264:チョココ♪バレンタインデー5

 

「ノア様。その……」
「なんでしょう?」
「いえ。バタバタと音がしませんか?」

やってきたばかりのノアに付き添いながら廊下を歩いていたロベルトは、ひくひく獣耳を動かした。

頬が丸くなったノアに対して「甘いもの食べ過ぎ」などと、注意はできそうもない。

(本人は体形変化をむしろ目指しているのだし……)

しかしながら、頼むぞレナパーティ!? と叫びたい心境である。

……まあそれについて、ロベルトは感情に一区切りをつけた。

獣耳をひくひく。

バタバタという足音は、子どもがはしゃいでいるような軽やかなもの。
人数も多い。
レナパーティの誰かがはしゃいでいるのだろう……と判断した。

侵入者ではなさそうだ。
戦闘姿勢を解く。

(一体何人なのか……?)

足音から測ろうとする。

しかし、すり足のように移動する者がいたり、体重が極端に軽いものもいるので、これと思った人数とは違っているのだろう。それはすごい技能であるとロベルトは考える。
ほんのわずかに聞こえる異音をレグルスの足音だと認識できたのは、しばらく一緒に仕事をしていたから覚えていた。前よりも静かに走る部下の成長に、口の端をクッと上げた。

ノアが、あやとりのように両手の間に蜘蛛の糸を張っている。

「うーん……糸の振動から、何を話しているのかは大体わかりましたっ」
「すごいですね? それでは私の耳と、答え合わせをしてみましょうか」

「「ハッピーバレンタインデー」」

……はて? とロベルトとノアが首を傾げた瞬間。

▽チョココが 落っこちてきた!

「きゃあ!……あら可愛い」
「そういうことも……起こりますよね。なにせここはダンジョンですから」

▽ダンジョン!
▽ダンジョン!
▽トラップがいっぱいだよ!

▽空間がぐにゃりと歪む。
▽丸い部屋に、ロベルトとノアは誘い込まれた。

ノアが口を押さえている。
何も考えずに息を漏らすと「ここは!?」などと黄色い声で叫んでしまいそうだった。
目をキラキラさせて。

ロベルトはおもわず鼻を押さえた。
獣人の嗅覚にとって、ここはきつい。
(蜘蛛系統は臭気の独特な環境において行動を妨げられない……と、諜報部で再共有だな。あの鏡蜘蛛の任務先にも影響するだろう)

▽|お菓子な空間(スウィーツルーム)へようこそ!

ノアがいつもレッスンで利用している場所の一部のようだ。

ビスケットの床に、飴細工のテーブルと椅子、ほんわりマシュマロのお皿。

<座っていただいても壊れませんし、汚れませんよ!>

▽キラアナウンスでーす

「まあ」
「……一体どういうことなのか、可能な限りの説明を求めます」

ノアとロベルトが、それぞれに意味の違うため息とともに、着席した。

<はぁい! 本日を『バレンタインデー』に決定いたしましたので。スカーレットリゾート・エテルネルージュでは、好きな人にチョコレートを贈るイベントを開催中なのです!>
「好きな人に……」

ノアが目を丸くして、小さなチョココが乗った皿を凝視する。

ロベルトは獣耳を伏せさせた状態で、肩に乗ってきたチョココに愛想笑いをした。ぶっちゃけこの空間でさらにチョコレートの香りはきつい。

キラが遠方で杖でも振ったのだろうか……さあっとさわやかな風が吹いて、ピンク色のわたあめ雲をどこかに飛ばしてしまった。
するとほぼ無臭になる。

「正直に言います。助かりました」
<ロベルトさんは獣人ですものね>
「あっ! わたくしってば、配慮が足りませんでしたね……はしゃいでばかりで、あなたのことを考えていなかった」
「しがない護衛にもお気遣いありがとうございます。……その感性は、他者の習性を察する力となり、いずれノア様が戦闘試験を受ける際に役立つと思いますよ」

言おうか迷ったことを、ロベルトは全て口にした。
今のノアならば、エールとして受け止めるだろうと思った。

「ありがとうございます」

ノアはふんわりと可憐に微笑んだ。

この笑顔で諜報部教育官をわざわざ目指しているというのだから、ロベルトは苦笑するしかない。

『さていらっしゃいまし、スウィートミィ!』
『あなた方にぴったりのお菓子はなんでしょう〜、なんとなくわかる気がします〜?』
『『ハッピーバレンタイン! [|お菓子な魔法(スウィーツマジック)]』』

▽ぽふん!

