252:初仕事・マイラ

 

──キッチン。

マイラとミディ、ルージュ、モスラがやってきた。

「ひ、広……」

マイラが(まあ分かってたけど!)と考えながら、声が漏れた口を押さえた。

(私たちがここに住んでた頃は……キッチンの残骸って感じで、ここで料理したり、ってことはなかったな)

皿がたくさん割れていて、水分による腐食もひどく、床がボロボロでそもそも立ち入ることがなかった。

魔力で水を出して、小部屋で食事をしていたのだ。

(ん? 各部屋も小部屋って感じじゃなくて、明らかに拡張されていたよねぇ……)

──マイラは遠い目になった。
これまでの暮らしと比べて、ちくり、と心が痛んだのを、即座に取り繕ったのは、いつものことだ。

「ここでお料理するノヨー! でもまずはお掃除カナ? どれがいいカナ?」

ミディがぶんぶんとマイラの手を持って、振る。

「ねぇ! どっちがイイ? イイ?」
「私が決めるの……?」
「ウン! 必要なのは、キレイなキッチンと、美味しい料理が完成することナノヨー。夕方までにネ。それができれば、どう進めるのかは自由!」

ミディが大事にするのは「結果」と「過程が楽しいこと」!

だからマイラが決めた方が、きっと本人にとっていい結果になるだろうと思ったのだ。

その要点をうまく伝えられなかったのが、まだ幼い魔物ならではである。

マイラは、指を二本、立てる。
(ど、どっちにしようかな。掃除と料理……)

「あの、他のひとは、私が決めても……いいんですか?」

マイラは(話しかけるの怖いけど、後で怒られるよりマシ!)と怖い心を消し去って、モスラとルージュを見上げた。

▽視界が眩しい!!
▽上流階級フラッシュ!!

(かつて不法滞在したとこの主に、この打診するなんて、キツすぎるでしょ……)

しかし、その恐れも消した。

モスラとルージュは、柔和に答える。

「ええ。マイラの初仕事ですから、まずは試してみること。自分のやりやすい過程を見つけるといいですよ」
『わたくしも見守っておりますわ』

「分かりましたぁ……」
(くううぅ放任主義!)

マイラは地団駄を踏みたくなったが、そうするわけにもいかず、引きつった笑みを浮かべた。

(自分で考えるのは苦手なんだけどな……私も、フォロー型っていうか)

いつも、イラの戦闘フォロー・アグリスタの嘆きフォローをしていたのだ。
物事を進めるのは、ジレが得意。

(でもやらないと、犯罪労働なんだから)

よしっ、とマイラは気持ちを切り替えた。

「掃除から、がいいです」
「分かったノヨー!」

ミディがすたこらと駆けていって、モップを持ってくる。

(けっこう庶民的なのね……?)
「これは魔道具」
「モップなのに!?」

マイラの目玉がこぼれ落ちそうになった。

「床をこすると、埃消滅とワックスかけができるノヨー」
「なななな」
「いくらだっけー? モスラ」
「値段などつけられませんね。キラ先輩とクレハ・イズミ先輩とサディスティック仮面の共同開発品で御座いますから」

マイラの脳裏に、一瞬で、あの朱色仮面の男性が思い浮かんだ。

忘れられるはずもない。あのインパクト。

(なぜ……掃除用具を開発しているの……?)

シヴァガン王国の宰相にして開発部最終検証承認係にしてレナパーティの準仲間だから……というのは、まだ内緒だ。

▽マイラは 気持ちを切り替えた。

「キッチンの床掃除をします」
「えいえいおー!」

マイラとミディが駆け出した。

マイラは、ミディの動きを真似たのだ。
彼女が先輩なのだから。
怒られないように。

(うわぁ、足、心地いい……)

黒のストラップシューズは足を包むようにぴったりしていて、きつくなく、軽くて歩くのが楽しくなる。

シルクゴーストのマイラの体重は、リンゴ3個分ほど。
ふわふわ飛べる反面、服や靴が重く感じるという欠点がある。

そのため重い足枷を嵌められて、滞在を強制されたこともある。

過去、マイラは誘拐された。
とある高級料理屋の屋根裏に放置された。
シルクゴーストは食事を取らなくても死なないが、空腹は感じるので、やがてマイラはやってくるお客の「気持ち」を食らうようになった。

