245:レナパーティの甘美な午後

「ふあああ〜……! こんなにたくさんチョコレートが食べ放題、食べ放題……本当なんですか!? お、おいしいですっ」

ノアが、巨大に切り分けられたチョコレートケーキを一口一口、それは丁寧に口に運ぶ。

モスラが手がけたチョコレートムース・チョコスポンジ・チョコチップ、それぞれホワイト・スイート・ビターの風味が口の中でとろける。
あまりの美味しさにペロリとなくなる。

うっとりと涙を浮かべて食べる様子を見て、モスラもチョココもニコニコしている。

「そのように食べていただけると作りがいがあります(お父様にも良い報告をしてくださいね)」

「そのように食べていただけると作りがいがあります(チョコレート創造的な意味で!)」

ノアがハッと我に返る。
ついつい夢中になっていた。
(はしたないくらい一気に……! で、でも、もう少し)

「おかわりをください……」

モスラがにこやかに配膳をした。

それくらいチョコレートケーキが気に入ってしまったのだ。口の端のチョコレートをそっと舌で舐めとって、それからふにゃりと甘ったるく笑ったノア。

「幸せのお菓子ですから〜。無限のお菓子、スウィーツプリンスのチョココ事、従魔レッド! あっれー? あなたをとりこにする甘みの暴君です、スウィートミィ」
「イートミィ!」

チョココとミディが言葉を合わせて、ビシッとポーズ。チョココは口上が自由すぎる。
ぷふっ、とエリクサーウォーターを噎せたノアはわるくない。

レナがハンカチを差し出しながら、尋ねる。

「そして。ノアちゃんはどうしてここに?」

レナの声は、震えている。
ノアの格好をまともに見ることができないのだ。
ルーカとの感覚共有で心を読むなんてもってのほかで、そもそも、彼は腹筋ダウンして隣の部屋で休んでいる。

「あっ、はい。この格好を見ていただければ分かる通りで!!」
(んん〜)

ノアが堂々と立ち上がる。
本人は至って真面目なようだ。いっそうレナは笑いを堪えるしかない。耐えろ。

▽忍者コスプレ!!!!

全身をぴったりと覆うタイプの黒の衣装。可愛めにアレンジ。
闇に溶け込む忍者が身に付けるならば、合点はいくものの、昼の洋館でこの服装は異質である。シヴァガン王国でもさぞ目立ったことだろう。

レナは、久しぶりの和風テイストを懐かしむ暇もない。
口の内側をぎりりと噛む。

「そ、その衣装はどこで?」

もしかして東方の国とやらの使者がきている? お米!? と期待しながら聞いたが、

「最近話題の、グレンツェ・ミレーの子供服屋さんから買いました!」
「……あーーー!」

ピンときたレナパーティ。

港街の服屋[|子供の魅力(リトルチャーム)]だ。
そこの店長が、シヴァガン王宮に滞在しているらしい。
王宮内では珍しい、子供らしい見た目のノアをロックオン、オーダーメイド衣装を作ってくれたそうだ。

(まさかそんなご縁があるとは……あるんだろうなぁ……)普段、赤の運命に振り回されているだけあって、レナの納得は早かった。縁は、つながってつながってつながるものなのだ。

「巷で話題のレナパーティの皆さんがお得意様なんだって、聞いていますよ?」

▽ノアのスマイルメンタルアタック!

商売人である服屋店長は、売り方がとても上手だったらしい。
話題のレナパーティという名称(ブランド)を駆使して、コスプレ服を売り込むことに余念がなかった。

▽これが……あの赤の女王様のお買い上げ衣装!
▽メイド服! キッズドレス! コスチュームプレイ!!
▽ざわざわざわ……

▽再会が楽しみである。

アリスは思うところがあったものの、余計な口を挟まなかった。

「──ほ、本題に戻ろう。ノアちゃんがその服を着てきたっていう事は、美容とかお茶会とか遊びとか……そういうつもりできたんじゃない、って解釈で合ってる?」
「ええ。あの、わたくしったら遠回しな言い方をしてしまって、申し訳ございません……本日は鍛えていただきに参りました!!」

ノアの指が、スカーレットリゾート招待チケットの”ダンジョンアトラクション”のところを指差す。

レナがせいいっぱいの険しい顔になる。

▽赤の覇気が現れる……
▽魔王に慣れたノアは 怯まない!

