250:初仕事・ジレ

 

──お屋敷薔薇庭園。

ジレとクーイズ、パトリシア、リオ、クドライヤがやってきた。

「うわ……」

ジレが思わずというように感嘆の息を漏らして、ガーデンを眺める。

赤薔薇を中心に、ツル薔薇、白薔薇、細やかな花がさまざま咲き誇っている。
緑の葉がイキイキと伸びて、ガーデンアーチを、シャボンフィッシュがくぐっていく。棘でパチリと弾けると、きらめく水滴を降らせた。
にょきにょき! と新芽が現れて、マジカル変化する。

「ええぇ……」

ジレの声の変化に、パトリシアたちは喉の奥で笑いを堪えた。

新芽はくにゅくにゅうごめいて、ジレに手を振っているかのようだ。

クーイズが振り返る。

「パティお姉ちゃーん。ジレに庭の説明してあげてよ?」
「まかせろ」

パトリシアが堂々と前に出る。

葉っぱの耳を持つミニウサギがやってきて、パトリシアの足にぶつかった。
ひょいとそれを抱えたパトリシア。
ジレに見せる。

「ここは庭園ダンジョンだ」
「は?」
「まあ気持ちはわかる。まず、聞きな。お屋敷領域がダンジョンとなっていることは、聞いてるな?」

ジレが、ごくりと生唾をのむ。

「ここは庭園領域。ってふうに、場所によってダンジョンの様子がちょっと違うんだよ。これから作業をするんだ、庭園領域の仕様について知っておいて」
「し、仕様」
「モンスターの生まれ方とか」
「モンスター!?」
「正確には、魔物未満の『モム』。この葉(ハ)ビット・モムもそう。ダンジョンだから独自のモンスターが生まれるって、知ってる?」
「えっと……言われてみれば……って感じ、です……?」
「でも常識が追いつかないんだろ?」
「はい」
「慣れる。安心しろ」

ジレは、すうっ……と瞼を半分降ろした。半眼というやつだ。諦めた目をしている。

レナが最初にぶちかましたのがいい判断だったらしい。
ここでは非常識があたりまえだぞ。

▽レナの物語に入りかけたぞ! 気をつけろ!

(ほかの場所でも似たような問答してるんだろうなぁ)と、想像したパトリシア、そのとおり大正解である。まあそれはあとで。

「いいリアクションだったよ、ジレ。ははは!」

パトリシアが、ぽん、とジレの肩に手を置いた。
びくぅ! とジレが飛び上がったが、毒は服に吸収されてしまって、パトリシアの手にダメージはなかった。

(店長ぉぉ! もう……可愛い子供に寛容なのは知っていますけれど、距離が不安ですよ!)
(あっぶねぇ! もし毒が手に入ってきてたら、レナ様がどんだけ嘆くか、従魔が暴走するか分かんねぇから、積極的に触れていくのはやめてくれよ……心臓がいくつあっても足んねーわ)

リオとクドライヤが、深い息を吐き出した。

「じゃ、今日の作業について」
「はい。えっと……」
「パトリシアでいい」
「パトリシアさん」
「まあ、それで。ジレ、あそこ見えるか? 庭の端っこ、雑草が生えてるじゃん。焼き払って欲しいんだよな」

指さされた先を、ジレが見て、ハッとした表情になった。

これまで綺麗な花壇に夢中で、隅っこは視界に入っていなかった。

黒くこびりつくように生えている雑草群。
明らかに異常だ。

(この屋敷がボロボロだった時にも、あんな草はなかったぞ……)

ということは、その後芽生えたということだ。
レナパーティがわざわざ作った品種でもないはず。

(俺たちが精霊を堕としたから? 死者の魂を汚したから? そういうものの、影響なのか……)

ジレが、ぐっと拳を握った。

パトリシアたちは原因について言及しなかった。
ただ、あれを焼き払う仕事をしてほしいと。

「わかった」
(清算だ……ゼロになるわけじゃ、ないけど……)

ここには、犯罪労働にきたのだ。
しかし、それをただの重荷に思わないのは、綺麗な服を着て、甘いものが胃を満たして、見守る視線が優しいからか。

歩いていく時、服が優しく肌を包んでいた。

近づくと、腐臭もわずかに嗅ぎとる。
ジレの鼻は鈍感な方だが、気付いた。ということは獣の姿をしたモムたちは、この一帯に近寄らないのも当然だ。獣にとっては鼻がもげるような臭いだろう。
これをなんとかしたい、ということをレナパーティは犯罪者への課題として残した。

