256:鎮めの墓地の外道たち1

濁った空気には意思が宿っているかのようだ。

じっとり体に張り付くように空気がうごめいて、何もないはずの空間に、何千という瞳があるような気味の悪い錯覚が、スイの足をすくませた。

(これ……)

探りの視線は、声の一族として故郷で過ごしていたときにスイに向けられていたものに似ている。
ここの「空気は」スイに興味があるのだ。

(っ……声が出ない!)

喉に手を当てて、ぎゅっと力を込めると、じんわり痛くて、それだけが生きている実感となった。
首輪に触れて、犯罪者であることを、逃げ場がないことを自覚してうなだれる。

「気が狂いそうですか?」

紫髪の天使族が、スイの腕をぐいっと引っぱった。
なんだか嗜虐的な笑みを浮かべていて、スイは(気持ち悪いわ……)と思った。

怪物の腹のなかに引きずり込まれていくように、墓の中央エリアに連れられていくスイ。

生白い墓石の底にどのような怨念があるというのか?
墓石には故人の悪事が刻まれている。
紫髪の天使は愉しそうに、歌うように、読み上げていった。

(この天使族は……異様だわ……。そうよね……? それとも犯罪者の指導人って、そういうものなのかしら……?)

スイの足がどんどん重くなる。
もしや、土の中から怨念の手が這い出してきてスカートの裾を引っ張っているのでは?……なんて、何度も後ろを確認してしまったくらいだ。

「あーあー。ねぇ。明るい太陽光がそそぐ墓地で、天使族が美しい歌を歌って、怨念が成仏するなんてねぇ……バカかって思いませんか? 綺麗なもんに感動するような感性を持ってるなら、そもそも世界を呪って怨念になったりするかよってね!!」
「……っ」

喋れないスイを気にせずに、紫髪の天使はけなし続ける。天使族や制度やラナシュのこと。
スイはいっそう混乱した。

「それじゃあ無意味な祈りをずっとしてるのかって? 私も考えてみたんですけどぉ、効果はあったのでしょう。
それって、怨念が諦めたからいなくなったような気がするんですよ。何年も何十年も、こんなとこに閉じ込められて、お歌を聴かされて〜……いつまでたってもこの世に復讐なんてできなくて、だから諦めたんじゃないかって」

その点では制度の勝利ですけど倫理の敗北ですよね、この推測どうです? と紫髪の天使が、他の二人に雑に話を振る。

スイもちらりと横を見た。

無表情の金髪の天使たちがふたり。まだ少年少女のようにもみえる。驚くほど顔が整っていて王子様とお姫様かと見間違えるくらいだ。
世にも珍しい、紫と緑・紫と黒のオッドアイ。
紫眼が暗く澱んだような気がしたが、返事はいっさいなかった。

クスクス、皮肉っぽく喉を引きつらせた笑い方で、紫髪の天使のみが声を発している。

スイは音から感情を読み取った。
──嘲り、侮蔑、愉悦、憐れみ、懺悔……

(この天使族、鎮魂の歌を適当に歌い散らして、そんな適当だから、怨念の心に響かないだけではないかしら……?)

なんて綺麗事を自分が考えていいものか、とスイは悩んだが、頭に思い出されたラズトルファの歌声は、のびやかで綺麗で、夢組織の仲間を確かに癒したのだと知っている。

思い出した旋律だけでも、すこし、息がしやすくなったくらいに効果がある。
ホッと喉をさする。

「ん?」
「……ッ!」
「怨念があなたにまとわりついている。何か考えていたんですか? 何が影響を及ぼしたのか? 実に興味深い、ってね」

スイが首をひっかいてもがいて、意識を失いそうになる前に、紫髪の天使族が杖を振る。

光が溢れて、怨念が悲鳴をあげて逃げていく。

「[光熱球]っていうんですよ。バカみたいに綺麗でしょう?」

また自分をバカにした。
と、スイは声音から感じ取った。

「さてさて! この辺でしょうかね。探しなさいお前たち」

紫髪の天使が命令すると、部下らしきふたりはうろうろと徘徊する。
そして、一点の墓地の前で、足を揃えて止まった。

「ほう。ここですか」

信じられないことを言った。

「イヴァンが封じられているのは」

スイの目が見開かれる。
ざわざわと身体中の血が騒いだ。
声は出てこなかったが、ひくっと喉が震えた。

イヴァンが死んだ瞬間を覚えている。
黒炎に包まれて、逃げられずに焼け死んだのだ。
スイの目の前で。
スイのせいで。

ザク! ザク! と墓石の前にシャベルが突き立てられていく。土が放られると、ツンとした臭いがした。
墓石には「モデリアーナ・ライザ」と書かれていて、まるでイヴァンとは関係がなさそうだけど、とようやくそこまで気がついたスイが、眉をしかめる。
不可思議なことばかりだ。