「このアトラクションは、厳しいよ?」
「望むところでございます」
「ただ自分を鍛えたいっていう軽いノリじゃ、なさそうだねぇ。ノアちゃんがそんなに前のめりで主張するなんて」

机に手をついて椅子からも立ち上がっていたノア。
ハッとして、申し訳ございません、とちょっと赤くなって座り直した。

水色の瞳はまっすぐにレナを射抜く。

「わたくし、目指すものができました。夢、と言っても過言ではございません。……諜報部の訓練係、になりたいのです」

クドライヤとロベルトが驚いて、目配せする。
まず、ノアの説明を待った。

「全部正直に申し上げます。これから夢組織の子ども数人が、諜報部で奉仕作業をいたします。そのための訓練を受けるのですが……訓練方法があまりにも大人向けすぎると、感じたのです。厳しい訓練をただ適用するのではなく、もっと柔軟に、その子に合った訓練を……手助けできたらって考えました。だって本質は諜報部での奉仕作業、魂の罪の浄化ですもの」

それとなくレナパーティに窺われる、クドライヤとロベルト。
一瞬でアイコンタクトして意思疎通を行う。

(まあ、ノアお嬢様のおっしゃる事の理屈はわからなくもない。お優しい方だから、同情したのだろう)
(それにしたってここまでの暴走は……どのような気持ちの変化があったのか?)
(夢組織の干渉が考えられると思うか?)
(ない)
(だな。王宮にいてそれはありえないし、ノアお嬢様自身も聡明な方だ。宰相が魔道具で厳重に守っているし……)
(ずっとこちらにいた俺たちでは事情を把握しきれないな)
(そもそもそのようなことを宰相が許したと思うか?)
(連絡は?)
(来ていない)
(ノアお嬢様が自発的にやってきたならば、宰相にまず連絡を……)

「お父様にも許可を得ています」

((あっ、もう言うこと無いな))

ふう、と息を吐いて、諜報部二人はやりとりを見守ることにした。
目元は鋭く細められている。

ノアの絶妙なタイミングの発言は、やはり地頭の良さが現れている。

(訓練の過酷さは俺たちも知っている)
(慣習を断ち切り、改善したいならすればいいと思うな)
((困難だろうが、挑戦してみればいい))

二人とも、すっかりと「見守る」姿勢が、レナパーティと関わるうちに身についた。

「勝算はある? ノアちゃん。新しいルールを聞き届けてもらうための戦略……それって難しい試みだと思うけど」

レナはすぐには頷かない。
ノアは説得のため、口を開いた。

「わたくしの立場、影蜘蛛の姫であり宰相の娘であることを前提に、まず、諜報部の皆様にお話は聞いていただけるでしょう。それから訓練員試験にわたくしが合格して、仲間となりともに導くことです。そこまでできてきっと、初めて改善できます。
そのために、訓練員試験を突破しなければなりません。筆記試験はお任せ下さい。あとは実戦、攻撃力はそこそこあるのですが、防御力に乏しいと言われてしまって……いかがでしょう? レナ様、わたくしに訓練のお力添えをしていただけますか?」

ノアがレナの側に行き、手を取り、懇願する。
小さな体を活かした可憐な上目遣い、子ども好きのレナに効果はばつぐんだ!

「きちんと全部考えてきたんだね……それなら、わかった」
「ありがとうございます!」
「友達だから」

((レナパーティまで味方につけた。強ッッッ))

ノアとレナが、微笑み合う。
その背後には、メラメラとやる気の炎が燃え上がっているようだった。

▽キラの エフェクト映像!
▽クドライヤと ロベルトは 無表情を|取り繕って(・・・・・)いる。

「ふふ。ノアちゃん、私たちねー、今日の午後からは頑張って動くぞー!って思ってたの! だから気にしないでね」
「重ね重ね、ありがとうございますレナ様……!」
「そ、そんなにかしこまらなくても」
「感謝せずにいられませんわ」
(ぐいぐいくる)

こんなに押しの強い子だったっけ……? とレナは動揺している。

オズワルドに目線を送ったが、オズワルドも首を傾げてしまった。

▽魔王で慣れたのだ!!!!

