271:リリーの宝飾修行

マリアベルがリリーを迎えにきた。
護衛のモスラとともに、やってきたのは[宝飾店メディチ]。

「ぐすん……」
「リリー様ぁぁ!?」

妖精姫をお出迎え! とドキドキ扉を開けたクリエは、しょぼくれているリリーをみて心臓がぶっ壊れるかと思ったほどだ。

イケナイ扉が開きそう。
なんちゃって。

深呼吸して落ち着いてから、穏やかな声でリリーに話しかける。
護衛のモスラは話す気がないらしいので。

「あの、リリー様。悲しいことがあったのですか?」
「……うん……うんっ……!」

堪えていた涙が、はらはらと落ちた。
ジュエルスライムのように真珠にはならないけど「欲 し い」と妖精たちの血がグツグツ沸騰しそうに騒ぐ。
死ぬ気で足を地面に縫い付けて立つ。
ここで気を抜けば、地面に這いつくばって涙を受け止めようとしてしまう。ド不審者である。リリーに嫌われたくない。

うぐぐぅ!!と歯を食いしばっているマリアベル。
それに比べて、クリエは笑顔を取り繕うのが上手である。

リリーは、クリエになら話せそうな気がした。

「あのね……。ご主人様と、離れているから、寂しくって……。私の心と、従魔契約が……好きって叫んでいるのっ……」
「はうぁッ」

間接的に「好き」を聞かされたクリエが口元を押さえた。

「……ッッ素晴らしい絆に感動いたしましたわ。では、ご主人やお仲間のことを思って宝飾品を作れば、きっと良い仕上がりになりますよ。美しい想いを現実にするのです」
「あ! 確かに……アイデアが、湧いて、きたっ」
「ふふ。中にどうぞ」

クリエがくるりと背中を向けた。
ハンカチで鼻血を耐えているなんて知られてはいけない。
突然の血の匂いに、リリーが舌舐めずりしたのはクリエは知らない。

((((早めに終わらせよう))))

今日のレッスンについて、4人が思っていることは全く一緒であった。

クリエは、鼻がもたなくて。
マリアベルは、このあと赤の聖地でティーパーティに誘われているのが楽しみで。

リリーはご主人様に会いたくて!
モスラもご主人様に会いたくて!

工房の中で、リリーの魔法が発動する。
褐色の腕に模様のような銀の光が現れて、あらゆる魔法粘土を柔らかくした。
堅い粘土が、まるでスライムのようにくにょくにょと変形する。
そっと指で押せば花のような跡がつき、妖精用の小さなスコップを使ってブローチの溝を彫る。
踊るように粘土の上を歩けば、なめらかに形が導かれていく。

クリエとマリアベルは、唖然とリリーの技術を眺めていた。

(イレギュラーにもほどがある!)

『お家でねっ、みんなでこうやって踊るの……!』

そういって微笑むリリーは艶やかで、大人の魅力が醸し出されていた。

『モスラ、一緒に踊ろ?』
「承知いたしました」

モスラが指先を貸して、リリーの動きをサポートする。
リードしているのは、間違いなくリリーの方だ。
自分ひとりのセンスだけでこれほどのものを……と、日々高級品の検品をしているモスラも、舌を巻く。

「ああ、リリー様……どのようなお気持ちであれば、このようなデザインに繋がるのかしらぁ……」

うっとりうわ言のように呟いたクリエに、リリーは手をハート形にして応えた。

『大好き♡の気持ち♡』
「アーーーーーーっ」

▽クリエの顔が 火をふいた。
▽とばっちりを食らったマリアベルが崩れ落ちた。

▽リリーはクスクス笑って 踊りをやめない。

(……自覚なさっているのではなく、天然だとは)

相変わらず凄い先輩です、とモスラはにこやかに微笑んで、机の端っこまで歩ききったリリーとフィニッシュの一礼を決めた。

息も絶え絶えのクリエから、これからの宝飾レッスンについて説明を受ける。

「宝飾職人の認定試験を目指しましょう」

シヴァガン王国の正式な文書をリリーに差し出した。

▽言葉が難しくて リリーには読めない。

▽モスラがかんたんにまとめて説明した。

『なるほど! ちゃんとしたの、作れるよって……しるし?』
「「そうです!」」

▽クリエとマリアベルの 拍手!
▽ちゃんと理解できてえらーーい!

