254:囚われのギルティア

シヴァガン王宮の地下牢。

暗い階段を、足音も気配もなく降りていくのは諜報部の者だ。静寂に慣れきった囚人にすら存在を気づかせない。

影になじむ、黒ずくめの装束。

「|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)」

名前を呼ばれた囚人は、ビクッと肩を揺らした。

不機嫌そうに顔をしかめて目を凝らすと、ようやく存在を認知する。一瞥すると、ふいっとまた壁の方を向いた。
少女の頭に生えた植物の芽も、ご丁寧に、クイっと壁の方を向いた。

(ここにきてから、ずっと、こんな態度だ)

諜報部の者は、ため息を口の中で噛み殺して、魔道具で声を変えてから、告げる。

「移動の日だ。あと一時間後、出発とする。移動用檻までの道のりを考えると──牢を出るのは15分後」
「……」
「返事をしろ」
「……っ分かった」

ギルティアの吐き捨てるような返事に、諜報部はただ頷いた。
確認を取れたら、それでいい。

(しかしまあ、もう少しでも、態度が改まってたらよかったんだけどさぁ……)

首巻き布を口部分まで引っ張り上げた。
ほんの一瞬、への字に歪んだ口元を、隠すように。

(反省、反省。ここでは無表情、無表情……)

特徴的な動作は望ましくない。

ギルティアの搬送要員として選ばれたのは、ゴーストローズの樹人クドライヤ。
魂喰い植物樹人として搬送監視役に適任だが、ギルティアにもっとも嫌われているため、変装をすることにしたのだ。

何者でもないように。
諜報部の一員をただ、演じる。

あと10分。
ギルティアを眺めていると、膝を抱え込む。背中を丸めて、冷たい床に直接座り込んでいる。
植物の根が座椅子のようになっているとはいえ、ベッドの方が楽だろうに。完全に意地になっているのだ。

(食事の皿は?)

空になっていて、食べたらしい。

(よしよし)

牢に入った直後は、これまた意地になって絶対に食べなかった。
そのため「食べないと、飢えた魂喰い植物は、周辺の生気を勝手に吸収しはじめる。周りの夢組織の仲間にダメージを与えないよう健康に気をつけろよ……」
……と、わざわざクドライヤの姿で教えたのである。

クドライヤの好感度が地獄に堕ちた代わりに、ギルティアは食事をとるようになった。
その影響で、今では頭の葉も若々しい緑に戻ってきた。

(普通の食事提供をやめて、マズイ栄養食に切り替えてから食べろと脅してみて、仲間のためになら食べるわけだ? そういう判断ができる奴なら……レナパーティに行ってもなんとかなるだろうな。身内であると認識させられたら。
頑張って絆してくださいよ〜、レナ様)

まあその点はかなり信用している。
レナの友人パトリシアは植物を扱うのが上手だし、キラ精製のエリクサーをキメられたら樹人として無反応ではいられないだろう。
クドライヤは微動だにせず考えて、その間も、視線はギルティアに集中している。

ギルティアが振り返って、ジロリ、と睨む。

(おっと?)

クドライヤは、口元の布を鼻のところまでさらに引き上げた。

「……なあ」
「なんだ?」
「……なんでもない」

(ギルティアが周りを見渡してる、ってことは、夢組織の仲間に聞かれたくない話? 言い澱むような話題。それをゴーストローズの樹人に言う筈がないから……俺の正体は気づかれてない。ま、オッケー)

フードで頭と目元は見えず、口布が下半分を覆っている。長身の魔人族は多いし、声も変えている。これではクドライヤと気づけないだろう。

「アンタ、あたしが知ってる奴?」
「黙秘だ」
「フーン」

ギルティアの「知ってる奴」といえば、この牢屋の看守の悪魔たち、魔王と宰相とノア、諜報部のクドライヤ・ロベルト・蝙蝠人など。
わざわざ答え合わせをしやすくしてやる必要はない、とクドライヤはごまかした。

「時間だ」

個室の鍵を、開ける。
ギィィ、と無機質な音。

クドライヤが中に入り、足を繋いでいる鎖を解いた。
代わりに、ギルティアの従順の首輪へ黒魔法を重ねがけして、手首に細い銀の鎖を巻きつける。

「これは体内の魔力循環が乱れて、スキルと魔法が使えなくなる魔道具」
「……余計なおしゃべりまでペラペラとよく喋るじゃん、アンタ。うるせぇ」
「もうひとつ。無理やり魔法を使おうとすれば魔力が膨張して、身体の内側がぐちゃぐちゃになる。やるなよ」

ギルティアは舌打ちした。

クドライヤはその様子をよく観察した。

(……大丈夫そうか。もしもわざと死ぬような様子が見られたら、仲間の罪が重くなる、とか言うつもりだったけど。基本的に夢組織は、全員、生きる希望が欲しい奴が揃っていたから……なるほどなー)

