26:セカンドクエスト

朝ごはんは野菜とチーズを挟んだ大きめのコッペパン。一人ひとつずつ食べる。
渇いた喉を炭酸水で潤して、主従は見つめ合って幸せそうに笑った。
美味しいごはんを食べると気持ちも明るくなるのだ。

「はい。
皆さんおはようございます!
今日も頑張ってクエストを成功させましょうね」

『『『『おーーーーっ!』』』』

レナの言葉に、従魔たちは元気いっぱいに返事をする。

「いっくよーー!」

いかにも駆け出し冒険者!な簡素な格好にローブを羽織って、ちいさな魔物使い一行は冒険者ギルドへと向かった。

***

まだ早朝の時間帯なので、今日もギルド内は空いている。
レナを一目見て「スライム撫でさせてー!」と手をのばしてきた受付嬢にクー・イズを預け、ご主人さまはクエスト掲示板を下からじっくりと見ていった。

たくさんの依頼書が、ギリギリ重なり合わない絶妙な配置で掲示されている。
小都市トイリアは草原へのアクセスが良く、かつ治安も問題ないので、アネース王国を訪れた冒険者たちはまずここを拠点とすることが多いのだ。
必然的に、ギルドには彼らの活躍を期待したたくさんの依頼が集中する。

Gランククエストは「ちょっと大変だけど誰にでも出来るお手伝い」ばかりで、報酬が安価でよいこともあり、特に依頼数が多かった。
もちろん内容は玉石混合である。

明らかに危険度がランクにみあっていなかったり、不当に報酬の安いクエストは発注された時点でギルド側から注意が行くが、カンタンなクエストに高めの報酬をつける分には問題がない。
早朝組は、みなそれを狙っていた。

「…これがいいかな!」

そんな中、レナが手に取ったのは自分たちの特技を活かせそうな、報酬安めのクエスト。
他の新人冒険者のように生活がカツカツな訳でもないので、依頼選びに余裕がある。
このような内容だった。

○外壁の清掃(マリー教会)
……外壁と窓の清掃員を求ム。
高い場所も掃除できる方、緑魔法[クリーン]を覚えている方は、優遇アリ。
賃金は一日で350リル。

受付で詳細を聞くと、これは定期依頼ではなく、今回初めて出されたものとのこと。
依頼書を受け取って立ち去ろうとしたレナに、隣のカウンターの受付嬢が不思議そうに声をかけてきた。

「…ん?
…ああ。レナさんは緑魔法に適性があるものね。
[クリーン]の魔法を覚えているのかしら。
それなら、清掃系クエストではだいたい報酬が加算されるから、貴方にオススメだよー」

「………分かりました!
情報、ありがとうございます」

「どういたしまして」

お姉さんの最初の「ん?」はおそらく、高所の掃除は小柄なレナには向いていないだろうけど、どうして…?という疑問の声だったのだろう。
緑魔法適性のことを思い出して、納得したようだった。
朝早くからわざわざやって来て、優遇もなく報酬も安いクエストを受ける冒険者はいないのである。
不思議にも思うだろう。

少女が頷いたのを確認した受付嬢たちは、皆優しく微笑んで手を振っていた。
普段ごつい冒険者ばかりを相手にしているので、かわいこちゃん達とのふれあいは癒しなのだ。

「「いってらっしゃいませ、冒険者様!」」

「はいっ!」

三つ編みを軽やかに揺らして、小さな新人冒険者が元気いっぱいに駆け出していく。

…ギルド正面扉のふちで躓(つまず)いて転んでいた。

***

「うぅー、あいたたた…。痛むなぁー…」

『『大丈夫!?レナーー…』』

レナは擦りむいた膝に濡らしたハンカチを当てながら、ゆっくりと朝の街並みを歩いていた。
スリ傷が地味に痛むらしくて、時々立ち止まっては休憩している。
私ってそそっかしいなぁ、とため息をついていた。

範囲の広いスリ傷は、切り傷よりもよほど痛むものだ。
肌の表面に近いところには痛覚神経が集中しているのである。元々泣き虫なレナを泣かすのなんて、スリ傷さんにかかればちょろかった。