「そーだ、あいつめ、灰になったんですってね。そぉい! 厄介な輩だって魔王国も分かってたらしく、オリャっ! もしもイヴァンの魂が怨念となり悪さをするといけないから〜、鎮めの墓地に送ったと。こっそり。どっせい! フェイクとして表向きには、灼熱のマグマの中に沈めるって発表されていたらしいですけど〜。どっこいしょ! ……どうですか?」

ここでスイは、自分に語りかけられていると分かった。

紫髪の天使はずっと背中をむけていたので。
シャベルを置いて、ふうっとひたいの汗を拭うしぐさ、そしてグルリとスイの方を振り返る。

「光魔法[|浄化(パージ)]」
「……!(喉、ラクに、なりました)」
「そうでしょうね。首輪の制約がほんのわずかに軽減されるようで。で、返事は?」

スイの思考が、紫髪の天使にはわかるらしい。
ルーペのようなものを覗き込んでいるので、魔道具か、とスイは推測する。

「(……イヴァンの、搬送先、聞かされてない。私たち、まったく違う場所に、移送、って、聞いてた……だから、この墓地には……?)」

念話を届けている途中、紫髪の天使がイヴァンの場所を間違っているだけでは? とスイが疑問を抱く。

それでも彼は己の推測を疑っていないようで、満足げに「殺した天使族の記憶は合っていたようですね!」と言った。

「……ッ(殺し!?)」
「そうですよ天使族を殺して、いよっと、翼を捥いでねぇ、どっこらせっ」

紫髪の天使……というより異様な紫のおっさんは、地面をずんずん掘り進めるのでついに姿が見えなくなった。

小柄なおっさんの体がおさまるほどの穴が、こんな短時間で作られている。
(恐るべき体力を持つドワーフ族かしら!?)とスイが推測したが、その実は、魔道具に頼りきった文系のおっさんだ。

「あったーー!」

嬉しそうな声が高らかに響く。

スイは恐ろしくてたまらない。
今のうちに穴の淵の土を蹴り入れて、あのおっさんを埋めたてて逃げたいくらいだったが、残念ながら微動だにしない天使族がすぐ横にいる。
この二人はおっさんの味方だろうから何が何でも逃げられない。
マルクがいなくて、夢を見て現実逃避もできない。

(天使族、じゃないのかしら? 殺したって、翼を捥いだって……!?)

両隣のふたりは翼に手をやり、バリバリと剥ぎ始めた。
りっぱな白の翼が、黒く濁ったねばりけのある血液で汚れる。地面に落ちて、土をかぶる。
ふたりの背中の肉片はじわじわと動いて、やがてすっかり元どおりになったように見えた。

スイには知識が足りなさすぎる。
世間知らずだわ、と悲しくなった。

痛い沈黙が流れているなか、穴の淵に手がかけられる。

「よっ……と! おっと? なに泣いてるんですか、あなた?」

紫髪の男が、手に持っているもの。
それは銀の牢であった。
ランタンのような形で”とって”も付いている。

「フーン。あなたが泣いている理由……もしも悲劇的なものなら、ぜひ聞かせて欲しいですねぇ」

ニタァ、と口角を吊り上げて、紫髪の男はねっとりと言う。

怖くて。
怖くて。

スイはみるからに薄幸の美少女だ。
きっと、シェラトニカにぶつけたら面白い。

「いいでしょう! あなたは我々の命令を聞かなくてはいけない、悲劇的な罪人ですし? ──というわけで、共にミレージュエ大陸につれていきます! 納得しなさい」

スイは頭を深く下げていた。
了承、服従、そのような意味を持つしぐさだ。

今、紫髪の天使族に命じられたら、靴すら舐めるだろう。

命令権は紫髪の男に渡されている。
魔王国従業員であれば規約により非人道的な扱いはできないが、この男についてはフリーだ。

天使族を殺して翼をくっつけた。
魂を、自分たちの体に纏わせた。
あえて「本質を視る」訓練をしている諜報員を、逆手にとってまんまと切り抜けたのである。

スイの承認は彼を喜ばせた。

「いいですねぇ。愉しみですねぇ。実に愉快! さらにはイヴァンも復活させるときに私の配下になりますし!」
「(どう……いう……)」
「解説はしませんけど、見せてあげましょう。ああ、私はモレックといいます」

