258:静かな歓迎会

 

赤の聖地では、ちょっぴり苦い空気の中、ティータイムが始まった。

ローズガーデンにみんなが集って、テーブルにはたくさんの|お迎えのお菓子(ウェルカムスイーツ)が並んでいる。

「出かける直前まで説得はしたんですけれどね……」

クドライヤが申し訳なさそうに言った。
クッキーをかじりながら。

レナは「分かっていますよ」と慰めのような苦笑を返す。
ビターチョコレートを一口、甘みと苦みが口の中に広がった。

「ギルティアが大人しく来てくれそうだったら人型のままで、あまりに反抗的であれば魔道具のリンゴに変えて連れてくるしかない、って決まってましたからねぇ……」

レナとクドライヤが、ガーデンの際中央をみる。
ちらりと横を見ると、ジレ・アグリスタ・マイラは先ほどから心配そうにそこを眺めている。
せっかくの好物のお菓子にも、あまり手をつけていない。

殺風景な、丸い植込みスペースがひとつ。
そこだけは花がなにも植えられておらず、健康的な茶色の土がみえている。
周りが豪華なぶん、悪い意味で目立っている。

パトリシアが「ふう」と息を吐いて、手に持っていたチーズ乗せビスケットを三つまとめて食べた。
そしてミントキャンディをガリっと齧る。
シャンパングラスを持って、席を立った。

「はい、ちゅうもーく!」

花壇のふちに腰掛けて、シャンパングラスを掲げる。

「きっと綺麗な花になれるよ、って思う人!」

「はーーい!」

レナが真っ先に手を挙げた。
あまりの心強さに従魔たちが「ああ……」と安心する。
ジレ・アグリスタ・マイラはハッとした表情になった。

雰囲気が変わった。
明るくあたたかに。

パトリシアがニッと笑って、グラスを軽く振ると、シャボンフィッシュがちゃぽん! と潜り込んでくる。
キラが指を鳴らすと、しゅわしゅわ泡を立ててきらめく|超聖水(エリクサー)になった。

「|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)の来訪を祝ってー、二度目のかんぱーい!!」
「乾杯!」

▽みんなで気持ちを切り替えよう!
▽ぐいっとそれぞれが飲み物をあおった。

シャボンフィッシュの水は、ほんのりと桃やシトラスの風味が香る。
さっき、お屋敷の果実樹のそばで追いかけっこをしていたからだ。

「パトリシアちゃん、もうすっかりシャボンフィッシュを飼いならしているっていうか。特別な乾杯のとき、空のグラスにシャボンフィッシュがダイブするの、赤の聖地の習わしになってるよね?」

レナとパトリシアが笑い合う。
パトリシアはグラスを持ったままなので(飲まないのかな?)とレナは思った。

「きっとシャボンフィッシュも参加したいノネー!」
「スウィートミィ♪ ってことなんでしょうねぇ〜」

意思ある精霊のしもべを飲み干してしまっていいのか……という疑問は、ここにいる食べられたがりモンスターたちが解消してくれた。本人たちがやりたいなら仕方ないじゃない。レナパーティの方針である。

パトリシアは慈愛の微笑みを浮かべると、ギルティアの種にエリクサーを注いだ。

(うわあああああ……!)

クドライヤはなんだかとてもイケナイものを見ているような気になって、手で顔を覆った。
自分もエリクサーを飲もうか迷っているくらい、樹人に強烈に効くのに、いたいけな種子がエリクサー漬けだなんて! とんだ英才教育だ。

(気にせず飲んでしまえよ。快楽の向こう側へいってこい)

マタタビ酒というものにこれまで悩んできた同僚雪豹の慰めがとてもうざい。
肩をポンと叩かれたので睨むと、仲間を見つけたような顔をしている。
ギルティアとの話の種にもなるだろうか……と教育係として考えて、「おりゃあ!」クドライヤもエリクサーを一気飲みした。

「……うおぉ、効く、めちゃくちゃ効く……!」
「クドライヤさーん、どんな心地ですかー? 後学のためにぜひ私キラにお聞かせいただきたく! ねぇどんな気持ち? どんな気持ち?」
「……かなり深く酔う感じです。不快感や刺激感はなく、体の末端まで一気に栄養が巡っていって、回復とともに成長する……感じでしょうか。身長3ミリくらい伸びてるんじゃないかな、実際、っと。人体への酒みたいに体があたためられるので、太陽光に似た効果もあるみたいです。樹人だからこそ……皆さんよりも強烈に感じている気もします……」
「ふむ……ルーカティアスさーん?」
「合ってまーす」

ルーカが魔眼でクドライヤを見て認識の照合を行った。

(相当つつみ隠さずやるようになってきたな!)

