243:夢組織のお別れ会2

プレゼントボックスは横長の箱。
赤い包装紙、ピカピカ光るリボンがかけられている。

意味がわからない、というふうに夢組織の子どもたちは戸惑っている。

(各々の考えている事は大体わかりますね……)

宰相は観察して、そっと目を伏せた。

(こんなに綺麗な物を自分たちにプレゼントとして見せたのはなぜ? 本当に自分たちへのプレゼント? ……というあたりでしょうか……)

「わあ! レナパーティのみなさんは、きっと三人が来るのを楽しみにしていらっしゃるんでしょうね。戦いはありましたけれども……一緒に暮らすとなれば仲良くしましょう、ってお気持ちのプレゼントでしょう」

ノアが無邪気な笑顔で、余計な、しかし核心をついた一言を口にした。

夢組織の者たちの瞳が揺れる。

宰相は何度目かのため息を吐きたくなった。

「──早く開けてしまいましょうか」
「それが得策だな!!!!」

導き出した最適解は、進めること。
長々と深読みを始められては、疑念が膨らむばかりなのだ。

「さあ開けよう!!!!」
「譲りましょうね」

▽宰相の 束縛技術!
▽ドグマは 蜘蛛糸で椅子にくくりつけられた。

「……それくらい分かっておったわ!」
「何事も予防が大切ですので」

ふてくされたドグマを眺めながら、宰相は指で箱をつつき、三センチほど、夢組織のほうに押しやった。

スケルトンホースが、ドグマにビビって白目になっていたので、大丈夫ですか……と宰相が声をかけると、イラが「ええ」と背中をさすってやりながら代わりに答える。
力関係がよくわかる。

「開けていいんですね?」
「はい」

代表して確認したイラを、子ども三人がはらはらと見た。

イラは苦笑しながら、箱を三人の前に置く。
シルクゴーストが飛びあがって、スケルトンホースは「ぎゃ!」と震え、煉獄火蜥蜴が肌にびきびき亀裂を走らせる。

「はい、みんなでやること。いいね? おれじゃなくて三人に、ってことだと思うから」
「えええ……でもー、イラがやってくれないの……?」
「これからおれは離れるから。力を合わせて挑戦できるようにならなきゃいけないと思わない?」
「ぅぅ、ううぅぅ〜〜」
「大丈夫、大丈夫。拷問じゃないから」

イラの一言でシルクゴーストとスケルトンホースがさらに怖がってしまった。

(わざとか……?)宰相がにこやかなイラを横目で見る。
いや、悪気はなかったようで、「あれ?」と慌てはじめた。
そのままの意味で安心させようとしたらしい。しかし言葉選びがまずかった。イラもまだまだ話術など付け焼刃だということ。

宰相が言葉をかけようか迷っていると、

「じゃあ……俺、やる」

煉獄火蜥蜴がスッと手を挙げた。

三人の中では一番年長だ。十五年生きている。
しかし見た目はまだ幼く、少年にもなりきれていない程度。

成長がゆるやかなのは長寿種族の特徴であり、進化を一度もしていないから、と考えられる。レア種族でありながらもステータス数値が特別高いわけではないのは、それが理由。

煉獄火蜥蜴ジレは、浅黒い肌に細やかな傷がついていて、おでこに黒い竜鱗が覗いている。
短めの黒髪が、頭を傾けた時にふわりと揺れた。

切れ長の目で、真剣にじーーっとプレゼントボックスを眺めている。

ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。

「ここを、こう、合ってる?」

リボンの端をつまんで、宰相の了承を得てから、解いた。

しゅるりと贅沢なリボンが解ける感触は、ジレがこれまで経験したことのないものだった……

リボンを解くだけでも随分と時間がかかってしまった。
包装紙はいったいどれほど躊躇われるのか、と思っていたが、

「ジレが頑張ったんだし、わ、わたしたちも」
「や、やるよぉ〜……ぐすっ……」

シルクゴーストとスケルトンホースが、恐る恐るといった手つきながらも、包装紙を破りはじめる。
ビリビリと破れているのは、慣れない作業なので仕方ない。
意外にも早く、白い箱があらわになった。

