251:初仕事・アグリスタ

 

──ダンジョン創造室。

アグリスタとチョココ、ハマル、キラがやってきた。

チョココに引っ張られて、一生懸命走らざるをえなかったアグリスタ、普段の二倍の速度でここまでたどり着いてしまった。

(うう……こんなに早くくるつもりじゃ……)

でも道中、他のトンデモ家具やモムに気づかなくてよかった、とも言える。その度に時間をとられただろう。

(いやいや、コレ、犯罪労働だもん……!)

ぷるるっと馬耳を震わせた。
涙目になったのを、フードの影に隠すことができたので、この赤ずきんフードケープは好きだ、と思った。

(他の人にも、嘆きの悪影響与えないもんね……)

ほっ、と胸をなでおろす。
アグリスタのコンプレックスが、一つ解消されたのだ。

「創造室にようこそ、同朋!」
「ようこそ〜」

▽キラとハマルが 扉を開けた。
▽バァーーーーーーン!

かくん、とアグリスタの顎が落ちる。

「ええええっ夜空……! 部屋の中、大自然の神秘!?」
「わーい、ようこそされました〜!」
「ちょっ」

チョココがアグリスタの手を繋いだまま、ぐいっと部屋に入ってしまう。

自分が踏ん張っているとチョココを転ばせてしまうので、アグリスタは(犯罪労働犯罪労働犯罪労働)と脳内で唱えながら、えいやっと飛び込んだ。

▽無重力!!!!

「ウワーーーー!?」
「たーのしー♪ わたし、ここ大好きなんです〜。でも、遊ぶ場所じゃないんだよーってなかなか入れてもらえないから……アグくんと一緒でうれしいです!」
「うわ、足が、飛びっ、ふわっと、うううぅ!?」
「ありゃ、聞かれてな〜い」

チョココがふわっふわっと軽やかに動くたびに、アグリスタが余波を受けてフラフラする。

「チョココさん、普段は代わりの無重力空間を作っているではないですか?」
「シアタールームね〜」
「ええ」
「でも、ここがいいのですっ」
「「そっかぁ」」

どうしてここがいいの? とチョココに聞いたら、きっと生クリームのように何も考えていないのだろう。
本能的に、王族として最上部の場所に携わりたいと感じているのだ。

「たのしい!」

にぱっと笑うこのチョココの表情にも、言葉にも、裏はなくて。

レナパーティの本拠地は、従魔たちの願い通りに、お菓子のように甘く幸せな場所になるだろう。

▽レナの物語に入りかけたぞ!
▽気をつけろ!

「あうぅ」
「あ、涙だ〜キャンディにしちゃいましょう。食べますか?」
「…………気分、落ち着かせたいから、ちょうだぃぃ……」
「はーい」

チョココが涙を摘んで、まん丸のキャンディにすると、アグリスタの口元に持っていく。

フードの中を覗き込んだので、アグリスタの藍色の目と、チョココのチョコレート色の目が合った。

「甘い……」

口の中の甘さと、チョココの絶対ポジティブエネルギーに引っぱられて、アグリスタの気持ちが落ち着いていった。

先輩二人が、その交流を優しく見ている。

((これから大変なぶん、今は癒されておくといい))

▽仕事内容は ダンジョン創造なのである!!

舌の上でキャンディを転がしながら、アグリスタが、おそるおそる室内を見渡す。

(夜空に浮かんでいるみたいぃ……。藍色の空間、星の光がたくさんあって、どこまででも深いような。部屋の中……なんだよねぇ? 壁っていうか……空間の終わりは、あるのかな……? 分かんない。
ここで、えっと、創造業務? どうやるんだろう? 従魔のスキル? でもそれなら、ボクいらないんじゃないの……?)

「キラ様! これ触れてもいいですか〜?」

チョココが星を一つ、指差して、尋ねる。

「それはいいですよ。ただし、お菓子にはしないこと」
「は〜い! アグくん、一緒にしましょう。せ〜の」
「!?!?」

アグリスタは手を引かれるがまま、星に触れてしまった。

(うわわわわわーーッ!?)

指先がちくっとする。

線香花火のように星が弾けて、やがて白い子羊に変化した。

チョココとアグリスタの目が、見開かれる。
子羊はめぇぇと鳴いて、雲のようにたゆたった。

「可愛い〜!」
「そうでしょ〜」
「ちっちゃい〜!」
「照れるぅ〜」
「わたがしにしたいなぁ!」
「それは駄目〜」

チョココが抱えた子羊を眺めながら、隣に寄り添ったハマルが、のーんびりと否定した。

(気配なかった!? 気配なかったァ!?)