クリエが、試験の日程が書いてある文書をモスラに渡し、リリーに補足説明をする。

「合格すれば、ジーニアレス大陸でもミレージュエ大陸でもアクセサリーの販売が可能となります」
『へぇ!……それっていいこと?』
「私たち職人は、宝飾品を売って生活していますからね。みんなこの試験を目標にしています。しかしリリー様は生活に困っていなくて、認定職人という肩書きにも憧れがないなら……他のウリを」

クリエは言葉巧みにリリーに勧める。
その本意はなんだろう? とモスラが目を細めた。

(優秀な宝飾職人が輩出されたら、宝飾店メディチが有名になる。リリー先輩に会う機会を逃したくない……などでしょうか)

リリーはじいっとクリエを見つめている。
その視線が真剣なので、モスラは安心した。

(フェアリーアイで相手の嘘を見抜こうとしているならば、リリー先輩が判断を間違えることはないでしょう)

「利点として……魔法粘土や宝飾素材の個人交渉が可能になります。一部高級素材は、正規職人しか手に入れられない場合も。コボルト族の研磨石や原石など、砂漠の民が取り扱う砂粒だとブレスレットなどに強力な魔法をかけるときに必要ですね」
『へぇ! それを……高額で買うのじゃ、ダメなの?』
「希少素材ですので、商人の売買ゲームに利用されず認定職人にきちんと届くように、流通が制限されています」
『そうなんだ〜。社会って、すごいっ』

▽クリエは リリーに萌えた。

「既製品を買うことはできますが、リリー様は自作されることをお望みでしょう?」
『うん。作るの、楽しいし、ご主人さまにも……喜んでもらいたいから♪』
「でしたらやはり、認定試験をオススメします。リリー様の実力だとまず合格ですから、持っておいて不便な資格ではないですよ。商業試験も一緒に受けるものもいますし、それは商人と契約しておいて製作に打ち込む職人もいます」
『あっ。お勉強の方は……アリスに、おまかせしよっ』
「承知いたしました」

もとよりそのつもりだったモスラが秒速で返事をした。
もう一人の主人の商売のタネが生まれるのは素直に嬉しいのである。

『試験、受けるよ』

クリエがにこやかに頷いた。

「頑張りましょう。そうだ、こだわりの素材を手に入れたい上級職人にしか開放されていないエリアがあります。政府に相談するといいと思いますよ?」
「ウワーオ豪速球〜」

話を振られたマリアベルが、ペチンと額を叩いた。

「あたし後押ししますので、リリー様、上層部に相談しましょう」
『うん。魔王様と〜、宰相さんだね〜』
「マモン様にも話を通しておくといいでしょうね」

マリアベルが乾いた笑いを漏らした。
モスラとアリスなら、経済部の大悪魔マモンにも負けないことを十分に知っている。

工房の誰も、この話に耳を傾けながらも(信じられない)聞かなかったことにした。職人は信用が命なのだ。口は固い。

▽リリーは試作品を袋に入れた。
▽宝飾店メディチを後にした。

▽マリアベルは急用で呼び出されて 絶叫しながら帰っていった。

***

「ご主人さまっ!」
「リリーちゃんおかえりなさぁい!」

羽のように飛び込んできたリリーを、レナがぎゅっと受け止めた。
従魔の誰かがお出かけして離れることは、まだ珍しいので、再会したときに感動の一場面となるのは当然! なのだ!

リリーの心には、しばらく主人に会えなかったさみしさが渦巻いていたが、ぱあっと喜びに変わった。
何度もスリスリと頬をこすり合わせる。

「ねぇ。モスラって……ご主人さまに会えなかったとき、いつも、こんなに……さみしいのね?」

モスラはちょっと困ったように微笑んで、深く頷いた。

言及しなかったのは、アリスやパトリシアもいるため気を遣ったのだろう。

従魔特有の、さみしさからくる嫉妬をたまに受け止めさせられているルーカなどは、半眼のジト目でモスラの背中を眺めている……以前船旅の時や、戦闘訓練の時に、八つ当たりされたことを忘れていない。まあ最近は頻繁にレナに会えて落ち着いているし、と19歳の余裕で苦笑した。

リリーは妖精型になると、レナの肩に腰かける。

今日は髪の毛をおろして上の方にカチューシャのような編み込みをしているレナ。
その黒髪の下に潜り込むと、リリーは愛おしそうに『クスクスッ』と笑った。

後頭部に手を伸ばして、黒髪を弄ぶ。

『ご主人さまの、香りだぁっ……♪』
「キサにアレンジしてもらったんだよー。私らしい香りって……あるの?」

玄関ホールでくつろいでいた獣人たちが、いっせいに頷く。

「あるんだ〜。へぇ」

いつも使っているシャンプーの香りと、女の子の肌の匂い、主人特有の黒魔法の魅力が混ざるのだそうだ。

「だからどんな人混みだろうと、主さんを発見できる自信があるな」

オズワルドが言うと、また、獣人がいっせいに頷いた。

モスラが顎に手を当てて、思案する様子を見せる。

「そういえば……人混みのことですけど。シヴァガン王国の街が、何やらざわついていましたね」
「え? 何か感じたの……?」
「立ち振舞いが一般市民ではない者が目につきました」
「旅行者とか……?」
『一見、そんな感じ……だったけど。グレーの魂の、魔人族が、多かったかも……』

リリーが目を瞬かせて言った。
リリーの[フェアリーアイ]には嘘や魂の色を視分ける力がある。

海のように深い青色だ。
瞳を覗きこんだレナは(吸い込まれそう)と思った。

『うぅーん、だめぇ。お腹が空いて……思考がまとまらないの……。ご主人さま、血、ちょーだいっ』
「アーーーーッ」

血のように鮮やかな赤色に。
リリーの瞳が変化した。

うっとり、舌舐めずりする唇も赤い。

吸血されたレナは、牙が刺さった後の首筋にハンカチを当てながら、トホホと眉をハの字にしている。
(牙が太くなった……成長だなぁぁ……!)
この痛みはいつになっても苦手である。
ごきげんな従魔が可愛くはあるけども。

