257:鎮めの墓地の外道たち2

 

スパァン!! とモレックが金髪男子の頭を叩いたところ、痛いな、と眉がしかめられたが、なんだか恍惚とした表情になったため「そういやマゾだったなこいつ」と思い出して、暴力で躾けてアゲルるのはやめた。

喉に引っかかるような咳払いを、金髪イヴァンが繰り返す。
ごくん、と喉が上下すると、落ち着いたようだ。

パチクリとやたらとピュアな瞳で、立っている三名を見上げた。

「ごほんっ。いいですかイヴァン? あなたの主人は私、モレック・ブラッドフォードです。マゾヒストの称号はその体に移植しませんでしたから、もう、そーいう反応をしないこと! キモいから!」
「俺は俺だ」

イヴァンが言うや否や、空気のよどみの種類が変わった。

モレックが、ガバッと口を開けて絶叫する。

「なんッッッで、称号全部魂に呼び戻しているんですかーー!?」
「死霊術師(ネクロマンサー)だからな。魂の扱いには定評がある。……ん? これは、どうした? 死霊術師(ネクロマンサー)が称号になっている? ヘタクソか」
「クッソ野郎……! あなたアンデッドですからね、もうヒト族として職業に就くことはできないんですよ。だから称号でくっつけてあげました。要るのは”シェラトニカ様を保つ死霊術師(ネクロマンサー)”ですからねぇ」

そういやこんなに疲れる奴だったな、とモレックは若干後悔した。しばらく離れていたためしんどさを忘れていたのだ。

「……なるほど。ふむ。感謝しよう」
「おまっ……どうしたんですか急に素直に……まじキモいですけど……」
「それでは」
「逃してたまるかよ!!!!」

モレックがイヴァンの首を、がっ! と掴む。
チッ、とイヴァンが舌打ちした。

「”モレック・ブラッドフォードが命じる。イヴァン・デッド、行動を共にすること”」

イヴァンが正座した。

「跪いて私の靴の裏を舐めやがれどわーーっはっはっはっは!!……言葉の綾です、絶対にやるなよ」
「ああ、断る。女王様になってから出直してこい」
「無茶言うな」

モレックがぜえぜえと息切れを起こしている。
久しぶりに生身の人間とたくさん話せるとはしゃいだことを反省した。相手はこいつだ。

中年の喉がきつい。
高級ポーションをがぶ飲みする。

「っあ”ーー生き返る〜」
「墓場ギャグか?」
「一気にやかましくなりましたねぇ……。さっ、業務完了ですし〜、帰りましょう。シェラトニカ様がグズグズに顔を崩してお待ちかねでしょう」
「……また美容整形か。面倒くさいな」
「あなたが出て行ったせいでしょうが」
「そこのスイに喚(よ)ばれてな」

ふたりに振り向かれて、スイはぎくっと肩を跳ねさせた。

イヴァンが生き返ったことを喜べばいいのか、一度死なせたことを謝ればいいのか、どんな言葉を使えばいいのか、自分の感情すらもわからず、声は出ない。
スイはぽつんと立ちつくした。

「犯罪組織に利用されただけの何もできない少女かと思っていましたけど」

最初からそんなふうになんの特技もない少女だったなら……という悲観は、マルクと出会えた幸せへの執着が許さなかった。
スイの心は、悲しいくらいにぐちゃぐちゃだ。

「言いなさい」

待ってはもらえない。

スイの首が締め付けられる。
話さなければ…………

「──くぉらイヴァン!」
「なんだ?」

モレックがスイの後ろにすっ飛んで行った。

スイへの命令が中止される。

「何、墓場の土を食ってやがる!?」
「さっきお前が墓場の土をこの体に合成しただろう。だから、土でも木でもおおよそ人間が食べられないものでもイケるらしくてな、味が気になった」
「地獄のグルメかよ……」
「というわけで黙ってろ。味に集中したい」
「ふざけんなよ視界がキモいからやめろ。うえ……”イヴァン・デッド、起立”」