鼻をヒクヒク動かしたスケルトンホースが、甘い香りにびっくりして鼻をこすって、鼻粘膜が傷ついたのか、鼻血がたらりと垂れてしまった。

シルクゴーストがエプロンの端で、血を拭いてあげる。
赤く汚れたエプロンを軽く払うと、汚れがきれいになくなってしまった。

(あの種族特性は気になりますね)と宰相が脳内にチェック。

「箱の白、包装紙の赤、めでたい色合いだな!!」
「わあ、魔王様のご発想とても素敵ですねぇ。紅白、縁起色、幸運なレナパーティにぴったりって感じがします」
「そうだろう!!!!」

唐突に挟まれる魔王・ノアの漫才。

まさかの事態に、宰相は机の角に頭をぶつけたくなった。

▽みんな落ち着いて。

「「「せーの」」」

▽プレゼントボックスが開いた。
▽美しいチョコレートコレクションが現れた!×4

「わあぁ!」

ふわんと香る、なんとも甘ったるい幸せの匂い。
つやつやとした宝石みたいなチョコレートたち。

口をいっぱいに満たしてしまいそうな大きめの台形。
上面には、ゴースト・馬・蜥蜴・花がそれぞれ描かれている。
ホワイトチョコレートとビターチョコレートで、見事な絵にしたのはモスラだ。それはもう「仲良くしましょうね?」の願いが濃く濃く濃くこもっている。

「すごぉい……」
「これ、わたしたちの、ために……?」

感嘆のため息とともに子どもたちが呟いた。
このチョコレートの柄を見れば、自分たちに送られたものである事は、よく分かるはずだ。

「これえーっと……ぇぇと……うぅぅ」
「食べていいやつ、なんだよね? ノアお姉ちゃん……」

三人はもごもごと声を曇らせながらも、ノアに聞いた。
宰相をチラチラ見ていたが、こちらは恐ろしいので、ノアにしか聞けなかったようだ。

クドクドとそれを説教してもしょうがない、とは、宰相は理解している。

ノアが会話を譲る視線をよこしたので、身内が及第点であることにひとまず満足して、宰相が返事をする。

「レナパーティーから、新たな仲間を歓迎する気持ち……だそうです。心置きなく食べて、美味しかったと伝えてあげるのが十分なお礼となると思いますよ。コレの対価はそれだけでいい」

4人ともが、明らかにホッとした顔をした。
なにを対価に求められるやら、と深読みしていたらしい。

「さあ、手を合わせて」

ノアがお手本として、やってあげる。

すると夢組織の3人はぴっと背筋を伸ばして、同じように手を合わせた。
だってチョコレートは美味しそうに誘惑してきてどうしても待ちきれないのだ!

「「「いただきますっ……」」」

地下牢の一角でのみ、甘い香り。
チョコレートは舌でなめらかに溶けて、こってり濃厚な風味が体を震えさせる。
やがて真ん中にあるフルーツジャムが飛びだした。
チョコレートの風味と、フルーツの爽やかな甘酸っぱさ。
模様を作っていたホワイトチョコレートが、まろやかに味をまとめてくれた。

「こここんな美味しいの、食べたことない……!」
「意味わかんないなにコレすごい……ぅぅ……ふあ〜……骨が甘くなっちゃったような、気分んん……」
「すんごい、贅沢品だぞこれ。今、自分の口の中が現実かどうか疑ってるくらい……」

チョコレートの後味に浸りながら、3人はほっぺを押さえたり、口元を押さえながら、語る。

ほうっと吐く息の、甘く幸せそうなこと。

「ごちそうさまでした?」

ノアが、ふふっと微笑みながら手を合わせてみると、

「ええー。やだやだごちそうさましたくない……」
「まだこの夢みたいな味に浸っていたい、みたいな心地になるな、コレ」
「今すぐ殺してぇぇ……」
「オイ物言い。それってさ、いい気分だから今死にたい、みたいな感じだろ? 言葉選ぼう……」

