255:夢組織たちの搬送

 

「…………」

宰相は窓から、|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)が収縮されるところを眺めていた。

小さな果実(リンゴ)となり、赤の聖地に埋められるのだろう。
再び芽生えるまで、意識が覚醒することはない。

(何も考えずにしばらく休むことが、必要な時でしょうから)

イラが、珈琲(コーヒー)の香りでぐっすり眠ったように。

「発ちましたね。……それにしても、芽生える場所はダンジョンですから……」

アレな予感しかしない。
土壌がキラみたいなものだし、きっと水はエリクサーだろうし、使われる肥料なんて見当もつかない。

どう進化(レアクラスチェンジ)することやら。

「ノア」
「はい。……お父様」

ノアは迷ったが、宰相ではなく父と呼んだ。
だって、とても優しい表情をしていたから。

開けたばかりのドアをそうっと閉めたノアは、窓際にいる父のところに近寄った。

「あなたは引き続き赤の聖地でレッスンをしつつ、夢組織の者の更生をサポートしなさい。二つ同時に、できるでしょう?」
「休憩時間に、ジレくんやアグくん、マイラちゃんとお話しをしようとは思っています。みんな、すでに変わり始めていて、いい雰囲気でしたよ」
「ギルティアに関しても、です」
「……彼女に何が必要なのだろうって、見極める視点は、わたくしにとっての勉強となる。お父様はそう考えていらっしゃいますよね……?」
「ええ」
「……ギルティアさんに会ってからに、します。ただの勉強教材とみて近づくのは不誠実ですから。彼女がもしも、レナパーティや政府との間に緩和剤を求めているのなら、その時には、わたくしがそれになります」

ノアは、ぎゅっと拳を握りしめた。

「お父様の娘ですもの。不出来なことも多いけれど、学んで、きっと成長いたしますから」
「……気遣いに関しては、すでに私以上だと思いますよ。ノア」
「いいえ。お父様はお気遣いもとても上手なのです。生涯をかけても追いつけなさそうなくらい。一生の目標にさせてくださいませ」

ノアがそっと父の手を握った。

それから「気持ちを深く察していないと、魔王様の宰相は務まりませんもの」と伝えて、父をすこし笑わせた。

宰相が、娘の手を離す。

「行ってらっしゃい。その挨拶に来たのでしょう?」
「あっ、はい。本日は……イラくんが移動する日なので。見送ってまいりますね」
「彼の行く先は、常闇の谷でしたね」

宰相は思い出す。
影蜘蛛たちが幼少期にくらす影の谷の、さらに奥、ゴツゴツした岩場で一切の光が差し込まない、空気が毒をはらむ常闇の谷。

諜報部は暗闇に目を慣らし、どのような足場の悪い場所でも動けるように訓練を行うのだ。
イラは鏡蜘蛛、あの目立つ鏡色と小柄な体では、身を隠すことひとつさえ難しいキツイ訓練となるだろう。

ノアが心配するわけだ。
それから、火がついた目をしている。

「イラくんを見送ったら、わたくし、赤の聖地に赴いて、体を鍛える訓練をしてまいりますから! 戻るのは1日後ですっ」
「承知致しました。館内の様子で気づいたことがあれば、報告しなさい。…………ときにノア、武技の訓練をしているのですよね?」

ふくよかに丸みをおびた頬を眺めた宰相は、眉をいぶかしげに寄せた。
ノアは自分を鍛えたい!……さまざまな方法があるのだ。

「ええ、わたくし甘い努力をしているのです!」
「甘い」
「レナパーティの皆様が、わたくしに合う訓練とはなにか? と考えてくださいました。その多様な考え方を学び、これからに活かしたいです。目指せ、諜報部指導員合格!」

