291:グレイツの後始末

 

シヴァガン王宮では、宰相が恐ろしい無表情で報告書を凝視していて、呼び出されたギルド長が頭を抱えていた。

赤の聖地に白竜が訪れて、レナパーティは撃退措置をしたのだという。

すでに「ドラゴンNG」の連絡がされていた中での事件のため、過剰防衛について魔王国会議でも言及する者はいなかった。
護衛がレナの戦い方について、反抗的意志があるのかと尋ねてからの撃退であったとシヴァガン王国に報告をしていた。

異世界人という称号の効果であることも。

▽レナパーティがまたとてつもなく強化された。

「異世界人……」
「赤の女王様の観劇が市民の間で流行っていますから、物語になぞらえた称号をうまく取得したようです。そう物語になぞらえて、恐るべき肉体強化などを行う禁断の称号を……。そのようにメドゥーサ一族とレナパーティから連絡をされています」
「いやに耳が早いな」
「トリックルームがありますから」

宰相は報告書をいっさいの音なく机に置いた。ばしんと机に叩きつけたい心境であったが、やつあたりでなにが変わるわけでもない。大人である。

(メドゥーサとレナパーティが口裏を合わせたのではないか? 本質は別にあるのでは? ……)

宰相は頭を振った。
キラたちがごまかしたというのなら、それ以上を伝える気が無かったということ。
強大すぎる力を手に入れたのがレナパーティで幸いであった、という点が重要。関係を悪くしないこと。疑心暗鬼から始まるなどもってのほかだ。

しかし異世界、ガララージュレ王国がこのようなものの研究をしているという報告が妙に頭から離れない。
異世界というものについて情報が入り次第、優先して報告をしなさい、と宰相は蜘蛛糸の振動をつかって、諜報部の蜘蛛たちに共有した。

ギルド長が机を拳で叩く。

「くそっ、俺からもレナパーティに接触を試みたい!」
「会議室でどれだけ話していても当事者がいなければ進みませんからね。本来であれば直接訪問するのが礼儀だと考えられます。本来であれば。しかしドラゴンNGの事情があり、被害者たちのほうをここに呼び出すなどもってのほかでしょう?」
「それ暗に、あっちからの動きがあるまで俺には動くな、損(・)をしろって言ってんだよな……!?」
「ええ、申し上げております」

しれっと宰相が頷く。

「失態があった時には早め早めの対処をするべきだ。誠意とともに、こちらから詫びの条件を提示できるようにな」
「存じ上げております。それでどうできると?」

愚痴を言ってもどうにもならず、ギルド長は歯を食いしばった。
宰相は今回の一件について、竜人族を優遇する気はないようだ。
グレイツ・ハーヴァは腹をくくった。

「……この王宮には傷ついたものが多くいるよな? 中庭に集めろ」

中庭に、さまざまな種族が集った。

墓地の戦闘で疲労した天使族。
魔眼の使いすぎで瞳を充血させたメデュリ・アイたち。
アンデッドの毒にやられた水生魔物たち。
遠征から帰ってきたばかりの新人諜報部候補生たち。
日頃の激務で体力低下した影蜘蛛たち。

まぶしさに導かれて上空を見上げると、エメラルドドラゴンが現れる。

きらめく緑の翼をめいっぱい広げて、太陽の光を浴びると、晶文を唱えた。
魔力を魂から絞り出す。

“無から有はならず
有から幾千億万が生まれる
この世界の礎となりし神の御心に 頭を垂れよう
呼吸のひとつ 鼓動のひとつ 神の歩みと相応うなり
爪先のカケラ 牙のカケラ 神の恵みと相応うなり
朽木に雫を
若葉に光を
我が生命から分け与えよう
可能性に満ちたこの世の子らよ 面を上げよう

[|生命の息吹(ライフ・アニマ)]──”

エメラルドドラゴンがオーロラのような光のカーテンを靡かせると、中庭の者たちは完全に回復した。

礼を告げようと空を見上げると、光が収束した先に、エメラルドドラゴンの姿はなかった……

時を同じくして、

▽レナパーティが シヴァガン王宮に現れた。

メンバーはレナ、クーイズ、リリー、ハマル、キラ、レグルス、ルーカ、モスラ。それからアリス。

ざわざわ、としている王宮内の空気をものともせずに、突き進む。
もう女王様の称号をセット済みなので、どれだけ注目されようが高笑いで粉砕できる心境だ! つよい!