「ノアちゃん、隠し事はなしのつもりで、言っておくね。まず、友達として助けたいなって気持ちは本物。だけど私たちにも下心があるんだ。これからやってくる夢組織の子たちとノアちゃんは仲良しって聞いているから、その子たちがお屋敷に馴染むよう、お手伝いをしてもらえたらなって」
「まあ。もちろんですわ」
「同意が早い」

レナは眉をハの字にして告げたが、ノアはからっと笑い飛ばした。

目がキラキラとしている。
こんな様子は見たことがなくて、オズワルドの首が真横になってしまったくらい。

ルーカがやっと笑い切って、部屋に戻ってきた。

(……あ)

ノアを見て、察する。

未来に希望を持っている目だ、と。

これまでノアには、暗いネガティブなオーラを視ていた。
どこか自分に自信がなくて、人生を諦めてしまっているような、そんな過去のルーカと良く似た雰囲気。

しかし今は「変われる」と信じている。
魂が輝きはじめていて、ルーカはうっとりと紫の目を細めた。

こういう雰囲気を視るのは、とても好きだ。

レナの太陽みたいな魂の光を眺めるのは、もっと好き。

ぱちり、と瞬きした。

目配せしてきたレナに微笑みかけて[感覚共有]をする。

「ではノアちゃん。衣装もバッチリなことだし、すぐ始めますか!」
「はいっ! 先生!」
「ステータスを視るけれど、いいかな?」
「お父様に許可をもらっていますから」

ノアの言葉の端々に、お父様が登場するので、これまではずっとなにかする度に確認をとって、父のレールの上を歩いてきたのだろう……と、レナは黒紫の目で視る。

ノアの心音が、速い。
ひとりきりで歩み出して、ドキドキ緊張しているのだ。

大丈夫だよ、の気持ちを込めて手を握る。
ノアも可憐に笑いかけてくれた。

▽ノアが 赤の信者になった!

「名前:ノア
種族:影蜘蛛♀、LV.15
装備:ニンジャドレス、Mリング×10、M防犯呪具×10、M装飾保存ブレスレット(朱)
適性:黒魔法[闇]、緑魔法[治療]、黄魔法[付与]

体力:10
知力:35
素早さ:7
魔力:30
運:10

スキル:[癒しの糸]、[粘着糸]、[束縛糸]、[切断糸]、[束縛技術]+1、[毒牙]、[蜘蛛の繭]、[交渉術]
ギフト:[蜘蛛の嗜み]☆4、[影蜘蛛女王]☆6
称号:魔人族、宰相の娘、幼弱個体」

「ダンジョンに行こうか」

レナたちが歩き出す。
モスラとアリスはアネース王国に帰り、パトリシアたちは庭に向かった。

道中、ノアが深呼吸をする。

「さっそく、ですね……ドキドキします。む、武者震いですっ」
「内容を聞く前に了解してくれるし、やる気もあるし、ノアちゃんって素晴らしいね〜」
「そ、そんな褒め方をしてもらったことって、わたくしこれまで一度もなくって……レナ様、優しいですよね」
「でも今は調教師かなー?」
「え?」

▽ルーカの 称号セット。
▽レナに[調教師]の効果が半分適用された。

「テイムしてからの教育なら、魔物使いの職業補正が成長促進をしてくれるんだけど、諜報部の場合はテイムは原則不可だもんね。レグルスは聖霊対策本部として例外だけど、諜報部全体の新人訓練員として試験を受けたいなら」
「テイムしないほうがいい、ですね。了承しております」
「うん。だから少しでも成長が早くなるように、調教師」
「どんな厳しい訓練でも、わたくしはきっと……!」
「うーん、これからその子に寄り添った訓練をしようって考えてるノアちゃんが、肩に力を入れすぎるのは、よくないんじゃない?」

ノアの固く握られた拳を、レナがそうっと開く。

「甘やかすよ。目一杯甘やかすよ。そういう訓練もあるんだって、知っておいてね?」
「レナ様……」

一階中央の部屋の前に、着いた。

レナが扉を、開けた。

▽[|お菓子の小部屋(スウィーツルーム)]が現れた!
▽甘やかす(物理)!

マシュマロの床、クッキーの階段、チョコクランチの岩、咲く花はラムネとマシュマロボディマッチョマン、綿菓子の雲が浮かんでいて飴を降らせ、空気はフワンと甘ったるい。
桃色の空がロマンティック。

