279:のんびり報告会2

「天使族の様子は?」
「うんまぁ」
「あー」

レナが濁した様子と、桃色猫に変身していったルーカがくしゃみをして毛を逆立てたことから、オズワルドは何かを察した。

「気分悪いやつらだっただろ」
「うーん。正直言うと、印象は悪い。でも人によりけりって感じ」
「へぇ」

オズワルドは意外そうに金眼を見開いた。

レナの表情から真意を探ろうとしたのだが、すぐに目を伏せて、そんな小細工をするよりも素直に聞いたほうがよっぽどレナは応えてくれるだろうと思った。

なんとなく、従属初期に「親のいいなりで強くなりたくない」とわがままを言ったことを思い出す。今日また魔王ドグマとプチ喧嘩をした反動だろうか。

じいっとレナの顔を眺めると、これまでのワガママあれこれが思い起こされて恥じらいのような気持ちになった。顔が赤くなったのを隠すために獣型になって、オズワルドは鼻先をルーカの隣にぽすんと乗せると、レナを見上げてがうがうと喉を鳴らした。
その獣の声でも十分、仲間には伝わる。

(みょーに胸があったかくなるのは従魔契約の魔力が反応したから……みたいな。多分そう)

『俺はピンとこないから、主さんの見解もうちょい知りたい』
「うん。副族長さんや、若い天使族さんたちはけっこう柔軟な感じだったんだ。天使族の伝統の厳格すぎるところを自分たちでもなんとかしたい……って感じてるみたい。シュシュ~それ、見せてあげて」
「はいよっ」

シュシュがレナの隣にぴょーんっとやってくる。
タブレット端末のようなものを持っていて、オズワルドは首を傾けた。さらさら、レナの太ももになめらかな獣の毛がかかる。
そんなん撫でるに決まってる。
ふー、とオズワルドはくったり力を抜いてまかせた。

「ほれ、オズー。見にこないの? ご主人様にくっついていたいから? 分かるよ!!!!」
『ハイハイそんな感じ。で? それこっちに見えるように掲げてほしい』
「しょーがないなー」

戯れる従魔たち。
幸せな主人。

「ほら見て! 天使族の副族長とメッセージ交換してんの」
『……はあ?』

タブレット端末には、桃色の翼のアイコン・うさぎのアイコンがそれぞれふきだしマークで会話をしている。
オズワルドは既視感を覚えた。キサも覗き込みにくる。むぎゅ、とレナのいる一帯がより賑やかになる。

「キラ本体の機能でショートメッセージ通信ってあったじゃん? ご主人様の故郷で流行っていたやつ」
『納得』
「把握なのじゃ」
「でしょ。それを異世界仕様にねっ」
<ネッ☆>
「すごいのじゃ〜!」
『……そんなに気を使ってコミュニケーション取ってやるほどの相手か? って天使族に対しては本当に思うんだけどさ。シュシュがこれから関わる種族だもんな』
「でへへ」

同じことをレナにも言ってもらったことを思い出したシュシュ、デレデレに相貌が崩れる。

ログを眺めていたオズワルドは、徐々に眉間にシワを寄せていった。キサは「ムフフ」とぱしぱしレナの肩を叩く。

『……なんか妙だな。馴れ馴れしくないか? ”麗しのあなたに良き眠りが訪れますように”……うげぇ。末尾末尾にこんなの。まじかよ。こんなグイグイ言ってくるやつだったっけ? 丁寧っちゃそうだけど……』
「これは熱心な片恋じゃ〜! ンフフ!」

レナが興奮状態のふたりをスキル[従順]でなだめる。冷静な状態でディスの判断をしてもらわないと”こじれる”と思ったのだ。
その点、レグルスは大人の貫禄があり静かに耳を傾けている。

「シュシュの[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]で本当の自分が現れ始めたらしいの」
『あーーー。アレ、まじ強烈だからな』