レナは、傷跡をペロペロしているリリーの頭を指先で撫でながら、キリッと顔を引き締めた。

「私、また平和ボケしかけているかもしれない……反省、反省。旅行者じゃなくまずは不審者を疑わなくちゃいけなかったよね」
「そのような心配をかけなくてもいいように、気をつけたいですけどね……」

レグルスが獣耳をしゅんと伏せさせて、頭を下げる。
シヴァガン王国にも所属する者として、責任を感じてしまうのだ。

ああそうじゃなくて、とレナが慰めるも、理解していますが自分に納得できません……と生真面目な返事をされてしまう。

「うーん。サディス宰相や魔王様にも話を聞いてみよっか」

▽上司を召喚!
▽いきなり最上位! 手っ取り早いけども!

レナの立場向上が感じられる。

「だからねレグルス、しばらくはあなたにも赤の聖地にいて欲しい」

レナがレグルスの服の袖を掴む。
今にも、ここから飛び出していってしまいそうに感じたのだ。

ズキューーーーーーン!! とレグルスの心臓がトキメキの矢でぶち抜かれる。

「ぐっ……レナ様がそうおっしゃるのでしたら」
「ありがとう!」

▽上目遣いからの 満面の笑み! キマったーーー!

オズワルドが生ぬるい目でレグルスの荒ぶる尻尾を眺めている。

ため息には、呆れや諦めと、微笑ましく思う同調意識がこめられていた。

(主さんは、仮従魔の本契約まで、場を乱したくないんだろうな……)

モスラに話しかけるふりをして、ちらりと横目で、隅にいる夢組織の三人を見た。
オズワルドが想像していた通り、シヴァガン王国のざわつきと聞いて、すこし怯えているようだ。
あの国を巻きこんで、彼らがやったことを思い出せば、気にしてしまうのも無理はない。

責める気持ちではなく、せっかく意識をレナパーティの方に向けられてきたとこなのに……と不満げに眉を寄せた。

「あのさ、モスラ。ちょっと軽率な発言だったかもよ」
「それは失礼いたしました」
「内部のことは、シヴァガン王国の従業員がなんとかするはずだから。優秀だし」
「そうですよね。ただ……一応、虫の知らせというか」
「ふぅん」

(そこまで言うとは)オズワルドは金眼を丸くした。

モスラは声を極力小さくして、今は、レナに聞こえないように配慮している。
紅色の瞳はスッと鋭く細められている。

……ツン、とベストの裾をオズワルドが引っ張った。
(裏方でまた話そうか)という意味だな、と察したモスラが獣耳の先っぽをつまんで返事とした。蹴られた。2歳児と10歳児の茶々である。

キラは全体を静観している。
レナの物語になりすぎないように、従魔は従魔でそれぞれの人生を選べるように……とレナ本人が距離感を試行錯誤している最中である。

(根底にあるのが、従魔への愛情、主人への愛情であるならば……きっと、私たちは上手にできるはずですからね)

瞼を下ろした。
そして瞼を上げて、新たな物語の記録を始めた。

レナがずっと望んでいた、穏やかな拠点を得るという目標。
達成された今、新たなスタートとなったのだ。

赤の教典・新章突入である!!

「ジレ、アグリスタ、マイラ」

レナが呼びかける。
三人はピクっと耳を動かして、駆け寄っていった。
二歩分くらいの距離がある。

「あのね、一緒に……」
「「「手伝います」」」
「ありがとう!」

レナはにこりと笑って、大人数用のソファに誘う。

ふわふわとした布地に腰かけると、リリーが試作したアクセサリーを机に並べた。

「綺麗ー! リリーちゃんすごく上手!」
『えっへん』
「これを褒めるのを三人に手伝って欲しいんだ」
「「「……えええ!?」」」
「ほらほら〜リリーちゃん”褒められ待ち”してるよ?」

▽リリーは机の真ん中で 胸をはってドヤ顔で待機している!
▽期待に目が輝いているぅ!

創作者のやる気のチャージって大事だから、とレナが補足すると、三人も一応理解はした。
「ここがいいと思う……」「この色好き」など、ほそぼそと意見が出始める。

「あの。芸術センスとかないんですけど……俺たちの意見なんかで、いいんですか?」
「いいんだよ」
『嬉しいよー!』

誰がどのようなものを好むか?
ジレ、アグリスタ、マイラが、正式に仲間となった時には、プレゼントを渡したいとリリーは望んでいるのだ。
赤から青に戻りかけた独特の紫色の瞳が、一人一人の表情をきちんと見ていた。
楽しそうに、妖精のかかとがリズミカルに弾んでいる。

クーイズがやってきて宝石を吐いたり、キサが自分のコレクションを見せたり、アリスがメモをしたりしながら、きらびやかな午後のひと時を過ごした。

 

 

 

 

 

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