
ギルティアは一気に体が緊張した。

話は気になるけれど、この部屋から無理矢理出されるのであればぐだぐだと床に寝そべってなんていられない。

ツタを口から引き剥がして、部屋中の壁に張り巡らせて、いつ突撃してきても迎え打てるように。
ツタがうごめいたことで、机の上に置いてあった飴のポットや手紙などが床に散らばった。

ギルティアの太ももをコツンと突いたのは四角い手紙の角だった。

「だうっ」

戯れる赤ん坊のような声が出てしまい、ギルティアは自分の頭をぶん殴った。ジンジン痛くて悶え、正気を保つ。

手紙は三つ。
桃色の手紙、紫の手紙、黒の手紙。

(マイラとアグリスタとジレか)

本文の想像はつく。
はー、とため息を吐く。
中を見る気は、しなかった。

(あいつらのことを、裏切りやがってとかは思ってない。あいつらが今、この環境が良いなら、それはそれでいいんじゃねーの)

(でもあたしはあたしを許さないから)

(ふさわしくない)と、手紙を机の上に置き直した。
そこだけは丁寧にツタを剥がす。

眉尻が下がる。
ギルティアお姉ちゃん、と呼ばれることはもうこの先ないほうがいい。

ここで、扉が開こうとする。
ツタに阻まれて、ゴンゴン! と音がしている。

もしかしてとは思っていたものの、まさか本当にパトリシアが侵入を試みるだなんて。

疑問を抱いた。
レナは、扉を自由に閉めてもいいと言っていたのに。
まさか本当にパトリシアの意思で来たくてやってきて、語りたくて昔話を聞かせたのだろうか。
恥をかきに? なぜ?

あまりの剛力で扉が押されるので、ギルティアは口の端を引き攣らせて、ツタに力を込める。
豊かになった体には力がみなぎっている。
みずみずしいツタが侵入を阻み続ける。

扉が開かないと分かった途端、パトリシアは扉を蹴ることをやめた。
扉に、線が複数走る。

斬撃だとギルティアが気づいたときには、扉は切り刻まれていた。
破片が落ちると、|波打つ流線の剣(フランベルジュ)をかまえたパトリシアが立っている。
剣をはさみ型に戻すと、腰のホルスターに刺す。

背中に隠したパトリシアの左手からは、何が飛び出してくるのかとギルティアが構えると、パトリシアはにっと笑ってみせて、花束を取り出した。

とっさに頭を腕でかばい、隙間からパトリシアの動向を見ていたギルティアの目が、点になる。

「は? は???」
「続きだ。扉が開いたら、花束を贈られてこう言われたね。導いてあげましょう」

──レナが過去、そのような行動をしたのであろうと繋げるまでに、ギルティアには数秒かかった。

話の繋がり方がめちゃくちゃすぎるし実技も交えるなと言いたい。
あとはパトリシアの惚気のような話である。

「私、これが強烈に印象に残っているんだよな。理屈よりも実践派だし、体感してもらえばいいだろうなって……ギルティア、私のこと幸せそうでいいなって思ってそうじゃん。じゃあターニングポイントを体感してみるといいよ、ヒツジに縛り付けるとこからじゃなくてよかったな?」
「……あたし、喧嘩売られてるみたいだなァ?」
「残念。今(・)の私にはそうしない余裕(・・)があるんだよね」

パトリシアは空いた右手で、水球を作ると、ギルティアに向かって手のひらを上にして差し出した。

水球はウルウルとギルティアを誘惑している。

今すぐこれを飲み干したい誘惑に駆られ、ギルティアは、足を踏ん張るけれど、自分の頭の蕾がぷくっと先端を開けると、水球を吸い寄せるようにうごめいて、ごくんと飲み込んでしまった。