「あら? 眩しいわね……」
「「光のショーかな? きれー!」」
「げ、天使族。リリー幻覚お願い……」
「がんばれールーカ。幸運値高めの、キラ先輩と、ちゃんと、手を繋いでおくんだよっ」

中庭を通りかかる。

レナを目にした新人諜報部候補生たちの約半数が、胸を押さえた。[赤の女王様(覇道)]となると、魂が黒い者は近づけない。目にしただけでも滲みるし、びりびりした痛みを感じてしまう。

そんな黒ずくめの集団から、とててっと可愛らしい足取りで飛び出してきた影があった。

淡い朱色の髪を二つ縛りにした、影蜘蛛のノア。

「レナさん!」
「あらノア。おはよう。今日も肌艶が良いわね」
「はいっ、おかげさまで」
「口元にチョコレートが付いていてよ」
「あ、すみませんっ。そんな、ハンカチが汚れてしまいます……」
「ハンカチごとクーイズが食べるから良いのよ」
『『間接キッスになっちゃう〜♡』』

でも食べる。
ここまでの移動でクーイズは小腹が空いてきていたので、ハンカチのチョコレートディップはとても良いおやつになった。スライム姿で瞬く間に[溶解]した。

レナが諜報部候補生たちを眺めている。
ハッとしたノアが、わたわたしながら説明した。

「えっと、あのコウモリの子が新しくレナパーティの護衛になるかもしれません」
「まあ、そうなの」

レナが手を振ってみると、中性的なコウモリ魔人族が、にこやかに手を振り返してくる。表情からすでに曲者感が醸されている。
あの笑顔がうさんくさい、とモスラとレグルスがぼやき、ルーカが(同族嫌悪……)と呟いてしまって、二人から頬をみょーんとつねられた。

▽レナパーティって 愉しそうだね。

ノアが何か言いたそうだったので、レナは少し屈んだ。柔らかな目線で、口籠った言葉をうながしてあげる。
ノアはぷくりとした唇をレナの耳にそっと触れさせた。

(あの。イラくんは帰ってきていません……まだ合格点に達していないから……)
(そうなの。早く彼も救われると良いわね)
(はいっ! 私も、頑張ります……)

ノアが手をぎゅっと握る、クリームパンのような柔らかそうな拳になった。日頃の特訓の成果が現れている。
レナがそっと、拳に手を添えた。

「きっとできるわ。誰かを想って訓練するのはとても励みになるし、それくらい想ってくれる人が待っているのは、相手の励みにもなっているはずよ」
「はい」

うるるっと瞳を潤ませたノアの涙は、キャンディみたいに丸く溢れた。

きっと、体形変化を得るまであと少し。
少なくともこの優しい少女に好かれることは苦痛ではないだろうと、ジレたちもちゃんと待っているからと……レナは、鏡蜘蛛イラに思いを馳せた。

そして、ノアの服のポケットでぐったりしている小さなトカゲに気づく。

なにやらわなわな震えている。
小さな口がぐわっ!と開いて、そよ風が吹いた。

「<ここまでしたのにか!?>」
「なんなのかしら、この翼付きのトカゲは」
「<そっちから来るのが早い……!>」
「私たちは私たちの都合で動く、それだけよ。ご縁があったら是非宜しくね、翼付きトカゲさん。ところでどなた?」

こんな公衆の面前で。
言わされるのか。
<ドラリンガル>とやらまで使われて。

様々な種族に見られ放題の中庭で。すでにレナパーティの出現でたくさんの注目を浴びているっていうのに!

