277:天使族たち2

 

ギルド長と天使族長が言い争いをする剣幕はきびしく、その吐息と翼のはためきで白砂が巻き上げられたほどだ。

視界がうっすら白く染まり、ハマルがこっそりと「夢吐き[無風]〜」を使った。そのまま文句を言ってやってもよかったが、ディスが動いたので、そっと後ろに下がり見守ることにした。

ハマル、クーイズ、リリーが集って、主人を守る陣形である。
姿を見せていないキラもレナの懐に控えている。

(本当に敵に回すなよ……)

従魔から醸される警戒の空気を、ピリピリと感じ取ったロベルトが冷や汗をつめたく凍らせた。

仮面越しのレナの視界からは、ルーカとシュシュの背中、そして立ち向かおうとするディスの大翼が見えている。

(あの人は従魔じゃないんだけど、頑張って立ち向かおうとする優しい人を見てると、応援したくなっちゃうよね)
(了解)
(あら、ルーカさん)
(ディスさんのアイデンティティがぐらぐらしてる今の内に、赤の信者にしてしまおうか? と思ってたけどサポートに回るね)
(この宣教師っ!……でもシュシュが関わる場所ですから、彼が味方になってくれると心強いですよね)
(それを自発的にやってくれるといいなぁ)

どれだけ負けん気が強くても、シュシュはまだ小学生くらいの少女である。
レナの気持ちを共有したルーカが、シュシュの頭を撫でてしまって、キョトンと二人ともが不思議そうな顔を見合わせた。

▽レナ大歓喜! 癒された!

(頑張れ!)
シュシュが拳を握る。

「少々よろしいですか」

ディスが、白熱する口喧嘩に割って入る。

天使族長が驚いて目を見張り、思わず口を閉じた。
ギルド長は「ほう」とあご髭を撫でる。

「……下がっておれ」

低く、腹から絞りだしたしゃがれ声。
黙れ、族長よりも目立とうとするな、という強烈な意思表示だ。

ディスは天使族にとって非常識もいいところの行動をしており、仲間からも驚愕の目で見られている。
それでも続ける。
これまで目を逸らしてきた自分の本心が[聖・ジャッジメント]の導きによってあらわになる。

「あの」
「忠告は一度だけだ。これまでの躾を忘れたのか? ……出来が悪いながらも、やっと次期族長として昇格させたというのに。また逆戻りしたいのか?」
「お叱りは後ほど頂きます。塔にて修行いたしますから……。我々は、地上におります。それぞれの種族ごとの常識があるでしょう。何卒、ご慈悲を──」

ディスが深く膝を折り、族長に頭を下げた。

「……お前にはプライドというものがないのか!?」

族長はわなわな震えて、立派なひげの下で歯をギッと噛み締めると、拳を振り上げた。
力を込めたまま、それを体の脇に下ろす。
怒りを爆発させることはなかった。

「はーあ? 人格としてのプライドが無さすぎでしょ、お爺さん!」
「こらっ、シュシュ、しー」
「だってぇ」

シュシュが震えながら、唇を尖らせた。
あの拳が振り上げられた時、自分のことのように怖くてびっくりしてしまった。

(今の言葉、とっさにサンクチュアリを展開しなかったら、天使族長に聞かれてこじれていたはずだよ。ディスさんのなけなしの努力も、台無しにしてしまう。だから、応援)
(わかったよ……)

ルーカは苦笑した。
また、シュシュの頭をそっと撫でた。

シュシュはジェスチャーで(ゴー!ディス!ゴー!ディス!)とチアガールのように動く。
立ち上がりぎわにそれを横目で見てしまったディスは、噎せそうになり慌てて口元を押さえた。

口の中で咳払いを噛みころす。
咳払いなんてしてはいけない。
腹の底からの息には不浄が混ざってしまうので族長でないと浄化できないため……というのが天使族の常識なのである。

「どうかご慈悲を、長(おさ)様。この世に安寧をもたらす祈りを捧げる……それが天使族の在り方のはずです。地上においてはとくに、鎮めの墓地においてこれまで祈ってきたように……」
「ええい、くどい! ロシュアメイディスネリヴルーア、お前のような者に言われるほど、このライダロスアナシアルジェーリデュドスは耄碌(もうろく)して見えるか!?」
「めっそうもございません」

<耄碌にて盲目>
(キラ、アナウンスやめて……! 笑っちゃうから……! あ、閃いた)

口を押さえてプルプルしていたルーカが、ぴんと猫耳を立たせる。

桃色猫に注目が集まった。
あれが幼天使(リトルエンジェル)・ネオか? と天使族が眺め回す。

(あーあ。早く視線から解放されたい……)

「うちの従魔をそんなに睨まないでください!」

▽レナの気持ちが ルーカの行動として現れた。
▽覇気すら溢れる。
▽ルーカはシュシュを庇うふりをして 大急ぎで奇行をごまかした。

▽仲間を守る優しい天使族だ! と誤認により感激された。

(レ〜ナ〜)
(ごめんなさーい!)

