276:天使族たち

 

天空からその存在が降り立つ様子は、まるで絵画のようだった。

大きな白の翼がゆったりとはばたき、薄桃色の長い髪がふんわり広がって輪郭をつつむ。
美しく整った容貌の男子は、天使族の伝統衣装をまとっていた。

目に痛いくらいの純白のローブは、地面に降り立った足先をしとやかに隠した。

(この微風まで演出しているとしたら……)
(凝り性というか、自分大好きっぽいというか〜……)

優美とは縁がないレナパーティ、辛口の評価。

じいっとシュシュが仮面の向こう側から天使族を見つめている。

天使族は赤色の瞳を瞬かせて、ニコッと笑いかけた。ルーカに。

▽ルーカは そっぽを向いた。
▽レナとの[感覚共有]を強化した。
▽心に赤の女王様が宿った!
▽つよい!!!!

ルーカも様子見として天使族に笑いかけたが、その笑顔からはえもいわれぬ覇気が滲んでいる。

しばし見惚れていた天使族は、ハッとした様子で、伝統的な礼を披露した。
足をそっと後ろに引いて、腹の前で手を組んで、そうっと会釈する。この間、五秒くらい。

(まだるっこしい!)

レナパーティの感性は以下略。

「どうも初めまして、協力者のみなさま。この度の共闘、次期族長の私から、お礼を申し上げますね」

……言葉が妙だな、というのがレナパーティの感想である。
それに小声で、早口だ。

次期族長だというこの天使族の真意はなんだろうか?

ルーカが魔眼で視るよりも早く、ギルド長が前に立ち塞がった。

「……こりゃ驚いた。お前さん、そんな言葉が喋れたんだな?」
「なんだか……改心のお告げがありまして」

天使族は眉尻を下げてはらはらと涙をこぼしながら、指先を揃えた手で丁寧に胸を押さえた。

ぎょっとしたレナパーティが、シュシュの様子をチラ見する。この様子はきっと[聖・ジャッジメント]が効いている。
天使族のしぐさが受け付けなかったのか、シュシュは鳥肌がたった腕をさすっていた。

「ところで、名乗ってすらいないことに気付いているか?」
「……イジワルはやめて下さい」

天使族は苦虫を噛み潰したように渋い顔をする。しかし怒るふうではなく、気質は穏やかなのだろう。光の矢をぶちかましてきた族長とは違って。

「こちらから名乗ることはできないのです。自分から名告げをするのは、プロポーズの時の作法であり……」
「相変わらず口やかましい伝統だなァ!」

ギルド長がゴリゴリと後頭部を掻く。
それを見た天使族は、目をすうっと細めてどこか羨ましげにその様子を眺めた。

ぎゅ、と目を瞑る。流しきった涙を小瓶に仕舞った。
「これを」を渡されたレナはビビリながらも、反射的に受け取ってしまった。

(しまった!)
(大丈夫。変なモノなら僕らがはたき落としてる)
(変なモノなのでは……?)
(天使の涙。魔道具を作るときに重宝するよ。大変貴重、もらっておくといいと思う。お礼以外の他意はないみたい)

レナが冷や汗をぬぐい、小瓶をポシェットに仕舞った。
かわりのものを贈りたくなってしまうが、まあ、もうすこし様子見がいいだろう。

「伝統、今破ってしまいましたけれどね……たくさん……」
「まぁな。族長よりも先にお前さんが来たことだろ、そんで、他の種族に最敬礼をするとかさ。そーいうの全部ご法度だろう」
「はい」
「改心とやらのせいか?」
「……族長たちは、絶対に伝統を守るので。まかせていては、天使族からお礼を言う機会がなくなってしまうと思いました。それは、いけないだろう、と」

どこかぎこちなく、また会釈が行われる。

(感謝のしぐさに慣れていないことと、勝手なことをして叱られるって恐怖心……かな。彼の態度)

ルーカの思考を、レナが共有する。
このようなことが分かるサポートが心底ありがたい。

(天使族が窮屈っていうことと、彼個人としては誠実らしいってわかりました)
(そうだね)