ぎぎぎ、とイヴァンが立った。
大変不服そうである。

「あっそうだ。称号”サディスト”」

モレックは墓場を漂っている怨念の名残から、称号の概念を一つみつけると、杖を振ってイヴァンにくっつけた。

「完了です! これで相殺されて、マゾヒストに悩まされることもないでしょう。ふう、私の心に平穏が訪れた! あああやったー!」
「この金髪の肉体にくっつけたのか。一体どうやって?」
「短杖を振って」
「技法のほうだ」
「まあいろいろと? シェラトニカ様のお手伝いをしているときに、死者をいじる機会が多くてね。破戒僧って闇転職をさせる存在でしたから、いい感じにスキルが混ざったんでしょうねぇ。[称号転換]スキルを取得しましたよ」
「ふむ。興味深い」

話しながら、モレックは土を穴の中に放り入れていたが、めんどうになったらしい。シャベルを放り投げる。
ポーションをもう一発。

「……そういや私、何をしようとしてたんですっけ?」
「とりあえず俺をお前が叩き、俺がお前を倒すところまでやってみよう」
「ふざけんなよマゾヒストとサディストの総取りかよ!! なんなんだよ魂が強いんだよお前は!! 死ね!!」
「死んでいる」

(……わ、私は一体、何を聞かされているの……?)

アンデッド漫才である。

スイは息を殺していた。
声の一族についてできるだけ話したくない、もしもごまかされてくれているのなら、いつまでか分からないけど、今この場では……どうか、と祈るように手を組む。
無力さに崩れ落ちそうになる。
優れた能力がある弱者、というものは最も危険なんだ、とシヴァガン王国の牢でほかの囚人がからかってきた言葉をまざまざと思い出した。

(この恐ろしい怨念たちを、私の声で、操ってはいけない)

スイがすがっている、なけなしの倫理観と勇気。

こわくて、こわくて、心の中に何か強いものをと……赤の女王様のイメージを召喚した。

自分と背格好がそんなに変わらない少女でもあんなに立派に立っていた……と、足をふんばる。

(あっ)

ぐらり、と足首が捻挫のように曲がってしまって、転けそうになったのをイヴァンが支えた。
スイは心底驚いた。
相変わらず何を考えているのかわからないけれど、黒い方の目にうっすらとあたたかみがある、気がする。

(イヴァン?……契約の名残、なのかしら?)

それとも、とさまざま考えているうちに、イヴァンは目をそらした。
黒目には六芒星が浮かんでいて、モレックは怪訝そうな顔をしている。蠱毒(こどく)でなにか混ざったか、と納得した。

「このスイは足が弱い。長年隔離生活をしていたためだ。立たせておくと、体力を勝手に消耗して使い物にならなくなる」
「そうなんですか? じゃあ、アン、抱えておきなさい」

すぐさま金髪少女がやってきて、スイを肩に担ぎ上げた。
(きゃあ!? お腹が圧迫されて、苦しい……)

「横抱きにしておくといい」

アンは素直に、スイを抱え直した。

「なんでイヴァンの命令も聞くんですか!?」
「死霊術師(ネクロマンサー)だから」
「キー!!」
「ちなみに常時効果を発揮するタイプの称号らしい」
「だー!!」

スイは、アンというらしいアンデッドの少女を見上げる。

お姫様のように顔が整っていながら、おそろしく無表情できつい印象を受ける。紫と緑のオッドアイは、底なし沼のように暗かった。声を発しないので感情が読み取れないが、どんなに壮絶な生き方をすればこんな目つきになるのだろう? とスイは視線を離せなくなる。

「寝ていろ」

イヴァンがスイの首の裏を叩くと、意識が沈んでいく。
しかし完全に眠ることはできず、ゆらゆらとアンの移動の振動にゆすられながら、イヴァンとモレックの会話を聞いていた。

(この世の悪意がここに凝縮されているかのようだわ……)

と思った。
それが、モレックとイヴァン自身の素質によるものか、悲劇を集めているらしい破戒僧自身が悲劇に呑まれているのかは知らないけれど。

お屋敷で見たレナパーティが希望を集めた光ならば、ここは悲劇を集めたよどみだ。

スイは心にわずかな赤の光を灯したまま、アンの青のマントで覆われた。

「そう、今から移動する。ガララージュレ王国にゆかりのあるものを身につけていると転移しやすいから、スイは覆っておけ」
「転移にそんな法則があるんですねぇ。ふぅん、実際に就職してみないとわからないブラックエリアが多いですよね、ラナシュってやつは」
「しかも流動するしな。だからこそ世界は興味深い。知っても知ってもキリがない」
「それって『もういいや』ってなりません?」
「悲劇を集めているお前はもう飽きたのか?」
「ぜーんぜん! 私の心はぽっかり穴あきのままですよ!」