マイラのギフト[虚無]は、恐れ・妬み・嫉みなど、黒い感情を、ほんの一瞬無かったことにしてしまう。
料理を食べていると辛いことを忘れられる! 素晴らしい! と、その料理屋は繁盛した。

マイラは質の悪いものを取り込んだせいで、じわじわ体調を崩した。

しかし死なない。
ゴースト種族の消滅は、ただただ「寿命」である。
寿命を残して死んだ魂のなごりが、凝縮して、野生のゴーストが生まれるのだ。

黒い感情に堕ちて怨霊と化すか、善の感情に満ちて別種族に進化すると、寿命の制約から解き放たれる。

そんなマイラは、|夢喰い(ナイトメア)バクに助けられた。

(思い出しちゃったな……)

マイラは、複雑な気持ちを[虚無]ギフトにより、切り替えた

過去が消えるわけじゃない。
ただ一瞬、感じずにいられる。
それはゴーストが心を保つ上で、とても大事な処置である。

「うわ、綺麗……!」

モップで拭いた床が、ピカピカと艶を放つ。

「これ、踏んで大丈夫?」

マイラは心配して、靴底を浮かしている。

「大丈夫ナノヨー! ジュエルワックスだからすぐ汚れないし、もしも汚れたらまた掃除したらイイモン」

ミディがすさーっ! と滑るように前からやってきた。

「キャーー!?」
「ぶつからナイ♪」

▽ミディは イカゲソで 方向転換した。

「ジャーン!」
「ミディアム・レア。今のはいただけません。楽しく掃除するのは良いことです、しかしながら目的は新人に仕事を教えること。自分しかできないことを見せるのは、彼女への負担にしかなりませんよ」

▽モスラの 教育的指導。

自分が叱られている場面ではないのに、マイラは落ち着かなかった。

(怖い……!)

叱る、という行為は、例の料理店で毎日のように行われていた。
ヒステリックに厨房で叫ぶ男の声が、耳に蘇ってくるようだ。

([虚……]!)

「てへへ。失敗からのー、改善ナノヨー!」
「おやおや」
『あらあら』
「『ふふふ』」

▽マイラの 目玉がこぼれ落ちそうになった。

ギフトを使うことも忘れてしまった。

「……それでいいの!?」

マイラの叫びで、モスラとルージュが振り返ったので、びくうっと飛び上がる。

▽モスラは 称号[カリスマ]を セットした。

「こうでないと、とむしろ思っておりますよ。ミディさんは教育者として、今できる範囲以上に張り切っているので、失敗はあり得ることなのです。自分で改善を決意できたなら、もう、私たちから申し上げることは御座いません」

(……そういう、もの?)

▽モスラの カリスマスマイル!
▽マイラは ごまかされた。

身なりが立派な執事の言う教育論は、正しい”っぽく”聞こえるのだ。

(自分で反省したら、叱られないの……。間違えた時には、すぐに改善点を探せばいいのね……)

屋根裏から視ていたルーカが、頷く。

「(叱られたくないから、って動機ではあるけど、マイラは上手な思考を学習したみたい。これはいい傾向)」
「(なるほど、よかったぁ!)」

ルーカはレナに褒められたことが嬉しくて、ネコマタ尻尾を、ぺしんと柱に当ててしまった。

「何!?」

屋根裏に敏感なマイラが、バッと上を見る。

『にゃぁーお……』

▽ルーカの 猫の鳴き声!

「なんだ猫か」
「なんだ猫か……!? そういうもの??」

▽マイラは モスラの 真似をした。
▽学習がアップデートされた。

▽屋根裏でレナが金色猫をなぐさめて撫でている。

▽レナの物語に入りかけたぞ!
▽気をつけろ!

