272:七日目の仮従魔

朝早く起きた元夢組織の三人組。
チリリ、チリリ、と鳴る時計を、とめる。

「おはよ……」
「うん。起きれそう? アグ」
「……んぅ……起き、るぅ、よぉぉ〜……」

ズリズリと這いずるように動くアグリスタだが、寝ぼけながらも毛布をたたんでベッドから出ようとしている。
ジレは目をこすったあと、パシンッと頬を叩いて自分で起きた。
よし、とマイラが頷く。

すり切れかけた組紐に一つだけ丸石がついた服飾保存ブレスレットに触れて、服を着替えた。

メイド服に身を包んで、マイラは部屋を見渡す。

お嬢様が暮らすような洋館の内装。
クリーム色の壁にはドライフラワーのリースがかけられている。ミディとともに作った作品だ。絵画は苦手だと言えば、マイラのために外された。

ジレが好きだといった紅茶がいつでも飲めるように、ポットとカップとティーパックが机に揃えられている。
アグリスタが悲しくなった時のために、とチョココが飴をたくさん作って籠の中に入れた。

一つの部屋に4つもベッドがあるのは当たり前ではない。元夢組織を迎えるためにわざわざ揃えられたのだ。

地下牢ではない。廃屋でもない。

レナパーティの普通を、同じだけ贈られている。

「はあっ……」

マイラが大きく息を吸い込むと、ローズガーデンからの甘い匂いが鼻をくすぐった。

ジレが窓を少し開けている。
マイラが隣に立つと、顔を見合わせてから、二人で窓の外を見た。

早朝の霧がうっすらと立ち込める庭が見える。
つぼみが膨らんで、いまにも満開の薔薇を咲かせそうだ。
寝ぼけたようにフラフラ泳ぐシャボンフィッシュが、キラリキラリと時折光る。

「わ、まぶし……」

アグリスタもやってきて、ごちん! と窓におでこをぶつけて涙目になった。

「だっ……」
「大丈夫ぅ」

ぐす、と鼻をすすって、アグリスタが先に言う。
ジレとマイラはまた顔を見合わせた。

「……行こうか」
「「うん」」

今日は、仮従魔となってから7日目だ。

三人の人影が、庭を歩く。
シャボンフィッシュたちがもう目覚めていて、心得たというように前を泳いだ。
樹木が影を作っている暗い道も、光を目印に迷わない。

シャボンフィッシュが集って、シャボンリングを作っている。

「そこを訪れた者への祝福」──と、レナから聞いている。

美しさに見惚れていた三人は、手の中の冷たさで意識を現実に引き戻された。

「あ……」
「仕事が早い」

手に持ったグラスに、シャボンフィッシュが自ら入り込んでいるのだ。
グラスの中でちゃぷちゃぷと揺れている。

三つのグラスがカチンと乾杯されると、光り輝いた。

おそらくキラが、どこからかこの光景を見ているのだろう。
ぶっちゃけ慣れた。

──エリクサーが注がれる。

ローズガーデンの中央、土肌をさらした花壇に染み込んでいく。
茶色の土がしっとり湿って、色の深みを増した。
きっと下の方まで、この祈りは届いているはずだ。

三人が手を組んで、目をつむる。

(((どうか……)))

それ以上は、複雑な胸の内を言葉にできなかった。

幸せになりたいのはその通りだけど、過去の悪行が罪悪感となり足を引っ張る。罪悪感に甘えて自分を傷つけることは首輪に許されていないし、この柔らかい場所でレナの心を傷つけることも望みではなかった。じゃあどうしたいのかと考えると……未来はわからないけれど、ひとつだけ決めたことがある。

「レナ様が待ってるよね。……い、か……」
「迷った? 行こう、か、帰ろう、か」
「うん……」
「あのねぇマイラ。そんなこと言ってる間に、来ちゃうよぉ〜」
「え? わっ!?」

▽ミディが マイラに 飛びついた!
▽チョココが アグリスタに 飛びついた!

「ウフフーっ! 待ちきれなくて来ちゃったノヨー」
「ビスケットの歯ごたえみたいにサクッと終わらせて、祝福のデザートを食べましょう♪」

▽ジレが 触手に絡め取られた!