ギルド長が天使族の肩をトンと叩いて、振り返る。

「お前さんはようやく殻の破り方を覚え始めたんだと思うぜ。よかったな。……手早く済ませちまおう。この若者は天使族副族長、名前はロシュアメイディスネリヴルーアだ」

真剣に話を聞こうとしていたレナパーティが固まる。

「……もう一度?」
「ロシュアメイディスネリヴルーア」
「まあ滑舌がよろしいこと……ほほほ」

返答に困ったレナは、いかにこの長ったらしい名前へのコメントを避けるかに努めた。

二度聞いたくらいでは覚えられなかったし、復唱したら絶対噛むし。
親がこだわって願いを込めてつけたのであろう大切な名前を、間違ってしまうのはよくないと思った。

「お手数をおかけします……!」

顔を赤くした天使族が思い切ったような声でそう言って、またほんのわずかに頭を下げた。
彼自身、この命名に思うところはあったのかもしれない。

シュシュがその様子をじーっと見ている。

「この大地の現状について話しましょう」
「ああ、そうだな。情報は共有しておいた方が良い。必要な分だけは」
「……できるだけ全てとはなりませんか」
「あー、できるだけな」
「物言いが意地悪ですよね……って仲間たちがよく言っていますよ」
「まったく痛くも痒くもねぇな!」

天使族はまた、羨ましそうな顔を一瞬のぞかせた。

レナが思案していると、その思考をルーカが受け取る。

「ねぇ。あなたの名前の略称とかないの?」
「えっ」

ルーカに声をかけられて明らかに動揺している天使族。
その顔は、先ほどとは別の意味で赤い。

(わー……赤の女王様の魅了効く〜)
(思考が棒読みって感じですよルーカさん……。こんなリスクを承知で名乗り出たんだから、あなたは勇気がありますよね。後で、たくさん可愛がってあげましょう!)
(ぜひよろしく)

気が紛れたルーカは、クッと唇の端を上げた。

▽とてもお姉さまチックな微笑み!
▽天使族が新たな扉を開きかけた。

「そ、そうですか……名前を略された事は、ありません。私たちは皆、正式名称で呼び合うのです。これまでずっとそうしてきました。しかし……あなたが望むなら、お好きなところで略していただいても」

最後のほうはどこかホッとした目で語った、天使族。
殻に少しずつヒビが入っていくように、表情が現れてくる。

天使族の中だけで暮らしていれば、澄ました表情も長い名前も、常識だとただ受け入れるだけでよかった。
しかし兄とともに地上を覗いて遊んでいた昔の記憶が、外の世界を彼に見せつけてやまなかったのだ。

どんなふうに呼ぼうか? レナパーティの中でもすぐには答えが出なかった。
何せ名前が長いので。

真っ先に決めたのはシュシュ。

「ディス」
「!」

デビルガールから声をかけられるとは思ってもいなかった天使族……ディスは、翼をばさりと震わせたが、その後懐かしそうに目を細めて頷いた。

「はい。あなたの名前は……?」

聞きかけたところで、風の流れが変わる。

穏やかに地面を撫でていた風は、天空に吸収されるように上昇していく。
白い砂がさらさらと巻き上げられて「これはたまらん!」とギルド長が下方だけ風を止めた。

「せっかく蒔いた生命の種が全部ダメになっちまうだろうが! ったく……」

雲の中から天使族が現れた。

白の翼を大きく広げて、菱形の隊列を組んでいる。
先程ギルド長が風を止めてしまったため、羽ばたきが乱れて翼の動きにばらつきが出ているとルーカが視た。

「まだ地上からは見えてないと思って、あーんな不満げな表情しちゃってね……」

小さく呟いた声を拾ったディスが、驚いたように隣を見下ろした。
空を見つめるルーカの横顔は、天使族でもみたことがないほど綺麗なので、これから勧誘されるであろうことが心配になった。
ゴクリと覚悟の息が喉を下り、腹に落ちる。

(私が、守るべきだろう)

と、新たな決意が生まれた。

雲の切れ間から光の筋が差し込み、クロスするその中心を、天使族が規則正しくくぐり抜ける。
白いローブを一定の方向に揺らして、時間をたっぷりかけて悠々と降りてきた。

(まだるっこしいいい!)