「拭き掃除ナノヨ〜♪ 台を拭いてネ」
「はい」

きゅっ! 一回でなんてあっさりピカピカになるのだろうか。
マジカルふきんだ。

「お料理ナノヨー!」
「はい」
「何を作りたい?」
「それも私が決めるの!?」

モスラが助けに入った。

「ミディアム・レア、その質問は答えづらいものだと思います。こちらから、メニューを提案するといいでしょう」

(メニューは、知ってるものがあるけど)

屋根裏からよだれを垂らして覗いていたから。

(でもあそこの事を思い出したくない……!)

マイラは黙った。
短期間に、頭を切り替えすぎていて、頭痛がしている。
ギフトはしばらく使わない方がよさそうだ。

「マイラが好きな食べ物、なーに?」
「なんでしょう……?」
「曖昧でもイイノヨー。ガツガツ、ちゅるちゅる、はふはふ、ふわふわ?」
「う、うーん」
「楽しい? 嬉しい? 美味しい? 幸せ?」
「……あ」

マイラはそれがいいな、となんとなく思った。

「幸せ、で……」
「はーい! じゃあ卵たっぷりのホットケーキ」
「なんとなくイメージはできます」

しかしそれが幸せなのか? マイラは不思議だった。

ホットケーキといえば、荒い粉を焼いたボソボソとしたものと認識していた。わざわざそれを提案する? とマイラは理解が及ばなかったのだ。

ボソボソホットケーキは夢組織の名物。
みんなとよく食べていた、貧しいけれど思い出深い食べ物だ。

(幸せな思い出だった、って、肯定してもらったような……ただの自己満足だけど……)

「それがいいです」

マイラははっきりと頷いた。

「……あ、すみません。なんか私、主張しすぎちゃって……」
「ヤッターーー! ホットケーキ♪ ホットケーキ♪ 幸せ卵たっぷりの〜ホットケーキ〜♪ スイスイスウィート♪」

ミディは気にせず歌っている。
歌声が大きいので、マイラの謝罪がかき消されてしまった。

ぽかんと、ミディが落ち着くまで待つ。

「…………イカも焼いてイイ?」
「………………えっ。えっと、い、いいんじゃないですか!?……イカ!?」

▽先輩は唐突すぎる。
▽慣れて。

「ヤッターー! イートミィ! 白炎欲しいナ」
<我々を呼んだか!>
▽カルメンが現れた!
「ホワーーーーッ!?!?」
▽マイラの目玉が落っこちた。

▽ミディと カルメンが じっ……と目玉を見ている。

「や、焼いちゃダメ!」

マイラがあわてて目玉を回収した。

しっちゃかめっちゃかになってきたので、モスラが指示を代わる。

「まずはイカ焼きを作りましょうか。白炎で焼けば、5センチの厚切りイカステーキなら5時間は暖かさが維持されます。味付けはみんなが食卓に揃ってから、それぞれが小皿で行えばよろしい。
マヨネーズも作りましょうね。
その後、ホットケーキを焼きます。生地にマヨネーズを加えるとより膨らみやすくなるからこの順番で。
各種フルーツソースは、私とルージュ様が作ります。チョコレートソースはチョココさんに、サラダは園芸組にお願いしましょう」

にゃあ! と天井裏から猫の声。走り去る音。

全員に連絡が届きそうですね、とモスラが呟いて(そういうもの??)とマイラが首を傾げた。

「青魔法[ウォーターカッター]串刺しイカ」
『|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)コンロ点火!!!!』

▽ボウッッッッ!!!!!

▽こんがりイカ焼き串が完成した!

「……ッキャーーーーー!?」
「はい目玉を落としましたよ、マイラ。コンロを点火した瞬間に結界が張られる仕様ですから、安心していいですよ」
「そういうもの!?」
「そういうものです」

……マイラは遠い目になった。
いろんなことを受け入れていかないと、[虚無]さえも追いつかない。

(そういうもの……!)

▽そういうものなのだ!!

マイラは手際よく、イカ串を皿に並べていった。

こんがりと焼き目がついた、透明感のあるぷりぷりの白色。芳香がふわんと鼻に入り、それだけでももう美味しい。ごくり!と喉がなる。

「味見スル?」
「!? それはダメダメ絶対ダメです!」
「イイノヨーミィのイカゲソは超再生するから」
「ええ……」
「さあ♡」

キラキラした目で、イカ娘がイカ焼きを押し付けてくる。

マイラは、覚悟して、噛り付いた。

「〜〜〜〜〜〜!!」

ぱり、と焦げ目の皮をやぶる歯ごたえ。
ぷりっとみずみずしく弾けるジューシーなイカ身。
じゅわり、滲む旨味はなんだろうか?