「はーーー!?」
「体は正直ってやつ?」
「うるせー」

お腹が満たされると、乾く心も潤ってきてしまうもので。

「ま、せめて飲んでくれてよかったよ。はい、これは気持ちね」

緑の手と剛力で、なけなしのツタの一撃を受け止めたパトリシアは、押し付けるように花束を渡した。

ふわんと素晴らしい香りが漂う。
ラベンダーなどの気持ちがリラックスする香りをブレンドし、チューリップの感触の花びらが幾重にも重なった、新種の花が、贈り物。

ギルティアの瞼がトロンと半分落ちる。
小さくすぼめた唇から、言葉が滑り落ちた。

「きれいだな……」
「やけに素直じゃん。あっ」

上目遣いに見上げてくるギルティアの瞳は、キラキラとしている。

「バブゥ」
「耐えきれなかったのか」

ヨッ、とパトリシアがポットごと水をギルティアに渡してあげると、無邪気に笑った。

ギルティアは口を大きく開けて、疑いもなく水をゴクゴクと飲みほす。唇の端から、水滴が垂れて、服や太ももを濡らした。

「あー。後で着替えなくちゃな」

そんな必要はなかったようで、ギルティアの頭の蕾が、ぽふんと膨らむと水滴はそこに吸引(・・)された。
そしてまた元の形に|すぼむ(・・・)。

「へぇ。品種変化しかけているとはいえ、砂漠の花ってところは変わらないのか。水を大事にするんだな」

パトリシアがそうっと蕾を撫でると、ギルティアがくすぐったそうにケラケラ笑った。

あまり長いこと触るのはやめて、手を引っ込める。
心のデリケートなところを今晒している状態だ。
トゲトゲの鎧をまとったいつものギルティアならまだしも、これは、パトリシアでは踏み荒らしてしまいかねなくてこわい。

パトリシアはくるりと振り返った。

「クドライヤおじさんもこっち来たら?」

眉を跳ねあげながら「遅いっす」と言うと、やっと姿を見せた。

「まぁ、護衛しましょうかね」

緑髪を首の横で一つにゆるく縛った、スマートな美人(・・)。目尻には深緑のメイク、オレンジの口紅。ロングスカートにブーツという服装が、長身をさらに強調して迫力のある存在感となっている。
喉仏はストールで隠した。
魔道具を使い、ハスキーボイスの女性の声に。

「女装する機会なんてのも仕事でまれにありますし」
「クドライヤおじさんすげえ」

しかし正体を知っている者に見られるのは恥ずかしいのか眉を顰めているので、パトリシアは笑ってしまった。
それから軽やかに、そのテクニックちょっと後で教えて、とフォローした。

「一緒にこいつをしつけてくれる人の頼みであればね、まぁ引き受けますよ」

クドライヤのため息には、歳をとっていろいろ諦めたおじさんの悲哀が漂っている。
しばらくはこの女装姿で、樹人としてのアドバイスをギルティアに行なっていくことになりそうだ。

そして廊下の陰に、うずうずうずうずと足踏みしている存在がいることに二人は気づいている。

「レナはまだダメ」

パトリシアが腕で大きなバツを作ると、レナはがくんと顎を落とした。

「えーーーーーっ」
「女装したクドライヤおじさんはまだしも、レナはそうしたってレナって、ギルティアわかっちゃうじゃん。従魔契約してるし。で、レナは絶対優しくしすぎちゃうじゃん。ほら昔、私が優しくされてばっかだったら更生しなかっただろうなって思うだろ?」
「うううーうーーーーー従魔に厳しくするのは苦手……」
「客観視できてえらい。何事もタイミング。まずはあらゆる約束を私たちが守り、実践をみせることからだろ」
「うん……。ちょっとは撫でてもいい?」
「だめ」
「あーーーっ」

レナが三つ編みを振り回して乱れている。

当のギルティアはというと、水を飲み干して早々に部屋に戻り、柔らかなソファの上で寝息を立てていた。
そこが当たり前の自分の居場所であるかのように。
ガーデンで置かれていたふかふかの黒土の中に埋もれるような心地のようだ。

三人は覗き込んで、目元を緩ませる。

「隣にいてやって、クド……いやこれじゃいけないか。偽名どうすんの?」
「クリスティーナで」
「優雅だ!?」

あんまり似合わなかったので、パトリシアとレナが笑った。

「また七日後にな、レナ。協力者を頼ってくれよ。できるだけ早く、この植物を丁寧に伸ばしてみせるからさ」
「そうする」

レナは信頼をこめた目で、パトリシアを見た。

自分がずっと欲しがっていたまなざしは冒険者じゃなくて花職人のパトリシアに注がれている。
太陽の眼差しだとパトリシアは思った。

こんなところで見守られていたら植物もよく育つに決まってるさ、と思いながら、ギルティアの代わりにとレナを思いっきり抱きしめてやった。

 

 

 

 

 

 

 

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