218:レナが見つけたラビリンス

ロベルトが目を瞑っていたのは、ほんの一瞬。
元諜報部として情報を得なければ、とすぐさま瞼を開けたのだが、その時には目を焼くようなまばゆい光は霧散していて、爽やかな草原が目前に広がっていた。

「……お待たせ致しました。レナ様」
「はい。ロベルトさん、いらっしゃい。うちのキラが強引に呼び寄せちゃって、すみません」

もう、とレナがキラの額をつつき、キラは照れ笑いしている。
羨ましがる従魔たち。
あまりにいつも通りの光景に、ロベルトはこわばっていた肩の力をようやく抜いた。

(とっさに落ち着いた言葉が出てきて、よかった)

ロベルトの対応は、日頃の訓練の賜物である。

ほんの一瞬肩が震えたのを、レグルスは目ざとく気づいたのだろう。
少し近くに寄っていって、訓練していなければ聞こえないほどの小声で話しかけた。

(大丈夫ですか?)
(……レグルス。黙っていてくれな。正直、一瞬で長距離を飛んだことと、シヴァガン政府に所属しながら断りなく結界を突き抜けたことで、頭がクラクラしている)
(それは、俺もです)

レグルスは穏やかに苦笑した。

二人は元諜報部、現 聖霊対策本部であり護衛部隊であるため、王国の規則に違反していると魔法で制裁が送られる立場である。

((それでも、この程度の痛みか))

諜報部が他国に口を破るなど大変な規則違反を犯しかけた場合には、気絶するほどの痛みが与えられるはずである。

規則上想定されていない結界超えだったための痛み軽減なのか、それともキラの時空魔法の才能ゆえだったのか。

(いずれにしても恐ろしい新種の魔物だ……褒め言葉として)
(間違いありませんね)
(それは、お前もだぞ。火炎獅子レグルス。今後の働きにも期待している)
(光栄です)

ロベルトが自分の首を撫でて、レグルスは着用している赤いマントを触りながら、感慨深く、レナパーティとの出会いを振り返った。

にっこーり、とルーカが二人を視て笑っている。

ロベルトたちは冷や汗をかく。
いつだって、なにもかも見透かされているようなのだ。

しかし、あまりに嬉しそうな表情なので、怒る気にもならなかった。

「みんな揃ったし、ラビリンスに行っちゃおうか」

レナが「えいえいおー!」と手を上げると、従魔たちはそれに倣う。
なんとも気の抜けた出発である。

これから、世界初の異空間移動を試すというのに。

「頼もしいですね」

ロベルトがレナに声をかけた。

「私の従魔、キラを信じていますからね」
「ああーーん! マスタァーー! 大好きーー!」

キラが顔を赤くしながら、声高に叫んだ。

新種の魔物は健全に育っているようだ、と、ロベルトはホッとした。

▽気を抜くのはまだまだ早いぜ!!

「ゲート・オープン!」

キラが星の杖を振ると、わかりにくかったラビリンス周囲の草が倒れて、入り口は赤い紋様で囲われる。
ド派手なミステリーサークル、といった景観である。

記念すべき初技能の披露、キラが張り切らないはずがない。

「マスター・レナ、どうぞこちらに!」
「旗振りのキラが先導してくれるなんて、リゾートツアーみたいだねー。まだ何もリゾートらしいものはできてないけれど」
「んふふ、これからで御座います! ご期待下さいませ」