しょうがないじゃないレナ女王様は[サディスト]なんだから。さあ言いなさい。
レナのにっこり笑顔は、全てを知っている確信犯の証明であった。

ノアが困っていたため、レナはその口にチョコマシュマロを放り込んだ。美味しい口封じ、幸せだね。すっかり甘味のとりこになっているノアは、にこにこもぐもぐとごまかされた。

トカゲの味方はいなくなった。

『<ええい! 俺はギルド長のグレイツ・ハーヴァだ>』
「あらまあギルド長ですって!? その姿はどうなさったの?」

▽レナ様、渾身の演技!
▽ルーカが笑ってしまってダウンした。本質を視すぎた。

『<……スカーレットリゾートにはこれくらいちまっこい容姿じゃないと入れないんだろう?>』

レナがピクリと眉を上げる。
ギルド長にしてみればフォローのつもりであったのだ、大人数が集っているこの場で、スカーレットリゾートの噂話をして「牽制」してあげること。

実際「ちいさな容姿でなければ入れない」と聞いた従業員の魔人族からは悲鳴が上がっていた。
いつか行ってみたいと思っていたのに!
ああスカーレットリゾート!

「それも、私たちが決めるわ」

レナはツンと答える。

せっかくのフォローだったが、ギルド長の追い風とはならなかったようだ。
となると、あとはレナパーティがなにを欲しがるのかまるで見当がつかない。

『<……白竜の突然の来訪、申し訳なかった! 竜人族の副族長として、詫びを考えたいと思っている>』

ギルド長がキュイキュイと声を出して、にゅんっと小さな頭を下げて謝罪する。

正直にごめんなさい。
その判断は正解だったと言えよう。

小さな魔物の素直なしぐさは、レナにかなり効いた。女王様状態でなかったらふにゃんと微笑んでしまったかもしれない。

そして偶然にも大正解だったのが、詫びを考えるということ。
そこまで言うなら〜、とジレ保護係の筆頭であるクーイズが矛先を収めた。

モスラとルーカとキラが目配せした。
やっちまったな。
でも心象はよかったよ。

▽総合・よかったね?

「謝罪は確かに頂戴したわ。どういたしまして。お詫びについてはどのように考えて下さるのかしら……あとでお話しましょうか」
『<今すぐじゃなくて助かるよ。何を欲しがるのか、君たちのことは全く予想できないからな>』
「それから、今日会えてよかった。これを返そうと思っていたから」

レナがピチュンと指パッチン(フリ)。

キラが時空魔法をこれみよがしに使って、異空間から取り出したのは、白竜のツノの先端。

周りが戦慄する。
白竜が撃退されたらしいけれど、これほどの攻撃を与えていたとは!

そして、これを返してあげるというレナパーティの慈悲深さに感心していた時だった。

「いらないから」

二度目の衝撃が走った。

白竜のツノといえば、凍土にあたたかい太陽を出現させるほどの光の祝福を受けている。

それを”いらない”と言い切るレナパーティ、その他の能力がよっぽど素晴らしいのだろうと察されると同時に、ギルド長に対してこれほど強烈に抗議する度胸も脅威であるとみられた。

(だって幸運な私が晴れて欲しいと本気で願えば晴れるだろうしね〜)
(レナ様には大空の愛子である私がおりますからね)

レナパーティの内心など知らぬが華である。

そんな理由を知ったら、ギルド長は打ちひしがれて、白竜はきっとアイデンティティを砕かれて泣いてしまうだろう。プライドはすでに粉々に砕かれているが。
額も砕かれているのだった。