「「やっほー。もー覚悟はいいよね〜?」」
「クレハさん……イズミさん……あの……朝食前の毒味はアウトだったんじゃないですか……?」
「ちちち違うもん」
「そそそそうだよ、ジレの顔色が悪いかなーって、ほら目尻のクマとかさ」

触手でナデナデ。

「元からですしそれ毒鱗ですし……」
「「あっれーー☆」」

クレハとイズミはジレを解放した。
そして両手をつなぐ。

「「いらっしゃーい」」
「「いらっしゃーい!」」

ミディとチョココも真似をして、御屋敷へと誘った。

七つの人影が、庭を去っていった。

(((|またね(・・・)、ギルティア)))

そんな祈りをあとに残して。

「おかえりーーっ!」

玄関につくやいなや、レナが言う。
パンパカパーン! とクラッカーが弾けて、色鮮やかな紙紐や紙吹雪を舞わせた。

「あっちょっ早い早い!」
「失礼いたしました。モムが悪さをしたようで」

キラがきちんとタイミングを計っていたのに、クラッカーの中に入り込んでいたイカチョコモムが、颯爽と開封してしまった……。
キラがちょこちょことチョコを追うのを、チョココが一緒に手伝う。

「なんか、お祝いが早くなっちゃったけど」

カラフルな床を背景に、レナが照れたように笑った。

「あなたたちの選択をこれから聞かせてほしい。……あっアグリスタ!?」
「うううぅ」

アグリスタが号泣している。
チョココが離れてしまって、こらえていたネガティブな気持ちが噴出したのだ。

「……ボク、従魔契約やめるぅ」
「ええっ!? ……それでも聞くよ」
「「待って待ってレナ〜!」」

クーイズが止めに入った。
アグリスタの涙と鼻水をハンカチでもしゃもしゃ拭きながら。

「あのさ、さっきその気持ちを聞いて励ましてたとこなんだよー!」
「そーそー。アグリスタの本心ってばね……ほら、自分で言いな」
「「きっといい経験になるから」」

先輩に背中を押されて、チョココも戻ってきたアグリスタは、しゃくりあげながら自分の気持ちをなんとか言葉にする。

「ヒック、うぐぅ、あのねぇ……レナ様はぁ、ボクの能力で〜自分のネガティブなとこにも気づけた、って〜、ありがとうって……言ったでしょぉ? だけど本契約したらぁ、ズビっ……ぐすっ……ネガティブオーラ、効きにくくなるんでしょぉ? じゃあ、ボク何も、あげられるものがなくなっちゃうよぉぉ……だから〜」
「もー!」

レナが奥歯を噛み締めて、こみ上げてくる愛しさに耐える。

舌を噛んでしまって血の味がしたけれどかまうものか。
ここでキメなきゃアグリスタの後悔になってしまう。

ブンブン首を横に振っているアグリスタの頭を、レナが捕まえた。

「あのね! あなたの価値は、あなたが決めた価値と、私たちが決めた価値があるの」
「う……」
「何度も言うよ。お皿洗い手伝ってくれてありがとう、テーブル拭いてくれてありがとう、いつも挨拶頑張っててえらいね、きちんと布団たたんでくれてありがとう、それから……!」
「そんなのー! ううー!」
「……いてくれて感謝すること、いっぱいあるよ。大丈夫、大丈夫」

二十秒もかかって、やっとゆっくり顔をあげると、アグリスタは真っ赤になっている。

「分かん、ないよ……言ってくれたこと、理解は、できるけど、分かんないぃ」
「それでもいいよ。気分転換できたかな?」
「…………はい」

ほー、っと先輩従魔たちが胸を撫で下ろした。
正直、ドギマギさせられてしまった。

レナの期待が裏切られるところは見たくなかった。
きっと微笑んで受け入れて、心の底で泣くはずだから。
それから、

(あとで、自分のいいところ、レナ様に聞いてみよう……)

みんな褒められたいのだ!!
当たり前にそれを求めてしまうほど調教されているわけで。レナはきっと応えるわけで。

「あのっ」

アグリスタが真っ赤な顔のまま、また目をウルウルさせて、レナを見上げた。

「し、従えてぇー……!」

▽逆契約 発動!!
▽アグリスタは 従属を懇願している!
▽これを拒否するとステータスが減……うるせぇ!!

▽レナは契約を結んだーー!!!!

ガッチリ、魂と魂が結ばれる。

驚くほど心が安定して、アグリスタはぽっかりと口を開いた。
今まで以上に、主人の気持ちが伝わってくる……圧倒的に安心する。ゾクゾクする。

「アグリスタ……よろしくね。あのね……自首のように手首を差し出さなくていいんだよ……?」
「縛られたいの?」
「ハーくんお黙り。……っと、せっかくなら握手がいいな」

レナが指を添える。
とても硬く力を込めていたアグリスタの拳を解くと、手のひらは汗がしっとり滲んでいた。

「あっそんなっこんなっ状況で握手とか無理ですぅぅー!!」
「緑魔法[クリーン]はいよろしくねー」

▽使えるものは使っていこうぜ!
▽レナは アグリスタと握手した。
▽ヨッシャ!