ぐっ! とまんまるい拳を突き上げるノア。

その仕草はシュシュにそっくりで(影響を受けているな……)と宰相は額を押さえた。

「いってまいります、お父様!」

宰相はゆるやかに手を振って、どこかたくましくなった娘の背中を見送った。

***

夢組織の中でも罪が重い者たちが、本日、発つ。

|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)は、赤の聖地へ。

鏡蜘蛛イラは、常闇の谷へ。

白淫魔ラズトルファは、淫魔の館へ。

|夢喰い(ナイトメア)バクは、隔離の塔へ。

声の巫女スイは、鎮めの墓地へ。

魂を清めて、更生するために。
……と完全に納得している者はいない。

みな、この世界をそうとうに憎んでいたからだ。
全員一緒にいた時よりは気が紛れたものの、これからどう生きたらいいのか、心はいまだに混乱の中にあった。

レナパーティに出会ってから、混乱はより顕著かもしれない。
あのような強い光を見せつけられて、これまでの己の思想とのギャップに悩まされていた。

宰相の指示で、全員がいったん心も体も休むことが重視されたが、ギルティアが強制意識遮断・イラが快眠した以外、みな思い悩んでしまっていて寝不足らしい。

ラズトルファは目の下に濃いクマを作りながら、気だるげに鎖を引かれていった。
淫魔の館において、したっぱ従業員として働く予定である。

マルクは沈黙していた。
ピクリとも動かない日が長らく続き、もしや死んでしまったのかと魔眼検診したところ、心の殻に閉じこもって自問自答している状態だという。
ほかの囚人の悪夢を吸収して、体を保っていた。

マルクは攻撃スキルを使えないよう悪魔契約しているので、吸収した夢は食用にしか使えない。

このあたりのさじ加減は、ハマルにも相談されていた。
「良い夢しかない世界で休むべきなのかもしれないねー。でも彼らにとっての良い夢ってとても難しいよねー?」……というアドバイスのもと、マルクは隔離の塔で意識浮上を待つことになった。

ラズトルファが己の癒しの才能を、まっとうに使えるようになったら、引き合わせる予定である。

スイはぼんやりと日々を過ごしていた。イヴァンが目の前で無残に死んで、よほどのショックを受けたらしい。
声を出すことを首輪で禁じられていたが、それがなくとも話す気力が湧かないようだ。

魂の更生のためには「善行」を積む必要がある。

スイの力を活かせる場として、鎮めの墓地が選ばれた。白魔法適性がある者が祈りをささげて、怨念を成仏させるための土地だ。
天使族がスイに、業務の指南をする手はずである。

四方に、犯罪者が移動させられる。

できるだけ、互いを離しておくように。
外の世界を、己のひとつきりの心で、新鮮に感じられるように。

絆は呪縛である、と看守(かんしゅ)は語る。

仲間でなければいけないという呪縛のもとに、新たに踏み出せるはずの一歩を、許さない呪いであると。

「……あなたの表現は独特ですね。囚人が怯えるので改めて頂きたい」
「ヒヒッ。俺には友人がいなくてまったく自由なはずなんだけどォ、仕事の契約には縛られちまう。面白いね。ンー、宰相サン、どう言い改めようかなァ?」
「絆は思い出にすればいい。そして一歩踏み出してから、また絆を結び直せばいいのです。後ろ髪を引かれるほどに大切な存在を、招待したくなるような、そんな世界をつくりたいものですね」

なんかアンタ変わったなァ、と看守は笑った。
物言いが柔らかくなったよ、と。

宰相はくいっとメガネを押し上げて「より相手に伝わりやすい会話術を日々勉強しています」とだけ言った。

会話に聞き耳を立てていた囚人たちは、その話が、みょうに頭に残った。

「行くぞ」

籠が動いて、囚人が搬送される。
その手足に繋がれた鎖は、絆ではなく、さっき看守がぶつくさ言った業務契約のようなものだ。
罪を悔い改めて魂を清らかにしてこい、という仕事。

絆は──まだ心を、重く縛っている。

(忘れろとは言わなかったな)
籠の中で、イラは思い出していた。宰相の物言いのこと。
(絆は思い出にすればいいって、覚えていていいって言ったんだ)
牢で、ノアから「お父様」についてよく聞いていた。
(模範的な人だよな)
完璧な父ゆえに、娘のノアが負担を感じていたのを知っている。絆が負担になることもあると、ノアを見ていたからこそ、イラはすんなり理解した。

(いろんな人が、いろんな理由で苦しんでいた。おれの知らない世界はとても多くて、広くて……これから行く暗闇の谷は、きっと苦しいほうの世界だ。……ノア様、泣いてたな……出発の時……)

彼女は「かならず諜報部訓練員になりますから!」と言っていた。
搬送諜報員は困っていたし、そんな宣言をされてもイラは気の利いた答えを知らなくて「やさしさが素敵です」と素直な感想を返した。

イラは、ノアのことをしばらく思い出にすることにした。

手枷とは別に、腕につけられたままのブレスレットがある。
暗闇の中でもきらびやかな|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)。これが彼女との絆を繋いでおいてくれるだろう、と考えたイラは、その価値をまだ知らない。