オズワルドが頷いて、ブルリと震える。
過去、その光魔法によって、自分のコンプレックスと向き合うことになったのだから。
父親との比較という呪縛から解き放ってくれたことを、感謝しているが、あの光魔法は実に黒歴史をほじくり返されているような気持ちになる。レナも余波でぶるぶると震えた。赤歴史が荒ぶっている!!
オズワルドはディスに同情的な気持ちを抱いた。
[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]が効くということは、心に苦悩を持っていたのだ。

『副族長の……んーと、なんちゃらかんちゃら。天使族と淫魔族の交配で、天使族の血統が強く出た個体なんだっけ? ラズトルファの双子の弟か……』
「ディスって省略して呼んでいいってさ」
『へぇ。そこまで許したんだ』
「楽チン!」
『あいつの淫魔族感を感じる、この文章から。シュシュ、ほんと大丈夫か? 恋煩いされて……』
「デビルガールのコスプレだとばれてしまったのか?」

キサが聞く。シュシュは目を逸らした。ルーカの方に。オズワルドの鼻先で、ちっちゃな金色子猫が震える。ルーカの首輪からくる頭痛にレナが耐えて「ぐあああ」と小声で唸った。

オズワルドとキサは色々悟った。

──なんとも不運な猫である。

「ルーカが恋煩いの対象になっちゃったんだよね! プロポーズまでされちゃってびっくり!」
「なんじゃと!? どのような!?」
『おいやめろ。深掘りしてやるな。シーー!』

オズワルドが止めてやって、わくわくキサが「すまぬのじゃ〜」と口を塞いだがもう遅い。
いつも異常に察しがいいルーカは唸り、悪夢を見始めてしまった。

「ハーくん。快眠させてあげて……」
『んー。そーだねー。ルーカの悪夢、今後の利用の価値ありそーっだけど、これはサスガにかわいそーだしー。レナ様の仰せのままにー。スキル[快眠]~』

夢も見ないほどの熟睡がルーカに訪れた。
体力も気力もしっかり回復できるだろう。
ホ、とレナも一安心。

『ボクの尻尾のとこに放り込んでおきますかー?』
「悪運も心配だからしばらく抱えておこうかな」
『かしこまりましたー』

静かな部屋の中。
タブレット端末の通知音が、ピコピコと止まらない。

『何気にずっとメッセージ送ってくるなぁ。この副族長……ディスだっけ。うん覚えやすい』
「さっき「まだもーちょい寝ない」って送ったからかなぁ?」
『なんかー、嬉しくて尻尾振ってる犬っぽーい。ぷふふ』
『おいこらハマル。俺の尻尾見て今言っただろ?』
「これじゃな! 愛(う)い愛(う)い」
『やめてキサ』

戯れる従魔たち。
幸せな主人!!

シュシュがオズワルドの前脚を持ち、ぺたりとタブレット端末に押し付ける。すると青色のオオカミのアイコンが現れた。

「ほれ、オズもメッセージ送っていいよ?」
『”寝ないの?”って送っといて』
<デスリンガルで翻訳しつつ音声入力ができるので御座います!>
『なにそれすごい……”寝ろ”』

ピコン♪ とオズワルドのメッセージが表示される。

<これでもう相手に届いております>
『”お義兄様!”──クセがすごい! あいつっ!』

ルーカがもう快眠していてよかったなぁ、とハマルは思った。その単語にはトラウマが深くてきっと飛び起きただろうから。
という事情は、あくびでごまかしておく。

ふあーあ。ハマルのあくびはみんなに移って、スライム姿でうとうとしていたクーイズは一足早く宝石をポンと吐き出した。

大粒の紫ダイヤモンド。
本日の戦闘をがんばったため、スペシャル仕様になったよう。

<シュシュさん。相談なのですが>
「おっしゃ!!」

シュシュが可愛いパジャマを腕まくりして漢前に返事をする。
ふむふむ、と作戦をきくと、音声入力ボタンを軽快にタップした。

「”すっごいレス早いね!”」
”おそれいります……!”
「”ところで夜更かししてて怒られないの?”」
”今、反省のために修行の塔に籠っておりますから……恥ずかしながら”
「”そうなんだー。寒い?”」
”石造りですからわりとひんやりしています。鎮めの墓地と同じく、雲を固めた白石で建てられています”
「”風邪に気をつけて”」
”ありがとうございます! そんなふうに気遣っていただけて夢のように嬉しい。そちらもどうか……”