「……俺の炎は、威力はあるけど、毒を撒き散らします。大丈夫ですか……?」
「「なーんのためにクーとイズたちがいるって思ってんの〜?」」

にひひ、と歯を見せたクーイズは頼もしかった。
赤と青の2人にぷよんと分かれたのは、何かあった時に対応しやすいように、だろうか。

「変化します」

▽ジレは 魔物型になった。

焼け焦げたような黒々とした身体、ひび割れたところからは濁った炎がにじむ、グロテスクな蜥蜴(トカゲ)の姿。
レナが見たら『黒いサンショウウオ』と称しただろう。

ジレは大きな口を、閉じている。
息をしたら、毒をはらんだ蒸気がぶわっと溢れるからだ。

<……>
(しまった、口を閉じたままじゃ言葉を届けられない……)

ジレはウッカリしていて、頭が真っ白になった。

五秒ほど、動きを止めている。

どうしたんだ……?とパトリシアが不思議そうに呟いた声が、耳に痛い。

<アラアラ〜! 私を頼ってくれていいのですよ? ホホホホホ!!>
<!!!!>

▽脳内にキラの声!

<ははーんなるほど。炎のスキルを使うと空気中に毒が撒かれるから、炎を纏って地面を疾走しようと思うけど、それでいい? って確認しようと思ったんですね! 良いと思います! とっても良いと思います! その思いやりに5000兆点! えらーい!>

ええと……とジレが返事を考えている間に、

<みなさんに伝えておきますね!>

キラが伝言した。

ジレの背中に向けられる視線が、さらに優しさを増した。

(う、うわあああああ!?)

照れまくったジレは、ボウッ! と炎を纏う。

オレンジ色の中に、紫がパチパチと混ざる、ねばりけを持つ独特の炎だ。

ダッシュ!!!!

庭の隅をざかざかと走る。
光景としては、とても地味。
そして不気味。
悪夢のような漆黒の庭に大|蜥蜴(トカゲ)、ヌラヌラした炎が地面にへばりついているのは、異様なおぞましさだ。

パトリシアたちは、ジュエルスライムがうすーく伸びたドームの中から、ジレを眺めていた。
ドームごしに見た光景は、どんなに不気味でも、きらめきが足されるのが面白い。

「空気中に毒……滲んでんの? クーイズ」
<<とぉっても美味しいの〜♡>>
<だそうです☆>
「ありがと、キラ」
<でもでも私が出しゃばっちゃうと、またマスター・レナのための物語になってしまうので、そろそろ自重致しますねっ>
(((それは大事だ)))

パトリシア・リオ・クドライヤが、うんうんと頭を縦に振る。

周りを眺めたが、花壇に毒の影響は見られない。
パトリシアがクドライヤを見上げ、視線で問いかけた。

「あー……みなさん、上を眺めてもらえますか? 魔力の揺らぎがあるの、分かります?」
「さっぱり分かんねぇ……クドライヤさん、やっぱ鋭いっすね」
「僕も分かりません」
「……。あの魔力の揺らぎ、幻覚だと思います。あと外のゴーストローズが気温の低下を感じているので、氷系の魔法が使われています。リリーさんの[幻覚]、キサさんの[クリスタロスドーム]でしょうね」
「あー! ありえそう」

どの程度、ジレの毒が効くのか? わからないから、レナパーティは万全の準備をしていた。
もしもの事態で誰かが傷つくことのないように。
ジレのコンプレックスを刺激せずに、心を守れるように。

だからジレだけを檻に閉じ込めるのではなく、自分たちの方をスライムドームで覆ったのだ。

(終わりました! ……どう伝えよう)