「わああああ!?」
「……うぷ。これを見て目を輝かせるあたり、素質あるなー、ノアちゃん」

レナが口元を押さえながら、ノアを眺めて苦笑した。

さっき調子に乗ってチョコレートケーキをたらふく食べてからの、この匂いは結構キツイ。

鼻がいい獣人たちはそもそも同行しておらず、扉の前で待機。

<私がはりきってご案内申し上げますね! なにせパンドラミミックって鼻がないので! オホホホホホ☆>
「た、確かに」

空中にぷかぷかと浮かんでいる薄い箱。
キラキラの蓋が開くと、ブラックホールのような漆黒が覗いて、ぽんッとフォークとスプーンが出てくる。

ノアは思わず受け取ったが、首を傾げた。

「あの、これ……?」
「訓練方法を説明します」

レナがにこりと有無を言わさない笑顔で言い放った。

「ノアちゃんに足りないのは防御力! だったら、覚えるべきスキルは[体形変化]だと”視”ました!」
「体形変化……」

ノアはハマルをイメージする。
レナの背後に浮かぶ雲は、とても大きな羊のようだった。

「大きくなったら防御力も上がるだろう、って解釈であっていますか……?」
「その通りだよ。今までは、小柄で繊細なノアちゃんは攻撃を受けたらひとたまりもないからって、戦闘にも出してもらえなかったんだよね?」
「そうです……」

ノアはしゅんと眉尻を下げる。

レベルを上げるために、訓練したことはあった。
しかし影蜘蛛の雌が次世代を生まないままに死んでしまってはいけないので、怪我をしないことが第一優先とされていた。
防御力が低いため、拘束→切断を繰り返すばかりで、レベルは上がっても体はまるで丈夫にならなかったのだ。

未だに、影蜘蛛の子を産むこともできないくらい、ノアは見た目も幼く、成長が止まっている。

「大きくなる!」

ノアが前を向いた。

「そのためには! 食欲!」
「食欲! えっ!?」
「スプーンとフォークを構えて、ノアちゃん!」
「ええっ!? は、はいっ!?」

▽チョコバタフライが 飛び込んできた!
▽ノアは フォークで串刺しにした!

「反射神経がいいねぇ」
「えええっと、これを!?」
「食べましょう」
「い、いただきまーす!」

ノアがぱくりとチョコバタフライを口に入れて、咀嚼する。
蜘蛛なので、蝶々はもともと好物だ。
魔物形態の時に好んで食べる。

さらにチョコ味。

「美味しい……」

ノアがうっとりと呟くと、ふわっと蜘蛛の糸が周りに舞う。
雌の影蜘蛛は、興奮すると、巣作りの元になる[綿糸]を生成するのだ。

チョココがやってきて、糸を全て「[|お菓子な魔法(スウィーツマジック)]!」してしまう。

「イチゴグミです」
「イチゴグミ!?」
「スウィートミィ♡」
「はわわわわ」

チョココがつまんだイチゴグミを、ノアが思い切って口にして、ちゅるるん! と吸い込む。

「はぁ、はあぁ……いけないことしてる気分です……こんなにお菓子をいっぱい、ふ、太ってしまいますもの。これまで甘いものを食べ過ぎないようにって、自制していましたのに」
「訓練方法を発表します。『食べ放題』!!」
「食べ放題!?」

レナがどっさりとチュールクッキーを積んできて、ノアに差し出す。
チョココが[テイストチェンジ]ホワイトチョココになり、たらーりと白のチョコレートをかけた。

ノアの目が釘付けになる。

よだれが溢れそうだ。

「い、い、ん、で、す、よ……?」

ホワイトチョココが、ノアの耳元で甘ったるく囁く。
ノアがぷるぷる震える。
我慢の限界を迎えたようで、指がお菓子に伸びてゆく。
もはや止めることができない。

「ぅぅ、ううう……! こんなに食べて、虫歯になったらどうしようとか、宰相の娘なのに見た目がどうなのかとか、そもそも訓練なのかとかっ」
「難しいことはわかりません。脳みそ生クリームなので」

▽チョココ、この場においては完璧なフォロー!!

「いただきまああああす……!!」

▽ノアが暴食に目覚めた。

美しいフォームでお菓子を食べ続けるノア。

チュールクッキーホワイトチョコがけ、チーズビスコッティ、チョコチップカップケーキ、生クリームプリン……

カロリーたちがなんとも美しい見た目を伴って、ノアの元に集まってくる。
チョコレートバタフライを蜘蛛糸で捕まえて、もぐもぐと咀嚼し、舌の上でとろける風味を味わうノア。

「訓練、最高ぅぅ……!」

ふくふくとお腹を膨らませて、今日の訓練を終えたのだった。

日々丸くなっていくノアを眺めることになった宰相と影蜘蛛一族が頭を抱えてしまい、レナパーティはちょっと申し訳なくなり、チョココは相変わらず「よくわからないけどたくさん食べてもらえて嬉しいです! スウィートミィ♡」なのだった。

 

 

 

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