<[従魔契約]が成立しました!>
<従魔:アグリスタの存在が確認されました>
<[仮契約]は解除されました>
<ギルドカードを確認して下さい>

世界のアナウンスが脳内に鳴り、キラは満足そうに頷く。
レスポンスが早くなった、と。

(まさかアグが一番に契約するとは思わなかった)
(ねー、予想外だったよねぇ……)

ジレとマイラがそっと目配せをする。

どう言い出そうか、唇をモゴモゴさせてしまった。

▽主導権ならご主人様にお任せだよ!

「ジレ、マイラ。あなたたちの選択を聞いてもいいかな?」
「「!」」

おずおず、とレナの前に歩いていく。
近寄れば近寄るほど、レナの笑顔が眩しく感じる。

(うわあああこれって、本契約したらどうなっちゃうのぉ!?)
(ええ……アグリスタなんてもう足ガクガクで立ってるのもやっと、って感じじゃん……ナニコレ白淫魔の魅了魔法?)

「ねー……!」

アグリスタが真っ赤な顔のまま、手招きしている。

「一緒に、本契約、しよぉ……!?」
((!!))

ぶわっ、とマイラとジレの顔も真っ赤になった。

「ちょ、そんな[共感]ずるいって……!」
「いや頷くつもりだったけど、でもでもっ……こんなドキドキしてる時に、本契約しちゃったらどうなっちゃうのよー!?」

▽とても興味があるのでキラが記録精度を上げた。
▽ルーカが魔眼でしっかりと後輩の体調変化を視極めている。

▽レグルスが片手で顔を覆った。
▽キサが服の袖で顔を覆った。

▽どうなっちゃうのか……
▽レナも知りたい!

赤面従魔が可愛いということは周知の事実。

「私の、従魔になってくれませんか?」
「「……っはい。……!」」

<<[従魔契約]が成立しました!>>
<従魔:ジレの存在が確認されました>
<従魔:マイラの存在が確認されました>
<<[仮契約]は解除されました>>

<職業:魔物使いのレベルが上がりました!+1>
<ギルドカードを確認して下さい>

ブワワワッと喜びがこみ上げてくる。
期待していたものが、全部、溢れるほど与えられている。

目から、気持ちがこぼれてしまった。

それからジレの顔が火を噴く。

「〜〜〜〜!?」
『火竜の血を受け継ぐものよ。歓迎しよう。我々は古代白炎をつかさどる聖霊、司祭であるレナのしもべとなったお前にも恩恵が授けられる。これからの成長は我々に任せ……』
「……! かはっ」

ジレのトンガリの歯の隙間から、炎が覗いた。
白に近い橙色……カルメンがにんまりと唇を弓なりにする。

「白炎テロやめよう」
「段階を踏まないと危険です」
「「んもーっカルメン様興奮しすぎだからぁ!」」

先輩従魔が、ジレを背中に守った。
初めての白炎がキッッッツイのは、身をもって知っている。

レナの一声。

「カルメン、お黙り」
『んん〜!』

カルメンは口を指先で押さえて、身悶えするように空中静止した。

白炎対策本部のクドライヤとロベルトがこめかみをグリグリ揉んだ。

「ワッ、えっ、なっ、はわわ……!?」

マイラの周りに、シャボンフィッシュが渦を巻いている。
体の奥底に、新しい泉の湧き上がりを感じている。

<水魔法:[ティアコール・シャボン]を取得しました!>

「大精霊シルフィネシアの恩恵だね。水の極大魔法……マイラの涙が流れる時、シャボン生物を呼ぶみたい」
「ふえっ!?」

可愛らしい声というより、悲鳴であった。
そんなものを贈られるような存在ではない……と、マイラの心臓が底冷えする。

ギギギ、と横を向く。
目玉を落っことすかと思った。

「わたくしからあなたたちにあげられる加護はございませんわ」

ルージュが迫力のある目でまっすぐに新従魔三名を見つめている。

「……そこまでの力は無いですもの」

うっすらとした微笑みは、苦笑というより空虚だ。

ルージュは精霊の中でも最下位、亡き使用人や従魔の執念によって支えられていた存在である。
大きな力は持っていない。
お屋敷を保つことくらいだ。
それすら、今となってはキラのダンジョン制御能力の方が優れている。