▽スイートダブルハートチョコレート
▽ホワイトチョコレートチーズスフレ

「まあ……!」

ノアが二つのハートのチョコレートを手で触ろうとして、ひっこめた。繊細なチョコレートは手の温度でも溶けだしてしまうと、先日指をベタベタにして学習したばかりだ。

「大きさが違う二つのハート。これって親子みたいですね」
「……なるほど。それを表しているのでしょうか?」
「えっ? ああっ、そういうお気遣いですか!? チョココさんてば」

ノアがハンカチを取り出して、そうっと大きい方のチョコレートを包んだ。
気を利かせたロベルトが、チョコレートを冷やせるよう氷の薄皿を作る。

「ありがとう。お父様に持っていくわ」
「きっと喜ぶはずですよ」
「そうかしら……。そうだといいな……」
<きっとそうですうぅ! なんと素敵な親子愛ぃぃ! ズビーッ>
「え!? キラさん、大丈夫ですか……」
<オッケーオッケー。最近涙もろくってですね、親子愛に弱いんですよぉ>

(初耳だ。キラに親がいるのだろうか?)とロベルトは思ったが、きっと「マスター♡」とかはぐらかされるような気がしたので忘れておいた。

<チョココさんも、親子で食べてもらえて嬉しいはずですよ〜>
「……あの、わたくしの分だけ、ここで味見して行ってもいいかしら? レナパーティの皆様にチョコレートの感想を告げずに帰るのは失礼だと思ったので」
<ええ、ええ! 私から本体のチョココさんに感想を伝えましょう。──それからむしろお父様をここに呼べばいいかと思いましたが、あいにく大変取り込み中のようですね>
「分かりました」

父が忙しいことに、ノアは慣れている。

「いただきます」

小さい方のスイートハートチョコレートは、ノアが一口で食べてしまえる大きさ。
芳醇でとっても甘くて、いつまでも口の中に存在感を主張するような濃い後味を残した。

はふぅ、と幸せな吐息をつくノアの頬は、つやつやと輝いている。

「いただきます。……珍しいですね」

真っ白なチーズの粉がかかったスフレは、雪山のようだ。
表面と、チーズスポンジの間には、ホワイトチョコクリームがたっぷりと塗られている。

フォークで刺すとほろほろ粉チーズを落として、口に入れるとしゅわりと溶けた。

「純粋に美味しいです」
<それはなにより!>
「……このデザートの意図とは?」
<と言いますと?>
「……」

ロベルトは少し迷ったように黙り、三口ほどスフレを食べた。
雪みたいに溶けるので、あっという間だった。

「私の故郷の雪山に、調査に向かうか? という提案をしようと思っておりましたから。シヴァガン王国会議で最終確定してから申し上げるつもりでしたが」
<言ってよかったのですか?>
「発言け……あっ」
「いいですよノア様。説明をお願いします」
「わ、分かりました。発言権はすでに取得しているはずです。最終確定まで行くと冒険者ギルド経由で『依頼』として発注されるので、逆に、今伝えられてよかったかと思います……」
「ありがとうございました。もちろん本決定の前には打診するつもりでしたが、夢組織の本契約が済んでからの方がレナ様の負担にならないだろうと思いまして」

先日、レナが熱を出したこともロベルトは知っている。

<なーるほど。マスターってば愛されてるぅ♪>
「絶対に潰れてもらっては困るので」

彼女に言わないでくださいね、とロベルトが人差し指を口に当てて、空を見上げる。
ノアも眉をハの字にしながら、同じ仕草をした。

<……分かりました。心配からくる提案ですから、そうします。マスターにはまだ言わず、従魔間の共有に留めます。ところで、雪山調査の目的とは?>
「お忘れかもしれませんが、我々の所属は、聖霊対策本部、なので。雪山の様子がおかしいらしく、なんらかの聖霊が復活した可能性があります」
<なーるほど>

