242:夢組織のお別れ会

宰相サディスがシヴァガン王国に帰ってきてからの仕事は、山のようにある。レナパーティに追加されたぶん。

すでに積まれていた仕事は、部下の影蜘蛛たちにうまいこと分配しておいたので、ある程度片付いていた。直々に育てた部下は優秀である。

──サディスがかつて若かった頃、自分一人でなんでもこなしてしまっていた時期があった。
上司が困った顔をしているのはなぜだろう? 仕事が片付いているのに? と分からない時代もあったのだ。

教育指南書を読み込み、上司と部下にアンケートを取り(匿名でやっと意見が集まった。サディスを恐れる者は多かったので)仕事の進め方を試行錯誤した。
なかなか苦労したが、やがて、部下にも仕事を割り振ることができるようになった。

この気づきは、現在の彼の大切な軸になっている。

(──懐かしく回想にふけってしまった)

報告にきた部下がゴクリと喉を鳴らす。

「サディス宰相……?」
「ご苦労様」

ふと、宰相の表情が柔らかくなっていたのだ。

鉄面皮の彼しか知らない部下にとっては、青天の霹靂のようであっただろう。

(……無意識だった……)

サディス本人も驚いて、さりげなく口元を手のひらで覆って隠した。
痛い沈黙。

「お父様! お帰りなさい」
「まだ業務中です。ノア」
「あっ」

ノアが寄ってきてしまったのも、仕事ですべきではない表情をしていたから……
そう感じた宰相は、とても久しぶりに、ポーカーフェイスに戻った。

とても久しぶりに。
レナパーティといる間は、どうしたって表情筋を酷使するから。

ノアが困った顔で、宰相を見上げた。

「……|サディス宰相(・・・・・・)。そのような表情では、幼い子たちは怖がってしまうと思いますわ……」
「ノア? どのような意図があって今の発言をしたのか、説明しなさい」
「はい。これからイラくんたちに面会なさるでしょう。表情は、先ほどのように優しいほうが……」

ちょっとビビりながら告げるノアを前に、宰相の鉄面皮にさっそくヒビが入り始めた。堪える。

「なぜ私の予定を知っているのか答えなさい」

▽ガオオオン!!
▽魔王ドグマが 現れた!!

「あなたでしたか……」
「よくぞ帰った! 行くだろう? あの子供らのところに」
「……えっ? あの、ドグマ様、お父様の訪問予定は確定ではなかったのですか!?」
「勘だ!」

(……野性の本能、ですか……)

「では間違いありませんわね。そうでしょう? お父様」

(ノアが堂々と、豪気に? 鈍感に? なっている……声もはきはきと明るく。この変化、どのような理由があるのか?)

魔王ドグマとともに過ごす時間が増えたので、ノアは、多少の威圧にはひるまなくなった。
そして大声を聞き慣れてしまい、無意識に自分もはっきりと発音するようになったのだ。

宰相は考えを巡らせながら、ノアの手首に巻かれている、ブレスレットに注目する。

レナパーティからのトンデモプレゼント。
ルーカの金髪が|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)となり、ジュエルスライムの真珠が贅沢にかがやいている。

(なるほどこれの影響でしょうか?)

それもありそう。
幸運付与、なので、ノア変貌の理由としては「そうかもなー?」程度のものだが。
ラナシュにおける幸運は、つよい。

ノアが付けているブレスレットは一本のみ。

(ブレスレットのもう片方を渡したであろう者のところに、行きますか……)

「地下牢に向かいましょう」
「やはりか!」
「わあ、すごいです魔王様」
「ふははははは!!」

久しぶりに聞く魔王のごきげん咆哮が、やかましい。

「レナパーティからの届け物がありますからね……。特別保護域SS区への遠征記録は、朱蜘蛛たちが綴っているところです。しばし待ちなさい」

宰相が振り返って、部下たちに視線を向ける。それから自分の執務室に目をうつした。
ハッとした部下たちは一礼し、あわててそちらの部屋に向かう。

室内にはすでに朱蜘蛛の巣ができあがっており、朱蜘蛛たちがせっせとペンを操って報告書を仕上げている。

内容を見て、部下たちの顎がガクンと落ちるのは、すぐだ。

▽宰相・ノア・魔王は 地下牢に向かった。
▽手土産をもって。

***

地下牢はひんやりとしている。

シヴァガン王宮内に設えられた地下牢は、清潔で、安アパートくらいの設備は揃っている。
柵ごしに見えている前半分には椅子と机、わずかな娯楽品が置かれていて、後ろ半分はトイレや簡易バスルーム。
一定時間で壁が自動修復されるため、脱出工作は不可能である。