「しかし、レナ様はわたくしを娶りましたから。それがわたくしと、亡き従魔たちの価値ですわ。だからここにいます」

影の魔物がルージュを守る騎士のように後ろに控えている。
にっこり、今度の笑みには温度がある。

「いてほしい」

レナが友愛の微笑みを向けると、「まあ」と頬を染めて可憐に笑った。

「このあと、鞭の特訓をいたしましょうね。わたくし張り切ってまいりますわ」
「飛び火した!?」

──まあそれはさておき。

ステータスの確認を行おう。

仮従魔として迎え入れたときから、三名のレベルは上がっていない。
しかしながらすでに、独自の成長値があるとルーカは視ている。

勇気ある選択が、自らの運命を変えたのだ。

「名前:ジレ
種族:煉獄火蜥蜴(れんごくひとかげ)♂、LV.15
装備:華族の衣装、毒消しエプロン、毒消しグローブ、園芸ブーツ、M服飾保存ブレスレット(黄)、※従順の首輪
適性:赤魔法[炎]、黒魔法[闇]

※体力:30
※知力:21
※素早さ:20
※魔力:18
※運:11

スキル:[切り裂き]、[暗躍]、[地を這う黒炎]、[毒溶岩]
ギフト:[体幹]☆5
称号:遺族、魔人族、精霊のトモダチ、犯罪者」

「名前:マイラ
種族:シルクゴースト♀、LV.10
装備:Mメイド服、ストラップシューズ、M服飾保存ブレスレット(黄)、※従順の首輪
適性:青魔法[水]、黄魔法[付与]

※体力:12
※知力:24
※素早さ:15
※魔力:20
※運:14

スキル:[炎耐性]、[浮遊]、[スプリングシャワー]、[アクアボム]
ギフト:[虚無]☆3
称号:魔人族、精霊のトモダチ、犯罪者」

「名前:アグリスタ
種族:スケルトンホース♂、LV.12
装備:Mケープローブ、首縄、長袖シャツ、半ズボン、ヒールシューズ、M服飾保存ブレスレット(黄)、※従順の首輪
適性:黒魔法[闇]

※体力:20
※知力:14
※素早さ:30
※魔力:20
※運:8

スキル:[怨嗟の声]、[暗躍]、[幻覚]、[ネガティブオーラ]、[ロックオン]、[疾走]
ギフト:[共感]☆4
称号:魔人族、精霊のトモダチ、犯罪者」

「それからこれも。共有しておこっか」

レナが自らの「ステータスオープン」。
ラミアの里でも暴露したあとなので、白炎対策本部がいることは気にしない。彼らは通称・護衛部隊なわけだし。

「ギルドカード:ランクA
名前:藤堂(とうどう) レナ
職業:魔物使い(モンスターテイマー)LV.39

装備:ブラウス、ミモレスカート、粛清(しゅくせい)ヲ授ケシ淑女ノ赤手袋、乙女ヲ彩リシ赤キランジェリー、赤ノブーツ、Mバッグ、赤ノ祝福ヲ賜リシ覇衣(はごろも)、モスラの呼び笛、朱蜘蛛の喚(よ)び笛、|緋の薔薇女王《スカーレットアンペラトリス》、M服飾保存ブレスレット(赤)

適性:黒魔法・緑魔法[風]

体力:46(+2)
知力:89(+3)
素早さ:32
魔力:84(+2)
運:測定不能

スキル:[従魔契約]、[鼓舞]+2、[伝令]、[従順]、[従魔回復]+1、[みね打ち]、[友愛の笑み]、[薙ぎ打ち]、[仮契約]、[体力向上]

従魔:クレハ、イズミ、リリー、ハマル、モスラ、シュシュ、ルーカティアス、オズワルド、キラ、レグルス、キサ、ミディアム・レア、チョココ、アグリスタ、ジレ、マイラ

ギフト:[レア・クラスチェンジ体質]☆7
称号:逃亡者、お姉様、赤の女王様(覇道)、サディスト、精霊の友達、トラブル体質、聖霊の友達、白炎聖霊杯(カンテラ)の司祭、祝福体質、退魔師、物語の主役、教育者(極み)」

ジレの口があんぐりと開き、アグリスタが「ひいっ」と真っ赤になり、マイラの目玉が落下した。

(((なんて人を敵呼ばわりしてたの!?)))

ほんとそれ。

「これからよろしくねー」

従魔の項目に自分たちの名前を確認した三名は……こくり、と従順に頷いたのであった。

▽本契約、完了!
▽ジレ・アグリスタ・マイラが 仲間になった!

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!