レナは眉をピクピクさせて、シュシュは今にも地団駄を踏んでしまいそう。

「ねぇギルド長、時間は有限って言ってやってよー!」
「私たち……早く、帰りたいなぁ? 頑張ったもん……」
「花火ミサイルで撃ち落としましょうか〜?」
「「よっしゃ花火のカケラ白炎で焼いて宝石にしようぜ!」」

「君たちやめなさい」

ギルド長が、周りにワイワイとやってきた子どもたちを、ロベルトに引き渡す。
ロベルトは五人の子守りを余儀なくされた。

リーカが三つの目を見開いて、空から視線を逸らさない。
キラも撮影に余念がない。

天使族はお揃いの所作で降り立ち、地面にずるりと伸ばしていたローブの裾を上品に払った。

総勢20名。
顔立ちはうっとりするほど甘いマスク、彫刻のように表情が平坦で、近寄りがたい雰囲気を醸している。
レナは、天使族の髪の色が気になった。

(みんな純白の髪! 薄桃色の人も数人……? 一番髪の色が濃いのは副族長のディスさんかなぁ。シュシュや淫魔族の人の髪はもっと濃い桃色……そういうこと……)

天使族と淫魔族の遺伝。デリケートな話題である。
レナは口元をへの字に曲げそうになるのを、お姉様の矜持で堪えた。

レナの思考を持っていくほどに、天使族の髪は”目立つ”。

腰をはるかに通り越してふくらはぎの裏で揺れるほど長く、風でブワッと広がる柔らかいくせっ毛。
大きな翼に負けない存在感である。

貫禄のあるいかめしい顔の老人天使族は、おそらく長老であろう。
仲間たちの人垣をわって前に出てきた。

礼の代わりに、鼻息をひとつ。

「この土地の消滅をどうしてくれる!」

(なっ!?)

カチン、とレナたちが顔を顰める。

「随分な物言いじゃないか?」

ギルド長が完全にレナたちの前に出て、受けて立つ姿勢のようだ。

老人のしゃがれ声はアンティーク楽器のように味のある音色なのに、激情が乗るとまるで怨嗟の声のようで周りを震わせる。

「我々が浄化をして、もう十分仕事は終わっていたはずだ」
「予定になかったことを勝手に進められてしまって困るなぁ……ってことだろ? それは俺たちの方が天使族に抗議したいところだが?」
「墓地は長らく天使族が管理をしていた。我々に決定権がある」

「種族が特別だからとかじゃないんだよ。俺たちは仕事をしているんだ。お互いにサインをした悪魔文書の通りに、だ。もしもの非常事態については、相互談合だぜ。もう一度いうが、仕事に特別なんてもんはないんだよ。……ともに目的を達成する。
多数をまとめるための必須条件だぜ?」

痛烈な皮肉だと感じた天使族の老人たちが、一斉に目尻を吊り上げる。
大人数をまとめる才能がない! とぶつけられたようなものだ。

「さー。まず事実だけを確認していこう」

ギルド長が指を立てる。
ブーツの足先で白い大地をザリザリと削りつつ、話していく。

「天使族が墓地の浄化を始めた。苦戦していたため冒険者ギルドから応援を送ることになった。応援が到着間近のところで、光の矢が放たれた。その後、怨念を浄化するために冒険者ギルド側が光魔法を使った。──結果、怨念は浄化された」

「怨念の浄化だと!!」

老人が腹の底から声を張り上げる。

貫禄と、沸騰するような怒気により、レナたちもビクッと肩を揺らした。

「そのような戯言を。怨念の浄化などできるはずがないだろう。我々天使族が長年をかけて祈り、ようやく黒い魂は己の過ちを悔い改める。これまでずっとそうであった」
「今は違うってことだよ。何年雲の中にこもってた?」