親の後をついて歩くヒヨコよろしく、キラの後をレナと従魔たちがついて歩く。

最後尾はルーカだ。

「ん、誰も観察していないね。まあ周辺広めに[サンクチュアリ]を施しておいたから……誰かが邪魔しに来ることはないだろうけど」
「……警戒も万全でとてもえらいな」

呆れ顔のロベルトが振り返って、ルーカの頭をわしわしと撫でた。口調はすっかり気が抜けている。

ぽかんとした顔のルーカがゆっくりとラビリンスの中に入ると、赤い文様がラビリンスの中に入り込む。
まるで生き物のようにうねうねとなめらかに動いた。

──そして、草原は平穏を取り戻した。

何事もなかったかのように、爽やかな風が草を揺らしていく。

***

▽レナパーティが ラビリンスに 降り立った。

「すごい! キラ、えらい! 地上から異空間に落っこちて来る時に、酔わないなんて最高……!」
「誠にありがとう御座いまーす☆」

レナからの賞賛に、キラがびしっとピースサインをきめる。

ラナシュ世界に迷い込んだ当初、レナたちはラビリンス酔いしたことがあり、それをキラはずっと覚えていて慎重に気遣ったのだった。

体調が良いままなので、落下直後のレナパーティは元気いっぱい。
周辺を散策し始める。

「丘のような傾斜のある地面。植物は主に紫色のクローバー」
「この木は紅葉だね〜! 秋みたい」
「はるか下部にススキのような植物が揺れていて、黄金の絨毯みたいだ……綺麗……!」

そしてみんなが空を見上げた。

「赤い……」

あまりに真っ赤な空の美しさに、レナたちは息を飲んだ。

たくさんの星が、まるで天の川のように光っている。
時折、流れ星の軌跡もスッと横切る。

空が赤いのにこれだけの星が見えるのは、ラビリンスならではの世界観である。

レナの三つ編みを、秋らしい涼しげな秋風が揺らしたので、心地よさにやんわりと目を細めた。

このラビリンスについての資料をレグルスが取り出し、レナに説明していく。

「シヴァガン王国の調査隊の研究結果です。このラビリンスに見られる生物はクローバー、ススキ、星の葉の樹木。地上の紅葉とはまた別の品種のようですね。空はいつまでも赤の夕焼け……10時間経過しても変わらなかったようです。その後に地上に出ると、なんと体が真っ赤に染まったとか。しばらくたつと色は抜けましたし、悪影響はありません。しかし、魔道具のいくつかは魔法が解かれて使えなくなっていたとか……」
「わあ、大変! 大切な魔道具がいくつもあるのに……」

レナが説明の途中で慌ててモスラの呼び笛などを撫でると、レグルスはくすりと笑った。

「すぐにラビリンスを通り抜けるなら大丈夫ですよ。調査隊が何度も潜って、時間経過による影響をちゃんと検証済みです。一時間後から徐々に影響があるようだ……と記録されています」
「あ、そうなんだ。早とちりしてごめんね」

レナがてへへと舌を出すと、レグルスの心臓がズギュンと撃ち抜かれた。
わりと頻繁に起こる主従の通常運転である。

「そ・れ・に。今後このラビリンスは私がちゃーんと身内びいきに管理いたしますので! 問題御座いませんよ!」

キラの予言はすぐに現実になるだろう。

ロベルトとレグルスは、かけてもいない心の眼鏡がパリンと割れる音を聞いた気がした。

レグルスが、ふう……とひと息。

「ラビリンスの名称はまだありません。ではレナ様、名付けを」
「うーん……<ラビリンス:夕紅《ゆうくれない》の丘>はどう?」

この流れでいいんだよね? と、レナとレグルスがキラを眺める。

「いいですね! 認知致しました!」

キラが、パンと手を叩いた。

すると、うねうねと蠢く光の線が空に現れる。
流れ星が落下するように、レナたちのところに降りてきた。

「わっ!? こ、これなに!? キラ」
「先ほどラビリンスの入り口に魔法陣を展開したでしょう? あれをラビリンスの中に誘ったのです。ほら、ラビリンスは新種の生き物が創造される……そんな場所ですからね」