全員がなんだかしんみりしているのも束の間。

目の前に一メートル四方のキラディスプレイが現れる。

またたくまに2Dマッピングが施されていく。これは、なんだか既視感がある。
夢組織との戦闘中、どこに誰がいるのか把握するため大変役立った、あの……!

仲間たちが戦慄している最中、考え中のリングマークが浮かび上がり、キラ本体がぴかりと光った瞬間、天使族の塔の位置が書き加えられた。

<グルーグルマップです>
「グルーグルマップ!?」
<そしてこれがグルーグルラナシュ>
「3Dになった!?」

レナがガクンと顎を落とした。
キラが色々できることや、情報収集をしていたことは知っていたけれど。

天使族の塔が座標特定されていて、これまでのディスとの会話をもとに、内部のイメージ映像を復元している。

キラの[アース・データベース]にある膨大な建築様式をもとに、最も適した可能性を現したのだそう。

「あわわわ天使族にバレたらやばいやつなのではーー!? 難癖つけられて叱られそう! 族長とかに!」
<ほほほ……その頃にはラナシュ中の土地情報を取得できるようになっておりますよ。公平に。ええ。ラミアの里のように>

キサがレナの肩に「ヨヨヨ」と崩れ落ちた。
そう、訪れたことがあるラミアの里はその内部のあらゆる構造がデータベースとしてキラの頭脳に保存されているのだ。

「……まあ、キラ先輩およびレナ様がラミアの里の情報を悪用するなんて思ってもいないのじゃ。だから心配はしていない。妾の故郷の様子がいつでも見れるのは嬉しいのじゃ〜」

キサの肯定で、キラの爪の先ほど残っていた罪悪感は消しとんだ。

<まだ行ったことがない場所の情報を取得できないのは私のレベル不足です。悔しいいいい! あーんマスタ〜!>

人型キラが反対のレナの肩に崩れ落ちた。
キサと同様、なんちゃって一時落ち込みの演出。すりすりと甘えてくるのは可愛いにきまってる。
レグルスも背中に寄りそってくる。
蝶々型のリリーがふわんとレナの頭に降りた。

▽上下左右前後、全てを従魔に囲まれた!
▽とても幸せな主人!!!!

幸せを噛み締めていたところ、クーイズのスライム触手がプニプニとレナの頬をつついて、よだれを拭いた。

「ハッ!? つい……!」
「「眠いんでしょーレナ」」
「だい……せいかーい」

大丈夫、とは言わなかったレナ。
主人が素直に申告したので、従魔たちは満足して、それぞれ尻尾や翅や指先でレナを撫でた。えらいえらーい!

そのまま寝てしまいそうになったので、レナはパシパシ強めにまばたきする。

キラがレナの目尻に指先を当てると、ひんやりと心地よい感触とともに、レナの涙そのものが<命水創造(エリクサーメイキング)>されて瞳を癒した。

レナがくたりと力を抜いて、レグルスの背中にもたれかかる。

「贅沢ぅ……」
うっとりした声で呟いて、首から下げたモスラの呼び笛も撫でた。

「キラ……これからの予定を一覧表で表示してもらえる?」
「はーい」

キラの声はいつもより小さく。レナを寝かしつけようとしているみたいに。

・冒険者ギルド報酬の受け取り
・魔王国にて瞳の一族と会談
・リリーの宝飾レッスン
・ジレ・アグリスタ・マイラ・チョココ・キラの装飾ブレスレット作製
・ジレ・アグリスタ・マイラ・チョココ・ルージュの赤の正装作成
・ギルティアのお迎え準備
・シュシュの光の弓レッスン
・レナの鞭レッスン
・オズワルドの戦闘訓練
・スカーレットリゾートの創業準備
・従業員の淫魔探し
・北の凍土にて聖霊探し
・白炎聖霊杯を見つけること
・レナの兄に手紙を届けること
……