『よしよーし、泣かないでね…ご主人さま』
『もふもふしてもいいよー?』

従魔たちのオトナな気遣いがまた心に染みる。
姿を消して妖精姿になったリリーに頭を撫でられ、ハマルにはふわふわボディを提供されて、主人はじーんと感動しながらも自尊心を大いに傷つけられていた。
自分の方が大人なのに、と悩んでいる。
……結局諦めて、即、魅惑のもふもふとプヨプヨに堕ちていたが。レナさんってば…。

そうこうしているうちに、立派な教会の前に辿り着く。
依頼人に会う前に、レナは膝にハンカチを巻いて傷を隠しておいた。
さすがに、ドジを晒したまま会うのは恥ずかしいらしい。

そこまで大きくない建物だが、窓枠に施された凝った彫刻群と、ツタに覆われた白レンガの壁が歴史を感じさせ、ファンタジー感たっぷりな教会である。
赤いトンガリ屋根のてっぺんには、六芒星のモチーフがキラリと光っていた。

イングリッシュガーデンを思わせるツル薔薇のアーチをくぐりぬけて、レナたちは玄関口へと歩いて行く。
朝露に濡れた庭の花々が、鮮やかな色彩で目を楽しませてくれていた。

「おはようございます。
早朝から訪ねてしまってすみません…。
外壁清掃の依頼を受けた、冒険者のレナといいますが」

まだ礼拝の時間にもなっていなかったため、教会の正面扉はしっかりと閉まっている。
ノックするか…少し悩んだが、控えめに扉を叩いてみた。
ドキドキしながら反応を待っていると、小走りの足音が僅かに聞こえてくる。
建物が古いので、扉と壁の間にはスキマが出来ており音が漏れているらしい。

現れたのは優しそうな細身のおばあさん。
クラシカルな修道服を見事に着こなしている。

「…まあまあ!
貴方たちが、今回の清掃依頼を受けてくれた冒険者さんなのね。いらっしゃい。
朝早めに来てくれて、とっても助かるわー。
早速で申し訳ないんだけど…教会の裏の壁を見に来てもらえるかしら?
出来れば、お昼の礼拝の時間までにそこの清掃を済ませてもらえたら嬉しいんだけどねぇ」

マリーと名乗ったシスターさんは、何やら困り顔だった。
よほど壁の汚れが酷いのだろうか?
それとも、レナが小柄ロリ娘なため、高所の掃除が出来るかを心配している…?

「体を大きくするスキルを持っているので、高い所の掃除もできますよー。
[クリーン]の魔法はまだ使えませんが…そこは、気合いで汚れを落としますから。
頑張りますねっ!」

「まあ!…ふふっ、頼もしいわ。
ありがとう」

レナが元気よく宣言すると、シスター・マリーは嬉しそうに微笑んでくれた。

大きくなるスキルを持っているのは羊従魔なのだが…それを知らないマリーは、目の前の黒髪少女がどのように巨大化するのか?と考えてワクワクしている様子。
…伝え方が悪かったのだ。
まあ、後で巨大化の真相は分かるだろうし、一旦スルーしておこう。

今回この清掃依頼を受けたのは、ハマルの[体型変化]、そしてリリーの飛行能力を活かせると考えたからである。
キノコ農場では応援しか出来なかった2人は、昨夜少しだけ落ち込んでいたのだ。
ご主人さまはそれに気づいていた。
可愛い従魔たちのメンタル面もしっかりとケアしてこそ、デキる主人なのである!
…なぜそんなに尽くすのかって?
可愛くて仕方ないからっ!
今日はリリーとハマルにも頑張ってもらって、仕事が終わったらたくさん褒めてあげよう。

それに、レナ自身が緑魔法の[クリーン]を取得するためにも、清掃依頼をこなす事は効果的なのでは?と考えた。
[クリーン]というからには、掃除をしまくったら魔法が取得できる可能性があると思ったのだ。

ちなみに、冒険者ギルドで受付嬢に対して緑魔法の曖昧な返事をしていたのはフェイクである。
従魔たちが活躍してくれるのだと告げて、その便利さを周りの冒険者たちに知られたくなかったのだ。
主人の[クリーン]魔法の話題にのっかり、場の空気を濁した。
…リリーは今回、レナの肩を三度叩いていたのである。
…魂がキレイではない者が近くにいる、警戒して!の合図だ。
あれだけの数の冒険者がいれば、荒くれ者だって混じっているのだろう。警戒するに越したことはない。

