217:王宮からの帰還

執務室から出たレナパーティに、宰相がメモをチェックしながら、口頭確認する。

「忘れ物はもうないか、しっかり確認しなくてはなりませんね。依頼成功報酬渡し、契約書類……連絡魔道具……」

(いい人だなぁ)

レナがそわそわとむず痒い気持ちになる。

(この感覚……既視感……なんだろう?)

「あと、皆様なら心配ないとは思いますが、あちらに着いてからの食事の用意は?」
「大丈夫ですよ。前に、私たちやモスラが作ったお弁当をマジックバックに入れていますから」
「……承知致しました」

レナパーティが確保している異空間は、時間経過しない、無限容量という非常識を改めて思い出して、宰相が額に手を当てた。

「机など、あちらに揃っていますか? 生活するうえで、すぐに必要なものは?」
「大丈夫です。諸々、キラが再現済みです」
「──では、こちらを最後にお持ち下さい。いざという時の防犯や、皆様の遊びに使える魔道具です。本当にちょっとしたものではありますが」
「何から何まで、ありがとうございます!」

袋を受け取ったレナが、宰相をじっと見つめる。

相変わらずの無表情なのだが、ほんのわずかに眉尻が下がっていて、心配していることが分かる。

レナパーティを、まだ不安定なラビリンスに送り出すことが不安なようだ。
だからこそ、キラの通信能力を知っていても、通信魔道具を持たせたのだろう。

レナは宰相の心情に気づくと、既視感についてハッと確信した。

(遠足前のお母さんだ……!)

ルーカが膝を折った。

(レナ!! 本当にやめて!! それはダメ、笑うなってほうが無理……っ!)
(もー。じゃあ猫型になって下さいな)

もふんとした長毛種猫になったルーカを、レナが抱え上げる。

「お騒がせしました」

ぺこりと一礼。
宰相が顎に指を当てて、ふむ、と思案。

「激しい戦闘でしたからね。体調を崩しているのでは?」

▽宰相は 軽量ブランケットを レナに渡した。
▽レナは ルーカをくるんでおいた。

(優しい! けれど違う理由でルーカさんは笑いを堪えてるんです、なんだかごめんなさぁい……!)

キラがレナパーティみんなの脳内に、真実をこっそりアナウンスした。
不安そうにしていた従魔たちみんなが、「げほっ」「ぐっ……んん……!」と咳払いして口元を押さえる。

▽宰相は 人数分の 軽量ブランケットを渡した。

もっと高品質な赤マントがあるし、何なら金色ベッドに潜っていればとても暖かいので不要ではあるのだが、レナはありがたく心遣いを受け取った。

「ありがとうございます」

ライバル心を燃やしてぷくっと頬を膨らませているハマルを、レナが引き寄せて、優しく撫でた。

「それでは、今からラビリンスに向かいますね。早くルージュに、お屋敷の権利について話して安心させてあげたいですから。また近々、こちらに窺います」
「承知致しました」
「では、見送りをせねばなるまいな!!!!」

ドグマが吠えた。

「我が真の姿、デス・ケルベロスに乗って行くがよい!!」

(まさかの魔王便ーーーー!?)

レナが絶句して、ひくりと口の端を引き攣らせる。

「駄目です」
「「「やめましょう!?」」」
「父様、誰かを乗せて走ったりしたことないだろ、主さんを酔わせるに決まってる! 絶対却下!!」

▽宰相、護衛部隊、息子の全力ストップ!!

レナは人の良縁に感謝して、無意識に手を組んでじーんと感動した。

「フフン。我は魔人族をこの背に乗せたことがある。つまり経験者だ! 気軽に頼れ!」
「護衛部隊、ドグマ様の背に揺られた夢組織の面々がどうなったか語りなさい」
「はっ! 全員悪酔いして、地下牢でぐったりしていました! 回復までにはまだ時間がかかりそうです」

宰相に容赦なく話を振られた護衛部隊は、顔面蒼白で敬礼した。
巻き込まないで欲しかった、がしかし、すでに魔王を止めるため発言済みだったので、今更である。
彼らもまた、随分とレナパーティに入れ込んでいるのだ。

「乗りこなせばいい」

ドグマが不機嫌そうに口をへの字にした。

「受けて立ちますけれど?」

モスラが「うちの主人に何か? 乗り心地は私の方が上ですけれど? 乗り心地も気遣えないような腕前で? ふぅん」とギラリと光る目で語り対抗している。

「ストップ!!!!」

レナが冷や汗をかきながら、二人の間に割って入った。

(あーもう、息子と一緒にいたくてうずうずしてる魔王様と、進化直後で気が立ってるモスラ。困ったなぁ。どうしよう……!?)