キラが手を伸ばすと、ネオンのリボンのようにくるくると巻き付いた。

「……キラ? それ、ラビリンスの内部の話だよね〜? 外部で新種の生物を生み出したり、出来ないはずだよねぇ? しちゃいけないこと、しちゃった?」
「あっ」

レナの半眼に、キラが「いっけね」と口を押さえた。

「もう! 心配かけるんだからー!」
「ごめんなさーい。確かに、ちょこっと能力を前借りしましたぁ……でもでも、あの演出をコスパよく活かしちゃお! と取り込んだだけですから、生き物として意思を与えたのは、このラビリンスに辿り着いてからですよ? その仕組みならセーフなのです」
「もー……」

レナが深ーくため息を吐きながら、キラを抱きしめた。

(どうしてこんなに危なっかしいんだろう。まるで幼い子が莫大な力を手にしてはしゃいでるみたいな……)

はたと、気付く。

(それだよ!!!! キラは意思を持ってから、まだ数ヶ月しか経ってない。頭脳は神級、身体は少年少女、心は赤ちゃん!!!!)

これは目を離せない、とレナはいっそう強くキラをぎゅーっとしておいた。

(大人びているからつい、錯覚してしまうんだよね)

ついでにジト目で眺められたモスラは、不思議そうに首を傾げると、ひとまず[カリスマ]称号をセットして華麗に微笑んでおいた。
オカンモードのレナは誤魔化されなかったので、あとでたっぷり可愛がっておいた。

レグルスが書類の続きを読み上げる。

「このラビリンスはレナ様が発見したためか、急成長を遂げています。しかしまだまだ狭い場所であるはずなので、世界が敷地と設定しているのは丘の部分のみでしょう。もし、無理に崖の下に降りようとすると……ペナルティの可能性がある。と瞳の一族が視ました」

レナが「ひえぇ」と呟きながら。崖の下をそっと覗き込む。

「ペナルティ、あるの……? キラ」
「ありますねー。けっこうえぐいやつ。あのススキに絡め取られて、生物情報を作り変えられて岩になってしまうようです」

キラが世界情報にアクセスして得たデータは、確実だ。
レナがぶるりと震えた。

「|なんとか《・・・・》致しましょう。そのえぐーい魔法効果は、不審者撃退用のトラップに改造致します。ラビリンスの守護者は、このネオンリボンの魔力に任せましょう!」

キラがタクトのように星の杖を振った。

するとリボンはぷつんと20センチ幅くらいで切れて、くるっと曲がると、トンボの形になる。

「赤トンボのガーディアンでーす! んーっいいですよね、私、赤色大好き!」

キラが杖を振るたびに、様々な方向にトンボが揃って飛んでいく。

「ゲート」

キーワードを唱えると、赤トンボたちが寄り集まって、リボンの身体を解いて線となり、また空中で魔法陣を形作った。

「す、すごい。これで、いつでも地上に出られるってこと?」
「それもありますし、あの魔法陣状態であれば、アレが、私が扱う魔法を全て代行することができますね」
「すごくすごいっ!?」
「それほどでもありまーす♡」

キラが語る魔法代行パターンとは。

▽トラップ! 星が降ってくる(景観干渉)
▽トラップ! 木が襲ってくる(景観干渉)
▽トラップ! 崖の下に落ちたら、地上の入り口に戻されていた(トライ・ワープ)

▽レナパーティのお屋敷へのインターホン(テレフォン)

など。

「それってとても助かるねぇ」

レナに呆然とした声で褒められたキラは、とても満足そうだ。

「ではダンジョンと繋ぎます!」

キラが両腕を広げて、瞳を閉じて瞑想。
静かにさえしていれば、キラはとても神々しい雰囲気を纏っている。

──地面が揺れ始めた!