心の中のチェック表に、マルを入れる。

ギルティアをさりげなく観察することは、従魔たちが望んだ事前調査だ。
ちなみにその時、スライムジュエルを積まれそうになったが、個人間取引は諜報部において厳禁なので、慌てて宰相に仲介をしてもらった……と白い目になりつつ、クドライヤは思い出す。

(そこまで目をかけられている存在をさー、レナパーティに引き渡すまで、死なせるわけにはいかないんだって。ホント……いい境遇ルートに入って、よかったな)

クドライヤが歩く後ろを、ギルティアがついていく。
手首につないでいる鎖が、すぐにピンと伸びるので、その度にクドライヤは歩調をゆるめた。
長身男性と、小柄な少女だ。
足の長さがまるで違うので、クドライヤが普通に歩いているつもりでも、ギルティアは大股歩きで必死に追いかけることになる。それに、牢屋生活によって、足の筋肉も衰えている。

「はあっ、あのさっ」

階段を半分くらい登ったところで、ギルティアが話しかけた。
黙って歩調をもっとゆっくりにしたが、速度の文句ではなかったらしく、続きを話し始める。

「アンタ、諜報部に入るってことは、特殊技能持ちなんだろ? その技能で苦しんだことって、あった……?」
「……ある。嫌になるほどある」

(ふぅん。更生に向けた心境の助けになるなら、付き合うか……)

「|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)。何を知りたい?」
「えっと……。……どんな風に苦しかったのか……憎んだのか……なんでまだ生きてるのか……」

(ああ。ここでしか聞けないこと、知らないやつにしか言えない弱い気持ち。暗い芯が、欲しいのか……。
レナパーティのとこは光そのものだからな。俺でもたまに、影で一服つきたくなるときあるし)

同調されるとは。変装していても陰鬱さがにじみ出ていたか? とクドライヤは皮肉げな笑みを、布の下で浮かべた。

それから、望ましい方向にギルティアが思考するよう言葉を選んで、しかし確かな本心を語る。

「苦しかったのは、俺の技能が世界的には悪とされていたこと。生まれつきの技能でもたらした被害と自分を、憎んでいる。それでも生きている理由は……魔人族とは生き物であるからだ。水を飲み、月の光を浴び、活動する生き物だから。それだけ」
「は……?」
「本能でいいんだよ。生きるのは。心を理由にしようとすれば、枯れるほど苦しいぞ」

ギルティアが喉を引きつらせた。

「70年分の経験談として、聞いておけ。生きていていいのか、生きる意味とは、なんてことは考えるな。無駄だ。生んだのは世界だ、|生きる意味(ソレ)を俺たちが確実に理解できるわけないだろう。むしろ生まれたのも適当かもしれないぞ、ラナシュなんだから。
生まれたってことはさ、もう存在してるんだよ。あとは死ぬタイミングが違うだけ。天寿をまっとうするか、途中で死ぬか、だな。
その間にだれかに言われた『死ね』なんて、ただの個人の一意見だよ。自分が良心の呵責とかに苦しんで、死にたいって思うのはまた別だけど」

つい感情がこもりそうだったので、クドライヤは一呼吸おいた。

「……生きてる意味と、心は、別のものだって考えたらいいんだよ。悩んでもやもやしてる心は、自分が何をしたいのか? 分かっていないだけ。生きてる間だから考えられること」

ギルティアは返事をできなくなった。
そんなふうに語られるとは、思ってもいなかったからだ。
ただ、実感のこもった言葉は、ぐるぐるとギルティアの中を巡った。

最後にクドライヤは「法律で許されない分は今、制裁うけてんだろ。それだけ」と付け加えた。

もう階段をそろそろ上がりきり、二人きりではなくなる。
ギルティアは最後に何か、こいつに言っておかなくてはいけない気がした。

「……アンタ、クソジジイだったんだな」
「口が悪いクソガキだ」

(いやわざと年数盛ったから。まだ俺35年で樹人にしては若者だから!)