紫髪の男──モレックは、天使族モドキの一人を地面に横たわらせた。
口を開けろ、と命令する。

「ここに天寿草を入れまして。血を煮詰めた粉末に、墓場の黒土、賢者の遺骨、天使の髪。霊山の濁り水を注ぎます」

口にそれらをいれられても、金髪の男子は瞬きひとつしない。

ウエッ、とスイの方が吐きそうになった。
苦しくないの!? と驚愕したのだが、じつはとっくに死んでいる。
シェラトニカが自分への刺客を殺してアンデッドとして作り変え、モレックに渡したのだ。

「そーしーてー。メインの灰ですよね」

モレックは、イヴァンの灰が閉じ込められた「ミニチュア牢(ジェイル)」をそのまま縮小した。

罠を開けようとすれば難しく、魔法を解こうとすれば災いが起こる。
その対策は「魔法に手を加えること」である。
モレックは魔道具に詳しい。

「私の新技術〜概念いじり!」
(なにそれ……)
「詳しく説明している時間はないので」

小石大となったミニチュア牢(ジェイル)を、口にぶち込んで。口内を温めていく、38度。

口の中の遺物たちが蠢き始めた。

心臓喰いの秘毒となって、喉を進み出す。灰を心臓に運び、体の中でおぞましい魂の蠱毒(こどく)を発生させる。

「今混ぜたモンのどれかの魂が宿るんですけどー……まあイヴァンが勝つでしょう」

スイもすんなりと(イヴァンの魂ってしぶとそうかも……)と思った。

それくらいイヴァンは強烈な印象を残している。
肉体は死んだものの。
今、魂が蘇ろうとしている。

男子の胸元が大きく引っ張り上げられて、また沈む。
体の中で何かが暴れているのであろう、と察した。
聖職者の魂なども喰らい尽くして、イヴァンがきっと目覚めてくるのだ。

(醜悪だわ)
犯罪者がそんな綺麗事なんて……と自虐する間もなくスイはまったく素直な感想を抱いた。

震えが止まらない。
冷えこんだ空気をひゅっと吸い込んでしまったら、心臓がびくびくと痙攣した。
スイが意識を手放さぬように、もう片方の天使モドキが首の裏をつねると、体の反射で目が見開かれた。

スイは、最後まで、見ていた。
自分が関わったことの後始末。
いや、後始末ができなかったことで生まれた惨劇。

モレックが短杖を振っている。
タクトのように。
何か概念的なものをより分けるように。

「|死霊術師(ネクロマンサー)、トライ・ワープ、晶文……」

などブツブツ唱えていて、モレックも真っ青になりいまにも崩れ落ちそうだ。

「っだーー! 拾えるのはここまで……」

切り上げたらしい。
ぜえぜえと呼吸を整えてから、短杖で心臓をひと突き。

(うっ)

スイは男子の代わりに涙を浮かべた。

「起きなさい。イヴァン!」
「……ん?」

のっそりと……男子が上体を持ち上げる。

紫と黒のオッドアイ、蜜のような金髪、王子様のような端正に整った顔立ちだというのに、ソレはイヴァンなのであろうと、独特の目つきから察しがついた。

観察するように周囲を見渡すのだ。無感動に、ただ情報収集するように。
目の下に、黒の文様が浮かんだ。

「っ……」
「おお、お前、痛覚が宿ったようですね。いやぁ魂を移すのって大変、死者の魂という概念になっててよかった〜。聖職者の手出しできる領分ですから」
「お前……」
「聖職者ってところにツッコミですか? 細かい野郎ですねぇ。元聖職者、今は破戒僧、はいこれでいいですか?」
「誰だっけ」
「モレック・ブラッドフォーーード!!!!」

スパァン! と金髪野郎を叩いた。

 

 

 

 

 

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