「ふふ、じゃあ、もうちょっとあとでね」

ノアが手を机の下にそっと置いた。

ほわほわと後味に浸っていた夢組織が、最後のひとつのチョコレートをじーっと見る。

「これギルティアお姉ちゃんのだよね。だって花柄だし、一緒にその、レナパーティ……のとこに、行くし」
「でもでも絶対食べないと思うよー。だって今、戦いに負けてものすごくすねてるじゃーん……」
「……ねー。イラ、まだ食べてないでしょ?……」

気まずそうな困り顔で、3人はイラとチョコレートを見て、目をさまよわせる。
夢中で自分のを食べてしまったし、ギルティアにもイラにもチョコレートをあげたいし、でも全員のはないし。

最終的には、助けを求めてノアを見た。

「うーん……」
「その説明は私が致しましょう」

宰相が片手を挙げる。

「レナパーティからチョコレートを贈るのは、これから迎える予定の夢組織の者へだけにしてください、と我々が頼みました。他の者の分も……という申し出はありましたが。 シヴァガン王国政府の法律に基づいた判断です。以降、よく聞くように。
これからよろしくという挨拶の贈り物であればギリギリ許容範囲。理由があいまいな贈り物となれば、届けられません。現役犯罪者への贈り物は、数日がかりの厳しい審査が本来御座います。
食べ物には復讐の毒が入っていないか、身内からの脱獄目的の差し入れではないか……など……」

また、空気がずーんと沈んでしまう。

「せっかくチョコレートを食べてニコニコとしていたのに、そのようにしょぼくれてはもったいないぞ!!!!」

▽ドグマァァァァァ!!!!

ドグマが立ち上がって吠えるように語る。

▽覇気がすごい!

「宰相はいつももったいぶる。なので我が教えてやろう!!」

いよっ!待ってました!……という心地の宰相である(ヤケクソだ)。

「贈る理由があるプレゼントであれば、受け入れられると言うことだ。お前たち夢組織の絆は強いのだろう? であれば、レナパーティに行った3人が、魂を綺麗にして、いずれチョコレートを仲間に贈る分には問題がないのではないか? もちろん獄中の仲間も更生に励むとなおいいだろう!」

「道理が通っているので、それならばチョコレートの贈り物を受け付けることができます」
「そうらしい! お前たちが目指すべきはこれだァ!!!!」

ドグマがぐっと拳を握った。

▽覇気がすごい!!!!

スケルトンホースが椅子ごとぶっ倒れた。
ネガティブな彼は、おそるべきポジティブオーラに圧倒されたらしい。

仲間たちが、彼をもう一度椅子に座らせ直してあげて、みんなでチョコレートの箱をじーっと眺めた。

その瞳には、箱の白い光沢が映っていて、そっと輝いているよう。

「……がんばり、ます」

「今の味、ものすごく……えぇと、多分、これがきっと……幸せなのかなって思った……。だからっていうか、仲間にも食べてもらいたい……デス」

「いつかチョコレートいっぱい買ってさ、みんなでチョコレートパーティーとかできたら……素敵なんだろうなぁ。なんかがんばろうって元気出てきました、た、多分っ」

それぞれ、自分の気持ちに区切りをつけられたようだ。
表情が少しだけ、明るくなった。

今はイラにチョコレートを食べさせられないことを、3人は「ごめんね」と謝った。

「いいよ」と、イラは言う。

それからちょっと悩んで、付け加える。

「みんながご馳走してくれるの楽しみに待ってるから……。おれも、更生の労働、頑張ってみる」
「「「うん!」」」

確かな絆をその目で見た、宰相・ノア・魔王の瞳がやんわりと弧を描く。

「目標があるのはいいことですね」

ノアが、そっとつぶやいた。
足先を靴の中でぎゅっと丸めて、靴の先端をこすり合わせる。

なにかを我慢しているようなノアの様子を気にかけながらも、宰相は、席を立っていた夢組織の子どもたちとドグマに、ちゃんと着席するように促して、指標となる言葉を語りかけた。