ここに収容されているのは、すでに反抗心がない更生指導犯罪者たちだ。
しばらくの様子を観察したのち、しかるべき更生作業場に送られる。

犯罪労働者として。

コツン、足音。
パタパタ、足音。
ドカドカ! 足音。

地下牢の床はたとえ[隠密]スキルを使っていても音が鳴る仕様だ。

上から、宰相、ノア、魔王。

向かう先は、夢組織の子どもたちが収容されている場所。

「イラくん」
「……こんにちはノアお嬢様。ええと、本日のご予定は」
「集合サロンに行くぞ!!」

ガオオン!! 魔王の咆哮がビリビリ響く。

[絶対王者の覇気]が耳からダイレクトアタックをかましてくるので、これまで力自慢で慢心していた犯罪者の自尊心を、木っ端微塵に砕ききった。

獣の順列を本能的に感じて床に伏せている大男などを、柵ごしに宰相が観察して、ため息を吐く。

(咆哮を注意するよりも、この者たちの更生のきっかけになるならば、ドグマ様の定期訪問を考えるのもいいかもしれませんね……)

利益と倫理と法律を、天秤にかける。
指先で顎を撫でる。

「魔王様……今日もご機嫌うるわしゅう?」
「うむ!」

咆哮をすっかり聞き慣れたらしいイラが、言葉遣いはこれでいいだろうか……と不安そうにしながらも、最大限気を使った挨拶をした。
魔王の返事に、ホ、とため息。
ほんのりとした笑みを浮かべている。

権力者には媚びを売るべし。
仲間の待遇のために。

イラは、それを宰相などに察されていようと、やり方を曲げるつもりはないようだ。
魔王国政府としては、媚びの背景に反逆心がなければ、犯罪者がおとなしくなるだけ良いと考えて、そのまま媚びを受け取るから。

ノアは、そんなイラを心配している。

蜘蛛魔物として親近感があり、ノアよりも幼い蜘蛛が珍しいかったので、弟ができたような感覚がちょっぴり芽生えていた。
そのため、あなたにも善の導きがあるといいね、とブレスレットを渡していたのだ。

「ええと、いつものように集合サロンに行きますか……? 魔王様、毎度のご配慮、ほんとうにありがとうございます」
「全員連れていくか!」
「いいえ……お屋敷に行く三名とこの鏡蜘蛛(ミラースパイダー)だけです」

宰相がぴしゃりと言う。
戯れに来たわけではないのだから。

他のものにちょっかいをかけるのはまた後日……と魔王を嗜めた。

オズワルドの件があるので、夢組織と関わりを持とうとするのはドグマにしては当然なのかもしれないが、時と場合による。

「一人一人確実に更生に導いていき、いずれ犯罪者ではなくなった時にこそ、オズワルドの手首の痣も消えるでしょう。──急いては事を仕損じますよ」

ドグマの聴力でのみ聞き取れるように、宰相が低く囁く。

レナをみて学んだ対破天荒しつけ術、行動の源に触れること。
ドグマにとても効いたらしい。

「せいては……なんだと……!?」
「あのね魔王様。急ぎすぎて背中に乗せた者をふりおとしてはならない、みたいな感じですわ」
「おおそうか。でかしたノア。宰相よ、このものは説明が上手でよいぞ」
「恐れいります」

(……。……もしや私以上に、魔王様を扱いかけている……?)

宰相がふと、ノアの可能性について考える。

(ノアの才能とはなんだろう?)