クドライヤは生あたたかい目で、キラとルーカに会釈をした。
その後、モスラも交えてあの三人が会合しているのがとても怖い。

「あの……ご主人様」
「なぁに? ジレ」

声をかけられたレナが近くに行って、しゃがんで目を合わせる対応をしてくれるのは、まだ慣れない。
ジレはビクッとしたけど、グラスを握りしめる。

「あの……俺たちも、ギルティアに水をあげてもいいですか?」
「あっ、ちょっと待ってね。確認しないと。パトリシアちゃん、お水追加であげても大丈夫かな?」
「んー、この土の湿り具合だと、コップ3杯分くらいなら追加しても大丈夫だと思う。あのリンゴの育て方は、マジカルローズを育てる時と似ているってグルニカ様の説明書に書いてあったから」

パトリシアが懐から紙を取り出して、ひらひらと振った。
悪魔契約書の扱いが雑ですよ、とモスラにため息とともに注意されている。

レナはジレと、その背中にいるアグリスタとマイラにも笑顔を向けた。
三人ともがそうっと近寄ってくれた。

「じゃあ、歓迎してあげてくれる? あなたたちのお姉さんだもんね」
「「「はい」」」

グラスを掲げると、シャボンフィッシュが入り込んでくる。

三人はこぼさないようにゆっくりと歩いて、花壇の前で土を見つめた。

「……ギルティア」
「ここは優しい場所だから……」
「あのね、安心できるはずだよ。できるだけ早く、会えたらいいなぁ」

そう言って、グラスを傾けると、トポトポとエリクサーが土に染み込んだ。
数秒、そこを見つめてから、アグリスタがごくりと喉を鳴らして、レナを振り返った。

「えっと……ボク、ギルティアにこの言葉、伝えられるかも、って思い……ます……。[共感]ギフトで……」

アグリスタはおずおずと声を震わせながらも、自分の気持ちを主張したので、レナは微笑んで応援した。

「チョココッ! 参上です〜。てだすけしますね、アグくん!」
「……よろしく」

アグリスタは深呼吸すると、チョココと手を繋いだ。
できるだけポジティブな気持ちを届けたい、とお屋敷にきてからの賑やかな日々を思い出す。
それから土の濡れたところに、ぐっと手を押し付けた。

「ギルティアの、心も、救われますように……」

祈りが浸み込んでいく。
レナパーティに優しくされる心地よさを、アグリスタはもう知ったから。
実感をともなった声は神秘的に響いた。

(えっ、アグ、共感の声のスイみたいね……?)
(黒魔法属性にしては、珍しい感じ……ラズ兄にも似てる……?)

ジレとマイラは不思議そうにアグリスタを見てから((何かをできるわけではないけど))と、そっと近くに寄り添った。
それもきっと、アグリスタがポジティブな心地を届ける助けになった。

クドライヤとロベルトはガーデンの隅でお菓子を食べつつ、様子をうかがっている。

(……ほんと早いよなぁ。懐くの)
(そう言う人選がされていること、レナパーティが特別親切であること。それから、従魔契約で魂が繋がれる感覚というのはよほど強烈なのだろう)

秒で頷きあった。

心でも体でも魂でも、「大好きだよ」を浴び続ける従魔たち。
主人に応えようと鍛錬すれば、魔物使いの成長促進で急速に強くなり、自己肯定感もどんどん高まっていく。
レナはその上、これでもかというほど褒めるのだ。
真に限りのない無限ループ。

((本契約の日が楽しみですね))

クドライヤとロベルトはもう確信していた。
ああ、エリクサー紅茶とチョコレートケーキがひねくれた中年の身に沁みる。

たっぷりクリームの三段ケーキも、シュークリームを重ねたクロカンブッシュも、花の形のクッキーも、ギルティアに食べてもらうことはできなかったけれど。
想いのこめられたエリクサーをあなたに。
種子が潤いますように。
アグリスタ・ジレ・マイラは手を組んで願ってから、ようやく顔をあげた。

「……こうするの、スイがよくやってたから……」

主人が許すので、悪友とも言える仲間のことも、話すことができるようになっていた。

「えっと、指を組み合わせて手を丸くするのは、心を表してて。心が救われますように、ってお祈り……らしいです」
「レ、レナ様……合ってる?」

世界常識のことを尋ねているんだろうな、とレナはピンときた。

どう答えようか?
(まあ私も世界常識に詳しいわけじゃないんだけどねぇ……異世界人だし。ただ質問の根本はきっとそこじゃなくて……)