「あなたたち三名は、いかにも美味しそうなチョコレートに手を伸ばすことができました。それは幸せのチャンスが訪れた時に、掴むことができる力だと、私は見ました。生きていく上で大切なことです」

宰相はここで、声のトーンを落とす。

「甘い夢に溺れて、道を踏み外したこともあるでしょう。先ほども述べましたが、それは忘れないように……。掴んだチャンスを活かすための知識や判断は、これから養っていくものです。まずは掴む力がまだあってよかった。あなたたちはまだ幼い。だから私たちは、成長を期待しています。レナパーティに送り出す判断をしたのも、そのため。幸せな者がなぜ幸せなのか、あの場所でよく学びなさい」

なんだか宗教のような物言いだな……とは、宰相も感じている。
しかしレナパーティを表すには、幸せ、という言葉が一番適切なのだ。

「幸せになりたいですか?」
「「「〜〜〜はい!」」」

分からない、とは、言わなかった。

チャンスは掴む事、という教えを、子どもたちは早くも学習している。
口の甘い後味が、なめらかに舌を動かしたのかもしれなかった。

「このたびの縁を大切にしなさい。以上です」

──宰相が語り終えた。

▽休憩が終わった。
▽夢組織の四人は、表情がすこし明るくなった。
▽それぞれの牢に帰った。

▽ドグマはしばらくおとなしくできてえらかった。
▽ノアは宰相になにかを耳打ちした。

その日の夕方。

ノアが地下牢をこっそり訪れた。
諜報部のものをひとり、連れている。

イラのところに来ると、ちょうど奥の扉からフリースペースに出てきたところだった。

タイミングがばっちりすぎる、と二人が目を見開く。
腕を上げると、少し大きめの金のブレスレットが、シャラリと揺れた。

「ノアお嬢様。どうしたんですか……?」
「えっとね。イラくんに渡すものがありまして」

ノアがそっと手を檻の中に入れる。
握りこぶしの中に、渡すものとやらがあるようだ。

ノアの背後にいる長身の男が、目を光らせている。

それを見たイラは肩をすくめて、ノアにニコッと笑顔を見せてから、受け皿のようにした自らの手のひらを、ノアの拳の下に差し出した。

「はい」

傷ひとつない手のひらから落ちてきたのは、なにやら四角い小さな袋。とても軽い。

「これは……?」

すんっ、とイラが鼻を鳴らしてから、眉尻を下げてノアを見る。
チョコレートの匂いだ。

(そんなものをおれに与えたら政府的にまずいはずだよ。なに考えてるの……? 後ろのやつは止めなくて、なにしてんの)

「|匂い袋(サシェ)です。チョコレートそのものじゃなくてごめんなさい……」
「そうでしたか。むしろホッとしました。ノアお嬢様が怒られてしまうんじゃないかって、心配したから」

イラの言葉は本心だった。
方便を聞き慣れてきたノアは、嘘のない言葉を聞いて嬉しくなった。

「これをおれに?」
「そうです。チョコレートそのものではないですが、幸せになれる香りでしょう? 蜘蛛がリラックスするために、匂いは重要ですから」
「そう、なんですね……。種族特性? あんまり気にしたことがなかったですから」
「影蜘蛛はそうですし、他の蜘蛛種族もだいたいそうなんですよ。だからきっとイラくんも、って……いかがですか?」
「幸せな気持ちになっていますよ」

イラがにっこりと微笑む、その表情はやはりどこか硬い、愛想笑いといえる。
ノアは見抜く。

(イラくんが心から笑えるのは、きっと、夢組織のみなさんが幸せになってから、やっと自分の番なんでしょうね……)

オズワルドの手首につけられたという、呪いの文句を思い出す。

(きっとその願いは叶いますよ。レナ様がヤケクソで……あらはしたない言葉を。ごほん、とても頑張って成し遂げるでしょうから)

