275:<クエスト:墓地の浄化>2

 

上空から見る墓地は、六芒星の形に区切られている。
天空の雲を凝縮した純白のレンガが、荒地の中でやけに眩しく目立っていた。

「迷路みたい……?」
『お嬢ちゃん、正解だな。目的はそのとおり。アンデッドはあのレンガを苦手とするため壁伝いにしか進めないんだ』
「……ってことみたいだよ、レナ。ドラリンガルかけて、キラ」
<いえっさ!>

▽ルーカは 翻訳の役割を 託した!

ギルド長がぐっと降下する。
墓地の様子がさらに詳細に眺められる。

『<しかし……レベルアップしたアンデッドが塀を壊してやがるな。ありゃ、なかなかのもんだ>』
「! ……結界も、一部壊れてますね。でも複数の結界を六芒星の形に貼り合わせることで、一気に崩壊することを防いでいるんですか?」
『<正解。アンデッド全員がいっせいにレベルアップすることなんざまずないんだ、あいつら共闘しないから。強い個体から退治・崩壊しているところを修復するぞ>』
「はいっ」

レナの返事を聞いて、ギルド長がふぅんと吐息を鳴らした。

『<おっと? やる気があるようだけど、お嬢ちゃんたちがやるのかい>』
「いいえ。……でも長引くようなら全力でいきますよ」

レナは鋭く返事をする。
ぎゅっと眉根を寄せて、顔を顰めて。

ルーカとの瞳共有をした目が、天使族の残骸であろう白い翼をむさぼるアンデッドの姿をしっかりととらえていた。

こんなものを悠長に見せられてはたまらない。
レナは吐き気をこらえて唇を噛む。

(さっきからくるくる旋回してるけど……攻撃開始までを長引かせてる? なんのため? 理由があるのかな)

レナパーティにとっては補助クエストだからといって、無駄な余裕をかます気はない。
レナがギルド長に尋ねようとした時、

『<真面目だなァ、君らは。まあ待て、天使族の攻撃が始まる>』

エメラルドドラゴンが風を読んだ。
これから何かが放たれるような、空気の動きが龍鱗をひりつかせている。

はるか上空が光った。

──ヒュンッッッ!!

光線が一束となった[光の矢]が 墓地に突き刺さる。
結界の割れ目から入り込み、内部をまばゆい光と熱で満たした。

ギャアアアアアアア!!

やぶれかけの喉から放たれた奇声は、アンデッドの断末魔であろう。

目を焼かれないように腕でかばったレナたちは、耳をふさぐことができずに、恐ろしい悲鳴をそのまま聞いてしまった。
ぶるりと震える。

『<あー、くそっ。大雑把だな! さっきまで上空でぎゃーぎゃー言ってたと思えばこれかよ……!>』

ギルド長が悪態をつき、レナが不安になる。
ルーカが華奢な肩にトンと手を置いた。

(ルーカさん?)
(不安みたいだね? まあ、大丈夫だよ。こっちが不利な状況にはなってない。ただ天使族の戦法が雑だったから……ギルド長は怒ってるんだよね。今の攻撃で無理やりアンデッドを焼き尽くしてしまったんだ、怨念を浄化しきれていないのに)
(どうして……)

レナが思い出したのは、呪いで苦しんでいたシルフィーネや、夢組織戦でのお屋敷の怨念の悲しさ。

怨念は放っておいてよいものではない。
そのために、天使族もこれまで慎重に墓地の浄化をしていたのではなかっただろうか?

(そうするしか、なかったんでしょうか?)
(いや、天使族のプライドってやつらしい。増援に頼らなきゃいけなくなったことへの怒りで族長がやらかした)
(……今、すごく汚い言葉が頭に浮かんだんですが)

『<くそくらえ!>』

ギルド長が咆哮をあげた。
ルーカとレナがジト目でため息をつく。

(あんなかんじの、だよね? 僕も同じ気持ち……。まあ、天使族の中にも比較的マトモな存在もいるから。今、雲の上でもめてる)
(上層部がそんな感じだと、マトモな感性の天使族さんは大変なんだろうな〜)

ルーカがくすりと微笑んだ。

(優しいのは素敵だけど背負いすぎないようにね)
(お互いにですね!)

……レナが桃色猫耳をつまんで、ぴこっと立たせた。

それを合図に、レナパーティの空気が変わった。
──とギルド長が読む。

(む?)