「わっ!?」
「レナ様!」

よろけたレナにみんなが一斉に手を差し伸べたので、ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうをしている状態になってしまった……。

むぎゅう、と真ん中で押しつぶされたレナが「私のみ運動神経が不安視されてるぅ……」と苦笑い。

ゴゴゴゴゴゴ……とはるか下方から、ススキを押しのけて、地面が盛り上がってくる。
丘の端から、新たなる道が出来上がった。
キラが目を開く。

「わあ……! この道を行けばいいんだね?」
「そうでーす! ふぅ。かなり魔力を使ってしまって、スッカラカンですね。しばらく、この赤トンボのガーディアンに魔法補助を任せましょう」

キラが先頭に立ち、赤トンボをまとわりつかせながら、出来立てホヤホヤの道を歩き始める。

従魔たちが遠足気分でらんらんと後に続いた。
レナは真ん中だ。
パトリシアと手を繋いで歩く。

「私が手を繋いでるから、キョロキョロしててもいいよレナ」
「はーい。さすが大親友、分かってるぅ。遠慮なく」
「そーいう素直なとこ、いいと思うぜ」

楽しげなパトリシアの笑い声を聞きながら、レナは入念に、黒紫の目を瞬かせた。

従魔に任せきりにすることもできる。
でもキラが不安定だと気づいてしまった今だからこそ、何が行われているのか、変化の把握だけでもしておきたいと思ったのだ。

「(負担にはしないようにね、レナ。もちろん僕たちも支えるから)」
「(はいルーカさん。心配かけてすみません。……私自身も……もっと、学習して、自分を強化していきたい。みんなの凄さを知るたびに、そう思うんです……できることを全てやって、万全の状態で主人として堂々とあの子たちを従えたい)」

そう語るレナの魂の輝きは、いっそう眩しくなっている。
ルーカがきつく目を細めて[心眼]で眺めた。

(……太陽そのものみたいだな……)

「──あ。あの遠くでとても強く光っているのは……空の星とは、またちょっと違うよね。あれはなんだろう?」

レナが遠方を指差す。
パトリシアたちが目を細めても、確認できなかった。
魔眼だからこそ、視えたのだ。

「他のラビリンスの輝きですよ。マスター・レナ、お目が高い〜!」
「え? ラビリンスって、繋がっているの?」
「一定以上の大きさのものであれば、繋がっていると言えます。ほんの細ーい細ーい繊細な神の糸に、小世界のビーズを通すように……ね。その糸を意図的にぶっとくしたのが!! 私の!! 異空間繋ぎなのですよね!! オホホホホホホホ!!」

(キラの前半の発言、とんでもない裏情報だぞ……!? これは……記憶しておかなければ)

ロベルトとレグルスがもはや頭痛が麻痺した状態で、青い顔を合わせて頷きあった。
後半のキラのハイテンションも、いつものことながら脳にガツンと効く。

「キラ。大丈夫って言葉、信じているからね?」
「マスター・レナにそう仰って頂けたのですから、裏切ることは致しません。私は貴方の忠実なバーチャルアシスタントなのですから」
「スキル[従順]”従えられて”」
「従えてぇーーーー!!」
「「「きゃあああ従えてーーーーーーーーーーっ!!」

キラと、ついでに便乗した仲間たちの声は、空高く響いて、星にまで届いたようだ。

しばらく歩いた先に、一段と立派な大木が生えている。
なんと、直径が三メートルもある星の葉の木。
キラがその幹を、トントンと叩く。

「ここを玄関口にしましょう。ゲート」

赤トンボが形状を変えて、魔法陣を形作った。

「オープン!」

これをくぐれば、お屋敷に通じているらしい。

「いっちばんのり〜〜♪」
「「イイーーーヤッホーーゥ! クーイズが二番だぜっ」」
「さんばーん。やったねー」
「オラオラー! シュシュが四番だよっ!」

キラが先陣を切ると、次々に従魔たちが飛び込んでいく。
レナも息を止めて、思い切って魔法陣の向こうに消えた。

レナパーティが転移すると、魔法陣はまた赤トンボに形状を戻した。

<ラビリンス:夕紅の丘>のパトロールを始めた。

▽<ラビリンス:夕紅の丘>が支配下に置かれました。
▽ルージュに報告をしよう!

 

 

 

 

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