傷の状態を詳しく聞いたギルド長が、愕然とした。

『<竜の顔に傷をつけたのか!?>』
「ええそうよ。そこをこちらに攻撃的に向けられたから」
『<……竜人族にとっては名誉なことだ>』
「マゾなのかしら……」
『<いや、そうではなく。顔に傷をつけられるほどの強者に出会えることを我々は喜ぶんだ。竜は強い存在であるゆえに>』

最後の方は消え入りそうな声であった。
これほどボコボコにやられておいてよく今それを言えたなあ……とレナが呆れ顔になり、内心のレナは結構マジで心配している。ギルド長のメンタルを。

魔人族たちは自分の強さを誇ってナンボなので、自慢文句はよく口にされるのだが、今つい言ってしまうのは恥ずかしかったはずだ。

▽竜人族は辱められた。
▽レナパーティの脅威が 尾ひれをつけて 他種族にも知れ渡った。
▽メデューサ一族は 良い観劇をみたと大満足。

族長のメデューサなんて大大大満足。
第三の目を見開いて、レナの姿を焼き付けている。
わざわざこの中庭にやってきたのはレナたちと会うことを未来視したからでもあった。

そんなことをしなくてもこれからたくさん観覧の機会があるよ!
……という相談をするためにも、レナパーティ直々にこの王宮にやってきた。さて、話し合いといこうか。

レナたちがまた廊下を進もうとした時だ。

「はれ?」

通りすがりの吟遊詩人が首を傾げて中庭を見ている。
囚人服を着ていて、リュートとともに鎖でがんじがらめにされている。闇市で取引されていた呪いの魔道具を買ってしまったために、捕縛されたのだ。
罪状は裏取引関与と、呪いの歌による精神操作。

「いて」

のんびりとした動きで転んだ。リュートの重さに引っ張られ、頭から廊下に突っ伏した。鼻血が出てしまっている。

「ギルド長、せっかくだから彼を治してあげるのはどうでしょう?」

ノアが心配そうに吟遊詩人を指差す。

『<ノア嬢、これ以上回復魔法を使ったらもっと小さくなっちまうって分かってるだろ……なんで今の俺に言うんだ? いや待て、その顔、嫉妬だな? 自分よりも早く体形変化をしてみせた俺への嫉妬だな!?>』
「どうなんでしょう。けれど羨ましいです」
『<それを嫉妬っていうんだぜ!>』
「だから私も訓練頑張りますね」
『<うん……>』

ノアが素直に認めたので、幼児につっかかってしまったことが恥ずかしくなったギルド長。

恥のついでだ、と吟遊詩人を治してあげた。
またエメラルドドラゴンの頭胴長が三センチ小さくなり、ノアの手のひらを揺りかごにできるぬいぐるみサイズとなってしまった。

吟遊詩人はお礼を言うと、ふらふらと自由気ままに去っていく。警備官に首根っこを掴まれて、牢行きの道に戻された。

(レナ。縁があったことだし一応ステータスを見たんだけど、今の人かなりレベルが高い歌い手だよ)
(へぇーそうなんですね。スカーレットリゾートのステージに勧誘できそうかな……でも罪人らしいですけれど)
(魂の色は白寄りのグレー。罪状はうっかりミスで、悪気はなかったみたい。それからすでに称号に[赤ノ宣教師]を持ってるから絶対にいい!)
(なんでですか!?!?)
(道端で歌うときによく赤の女王様のこと歌ってたみたいだね)
(とっ捕まえて物語の方向性の修正をしなくちゃ……!)

こそこそとテレパシー打ち合わせをしていると、サディス宰相がやってきた。

「お待ちしておりました。白竜の襲撃の相談ということで」
「それはもう済んだわ」

レナがギルド長に視線をやる。
ノアと、ギルド長と、レナを、順番にゆーっくり見た宰相は、苦く頷いた。

「……それではもう一つの議題、スカーレットリゾートの打ち合わせと致しましょう」
「よろしくね」

▽レナたちは 会議室に入った。

▽スカーレットリゾート計画 進行!
▽様々な思いを乗せて!

 

 

 

 

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