「ギルド長。このまま放っておいたら、怨念、どうなりますか?」
『<そんなことにはしない。俺が浄化をかける。ただ……完全なる昇天とはならないだろう。浄化とは穢れを綺麗にするものだ、対して、怨念とは自らを穢れとは思っていない。その認識の違いが厄介でな……長年かけて悔い改めさせて、きちんと世界の常識に組み込んでから昇天させるのがこの〈鎮めの墓地〉だ>』
「ラナシュ〜ぅ!」

レナが「うぐぐぐ」と歯ぎしりする。
キラが<そのようですね>と肯定したことで、ギルド長たちに認識されている常識は正解なのだとわかった。

「ギルド長! 私たちから先にやっていいですか?」
『<ん? 歓迎だが>』

レナが手を鞭に添える。

「じゃ、そうさせて下さい。できるかぎり浄化するので、あとはしっかりフォローして下さいね! Aランクになりたての後輩にご慈悲を」
『<げっほごっほ>』

面白すぎてギルド長が噎せた。
びゅうびゅうと周りで竜巻が発生する。

雲の上にいた天使族をぶんわまして酔わせたのは思わぬ事故であった

『<面白い。いいぞ>』
((言っちゃったか〜))

ロベルトとリーカがそっとギルド長を案じた。
レナパーティがこれからやらかすアレコレの後始末をまとめて背負うことになるのだろう。

(それにしても言い回しが上手くなったな)
(そうですねぇ。レナちゃん、やるぅ)

▽護衛二人は レナを褒めた。
▽それもお仕事のうちなので。

「さあみんな〜、いくよっ! クーイズ、できるだけ拡がってみんなのシートベルト」
「「ういっす!」」

▽クーイズが二体に分かれた!
▽びよよよ〜〜ん!
▽背中の全員を固定した。[束縛技術]が光ってるぅ!

((ギルド長……))

見た目の弊害が酷い、とロベルトとリーカが哀れんだ。

「リリーちゃん。光魔法を使う時、きっとすごく眩しいから[黒ノ霧]で防いで。私たちの精神も影響を受けるかもしれないから[魔吸結界]、同時に二つ展開できる?」
「ブラッディリリー、頑張れます♡」
「仰せのままにーっ」

▽レナは お察しした。
▽ローブの首元をはだけた。
▽リリーがそれはそれは嬉しそうに 牙を立てた。[吸血]!

▽ギルド長は混乱している。

(どっちが主人で従魔なんだ……?)

▽古参従魔たちは 旅を始めた頃をなつかしく思い出した。

「準備完了、だよっ♪」

▽リリーの仮面の奥の瞳が 怪しい赤色に輝いた。
▽まさしくデビルガール!

▽レナの体力が低下。
▽エリクサーで回復!!!!

「ルーカさん[サンクチュアリ]、ハーくん[夢吐き]打ち合わせ通りに。シュシュ、」
「押忍ぅぅぅ!!」

レナの言葉に被せながら、シュシュが気合一発! 拳を振り上げて叫んだ。自由の翼を力強くはばたかせて。

リリーが二手を準備しつつ、[幻覚]を完璧にかけ続ける技術に、護衛たちが舌を巻く。

「さて。称号[赤の女王様(覇道)][お姉様][サディスト][白炎聖霊杯の司祭][退魔師]セット!」

(退魔師!?)

聞き覚えのない称号にギルド長が驚く。
退魔師は本来ならば、熟練の聖職者が授かるような称号だ。
それを、黒魔法適性のレナが使うようになった経緯が気になった。
判明したところで理解できないだろうからやめておいたほうがいいだろう。

レナたちが魔法を使いやすいように、エメラルドドラゴンは飛行速度を落とした。
ありがとうございます、とレナが伝え……

「よろしくてよ!!」

大惨事である。

▽お姉様口調が 炸裂した。
▽指パッチン! みたいなやつ! ピチューーーーン!

「光魔法[サンクチュアリ]」

ルーカが墓地を丸ごと光の聖結界で覆った。
その範囲に強力な[|浄化(パージ)]がかけられる。
じわじわとアンデッドが溶けて、ヘドロのような残骸が地面に染みていく。

「スキル[夢吐き]〜、”地を這う白炎”〜!!」

ハマルの背後にカルメンが現れて、手を重ねる。
真っ白い少年の指と、褐色のしなやかなレディの指が、パチンときれいに鳴った。

大地が揺れた。
古代の魔法が、夢の力を借りて蘇る。

ジレが見た夢が、ひと足早く現実になったのだ。

ゴウウウウウウウ!!
サンクチュアリの範囲の地面が、白く燃えた。

もはやアンデッドたちの姿は崩れて消失しかけている。
地面の黒い穢れに祈りが届くようにと、レナとシュシュが手を伸ばす。

「自分がしたこと、ちゃんと悔い改めなさーいッ! 光魔法[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]!」
「[|魂の昇華(ウルトラソウル)]ッ!!」

ハアッッ!!!!