ジレは歩行をやめると、困って固まり、瞼を何度かひくひくさせる。
おかしな草は焼き尽くされていて、ねばついた炎が灰を地面にべっとりと付着させていた。

パトリシアたちを眺める

<ギューゥ……>

喉を鳴らして、僅かな音を漏らした。
それは、クーイズが聞いた。

<そろそろ毒、弱まってきてるよねぇ? ひとりでガードできそう? クー>
<ういっす! んじゃイズ、ジレのこと頼んだぜぃ>

スライムドームがいっそう薄くなり、端っこから、ぽよよん! と青スライムが弾み出た。
それから、人型のイズミになる。

<!!>
「えらかったねージレ、お疲れさまだよ〜」

イズミが、蜥蜴頭を撫でた。

「よっと」
<え、うわ、うわあっ>

イズミが煉獄火蜥蜴を抱えあげると、ジレはとっさにジタバタ暴れた。
捕らえそうになった時の、恐怖が湧き上がってきたのだ。

尻尾まで一メートルほどもあるジレが暴れると、イズミにたくさん傷がついた。

「スライムだから問題ないよ、って言ったっしょ? そーやって失敗もしてさ、練習しな」

イズミの凹んだ部分が、元に戻った。

えぐれた青の断面は、血色から離れていたぶんジレの罪悪感は少なかったが、それでも落ち込ませた。

<ごめん……>
「よしよし。今の毒気も、イズが吸収したから大丈夫。制御、学ぼう」
<そんなことできるんだろうか>

イズミの肩に顎を乗せたジレが、呟く。

「|進化(レア・クラスチェンジ)。考えてみたら?」
<!>

よしよーし、と背中を撫でられる。

こんなに恐れのない手のひらは、初めてだった。

レナに習ったのだ、イズミたちの撫で方は。
心地いいに決まっている。

<あの。草は燃やしたけど、毒の地面は、どうするの……?>
「みてごらん!」

イズミが体勢をくるっと90度、横向きに。

2人で庭を眺めた。

紅色が踊るように現れた。

▽聖霊カルメン!

『媒体として十分だ。出でよ、白炎!!!!』

ボウウウウ!!!!
くすぶっていた煉獄の炎が、白く燃え上がる!!

カルメンがその中で、華やかに踊る。
脚をのびやかに動かして、スカートと髪を遊ばせて、高らかに手を叩いた。
赤い唇が、歓喜の笑みを刻んだ。

魂に響くような、太古の歌。

シュワアッ! ……クリスタロスドームを蒸発させて、カルメンの白炎が消えた。

「<ブラボーー!>」

イズミとクレハが、嬉しそうに歓声をあげた。
同じく歓声をあげそうになっていたレナは、壁の陰で、あわてて口をつぐんだ。

『我々の白炎は美しいだろう? 炎属性の子供よ』
<……!? は、はい>

グッ、と顔を近づけられたジレが、ビビッと驚きながら答える。

『これが欲しいだろう? よし、待っているぞ!』
<!?!?>

ジレの鼻先に噛みつくようなキスをして、カルメンは消えた。

懐かしい火山地帯のケダモノの味がした、とのちに聖霊は語った。

「カルメン様だいたーん♡ ま、それは置いといて。ジレ、まだまだショーは続くよ〜」

ぽかんとしているジレの背中を、とんとんとあやすようにイズミが叩く。

きらめくシャボンフィッシュが弾けて、エリクサーが地面に染み渡っていく。
パトリシアとリオ、クドライヤが、タネをまいていった。
超速ハッピークローバーが瞬く間に芽吹き、緑の一帯となった。

「すげーめちゃくちゃいい土。納得の生育。ありがとな」
「これとかいい感じですよ、店長」
「お、リオ、剪定してみな」

リオが、園芸バサミでぷちりと切ったハッピークローバーは、うねうね動いている。
ふわふわ飛んできた綿毛と合体して、手のひらサイズのクローバー葉(ハ)ビット・モムになった。

「ああ、鑑定して欲しいなー」

金色猫がやってきて、小さな紙を渡して帰る。

「”毒無効。非常時に一度だけ白炎を灯らせて、燃えきったら種となり、また芽吹く。そんなモム”……とのこと」

瞬きすら忘れてびっくりしているジレの頭に、クローバーウサギが置かれた。
ぽふぽふと動き、頭の中央に納まる。かがみもちホームポジション。

「「仕事終了、お疲れさまだよジレ!」」

本当に疲れた、とのちに口をむずむずさせながら、ジレは仲間に語るのだった。

▽初仕事、満点!

 

 

 

 

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