わたくしも協力しなきゃ、となんとなくノアは仲間意識を覚えて考えている。

「んん……?」

イラの目がとろんとしてくる。
すみません、と言って、ゴシゴシ目をこすった。

「あら、そんな風に乱暴にしないで。その眠気を我慢せずに身を委ねたらいいと思います。それが、リラックスですから。今のイラくんに必要なものです」
「リラックス……」
「はい。補足です、その|匂い袋(サシェ)にはチョコレートの香りと、珈琲(コーヒー)の香りが入っています」
「ちょここーひー……」

リラックスして、と言われたイラは、素直にまた|匂い袋(サシェ)の匂いを嗅いだ。

蜘蛛を酔わせるコーヒー、香料調整して心地よさのみを与える|匂い袋(サシェ)は、宰相が研究部に開発させたものだ。それにチョコレートの香りは、ついさっき付与したばかり。

「寝ます」
「ふふ、そうしてくださいね。イラくんはお利口さんですね」
「いえそんなことは。犯罪者ですし」
「あ……っと」
「ああ、そんなつもりじゃ」

ふんわりとろけた頭では、いつものように気を使えなかったらしい……
イラが「ああもう」とわしゃわしゃ髪を乱すと、鏡のような銀色がさらさら揺れた。

「ノアお嬢様は、どうして、おれにそんなに良くしてくれるんですか?」
「お礼ですよ。わたくしに蜘蛛糸の扱いを教えてくれたでしょう」
「でもお遊びみたいなもんですよ……王宮の影蜘蛛の方が、もっと上手なはずですし」
「最上級でないと認められないんですか? そのひとが、今できる技術を、時間をかけて、わたくしのためにって教えてくれることは、尊い価値があると思います」

イラの目がキラリと光る。
それは感情のゆらめきが鏡の表面にまで浮かびあがってきた、彼がどうしようもなく感動したときの様子だった。

その気持ちを的確に言葉にすることは、まだうまくないけれど。

「ありがとうございます」

お礼なら伝えられる。

「どういたしまして」

ノアは頬を染めて、とても可憐に微笑んだ。

イラがベッドに横になった。
ドッと疲労が押し寄せてきたようで、ピクリとも動かない、深い眠りにおちている。

▽ノアたちが立ち去った。

地下牢の扉をぬけて、王宮への階段を登りながら、ノアが諜報部員に尋ねる。

「いかがでしたか? 彼……」
「心は固く閉ざされていますね。しかし更生の意思はあるようなので、訓練についてくるでしょう。能力は優秀だと聞いていますし」

抑揚のない冷静な返事に、ノアは不安そうな顔をする。

「やっぱり厳しい訓練になるんですよね?」
「それなりに大きな事件の犯罪者ですからね」
「うーん……」
「ノア様はお優しいので、かわいそうに思う気持ちはわかりますが。我々が配慮するのは、子どもとして規定量のみ訓練軽減する、というだけです」
「生半可な訓練では諜報部になれないのですよね……」
「いや、そうではなく……適正能力と忠誠心さえあれば、諜報部にはなれます。ただ、訓練する者たちの性格が、生易しくないというだけでして……」

説明する諜報部員も苦い声を出す。

自分が訓練されたときのことを思い出すと、自然にそうなるのだった。
とくに、ゴーストローズの樹人クドライヤの新人教育は容赦がなさすぎると評判(・・)である。

ノアがパッと顔を上げた。

きれいな水色の瞳で見上げられた諜報部員は、思わずすこしのけ反る。

「再確認いたしますが、諜報部訓練員がとても厳しいのは、個人の性格ゆえ、ということでよろしいでしょうか!?」
「…………ここだけの話にしといてくださいよ。その方々は上司に当たるので」