話を戻そう。
教会の周りは広めの庭になっているため、一行は、咲き誇る季節の草木を楽しみながら建物の裏へと歩いてきた。
外壁を見たレナが、驚きの声をあげる。

「これは…」

「ね。ちょっと酷いでしょう…。
子どものイタズラだと思うんだけど、やりすぎよねぇ。
高さは届きそうかしら?」

「あ、それは大丈夫です。
…この汚れは普通に布でこすれば落ちますか?」

「多分大丈夫よー。
どうやら、普通の絵の具でラクガキしただけみたいだから。
雑巾とバケツは用意してあるから、あとはお願いできるかしら?」

「分かりました!頑張りますねっ」

雑巾とバケツをレナに渡すと、シスターは「まだ少しだけ礼拝の準備が残っているから、失礼するわね」と言って、建物の中に静かに戻って行った。
少女が大きくなる様子を見たかったのか…そうとう名残惜しげな様子ではあったが。
早く仕事を終わらせて後でおやつを持って来るわね、と去り際に告げられる。

それを聞いた従魔たちが大いにはしゃぎだしたので、皆を落ち着けるためにご主人さまは[従順]スキルを使った。

▽レナは 心に ダメージを負った!

………。

静かになった裏庭で、改めて目の前の外壁を見上げるご主人さま。

白いレンガ調の壁は、現在、カラフルな塗料でこれでもかと汚されていたのだ。
少し教会の横に逸れればラクガキは見えてしまうため、礼拝前に掃除して欲しいらしい。

なにかの文字が書いてあるようにも見られたが、ミミズがのたくったようなクセの強い書体は解読できそうもない。
重ね書きされているため、範囲は広くはないがそこかしこで色が混ざっている。
子どもが癇癪を起こしたような雑なラクガキは、どう書かれたのだろうか…高さ2.5メートル程の、子どもではとうてい手が届かない範囲まで汚れていた。
小柄なシスターでは高所の掃除は出来なかったのだろう。

ぷくー、とレナが頬を膨らませる。

「もう。酷いことするなぁ…」

『『ねーーー。さいてー!』』
『こういうの、バチ当たり、っていうの…?』
『どうして、こんな事したんだろうねー…?』

ひどい有様の壁を見て、従魔たちもぷんすかと怒っていた。

「まあ、私たちの仕事はここを綺麗にすることだからねー。
…気持ちを切り替えて、お掃除頑張りましょうか!」

『『『『はーーーい!』』』』

主人は従魔たちにニコッと明るく笑いかけて、誰よりも早く水の入ったバケツに雑巾を浸し、ぎゅっと強く絞る。
片手に雑巾を持って(もう片手に持つのはもちろん”鞭”である。シュール…)
続けて、テキパキと掃除のための指示を出して行く。

「まずは、乾いた絵の具に水をかけて落としやすくしよう。
イズミ。アクアの魔法をお願いできる?
“ミスト・シャワー”状態でお願い。
ーースキル[鼓舞]!」

従魔たちみんなのテンションが、主人の号令でぐーーん!と上がった。
まず働くのは、青魔法が使えるイズミだ。

『えいやーーっ!アクアー』

お得意のアクアの呪文で出現させたのは、霧雨(きりさめ)。
レナが以前イメージの仕方を伝えて、最近ではこれをお風呂場でシャワー代わりに使うようにもなっていた。
シャワーは備え付けられていなかったのである。
細かな水滴が、壁のラクガキ群をしっとりと濡らしていく。
少し時間をかけて絵の具の表面をまず溶かしたら、次はハマルの番。

「ハーくんは、高さ2Mくらいに巨大化してくれるかな」

『おおせのままにー。[体型変化]ー』

ハマルがふるりと一度震えると、徐々に身体が大きくなってきた。
花壇を踏みつけないように気をつけながら、巨大化すること…約2.5倍ほど。2M強の巨大ヒツジが突如として教会の裏庭に出現する。