じろり、とにらみ合った。
こいつは嫌いなタイプだ! と、正体を隠していても、お互いの性格の不一致を認知したようだ。

王宮の中庭に、何やら奇妙な籠がある。
鉄格子が組み合わされた、大きなリンゴはオブジェにも見える。高さは一メートルと少しくらいだろうか。

その横に、ロベルトとグルニカが控えている。

ギルティアは体を硬くした。
嫌な予感しかしない。
しかし鎖を引っ張られるので、近寄っていく。

「ヤッホーーー!!!! アタシの新発明だー! さあさあ見てごらんヨ、これさー!」
「グルニカ様、先に段取りの説明をしてください」
「ヤダヤダ! 聞いて〜!」

ロベルトの制止をまるで聞かないグルニカは、リンゴ型鉄格子の表面を、べしん! と叩いた。
高らかに告げる。

「コレはね〜、ミニチュア牢(ジェイル)の再改良版樹人用! 中に入ったものを圧縮して、持ち運びやすく、さらに魔法やスキルを一切使えなくしちゃうんダヨ。自信作!」

ケラケラと笑うグルニカの声が、けたたましく響いた。

中庭のど真ん中なので、注目の的だ。
──ギルティアは嫌な視線をそこら中から感じていた。

もしも囚人が逃げようとしたら、周辺にいる城勤めの者たちがこぞって攻撃してくるのだろう。
そのための特別な中庭、なのかもしれないと察した。

その通りである。
囚人が逃げる足場の壁を作らず、空には結界が張られていて、トラップ魔道具だらけ、城勤めの者たちの監視を可能にする場所だ。

「じゃ、こいつ入れますんで」
「おいッ!?」

動けなくなったギルティアを、クドライヤがそれっと小脇に抱えて持ち上げた。

「行けば、終わるから」
「うるせーー! 心の準備ってもんがあるんだよ!」
「うるせぇ犯罪者」

ぐぎぎぎ、とギルティアの奥歯が噛み締められた。
強烈に歪んだ皮肉げな笑みを浮かべる。

「そんなん物心ついた時からずっとだな……!」
「さっきの話の続きをしようか。心は切り離して考えな。|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)。お前が生きるために今、必要な栄養というのが、太陽や水と同じく、レナパーティなんだよ」

ギルティアが驚いて、ほんの一瞬体の力を抜いた。
そのすきに、クドライヤはぽいっとリンゴ型鉄格子の中に、ギルティアを放り込んだ。

中は意外にも快適で……というか、浮かんでいる。
無重力の中で、自分がどんどんと小さくなっていることに気づいて、ギルティアは青ざめた。

ガシャン!!

鍵がかけられる。

「さあ、かぁ〜いぃ〜しぃ〜♡」

恍惚とした表情で、グルニカが鍵に魔力を込める。
ギルティアのさまざまな気力が、魔力が、根こそぎ、檻の天井に吸い込まれていった。

「……………………!!」

強烈な眠気。
──気絶した。

ぐんぐんとギルティアが小さくなっていく。それとともに、鉄格子が緑の藻を生やしはじめて、みずみずしく潤った。

ぎゅっ、と圧縮。

緑のリンゴは、てのひらサイズ。

クドライヤが丁寧に持ち上げた。

「いやった〜〜! 成功〜〜! 快感〜〜!! 君のおかげでもあるよォ、開発の手助けありがとーね! ゴーストローズ」
「仕事ですから」
「いやートラップ魔道具に組み込むのにチョーいいよねっ[魂喰い]!」
「レア技能ですから、それを魔道具に応用できるのはグルニカ様たち開発部のみなさんの実力の賜物です」

クドライヤのよいしょにすっかり気を良くしたグルニカは、ニコーーッと満面の笑みを浮かべた。
びり、と口の端が裂けた。

((ああああ……))

クドライヤが薔薇のトゲで縫いつけようとしたのを、ロベルトが止める。氷でくっつけておいた。

「クドライヤはその籠を丁重に運ぶことに集中してくれ」
「了解」
「もしレナパーティの元に着くまでに傷つけたら政府ごとヤバイ」
「ヤバイ分かった」

もとよりそのつもりではあったが、仲間と再確認して、グンと気合いが入ったクドライヤであった。

自らの影から、とびきり大きなゴーストローズの花を咲かせて、黒い薔薇の花びらで、緑のリンゴを包む。

「あとは、地中に埋めたら再び蘇る。……しばらく何も考えなくていいリフレッシュを満喫しな〜」
「言っても聞かれていないぞ?」
「聞かれてたまるかよ。俺は今から鬼教官をやるんです。ダメなところは俺が叱って、褒めるのはレナパーティがやればいい」
「より懐かせやすいな」
「ま、テッパンの心理作戦だな」
「だがその作戦は失敗するような気もする」
「なんで」
「[赤の聖地]は幸福な場所であってほしいと、レナパーティが望んでいるからだ」
「あーーーーーー……」

いつか、ギルティアと仲良くなってしまうんだろうか?
幸福の空気に慣れてしまうんだろうか。
それを当たり前と思ってしまうと、また世界に突き放されたその時が恐ろしい。
(怖がりのクソガキかよ、俺……)
クドライヤは気まずくなったので、あまり先のことは、考えないことにした。

杞憂に時間をかけているより、生き物らしく、ただ一生懸命生きていればいい。
いずれその杞憂の結果に、出会うのだから。

「では、任務完了を目指して」
「発ちますか」

クドライヤとロベルトが、歩き出した。

クドライヤが抱える黒薔薇の花びらの中で、緑のリンゴは柔らかく揺られていた。

 

 

 

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