ブワッと部屋に熱気が満ちる。

『今の話、本当か!?』
<わーっっ!? カルメン様、火ぃ、熱ぅぅ! 落ち着いてくださいませーっ!>

飴のテーブルがぐにゃりと曲がって、ビスケットが焦げて香ばしい匂いを発する。ロベルトは急いでスフレの最後を口におさめて、ノアは後生大事に父へのチョコレートを抱えた。

▽|お菓子の空間(スウィーツルーム)が 閉じられた。
▽再調整するまでは閉鎖。

▽ノアとロベルトが ロビーに戻った。

「はあっ……! お、驚きました」
「お怪我はありませんか? ノア様」
「ええ。チョコレートもこの通り、ここに」
「そちらではなく。体を守り本陣まで帰還することは大事ですよ、諜報部でもそう教育しますから」
「ハッ! ……わたくし頑張りますわっ」

ロベルトが、ノアの扱いを学んだ瞬間であった。

▽カルメンが現れた。

『片割れの可能性と聞いて!……よろしく頼む』

(なぜ……聖霊の言葉が俺にもわかる? そうか、脳に直接……そのようなこともできるのか!?)

ふと隣のノアを見ると、手に蜘蛛の糸を張っている。
わずかな振動で蜘蛛糸が揺れると、なんと、カルメンの言葉を通訳して、音として額のあたりに振動を送ってきていたのだ。

「ノア様……! あなたが?」
「ええ。わたくし、できました」

朗らかな笑顔でなんてことをやってのけたのだろうと、ロベルトは純粋に感心した。
発想はもちろんのこと、行動に移したこと、そしてもはや興奮した聖霊を前に怖気付かないこと。

(成長なさいましたね)

それから、

「私どもにできる誠心誠意全てを込めて、調査してまいります。聖霊様」
『我もゆく』
「……レナ様にご相談ください」
『わかった。話そう』

雪山に白炎の聖霊かぁ……と、ロベルトは遠い目で故郷に思いを馳せた。

<あっ、ただしバレンタインデーが終わってからですからねー! 今日は、好きな人にチョコレートを贈る日なんですからっ>

それからできれば本契約の後! とキラがカルメンに釘を刺す。つよい。

<急げばいいってものでもないです。あなたがレナ様に発見されたタイミングも含めて、世界の運命が動くべき時がある>
『……わかっている』

カルメンは拗ねたように唇を尖らせる。
それから消えてしまったが、ロベルトには(随分穏やかになったな)というように感じられた。

ロベルトがふと、ピンと獣耳を立てた。

「そういえば。好きな人に贈るチョコレート、私もいただいてよかったのでしょうか?」
「食べましたね?」

▽ルーカが現れた!

「ッ!? 気配もなく背後に立ち囁くな!」
「すいません手刀の構えやめてください。ごめんなさーい」

「ひゃわああ」と一呼吸おいて驚いているノアは、自分の未熟さを痛感した。経験も技術も足りない、と反省しているが、最初からトップを目指しすぎているとはまだ気づいていない。周りがすごすぎるのだ。
(負けないっ)
それでもめげない、しょげない、チャレンジ精神は魔王ドグマから習った。

「ノアさんも協力してくれる?」
「な、なにをでしょう……。あっイカ焼き、ありがとうございます」

▽ミディがにこにことイカ焼きを配っている。
▽天井にわたあめモムがうかび、床をチョコレートカラーのムキムキ薔薇が走り抜けていった。

ロベルトは意識を、故郷から現実へと急速に引き戻される。

今日はバレンタインデー。

「ノアさん、お菓子食べ放題チャレンジ」
「します!!!!」

上司の娘が張り切っている。
よくわからないうちに退路を断たれたロベルトも、頷いた。

レナパーティの主人への企画が、幸せに溢れていないはずがないのだから。

 

 

 

 

 

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