「フン。あの主人は背後に守られているだけで、何も行動しないのか? それに比べて、やはり天使族は素晴らしいな」

▽天使族たちの雑談はレナパーティの地雷を踏んだ。

「スキル[従順]抑えなさい!」
「ぐううっ」

レナが小声で命令をして、前に踏み出しかけていた従魔の足がピタッと止まる。

ロベルトとリーカがドッと嫌な汗を滲ませる。
もうたまらない、とあからさまにレナの隣に陣取り、何があっても守るから怒りを抑えてくれ!と従魔にアピールする。

さっき体感したばかりなのだ、従魔の本気が集まれば、墓地を更地にするほどの脅威となることを。
(天使族も理解してくれ、頼むぞ!?)

「その天使族をもらっていくぞ。我々の血統に加わるなら、教育は早い方がよい。ロシュアメイディスネリヴルーアのように、よそ見を覚えないうちにな」

族長が老人らしからぬ動きで俊敏に、ルーカに距離を詰める。
むりやり腕を掴もうとした。

「[感電]」
「ぎゃあーーーッッ!?」

▽容赦がない!

ルーカにあと少しで触れようとした手から族長の頭にかけて、バリバリと眩しい電光がジグザグに突き抜けていって、体内の悪瘤を焼きつつ、頭髪をぼふっと爆発させた。
天使族長は、口から焦げくさい息を吐いて、気絶する。

族長が倒れるのを、誰もが唖然と眺めていた。

「セクハラパワハラは、」

ルーカは儚げに被害者ぶろうとしたのだが……

「おやめなさい!」

▽女王様がにじむーーー!!

どうあがいても言葉が強い。覇気もばんばん出る。
レナとの感覚共有に慣れすぎてしまっていた。
もっとも恥ずかしいタイミングで悪運が現れたようだ。これはキツイ。

シュシュが隣で拍手してくるのもまたツライ。ルーカの顔が若干赤くなる。

さっきまで怒っていたクーイズ・リリー・ハマルは、あまりの面白さに転がって笑いを堪えている。
気が紛れたのは、唯一の成果といってもいいだろう。

護衛部隊は同情の気持ちを抱いた。

レナは気持ちがリンクしているので、

「オーーーッホッホッホ!」

謎の高笑い。
収集がつかない!
誰かーーー!

ギルド長の迅速な対応は、まさしく年の功であった。

「……ふむ。正当防衛だな。種族によって常識は違うってことだ、副族長が言った通りにな。うちの後輩にとっちゃ、無理に触られることはご法度だったってコト」

ギルド長がルーカの肩に手を置くふりをして、ギリギリで手を戻す。
パリパリと指先に静電気の光が見える。
そう見せるべきなんですね? とルーカが息を合わせたのである。

「ま、うちの後輩がやりすぎたとは思うから。すこし回復しておいてやろう」

たっぷり恩着せがましく言ってから、ギルド長は族長に手をかざす。

「緑魔法[グレートヒール]」

淡い緑の光が、老人を包んだ。

「……それだけですか……?」
「ん? お前さんらにとっても、すぐにピンピンされちゃあ叶わんだろう? 族長はさっき頭に血が登っていたようだから。それにしちゃあ暴れ方が生易しかったが」

ギルド長は、複雑そうな顔で言いよどんでいる天使族たちをジロリと眺める。

族長は彼らにとって絶対なのだ。
主導する族長がいなくなったら、どうするのか?
後をついて歩くことに慣れきった天使族は、自分の意見を求められても、すぐには気持ちを言葉にできない。