よし、と解答の方針を決めた。

レナは、自分でも手を組んでみる。
手のひら同士が熱を伝え合って、あたたかさが増した気がした。

「この仕草は祈りを捧げる仕草って言われてて、聖職者の方が仕事で行ったり、私たちが願い事をするときにする……かな。だから今、三人が叶えたいことと、動作は一致してると思った。気持ちを届けたいって祈りだったから。でもどうして、合ってるかが気になったの?」
「……常識を知らないから……」

消え入りそうな声でマイラが言う。

「常識が必要なときも、気にしなくていいときもあるよ。今は、世間的な常識かどうかより、みんなが友達に教えてもらったやり方で、友達を優しく思うことができたなら、最高の選択だったと思う。たまたま常識とも一致してたけど、ハズレでもきっとあなたたちの正解だったよ」

三人はちょっと考えてから、こくんと頷いた。
レナは「難しかったかな」と苦笑い。

「基本的には、相手のことを大事に思ってやったことなら、だいたいのことはオッケーだと思ってるんだよね。相手が喜んでくれるようなことを……ってそこまで一生懸命考えたでしょう? だからただ傷つけるような結果にはならないと思うんだ。できるだけ相手に事前確認は取るべきだけど、今回は、ギルティアが眠っている間にしてもいいと思うよってあなたたちの主人が判断したから、私の責任ね」
「共同責任な」

パトリシアがピースサインした。
レナの隣に並ぶ。

「例えば、好きだからと言ってじゃぶじゃぶ水をあげて根腐れしたらダメってことだよ」

とか話しているうちに、話が横道に逸れてきたので、三人はこんがらがってきたらしい。
マジメなので全部真剣に聞きすぎてしまって、頭がぷしゅうと熱くなっている。

そろそろ話題転換させるかな? とルーカが立ちかけたところ、

「新しいお菓子を作りましたよー! あっちに行きませんか!」
「スウィートミィー♪ ウフフッイカチョコなのヨー♪」

チョココとミディがやってきて、三人を引っぱった。

「い、イカチョコ……」
「「まあそう怯えなくてもいいぜ後輩たち☆」」

|悪喰(あくじき)のクーイズのフォローとはなんとも恐ろしい。

「イカの切り身をサイコロ状に刻んで魔法をかけたらね、バニラシュガーになったノヨー!」
「バニラホットミルク飲みましょう!」
「そんなトンデモ変化したの……!? うわ、ちょっチョココの手こわっちょっ繋ぐの抵抗がっ」
「怖くないでーす♪ 甘いでーす♪」

▽チョココが 自分の指をぽきっと折った。
▽フィンガークッキーになった。

「さあスウィートミィ?」
「ひゃあああああ!?」
「なーんちゃって。チョコレートモンスターがチョコレートの端っこをちょっと欠けさせただけですよ〜すぐに元に戻りますよ〜」
「食材魔物切断マジックやめてよ!」
「タネも仕掛けもないです。純粋な食 (べられたい)欲」
「もー……」

アグリスタの諦めが早くなっているな、とマイラとジレが慣れを察した。

「アグくん、バニラホットミルクにクッキー浸して食べるととっても美味しいってチョコレートモンスターの本能が叫んでいます! もう一本いっときますか!」
「理性的に考えてっ」
「脳みそ生クリームなので♪」

「……文句言いながらも食べるあたり、アグも適応したわよね……」
「マイラ! さぁ! バニラホットミルクなのヨ〜♪」

▽たっぷりのバニラシュガーがミルクに浮いている。
▽とろけて混ざった。

「……すっごく美味しい!」
「でしょー」

思わず飛びでたマイラの目玉を、ミディがつまんで元に戻してあげた。

「……お前もすごく馴染んでるよマイラ……。すみません、クレハ先輩イズミ先輩、ツノ舐めるのやめてください」
「「毒見」」
「俺自身がこれから食べられるわけじゃないので、もしも毒見が必要なら、新作のバニラホットミルクの方なのではって思います」
「ほんっと〜に!? ほんっと〜に自分が絶対食べられないって思うの!?」
「ヒュ〜ドロドロ! 次の食材魔物はジレかもしれないんだぜ!? ヒュ〜ドロドロ」

(バニラホットミルクを飲んでいるので返事ができません)……ということをジレは貫いた。
クーイズがツノをつつくのくらいは許すことにしたが、実は指先もスライム触手として毒見ができる生態なのだと知ったのはだいぶ後のことである。

「ああ、平和だなぁ」

レナがうっとりと呟いた。

スウィーツは美味しいし、ぽかぽかいい天気だし、従魔は可愛いし従魔は可愛いし従魔は可愛いし。

「あなたにも平和を好きになってもらえるように、頑張るね。ギルティア」

レナがそうっと手を組んで、空を見上げた。

▽お迎えもひと段落。おつかれさま!
▽今日はのんびりと平和に過ごしました。

 

 

 

 

 

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