チョコレートプリンス・チョココがゆったりと人型に成形される様子を思い出して、種族と性格によって学び方が違うなら、ノアの場合は……? と、

「段差がありますからお気をつけて、ノアお嬢様」
「あ、はいっ」

▽イラが ノアの 手を取った。
▽宰相の心のメガネがぶち破れた。

ちらりとイラが宰相を見上げる。
いかにも「あなたの娘を助けましたよ」というふうに。
そしてさっと手を離した。

ただそれだけなので気にすることでもないのだが、手を繋いだことにイラッとするような、手を離したことにまたイラっとしたような、こんなモヤモヤする感情は宰相にとって初めてであった。

後にキラに愚痴ったのは完全に誤りであると先に言っておく。

▽煉獄火蜥蜴、スケルトンホース、シルクゴーストを 檻から出した。
▽集合サロンに連れていった。

***

雰囲気は完全にお別れ会だ。
四人はあからさまにしょんぼりとした顔をしていて、肩は固く緊張している。

「ではこれからお別れ会を始めるぞ!」

ガオオオン! ドグマが思い切り本題を口にしたので、子どもたちが途端に瞳に涙をためてしまった。
イラも困ったように眉根を寄せている。

一気にしんみりした雰囲気になってしまって、ドグマは逆に不思議そうな顔をした。
仕切り直しにしようか……と宰相が思ったが、ぐっと発言を堪える。

ノアが口を開きそうな気配がしたからだ。

(レナ様は従魔の成長を見守ろうとしていた……ふむ)

レナと宰相はもはや暗黙の教育仲間である。称号的にも。

宰相は(成長の時なのかもしれない)と感じ、見守った。

「魔王様。お別れ会、だと寂しい感じがしますから、もう少し別の表現が良いと思います。明るい言葉を考えるのがとてもお上手ではありませんか。ぜひ、聞かせてくださいな」

▽すごーい、魔王くんは名称を考えるのが上手だねー!もっとできるかなー?
▽という教育である。

宰相はエリクサーを飲みたくなった。
頭痛が……。

ドグマが腕組みする。

「お別れ会、とは寂しいものなのか? 知らなかったな!! ふむ!? 別れてしまえばまた会う楽しみがあるというのに。お前たちはこれから更生するのだろう? そのためにいったん遠くに離れるのだ。その後再会できるかどうかは、自分の腕(こころがけ)次第。これはむしろワクワクゾクゾクしないか? 我はそう考える!」

ドドン! 自信満々に言い切って、ニヤリと強靭な犬歯を覗かせたドグマ。

すすり泣いていたスケルトンホースとシルクゴーストがぴたっと泣き止んだ。びっくりしたので、どんよりしていた目がまん丸になっている。
堪えるような表情をしていた煉獄火蜥蜴と、イラも、ぽかんとドグマを見た。

((その後半の言葉こそ、かけるべきだったのだと思いますよ……))

宰相とノアは生あたたかくドグマを見守っている。

「名称を変えるだけで雰囲気が明るくなるというならば……変えてみせよう! 我の命名は! ズバリ! 鍛錬に旅立とう会、だ!!」

(語呂が悪い)
(ネーミングセンスはないらしい)
(た、旅……?)
(そんな会があるんだろうか。会ってなんだろう。わからなくなってきた)

不評である。

「「鍛錬、ですか……」」

宰相とノアの言葉が被って、お互いが顔を見合わせる。
ノアは小さく苦笑して、宰相は厳しい顔でそっと息を吐いた。

「ドグマ様。己の魂を鍛えなおす、という意味で、働きに出ることは確かに鍛錬という表現もできます。しかしながら外聞というものが御座います。この場合は、更生、という物言いをしていただかなくては困ります」
「固いものだな」
「”もしも、あの戦闘でオズワルドが死んでいたとしたら?”」

ずしり、と子どもたちの首につけられた行動制限の首輪が、罪の重みを増したようだった。

宰相はあえてこの質問を投げかけた。

夢組織ものたちは、歯をカチカチ鳴らして、震え、冷や汗を流している。
みんなで一つの小さな夢世界だけを見ていた頃は、麻痺していた心が、ギシギシと痛んで、殺すところだった……という罪悪感を現実に生んだ。

(彼らがレナパーティのところに行けば、まあ、大切にされることでしょう。万が一、心の反省が成立しないまま、善行によって魂だけが更生してしまうのは困ります。一生苦しめとは思いませんが、罪悪感は、今後の人生において必要なものですから……)