どぎつい嫌味の応酬が繰り返されている。
天使族と冒険者側は、完全に敵対してしまっている。

比較的穏やかに佇んでいた薄桃色の髪の天使族も、伝統を否定されたとあって、今では完全に仲間の味方のようだ。

先ほどまで話していた副族長ディスのみが、レナパーティと話していた距離感のまま、中間地点にいる。

シュシュが[暗躍]でディスに近寄っていった。
隣に並ぶと、180センチ近い長身をしっかり見上げた。
ツンツンと、シュシュが肘でつつくと、ディスが足の刺激に気づいて下を向く。

「ねぇ。あなたはどう思ってるの?」
「ここで、それを求めるのですか……」
「いくじなし」

シュシュの言葉は鋭い矢のように、ディスの胸に刺さった。

「声を上げないと。あなた、ここにいない存在みたいに扱われてるよ」

ディスはぎゅっと唇を噛んでいる。
顔色が真っ白になるほどに、緊張している。

ディスの心の葛藤を視たルーカが、シュシュにそっと目を合わせた。

(葛藤しているようだよ。彼は、これまで一族の言いなりで過ごしてきた。双子の兄であるラズトルファを自由な下界に飛び立たせるために、次期族長としてずっと雲の上にいた。でも、さっきの[聖・ジャッジメント]で自分の苦しさと向き合って……天使族の価値観について自分自身で考えて、急激に変わろうとしているんだ)
(変わるのって、怖いもんね)

シュシュがぎゅっと拳を握る。
その拳を胸の前に持ってくるのは、天使族の祈りのポーズのようでありながら、ファイティングポーズのように力強い。

「でも変わらなきゃ、変わらない!」

横に突っ立っていたディスが、尖った耳をピクリと動かす。
そっと口を開いた。
淫魔族の血の名残である尖った牙が、垣間見える。

「あれ? 私うまく言えてるかな?」

シュシュが言葉足らずだったことを反省していると、

「上手だと思いました……私個人の、感想ですけど。自分が変わらなきゃ現実は変わらない、ってことですよね」

ディスが囁く。
ハープの音色のように清らかな響きだ。
先ほどまでは弱々しかったが、今は言葉の弦をはじくようにだんだんと芯が現れている。

「え、すごいね。すごい。察するの上手だね!」
「……! わずかな言葉から目上の御心を汲み取ることが、天使族には求められますから」

ウヘェ、とシュシュがげんなり顔で舌を出す。
素直に感情を出していることを、ディスは好意的に感じた。

ようやく、わずかな笑みを浮かべた。

(ラズ兄もそうでした。勇敢で、あんな風に鮮やかな桃色の髪で……懐かしい)

やんちゃでも元気にしているといい、とそっと目を伏せて願う。

実はまったくお望みの通りで、ラズトルファは罪を犯した罰としてとっても元気に文句を言いながら淫魔の館で働いているのだが、そのことは弟には知らされていない。

「褒められたこと、嬉しかったけど恐縮って感じかな? じゃあ素直に受け止められるくらい立派な人になってみせて」

ルーカが微笑むと、ディスはまた新たな扉を開きかけた。

「あなたを苦しめる常識なんてディスっちゃいなよ! ディスだけに!」
「ディスっ……? 乗り越えるということですか?」
「だいたい合ってる。乗り越える、上書き、そーいうのをパンクに言った感じ。ラズトルファもそんな風に言いそうだよねって」
「!? 兄を知って……」

押忍! とシュシュの拳が腰に入る。
うっ、とディスが息を詰まらせたのを、ルーカが感慨深く眺めた。

「ポジティブになれるよ、それ」
「????」

▽ディスは 混乱している。
▽デビルガールの一撃は よくわからないけど確かに効いた。
▽新たな可能性 リトルエンジェル・ネオの微笑みを 信じてみることにした。
▽実はその猫じゃないんだけど。

「大天使ガブリエル様の加護がありますように……」

息を吸い込んで。

白の大地に踏み出す。

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!