「……暴れてなどいない。長(おさ)様は、1000年以上続く天使族の伝統を守ろうと努力なさっているだけだ」
「その通りだ」

模倣するばかり。

「フーン」

つまらなさそうにギルド長が鼻を鳴らす。

「……みなさん!」

ディスが声を上げ、遮った。

「まずはお礼を、だと思います……。天使族長を回復してくださったこと、私は感謝いたします」

ギルド長に会釈をしてから、揺れる瞳でルーカを眺めたディス。

「あなたには謝罪を。怖い思いをさせてしまって、本当にすみません」
「……怖がりに見えましたか?」
「とても」

ルーカの方から、目を逸らした。

(うーん。気まずい……あらゆる意味で)
(私もです……あらゆる意味で……)

レナも仮面の下で悶絶している。
おそらくディスはルーカの本質を見抜いている。過去の対人関係のトラウマが蘇ってきて苦しかったこと。
それからディス本人は、ルーカに淡い恋心を抱いてしまっている。
天使族らしく偽っているけど本当はネコマタヒト族の男子だ、なんてどうしたらいいだろうか?

ディスはルーカから離れた。
仲間を振り返り見る。

ディスは副族長。
族長が倒れた今、天使族が従うべき立場のものだ。

しぶしぶというようなぎこちない動作だが、天使族たちはほんの少しだけギルド長に頭を下げた。

ギルド長は(かはは! 新時代だな、うん気分がいい!)と大笑いしたいところを堪えて、ニイッと笑って手を上げるに留めた。
竜の角の根元が、機嫌よく光る。

「おう、ひとまずこれでいっか。ディスお疲れ様」
「ええ。みなさまもお疲れ様でした」

ディスは天使族たちが素直に礼を真似てくれたことで、とても安心したようだ。
微笑みには先ほどよりもずいぶんと温度が宿り、頬はほんのり赤くなっていて、ほがらかな印象をみせる。

そんなディスに、他の天使族たちがきびしい目を向けた。

「副族長。それで? その幼天使(リトルエンジェル)・ネオをどのように連れていく?」
「あ、そうですね」

しっかりしろ、軟弱者だ、というネチネチした愚痴がディスに向けられた。
自分たちでは何も動けないくせにー! んもー! とシュシュのモヤモヤゲージが溜まっていく。

(天使族、内輪だけで閉鎖的にすごしていた弊害で、こうも浮世離れしているんだねぇ。本人たちは一番若いディスさんに親切にアドバイスしているつもりみたいだ)
(……あれでー!?)
(そう。良くも悪くも悪くも悪くも、って感じ)

ルーカとシュシュが「フゥ」とちっちゃなため息。

(じゃあこれから改善できる見込みはありそう?)
(まあアリナシで言えば、アリ。──来るよっ)

ルーカが息を呑んだ時、ディスが動いた。
ふわりとルーカの前へ。

「ものごとには順序がありますよね。……あなたを空の上に誘いたいと思っているなら、やるべきことはひとつです」

ルーカが引きつった顔で見上げる。

逆光になり、ディスの表情は翳っている。
しかし顔が赤らんでいることや、瞳が潤んでいること、淫魔血統の熱量がルーカには視えてしまう。

天空から祝福の光が差して、ディスの表情が明るく照らされた。
翼を広げて跪く。

「大天使ガブリエル様の光の下で、ロシュアメイディスネリヴルーアの我が名をあなたに伝えましょう。天使族の盟約の輪よ、現れよ。未来に白き翼の祝福あれ! 私と、結婚してください」

ディスとルーカを繋ごうとするように、光の輪が現れる。

おそらく頷いたら、即、婚姻成立となり空の上へと連れていかれるだろう。

(うああああ無理無理無理!! じんましん!! うっ、レナ赤の女王様強化してお願い!!!!)
(ぎゃああああルーカさんの不安のアラームで頭痛い頭痛いぃぃ! [赤の女王様(覇道)][サディスト]セット!!)

▽心強い!!!!

ルーカは惚れ惚れするほど高飛車サディスティックに微笑み、

「お断りします」

▽言ったーーー!

先ほどまでほくほくと成り行きを見守っていた天使族たちの顎がガクンと落ちる。

プロポーズの美しい光景は天使族の誇りであり、副族長に求められるなど光栄極まりないだろう、とタカをくくりまくっていたので。
プロポーズを断られるなど天使族にとっては、うるせぇーーーーー!