宰相は厳しい顔を崩すことがなかった。

優しくするのは、他のものにまかせればいい。
レナなど、まさに適任だろう。
鞭があるからこそ、飴のありがたみがわかるのだ。宰相にしてみれば雷親父上等なのである。

獣耳をひくりと動かしたドグマが、言う。

「オズワルドはぬくぬく育ちすぎた」

至って真面目だ。
ちゃかす様子も、あなどっている様子もない。
全員、耳を澄ませる。

「もちろんそれが悪いこととは言わないぞ。我の訓練にもついてきた息子は、大した器である! ふははははは! ……おっと、言いたいことはだな、自然の中では簡単に体が傷つくし死にかけるのだ。死は当たり前のものだ。我はあのにおいをよく覚えている。そこで自分の身を守って、生きる。おそらく自然でも、街の中でも、敵の本拠地であっても、同じことだ。
オズワルドは自ら決めて、我の元を離れ、魔物使いレナについていっただろう? であれば、生死はオズワルドの自己責任だ」

空気が魔王色になった。
覇気で、悲しみの概念がぶっ飛ばされるような、なんとも独特な感覚。

語ったことのどこを重点的に聞くかで、受け取るものはまるで変わる。

スケルトンホースがじんわり涙を浮かべた。死が周りにある、というのが彼には辛かった。

ドグマは(どうにも暗くなるな)と思いながらも、自らの考えがきっと魔物たちの魂に訴えかけるものだと信じている。
[野性の本能]だ。

「そもそも死ぬと言うことはそんなに悲しいか?」
「えっ……」

夢組織のものたちが口ごもる。

夢組織に入るまでの過去、死がすぐ身近にあり、死を恐れて、死を悲しみ、そうしてナイトメアバクに導かれた者たちだ。

「悲しくないっていうんですか」

声の抑揚を極限まで抑えたイラの問いかけは、おそろしく鋭利に冷たく響いた。

ドグマは空気など読まない。

「我の考えでは。死とは、現在の人生を終わらせることである。その先、一切の何もないのだろうか? 世の中には様々な死後の解釈があると、この王宮にきてから学んだ。本でな! その一つに輪廻転生というものがあり」

ここで、難しい言葉を使ったドヤ顔。

「死んだ魂はまたこの世に生まれかわる、というものらしい。その節に妙に納得してしまってなぁ」
「……だから死ぬことが悲しくないんですか?」
「今生精一杯生きたのであろう。であれば、それは生まれた意味として十分なのではないか?」

この獣、意外にもまともなことを考えていた。

▽宰相とノアは 感心している。

まさかそんなことを聞くとは思わず、宰相はいかにも自然に拍手しようと手を動かしかけて、(ここはレナパーティじゃない!)と正気に戻り拳を握った。
恐ろしい習慣化である。

「──わかりません……」

青ざめたイラは、それだけ言った。

「生まれた意味なんて考えたこともなかった」
「生まれたことが間違いだって言われたんだけど」
「生まれた……意味……イミ……忌み……誰かを不幸にするために……? ぅぅ、ううぅうぅ……」

「意味を他者にまかせてどうする! 誰も自分の人生を代わりに生きてはくれないぞ! 自分自身で決めるのだ! 何かとても満たされて楽しそうなことをな!!!!」

まるで吠えるようにドグマが語る。
夢を狩りにいくように、その目を獰猛にギラギラとさせて。

その目の輝きに、魔物たちは本能的に魅せられて、そして怯えさせられる。

「あ」

子どもたち三人が、テーブルの下に潜り込んでブルブルと震えてしまった……。
イラが、大丈夫だよ、と声をかけて背中をポンポンと撫でてあげる。

(やはり鏡蜘蛛を連れてきて正解だった)宰相がノアをチラと見る。
理性的な目で、夢組織を観察している。

「あの……魔王様。この三名はまだ[絶対王者の覇気]に慣れておりませんので……どうも申し訳ありません」

イラも、ドグマに圧倒はされているのだろう、言葉遣いが珍しく乱れている。
呼吸が荒くなり、頬がいつもより赤い。

「許す」
「ありがとうございます」
「あとは慣れろ」
「おれは慣れました。ただこの三人はここから出ていきますから、慣れるのはきっとなかなか……むずかしいのかなって……」

そう口にした時、ビクッと三人の背中が震えた。

(またお別れ会の冒頭に戻ってしまいましたね……)
「仕切り直しましょう」

宰相がそう言って、テーブルにプレゼントボックスを置いた。

「これは?」
「とっておきのお土産です」

 

 

 

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