「はふぅ……!」
「お醤油味ナノ」

お醤油というらしい、とマイラは覚えた。
一瞬たりとも忘れない大好物の調味料となる。

モスラが作ったマヨネーズも付けてつまみ食いして、身悶えた。

「イカ大好き……」
「きゃあ♡♡♡」

▽ホットケーキを作ろう!!!!

ボウルに薄力粉とぷくぷくパウダーを入れて、混ぜる。牛乳とマヨネーズ、花蜜、グーグー鳥の卵もたっぷりと。

「あっ、双子黄身」

▽レナの物語になりかけたぞ!
▽気をつけろ!

「卵は幸せの味なんだって、ルーカが言ってタノ〜」
「ふぅん……」

くるくる。まぜまぜ。

フライパンに入れて、ふくふく。泡がぷつん。

「ひっくり返す! スキル[浮遊]」
「本格的ネー」

マイラが見事にホットケーキをひっくり返したら、ミディがパチパチ手を叩いた。

どういう顔をしたら、いいか分からなくて、マイラは、モスラたちのような微笑みを真似てみた。

引きつった笑顔になったけれど、いつか、美しい微笑みをマスターする日が来るだろう。

「できた」
「ふかふか!ふわふわ!たくさん〜」

『まあ上手』

ルージュがお盆を持ってきた。
フルーツソースがたくさん作られている。

フルーツを煮詰めた時の甘ったるい香りは、影の魔物のごはんとなった。
さっきは、イカ焼きの香りをたらふく食べた。
ルージュがにこにこと影の魔物を眺めている。

(せ、精霊、機嫌損ねてなくてよかった……)

マイラがドキドキと横目で見て、ホッとした。

──ガチャリとキッチンの扉が開く。

「野菜のお届け、です……」
「やっほー! ねぇねぇ、ジレ、お仕事こなせたよん」

▽ジレとクーイズ、園芸組が現れた!
山盛りの野菜を持ってきてくれた。

「スウィーツ|な(・)お届けです〜! あっれー?」
「んわっ、もうっ、チョココっ、それ、スウィーツ|の(・)お届けでしょぉ……!」

▽アグリスタとチョココ、創造組が現れた!
山盛りのチョコレートを皿に乗せている。

「うううううううう」

この価値を教えられたアグリスタが、ガクガクと震えている。
(落としたらダメ落としたらダメ……ダメ……考えるほどに怖いよぉぉぉ)

「お腹空いたんですか? 大変!」
「あぐっ」

高級チョコレートを食べさせられたアグリスタは白目を剥いて、気絶した。

「あっ、震えが止まったから大丈夫ですね!よかった!」
「うわ〜チョココ〜……。ま〜大丈夫でしょー。幸せなレム睡眠状態らしいよ〜。ね?」

にゃあ! と、ハマルに抱えられた金色猫が鳴いた。

▽ごはんにしよう!

──食堂。

ステンドグラスから色鮮やかな光が差し込んでいる。
ルージュと影の魔物がとても大切にしていた、仲間のための、憩いの場所だ。

そこに招待されたジレ・アグリスタ・マイラは、すでにこのお屋敷に受け入れられている。

あとは、それぞれが従魔の道を進むのか……一週間後に決めるだけ。

「いただきます」

レナが友愛の笑みを浮かべて、手を合わせる。
従魔たちはそれに倣う。

野菜たっぷりのサラダ。
イカの串焼きは、醤油マヨネーズや柚子胡椒で。
ホットケーキには、たっぷりのチーズをかけて。

デザートには、マシュマロやカットホットケーキを、三種のチョコフォンデュ。
フルーツソースもお好みで。

幸せな舌鼓をうち、涙のキャンディも生まれた。

レナパーティの絆がまた、賑やかに育まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

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