気合一発! 目もくらむような光が一帯に満ちた。

それほどの怨念がこの墓地には残っていたということ……そして根こそぎ浄化されたのだろうということを、ギルド長が竜鱗の振動で感じ取った。
竜の角が興奮のため白く輝く。

リリーの[黒ノ霧][魔吸結界]に視界を閉ざされるほんの一瞬前に、聖域のような場所を、確かに見た。
ここにいる全員が。

レナパーティも、ギルド長も、天使族たちも。

視界が真っ黒に覆われた。
その中で、レナはクイっと口角を上げた。

「よくやったわ!」

お姉様口調のサディスティック女王様に褒められた従魔たちは上機嫌に微笑み、護衛部隊は口の中を噛んで冷静っぽく保ち、ハマルとカルメンはゾクゾクと体を震わせて歓喜するのであった。

「……怨念の昇天、確認しました」

リーカが額の[第三の瞳]を見開いて、墓地の様子を確認した。

『<……信じられん。しかし瞳の一族のメデュリ・アイがそう言うなら、確実なんだろうなァ……>』

ギルド長が枯れた声を漏らした。
驚愕のあまり、喉がカラカラだ。

それに[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]の効果を少し受けてしまって、過去の後悔が思い返されてしまったことも影響しているだろう。

霧の中から目を凝らしてしまった報いである。

それはリーカとて同じで「ぐああ私だって別に恋人ができないわけじゃ……いなくたっていいもん!」なんて錯乱している。
ロベルトがちょっと困りながら宥めている。

天使族も空の上で大混乱だ。

しっかり目を閉じて対策していたレナパーティは精神的ダメージを受けなかったが、レナの赤(・)歴史は現在も更新中である。察して。

「オーーーッホッホッホ!!」

空にのびのびと響く高笑いが赤ノ教典に記録された。

ギルド長が風をあやつり、黒の霧を吹き飛ばした。

『<次は俺の番。ここまで後輩に整えてもらったら、良いところみせないとなァ>』
「あらよろしくてよ。期待しているわ! せ・ん・ぱ・い」

▽赤の女王様の 言葉遊び。
▽投げキッス!

▽レナの精神に大ダメージ!
▽投げキッスを拾いにいったシュシュがドラゴンの後頭部にぶつかった。

『<ぐっ!? これは……赤の女王様と言わざるを得ないな>』
(ああああしまったああああ!?)
『<まあ今だけは、だ。切り替えができる冒険者は優秀だということさ>』
(ありがとうございます!)
「自覚しているわ」
(私ーーー!?)
「だってこんなに素晴らしい従魔たちを従えている主人が、優秀じゃないはずないでしょう?」
(それは……まあそうだよね)

レナの本心が、高飛車だけど素直な言葉で現れた。

「あははは嬉しいな!」
「オーーホッホッホ!!」

▽[感覚共有]ーーー!
▽ルーカにつられて レナが二度目の高笑いをキメた。

「さっさとお願いしますね〜。ギルド長〜」

ハマルの催促は至極真っ当であった。

ぽかんとしていたギルド長がハッと動いて、光の聖域の真ん中で静止。

風が穏やかにエメラルドドラゴンを包み続ける。

『<無から有はならず
有から幾千億万が生まれる
この世界の礎となりし神の御心に 頭を垂れよう
呼吸のひとつ 鼓動のひとつ 神の歩みと相応うなり
爪先のカケラ 牙のカケラ 神の恵みと相応うなり
朽木に雫を
若葉に光を
我が生命から分け与えよう
可能性に満ちたこの世の子らよ 面を上げよう
[|生命の息吹(ライフ・アニマ)]>』

エメラルドドラゴンの穏やかな羽ばたきに合わせて、オーロラのような緑の光がふんわりとサンクチュアリを包んだ。
ゆらゆら、白炎と共踊している。

やがてそのどちらもが、うっとりするような余韻を残して消失した。

▽墓地は 純白の更地になった。
▽さらりとした白の砂が 風に表面を撫でられて形を変える。

「浄化オッケーです。……ほんと過剰ですけどね」

リーカが困ったように付け足した。

『<だからこそ晶文をすべて詠唱したんだ。生命の痕跡すべてが浄化されていたところに、新たな命の可能性を宿した。これからあの地でまた草木が芽生えることだろう…………>』

レナが真剣に、ギルド長の言葉を聞いた。
浄化のしすぎ、という現象があることを覚えておかなければ、と心に刻んだ。
大きな力を持つレナパーティ、その可能性はときに自然の破壊にも繋がるのだろう。怨念の染み込んだ純白のレンガごと、更地にしてしまったのだから。

(たのもしい大人がいてくれて良かった……)

「おつかれさまでした、ギルド長」
『<どうだ? 後輩>』
「素晴らしかったですわ。自分を回復する力を、外に分け与える……そういう晶文なんですね」
『<まあな。俺には[壮絶回復]ギフトがあるから、しばらくしたら全快するさ……>』
「キラ、エリクサーを」

▽エメラルドドラゴンは 全快した!

『<き、君らは……! はァ>』

レナはにっこりと微笑んで、艶やかな緑の竜鱗を撫でた。

「はーい、レナパーティのみなさーん。ギルド長が後始末してくれるみたいですからね〜」
「「「はーい!」」」

リーカの言葉に素直に喜ぶレナパーティ、世渡り上手!

『<くそっ。先手を打たれた>』

……とは言っているものの、ギルド長の口調はどこか楽しそうだ。クックッ、と喉奥で笑う。
ドMなのだろうか?

いや、後輩の教育をするのが好きなのだ。
見込みがある若者だと、なお大事にしてしまう。

▽墓地の跡地に 降り立った。
▽レナたちは 静かに手を合わせた。

▽天使族が降りてきた。

 

 

 

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