この羊獣人は、|夢喰い(ナイトメア)バクを押し負かしたおそるべき大羊であると、夢組織内で有名である。
それなのに隠密も得意なんて! とアグリスタはビビリっぱなしだ。

(この羊獣人、にこにこしてるのにちょっと怖い気がするし……うう、できるだけ近寄らないようにしよう……)
「はいアグくん! 君の抱っこの番ですよ!」
「ふぁっ!?」

▽アグリスタは 子羊を 抱っこした。

アグリスタの心臓がばくばくと音を立てている。

腕に抱いた子羊はあたたかく、足は細くて頼りなくて、くったりとアグリスタに体重を預けてくるので、放り捨てることもできず途方にくれた。
羊毛の感触は、ふわふわっとしている。

(うわ、うわ、ふわわああぁぁ)

「気持ちいいでしょう。だからおすそ分けです!」

チョココはきっと、幸せをアグリスタにもあげたかったのだろう。
それは、分かった。
だけど遠慮も配慮もなさすぎる。

アグリスタが内心パニックになって、俯くと、視界が汚れのない真っ白でいっぱいになる。
フードが視界を狭くするので、夜空の藍色すらも見えなくなった。

わたあめのような、生クリームのような、甘やかな……

(ああ、清らかってこういう……ボクなんかが触ったら汚れない……かなぁぁ……)

「ぐぅぅ……」

▽アグリスタは 眠ってしまった。

「あれ?」

つつこうとしたチョココを、キラが抱っこして止める。

「あれは『居眠り羊の夢』なんです。だから眠ってしまったのです」
「でも、わたしは平気ですよ〜?」
「触れていた時間が短かったでしょう。それから日常の睡眠が足りていたこと、だと思いますよ?」
「え。アグくんは眠れていなかったのですか〜?」

チョココが覗き込もうとしたけれど、赤ずきんのフードがアグリスタの顔を隠している。

つついてはいけないと言われたので、友達への興味が疼いたけれど、チョココは諦めた。
手を背中で組んで、うろうろふわふわと周りを旋回する。

「今、ゆっくり眠れていますか……?」
「レム睡眠って感じだね〜」
「れむすいみん」
「夢を見ているってこと〜」

ハマルがそう言って、白子羊をポンポンと叩いた。
すると、ぽふん!! と羊毛が膨らんだ。

「わ!」
「共同作業はじめま〜す。じゃ、おやすみ〜」

寄り添ったハマルが、目を閉じる。

「あれれ〜……寝ちゃった……?」
「ハマルさんはこのような状態で夢の選別をするんですよね」
「ほわ〜。わたし、見たの初めてです」

チョココはまじまじとハマルの顔を眺める。
あんまりにも気持ちよさそうに眠っているので、快眠スキルを使っていないのに、眠気が伝染した。

くあぁ……とあくびをしたチョココ。

浮かんだ涙をまあるいキャンディにしてしまうと、パクリと食べて、アグリスタの隣に丸くなった。
すぐに寝息をたてはじめる。

「チョココさん自身がお菓子みたいなものだから、歯磨きはしなくてもまあいいですけれど……」

キラは苦笑して、三人を見つめた。

「……さ。私もオシゴトをしましょう。みなさんが情報分解されないように、空間制御しないとね!」
『よろしくで〜す』

半透明になったハマルが、キラの隣に出現した。
寝ているときもコミュニケーションを取れるよう、キラと新技術を開発していたのだ。この制御室でのみ可能な、意識隔離。

「スケルトンホース、スウィーツプリンス、夢喰い羊。みなさんはネオ種ではないので、制御はまだしやすいです。
デリシャスクラーケン、幼天使(リトルエンジェル)ネオ、天帝ヴィヴィアンレッドバタフライ、ネコマタヒト族、そして私パンドラミミックと、異世界人のマスター・レナ。
……ここは気をつけないと」

キラが四角のデジタルウィンドウをいくつも開いて、指先で操作する。

指先にリング状の光をつくって、ウィンドウをつつくと、ぶわっと波紋が広がり、情報が書き換えられていく。

反対の指で別のウィンドウをつつき、うごめく文字たちを整列させる。不要箇所はデリート、バグを発見、適正な文字にプログラミング。

白黒はっきりと区別。
世界の曖昧なところの、悪い仕様に、仲間が巻き込まれて万が一にも奪われないように。
これまでも、存在がゆらぎかけたネオ種族をソッと救ったことがある。

異世界ラナシュのおおらかな危険を、キラは理解している。

「役に立てるようになって、よかった」
『ボクもです〜』
「『|進化(レア・クラスチェンジ)って、いいですよね』」

しみじみと二人の声がハモった。

半透明のハマルの前に、数個の星が現れる。

藍色、濁った靄(モヤ)をまとってにぶく光っている星だ。

『悪夢』

ハマルがとろんとしたタレ目のまま、本質を探る。

『たーくさん溜め込んでたみたいだねぇ……』

唸っているアグリスタを眺めた。

『ぐっすり眠る暇もないくらいに〜……次から次へと悪夢を見るんだねー。それに堕ちていくみたいで、抗って、深く眠れなかったってかんじ? アグリスタ、大正解〜。このまんま悪夢を受け入れていたらさー、きっと劣悪種族になっていたと思うんだぁ。どう? ルーカ〜』

▽ピコン!
▽新ウィンドウが現れた!