諜報部員は無言で、しっかりと頷いた。

ノアがぎゅっと拳を握る。

何を考えているかよくわかるな、と諜報部員が冷や汗をかく。
宰相とノアお嬢様、お二人とも頑張ってくださいね、と内心でエールを送った。

(ここまで気にかけてもらえるなんて鏡蜘蛛はすでに幸せ者だよな)と……蜘蛛の彼は、ひそやかに嫉妬した。

「お父様! わたくし、早急に体力作りをいたします。目標ができたのです!」

執務室に戻ってエリクサーを飲んでいた宰相は、思いがけぬトラブル来訪に、喉の奥でゲホッと噎せた。

「いけません。ノアは体が弱い。……と言いたいところですが、どのように? 聞きましょう」

父が聞く姿勢をとってくれたことに、ノアは感激した。

「お父様、きちんと聞こうとしてくれてえらいです!」

宰相が噎せた。

▽2人とも落ち着いて。

落ち着くためにコーヒーフレーバーのお香を焚いた室内で、ノアが口を開く。

「目標は、諜報部訓練員になること。筆記テストはお任せください、すでにお勉強しております。あとは体力、これを鍛えるためにスカーレットリゾートを訪れます!」

ノアがスッ……と赤の招待状を取り出した。
中の案内マップを取り出し、ダンジョンアトラクションについてプレゼンする。
ーーーーーーー
ーーーーー

「……なるほど」

宰相がこめかみをグリグリと指で揉んだ。

頭の中で要点をまとめる。

・レナパーティに招待されている。
・レベルアップアトラクションは安全に運動能力訓練できる。
・魔眼の調教師がいて、怪我にはエリクサー処方、栄養バランスの優れた食事。
・ノアの伸び悩みが解消されるかもしれない。

スカーレットリゾートの状況把握のためにも、ノアの潜入はとてもいい機会だといえる。
この提案、乗らない理由はない。

…………ない。

しかし宰相の口は重い。

「そこまでして急に諜報部指導員を目指し始めた理由は、なんですか?」

直球に聞いた。
ノアはまっすぐに、宰相の目を見つめた。

「きっかけはイラくんの更生サポートをしたいと思ったからです。もっと彼に合った方法で進められたら、って思いました……現在の諜報部訓練は、どちらかといえば体力値特化の頑丈な魔物がこなすものですよね。でもイラくんのステータスはわたくしに似ていて、通常訓練をこなすだけでは個性を伸ばせず、潰れてしまうかもしれないと思ったのです」
「同情していますよね?」
「はい。この感情は、似ているところが多いゆえの、同情心からくるものと自覚しています。でも、その気持ちが源でも、やれば助けにはなれる」

偽善でもやらないよりはマシ、というようなものだ。
自分から言った。

宰相が感じたのは、ノアはきちんと考えて物事を言っている、覚悟もあるようだ、ということ。

はたして犯罪者にそこまで肩入れしていいのか? ということは、宰相がしばらく前に言った通り「犯罪者だから苦しめということはない」。
反省して、罪を償うだけの労働をこなし、再犯しないことが大事なのだ。
イラの場合は諜報部の補助労働がふさわしいと、会議で決まり、訓練もするというだけのこと。

「わかりました。ノアが諜報部訓練員を目指すことは、止めません」
「お父……っ」

ノアの瞳に嬉しさゆえの涙がにじむ。
お父様、サディス宰相、どちらで呼ぶべきかと迷って、答えは出なかった。

「ありがとうございます!」

でも、感謝の気持ちはこの一言にこめられる。

宰相は疲れたように肩を落として、穏やかな声で、ゆっくりとノアに話しかけた。
どうやら今は父親として接したい気分のようだ。

「旅をしてきなさい。レナパーティの元にゆくこと、諜報部訓練員を目指すこと、さまざまな経験をして生きなさい。もしも上手くいかなければ、いつでも再調整をすればいい。頼られたら応えられる親が、ここにいます。
……あなたの成長を祝福します、ノア」

頑張りすぎには気をつけて、と。
サディスは意外にも素直な言葉で、娘を応援した。

ノアはとても久しぶりに父親の胸に飛び込んでいって、それは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

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