『レナ様。どうぞー』
「ありがとう」

恭(うやうや)しく差し出された頭に主人がのそのそとよじ登っていく。
彼女の足場が安定したことを確認したハマルは、再び首を上に伸ばしていった。
一番上のラクガキにも、すんなりと小さな手が届いている。

「…やったぁ!
じゃあ、このまま私は掃除していくねー。
みんなも色々と手伝ってくれる?
イズミ、バケツに水が無くなったら補充をして欲しいな」

『あいあいさー!』

「クレハは、掃除が全部終わったら外壁の乾燥をお願い。
それまでは応援しててくれる?
ハーくんは、この体勢のまましばらく私を支えてて」

『まかせてーー♪』
『はーい』

「リリーちゃん。
ラクガキの端っこの方には私の手も届かないから、清掃をまかせてもいい?」

『…了解なの!ご主人さま、私、頑張るからねーっ』

「うん!皆で頑張ろうね!」

レナと従魔たちの、二度目のクエストが始まった。
▽外壁をキレイに掃除しよう!

窓枠の上で赤青のスライムたちがリズミカルにきゅっ!きゅっ!と踊る中、レナとリリーが懸命に雑巾を持った手を動かしていく。
リリーは蝶の姿のままで、二本のヒト族の腕を生やしていた。
きちんと清掃してくれているが…ホラーな絵面である…。

力を込めて壁をこすっていくので、雑巾掃除組の腕がすぐに疲れてくるのだが、そのたびにハマルが短時間の[快眠]効果で彼女たちの体力を回復させていた。
とても助かる。

処分に困る塗料で汚れた水は、なかなかに悪食なスライム達が全て[溶解]していく。

日が空のてっぺんに登りきる前には、真面目な作業のかいがあって、外壁はすっかりキレイになっていた。

最後にもう一度[アクア]の水で細かな汚れを洗い流し、仕上げにクレハが[フレイム]魔法で壁を乾燥させる。
誰がみても満足する仕上がりであろう、真白いレンガ造りの美しい壁がそこにあった。
依頼書にあった”窓掃除”も、もちろんきちんと終えている。

主従が満足そうにキレイな壁を見ていると、シスター・マリーが小走りにやってきた。
巨大ヒツジに乗ったままのレナを見て、目を丸くしている。

「あらあら、まあまあ。
そういう事だったのねぇー。
私ってば、早とちりしてしまって、レナさんの背が伸びるのかと思っていたわ…。
ふふっ、ごめんなさいね。
壁、とっても綺麗になっているわ!本当にありがとう。
これで今日も問題なく、礼拝を始められそうね」

シスターとレナたちが談笑していると…少し離れたところに植えられているビワの木が、ガサガサと不自然に揺れる。
風も無いのに、やたらと大きな揺れだ。
………?

そちらをじーっと見ていると、「気づかれたか!」と幼い声がして、葉の緑の間からザザっ!勢いよく黒い影が落ちてくる。
どうやら人のようだ。地面に尻もちをついていたが…すぐに立ち上がり、バッ!とかっこいいポーズをキメた。

▽黒づくめの 少年2人が 現れた!

彼らを見つめるみんなの視線が、緊張感を持ちながらもどこか生ぬるい。

「いててっ!…やいやい!
よくも、俺様たちの”誓いの宣誓文”を消してくれやがったな、このやろぉー!」

「*暗黒獄炎(ダークネス・ヘルフレイム)罪団*の業(カルマ)に満ちた活動を許さないとは…くっ、やるな」

「まさかキサマら、かの有名な☆聖 永遠輪廻(エンドレス・リバース)教団☆の者かっ!?」

「なんたること!
もう俺様たちの存在を嗅ぎつけたというのか…。
ふふふ、さすがだなァ…!」

「う、うわあああああああ」

どうやら、彼らが今回ラクガキをした犯人らしい。
レナが、あまりの恥ずかしい言葉の羅列に赤面して頭を抱えている。

「いや、違うよ。全然違う。なにそれ。
でも、それよりも…それ系の発言はもうやめておきなよぉー!
それ絶対、将来思い出して後悔するタイプのやつだから!
黒歴史になるからぁ…」

何やら心当たりがあるようだ。
そんなレナさんは、今日も元気に相手の心を折りにいっていた。

 

 

 

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