▽”アンデッド系魔物から、魔物未満のモムに退化して、元主人の怨霊とともにこの世の狭間を漂うことになっていただろう” ₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

『おおー。アグリスタ、自己を維持できてえらかったね〜。バクにはちょっと靡いちゃったけどねぇ』
「今ここに存在できていますから、結果としてよかったですね」

ウィンドウを横目で見て操作しながら、キラが深く頷く。

「──はい、完了です。アグリスタさんの存在が確立しました」

『お疲れさま、キラ先輩ー。この子、魔物としての生まれ方が特殊だったんだよねー。スケルトンホースって馬の骨から生まれるらしーけどー、生馬が怨霊に憑かれて変化したんだもんな〜』
「あの古縄は、存在確立に必要だと、本能的に理解していたんでしょうね」
『さっき、縄を外そうとしたチョココにヒヤヒヤしちゃったな〜』
「まあ、いざとなれば私がなんとかできましたから」
『さすが〜!』
「[ダンジョン:赤の聖地]では魂を情報化できますからね」

キラがバチコーン☆とウインク。

ハマルが、悪夢を、ぎゅっと凝縮した。

『──できた。藍色のキャンディみたい〜? チョココテイストってー、なーんかポジティブでいいよね〜』
「いいですね。完璧な丸で。造型の情報量が少ないと、管理がラクチンなんですよ」
『お屋敷トラップをたくさん蓄えられるねー? 傾向について、りょーかい〜』

ハマルがにこっと微笑んだ。

『スキル[快眠]〜』

ふっ、と半透明のハマルが消える。

三人分の、それは穏やかな寝息が、しばらくそろった。キラが作業を続ける。

「ふあぁ」
「おはよう御座います」
「…………。…………!?!?」

がばっ! とアグリスタが起き上がる。
勢いあまって、無重力空間でくるりと一回転した。

巻き込まれた白子羊と、チョココ・ハマルと回転する。

「「うわーーーっ」」

ハマルが目を覚ましたとき、ぽふん、と白子羊が消えてしまった。

ふわふわを無くした喪失感に、アグリスタは驚く。

(もともと持ってなかったものなのに、手が、なんかさみしいぃ……うぅ、変なの……)

「まだ寝たい〜? モフモフする?」

またいつのまにか隣にいたハマルの、白金の髪を見上げて、(巨大羊になるって言ってる!?)と気付いたアグリスタは、ブンブン頭を横に振った。

「お、お仕事、しますから!!」
「はーい。じゃあ君には選んでもらおう〜」

アグリスタが不思議に思っていると、目の前に、藍色の玉が五つ現れる。

「これは、君の悪夢。沼に沈んで死ぬ悪夢、刃物で切られて死ぬ悪夢、追いかけられて転倒死する悪夢、圧死する悪夢、物を投げつけられて死ぬ悪夢」

ひとつずつ、指差していく。

「──ほしい? それとも、手放しても大丈夫?」

アグリクタは無意識に、首の古縄を触っていた。
(……あれ?)
いつものように、内臓がズンと重くなる感覚がない。それが、アグリスタの足を地につかせていたのだけど。

体が軽くてまるで無重力のまま、でもこの世に存在していると安心できるのは、すぐに手を繋ぎにきたチョココがニコニコと微笑みかけてくるからだろうか。

明らかにアグリスタに向けられている甘い瞳。
チョコレート色の自分が映っている。

──キラが存在を確立させたのは、まだ秘密。

「悪夢……」

アグリスタは声を震わせた。

「て、手放しても、大丈夫……だと思います……」
「そっか。じゃ、ボクにくれるー?」
「ボクの悪夢を? ななな、何に、使うんですか……!?」
「ボクが加工して〜、お屋敷の侵入者撃退トラップにするんだ〜」

アグリスタは遠い目になった。
あの恐ろしい悪夢がぶつけられる????
こんな柔和な笑顔で、そんなこという????
幻覚だよ〜、とかそんな問題じゃなくない????

(…………逆らわないでおこう…………)

ハマルへの対応を決めたアグリスタ。
後にレナへの[マゾヒスト]の現場を見てしまって、震え上がるとはこの時には想像もしなかったのであった。

くしゅん! と、レナがとあるウィンドウの向こう側でくしゃみをする。すぐにレグルスとオズワルドがあたたかい毛皮でケアした。

▽レナの物語に入りかけたぞ!
▽気をつけろ!

「はい、お仕事おわり〜」
「おやすみさまでした! あれぇ?」
「おやすみさまで御座いました、ふふっ」

アグリスタが三秒停止してから、ぶわわっ! と肌を透けさせて驚いた。

「寝てばかりでしたよねぇぇ……!? お、お仕事って?」

「いーのいーの。まず体調整えないといけないじゃーん。それもーお子様の仕事なのー」
「創造業務は、大胆にして精密ですから、フラフラ寝不足では困るので御座います」

創造業務とは……結局よく分からなかった不安で、アグリスタがぶるぶる震える。

「わああい♪ わたしもお仕事、お仕事〜♪」
「「一緒に教えていくね」」

……チョココにもできることらしい、と知って、やっと肩の力が抜けたアグリスタだった。

▽初仕事 満点!

 

 

 

 

 

 

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