「やるべきこといっぱいあるねぇ。気合いが入る……!」

レナがシュシュと拳を合わせて「押忍!」「押忍ぅぅ!」と言い合って、笑う。
うっかり音声入力にも反映されていたようで「”お、押忍。このような言葉遣いは初めてです……でもかっこいい”」と返信がきてしまった。
おやすみ、と本日のメッセージは終了した。

「レナ様。予定は、予定ですから。これから順次変わっていくこともあるでしょう。
全て、もし行なわなくとも問題にはなりませんよ。全てです。マスター・レナをフォローする者はたくさんいます。あまり気負いすぎませんように>

穏やかな声は子守唄みたいに。

「キラは絶妙に甘やかしてくれるんだよなぁ」

レナが(本当によく把握してくれてる)と苦笑する。

「自分は無理しちゃうくせにぃ」
<マスターの見守りが趣味で御座いますから!!>

なので全て休暇のようなもんです、なんて表現をするキラ。暴論すぎる真理である。

レナは予定を指でなぞる。
おそらく本当に、全てフォローされるし、失敗しても許されるのだろうと想像する。

スカーレットリゾートが運営しきれなかったら? カルメンの片割れが見つからなかったら? レナの兄に手紙を届ける方法がなかったら?

出会った時よりも穏やかに、カルメンの手のひらのような温風がレナの前髪を繊細に撫でていく。

カルメンも、兄も、従魔たちも、みんながレナに甘くて優しいのだ。

(だからこそできることは頑張りたいって思う。優しさに応えたいから。それって健全な関係を築けていると思うんだ……)

レナが嬉しそうな顔になった。
だから、従魔たちも嬉しい。

心が共鳴するみたいに落ち着いていく。
いっそう眠くて、もう限界だ──

「オズくんの連絡も聞かなくちゃあ……ふあぁ」
『んー。俺の方は後でいいよ、主さん……くぁ』
「そうなの……?」
『急ぎじゃないし。どう言おっかなって、俺一人で考える時間ももーちょいほしいしさ』

急ぎにしてほしくないみたいだ、とレナは察した。
そういうことは、きっとある。
のんびりと構えよう。

「わかった。ありがとね~」
『なんで主さんがお礼言うの……?』
「なんでだろ? 眠いの察してくれたのねーってことと、毛並みが気持ちいいから触らせてくれてありがとーってことと、今日、魔王国の皆さんの説得とか頑張ってくれていたんだろうなって思って。感謝が出ちゃいました?」
『なにそれ』

オズワルドは目を細めて、喉を動かした。その獣のしぐさは「くすくす笑う」に該当するんだろうなと、レナたちも笑う。

今度こそ、まぶたがとろんと落ちてくる。

「おやすみなさい」

▽従魔が戯れてくれる。
▽幸せな主人でいられる。

レナも、自分が言おうと思っていたことを、先送りにしようと決めた。
自分一人でもうしばらく、考えてみようと思った。

きっとそのあとには、一番いい言葉で、仲間たちに打ち明けられる。

もう一歩、あとひとつ、強くなりたい。
レナ自身も常にそう考えている。

これからも幸せな主人でいるために!

口元は期待にほころび、誰もに幸福だけを与えた。

▽レナパーティは快眠した。
▽いっさいの夢を見なかった。
▽目醒めると また幸せな現実が始まる。

▽朝ごはんのにおいとレナを呼ぶ声が、レナを包んだ。

 

 

 

 

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