▽ルーカの 先攻フォロー

「種族によって様々な伝統があります。ディスさん」

パチンと指を鳴らす。
打ち合わせをしていた<サンクチュアリの結界にプロジェクションマッピング!>をキラが始動。
墓地全体を包んだサンクチュアリには、赤の聖地の食堂にあるステンドグラスそっくりな模様が現れた。流動的に動いて、見る者の目を奪う。

「これは……!?」
「新たな可能性です」

ルーカが手をひらりと動かし、サンクチュアリの一部を結晶化させたクリスタルカードを指先でつまむ。

(なにそれ!?)
(まあまあ。見ててごらんなさい、ご主人様!)
(高飛車従魔ネコマターー!? いやこれ心の声ですからね、高飛車にする必要ないでしょ。ルーカさんわざと遊んでる!)
(こうでもしないと平常心が保てない)
(かわいそうに……)

「ディスさん。あなたにこれを。友人から始めましょう?」
「……友人、ですか?」

唖然としていたディスが、ルーカからクリスタルカードを受け取った。

ピリリ、とカードに触れた指先に痛み。
まさか電撃!? と翼をビクッと動かすが、カードは手放さない。

ディスの本名が浮かんでいる。

ガブリエルの祝福の輪は消えてしまったあとだが、友人という縁が新たに成立したのかもしれない……とディスはすがった。

(とても情けない。プロポーズを断られるなんて、ああ、私は天使族の恥さらし。穴があったら埋もれたいし、塔に進んで籠りたい……。……でも私は、副族長なので。幼天使(リトルエンジェル)・ネオをこれから天使族に迎え入れられる、可能性があるならば……プライドなんて彼女に捧げましょう)

「よろしくお願いします」

ディスは微笑みを浮かべた。
かろうじて、と言えるような儚い表情だが、その瞳の奥には揺るぎない決意がある。

「レナパーティの全員ともう友人ですよ?」
「え?」
「ほら」

ルーカがクリスタルカードを指先で操作する。
腕に鳥肌が立っていることに気づいたディスは(ああ、天使族の常識でまた怖がらせてしまったのかも……でも、いつかきっと)と反省と決意を新たにした。

「!? これは……文字が、また」
「レナパーティからのプレゼントです。ここをこうして……」
「絵が!?」
「そうそうアイコン。ここがキーボード、そして音声入力もできますよ」

<SNSチャット……私はそう表現しますよ。マスター・レナ>
(なぁるほど)

いわゆる「交換日記から始めましょう・キラバージョン」なのだ。

それも「従魔全員とご主人様と保護者に認められるまで」というウルトラハードモード。
フレンド一覧には従魔アイコンがずらりと並び、たくさん友人ができた!とディスの顔が輝いているが、全員が猛者であることをまだ知らない。

報告義務がある護衛部隊が顔を覆っている。

この交換日記にも喰らいついてくるガッツがあるなら、いつか本当の友人にもなれるかもしれない。それ以上は相性次第。
と、シュシュは思う。

なおルーカの場合は押せば押すほど引かれるので、レナみたいに不安を取り除いてあげるしか攻略法がない。性別も種族も違う。詰んでいる。

「では、また」
「はい!」
「レナパーティとして、楽しみにしております」
「こ、光栄です。みなさまのことをこれから教えて頂けますか? 天使族として……いえ私個人としても……このような浄化を行える方々に興味がありますから」
「もちろん。のちほど、赤の教典デジタルデータを送ります」
「贈り物!」

それは天使族にとってとても嬉しい。そんな感じ。

ディスに幻覚のネタばらしをするのはやめておいた。
そろそろ族長が呻いていて、起き出しそうだ。
仲間もざわざわと落ち着かない。「やはり淫魔の間の子は出来損ないだ」とよからぬ噂をする声もある。

「そのスマホカードはディスさんにしか使えませんからね。他人が触れようとしたら感電しますので、ご理解ください」

ピタリ、と天使族の雑談の声がやむ。
族長の惨状を目の当たりにした直後なので、震え上がった。

「それではごきげんよう」

ルーカが仰々しく一礼して、この場は収束した。

▽お疲れ様!
▽クエスト[墓地の浄化]完了!

▽天使族とスマホカードで交換日記することになった。
▽シュシュの飛行訓練は しばらくあとで。
▽先に[光の矢]を使いこなそう。

▽ディスは交友の証に 髪をひとふさ置いていった。アクセサリー作りの素材にしよう。

▽墓地の履歴は 目の一族メドゥーサ旅団が視ることになった。

 

 

 

 

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