夢組織のみんなの顔を思い浮かべる。
珈琲(コーヒー)の残り香がブレスレットから香って、いつのまにか夢も見ないほどの深い眠りに落ちた。

(絆ねー)
うんざりと眉を顰めたラズトルファは、絆のあれこれを思い浮かべている。

夢組織との同士の絆、仕事をしていた頃の同僚との絆、遊びで交わったメスとの絆、天使族との血の絆、淫魔族との血の絆。

ケッ、と唾を吐きたくなった。籠の中なので自分が汚れるだけだしと自重したが、外にいたら確実に吐き捨てていた。
それくらい気軽に捨ててきたものが、ラズトルファにはとても多い。
自分の負担になんかならない、はずだった。

(ムカつく)
夢組織のみんなの顔は鮮明に思い出せるので、ソウイウコトなのだろうと、特別感をうっとうしく思うやら、忘れたくないやら。

(あーもう!)
お屋敷でのことを振り返っていたら、シュシュの顔まで浮かんできた。
イラっとしたので、天使族を馬鹿にする思考で気を紛らわせた。

忘れなくても、いいらしい。
思い出にしてしまえば。
そして自分がイイトコロに登りつめたら、招待してやればイイのだと。

(ふっざけんな。あいつら10年経ってもまだまだガキだろうよ。淫魔の館チェーン店なんかに連れてこれるか!)
到着すると、何を命じられるのか、と身構えた。

「ベッドメイキングと清掃を覚えてね♡ それから淫魔サキュバスたちのガードマン。変なお客がいたら威嚇して。あとヒーリング効果に期待してるわ〜」
「はあっ!?……善行っすからね、ワカリマシタ」

まさかまさかの、ガチの下っ端。
雑用と、白魔法による先輩の体調管理。

こんなんで魂綺麗になるのかよ、ラナシュまじ判定ガバガバ! とラズトルファはよくわからない不信感を募らせていってイライラと、適当に掃除をしたので、淫魔のお姉さんに叱られた。

(墓地……)
スイの顔は青ざめるを通り越して、死人のように色がなくなっている。

ここは日当たりがいい山の上だ。ステンドグラスが美しい教会のような場所だと、遠目から見て思っていたのに。
近づくにつれ、その異様さに圧倒された。

敷地をぐるりと囲むように、白の鎖が張り巡らされている。ステンドグラスにはヒビが入っていて、それを逐一修復しているらしくまだら色。
ガラス窓からも中の様子が見えない、マジックガラスというわけではなく内部の空気が曇っているのだ。冬場に誰かが吐いた息のように、灰色でつめたい。

(う……!)
スイは犯罪者である。
ここに入らないという逃げ道は、用意されていなかった。
一応先に「行き先は墓地での奉仕作業でよいか?」という確認はされていたのだが、その説明を、スイはぼうっと聞き流して頷いてしまっていた。

まずは、事務所に通される。

建物のもっとも手前に、カフェスペースのような一角があるのだ。
おしゃれなテーブルと椅子が備え付けられていて、ティーカップからのぼる温かい湯気が、墓地の冷気とのギャップとなってスイを混乱させる。
頭がぼんやりとしてきた。

諜報部は顔見知りの天使族に話をつけて、スイを引き渡す。

三人の翼を持つものと、スイ。
スイは椅子にくくりつけられたまま、ゴクリと生唾を呑んだ。

「喉、乾いていませんか?」

天使族がそう言って勧めてきた飲み物を、スイは飲むしかなかった。
ゴクリとあつい液体が喉を焼き、ゲホゴホとせきこんでしまった。

「ああすみませんね。本日の業務はそれでは無理でしょう。しばらく休んでいなさい……まあその間に説明くらいはしましょうか」

淡々と抑揚なく話されるここでの業務説明を、スイはぼんやりとする頭で聞いた。
テーブルに頭をうなだれさせてしまっても、天使族はおかまいなしのようだ。

(……あ、眠気……? このまま休んでしまえたら、って、シヴァガン王国で言われたことを実行するには遅すぎるかしら……)

スイが瞬きをした。
まだ起きているんですね、と声が降ってきて、天使族がぐいっとスイの肩を引き起こした。眩暈がひどい。

「しかたない、ともにまいりますか。墓地に。業務の邪魔はしないように」

紫の長髪を三つ編みにした天使族について、スイは歩くしかなかった。

 

 

 

 

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