モレックがちゃかして言った。
落ち着かなさそうにステップを踏んだかと思ったら、足元の死体を蹴飛ばす。

「もっと不幸になーれ!」
「そういえば、お前の悲劇収集癖の理由はどうでもいい」
「そこは聞くんじゃないのかよ!」

話の流れ裏切られてばっかりでびっくりするわ! とモレックが目を剥く。

「聞きたくなければ、教えてやります。ああ、”転移の魔力練り上げてるのを中断しないようにイヴァン・デッド”。あと”黙って話を聞けイヴァン・デッド”」

イヴァンは口を閉じたまま、魔法杖で地面に文様を描いている。
慣れない他人の身体なので、魔力はじわじわと無駄なぶんも流れていく。モレックの魔力補助魔道具がなければ魔力が足りなかっただろう。

(このデッドとやらの身体に慣れるか、灰をもとに体を再生させるか? どちらがいいか……)

モレックの過去話は、右から左に耳を抜けていった。

「私がこんなことする理由はですね。まあ、弱い心を守るためといいますか。そーいうの、友情愛情を盾にする者の方が多いんでしょうけど、悲劇ほど適切な盾はないんですよ。裏切りや不貞をたくさん見てきた。もうたくさんです! 絶対変わらないものってねー、現実の「出来事」なんですよ。歴史。過去。積み上げていけば増えるばかりの盾……」

(タテ、タテ、ヨコ、ヨコ、三十センチの四角を五個。よし描けた)

「喜劇なんて、もしも舞台裏が暴かれると悲劇に転換してしまいますよね。元から悲劇ならばそれがないでしょう。裏事情がわかるほどに澱みを増すのですから、最凶の盾〜!!…………」

(話は終わったらしいな。反応が欲しそうな顔をしてこっちを向いている。あいにくサディストが発動している)

「悲劇にじつは感激の愛情があった場合には、最高のハッピーエンドになるのではないか?」
「えっ……えっ……? なに? キモい。お前本当にイヴァンですか? その発想どうした?」
「どうした答えてみろよ」
「サディストが最悪の作用をしてるのかよ! 現実はクソ!!」

モレックは地団駄を踏みそうになったが、魔法陣があるので自重した。

イヴァンが舌打ちしたあたり、ガララージュレ王国で美容整形アンデッドに縛られる運命からついでに逃れたかったらしい。
そうはいかないとモレックがほくそ笑む。

「悲劇からのハッピーエンドなんてあるわけないでしょう? 例えば、悲劇の裏にじつは愛情があったとして、その愛情を手に入れようとした時──悲劇の演者が地中から手を伸ばして足を引っ張りにくる。人の悪意には限りがなくて、誰かが幸せになるのを嫌がるんですよ。自分の幸せの取り分が減るような気がするから!」
「気のせいでは?」
「うるせぇ。その『気』に惑わされるものが多いのはよく知っているでしょう? 闇職はそれを飯の種にしてるんですから。
もしも、悪意の手を振り払って、すべてをハッピーエンドに導いてくれる存在がいるのならば、それは”勇者”なんでしょうね!」

ケラケラとモレックは声をあげた。

空気がうごめいている。
そろそろ出ないと意識を喰われるな、と察した。
天使の魂を纏ってごまかせるのもここまでだ。

「さあ帰還です」
「魔法が組みあがってしまったな。チッ、移動するしかないか」
「そうですよ。シェラトニカ様の顔面が崩れるのが先か、帰還が先か? 結構ギリギリですからね。シェラトニカ様泣いてるかなぁ〜、愉しみだなぁ!」

五人が、黒い光に包まれる。

立つ鳥あとを濁しまくり、概念を乱しに乱していったが、キラが整理整頓していた流れにまきこまれて、きれいに元どおりになった。

▽さまざまな運命が交差する
▽蠱毒のようで
▽どれが勝つのか?
▽毒あらば喰らい、蟲ならば従えて、夢をみたらいいじゃない。

▽そう答えられるものが、きっと勇者となるのだろう。

 

 

 

 

 

 

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