レナが宰相とアイコンタクトを取る前に、キラが「ちっちっ」と指を振った。

「お見送りはこの場限りで結構で御座います。ラビリンスまで、一瞬で辿り着きますから!」
「「……今、なんと?」」

宰相とレナの声が重なる。

レナの脳内に、なによりも早くも正解が響いた。

<従魔:キラのレベルが上がりました! +1>
<黒魔法[トライ・ワープ]を取得しました!>
<ギルドカードを確認して下さい>

レナも額に片手を当てた。

「……サディス宰相。キラが一瞬で送ってくれるようなので、えーと、護衛も大丈夫ですよ」
「ご説明頂けると安心できるのですが」

ついに安心・心配ということを口頭で語り始めた宰相。
レナパーティの情報を掴むため、なりふり構っていられない。
クールさもかなぐり捨てる。

レナがちらりとキラを見て苦笑する。
言っていいよ、の合図だ。

「只今、レベルアップ致しまして! やだなぁそんなお祝いのお言葉だなんて、もっとちょうだーい!!」
「大変おめでとう御座います」
「ありがとう御座います☆ 黒魔法[トライ・ワープ]を使えるようになりました! いえーい!」

キラの堂々たる一礼は、物理的後光をまとい、それは神々しいものであった。
恐るべき成長期待値をうかがわせる。

「あとはまあ、自己責任という感じ……で、どうでしょうか? ちゃんとお屋敷まで安全に帰りますよ。サディス宰相、魔王様。私たち、無理はしませんから」

レナが苦笑いしつつ、二人に語りかける。

「……承知致しました。またのご来訪を心待ちにしております」
「ぐぅぅ! ……そうだ! 我が、そちらの屋敷に遊びに行ってやろうではないか!」
「ドグマ様まだまだ業務がありますあれとこれとそれと」

ドグマが苦虫を噛み潰したような顔をした。
いつもピンと立っている獣耳でさえ、しょげている。

「まだ、お屋敷は誰かを向かえるような内装になっていませんし。これから、準備が整ったら招待しますよ……」
「本当か、藤堂レナよ!」
「はい。ね、オズくん?」
「…………んー。また、来て?」
「行くぞ!!!!!!!!」

ガオオオオン! とドグマが吠えて、耳と尻尾がとても元気になったところで、レナたちは今度こそこの場を去ることにした。

「それでは、失礼しますね。お疲れ様でした」

レナの一言がとても重い。
本当にお疲れ様、だ。

みんなで深い頷きを交わす。

オズワルドが振り返った。

「……父様。あの鏡蜘蛛のやつに言っといてほしいんだけど。俺が、ちゃんと面倒見てやるからって」

オズワルドは手の痣をトンと指でつつき、ドグマに言付ける。
鏡蜘蛛の命を削った祈りが、刻まれている。

「いいだろう!!」

どどんと胸を張る父親はいつも全力なので、くすっと笑いが溢れた。
オズワルドはひらりと手を振った。

「黒魔法[トライ・ワープ]」

キラを中心に光の輪がレナパーティと友達たちを包んで──消える。

とても美しい光景を見て、宰相と護衛部隊はまた頭を悩ませ始めた。

「……黒魔法、ですが。まるで白魔法のような光でしたね。クドライヤ」
「はい。ラミアの里で同様の魔法を使う死霊術師《ネクロマンサー》と戦いましたが、魔法効果はまるで違いました。黒の暗い光、または靄《もや》を纏うのが一般的なようですが。少量あの光をゴーストローズで吸い込んで見ましたが……黒と白が混ざっている不思議な魔力でしたね」

「リーカ」
「はい。死霊術師《ネクロマンサー》に対しての分析ではありますが、[トライ・ワープ]は魔力消費が莫大です。レナパーティのように大人数を一度に移動となると、とんでもない労力ですよ。それを軽々とこなしているなんて」

「ドリュー」
「はいっ。ええと、キラは訪れた所の地理を把握しているみたいなので、ラビリンスまでの誘導を間違うことはないと思います」

「ロベルト」
「はい。ラビリンスは都の外ですが、シヴァガン王国の結界を越えられると確信しているからこそ、この場で[トライ・ワープ]を使用したのでしょうね……。攻撃ではないしレナパーティは魂が綺麗とはいえ、結界をすり抜ける長距離移動魔法は脅威であると言えます」

「……よろしい。守りなさい、あの者たちが健全な心を持ち続けられるように。力を悪用せざるを得ない環境においてはなりません」
「この命に代えても」

ロベルトが膝を折って、頭を下げた。

全員が、なんとなく「はあ」とため息をついた。

「おっと、忘れ物です」

▽キラが 現れた!

異空間から手だけをにゅっと出している。
つまり、廊下の空中に、腕のみ浮かんでいる。

宰相たちが目元をぴくりと引きつらせて腕を見上げた。

「確か、そちらのロベルト氏は私たちの近くで護衛をしなくてはいけないんですよね? では! お借りしていきますね! それでいいでしょう? 別の見張り部隊を送られるよりもずーっと安心ですから。経緯報告は後ほど、ね! 今度こそまったねー☆ [トライ・ワープ]!」

ロベルトの襟首がキラにつままれて、光に包まれた二人は消える。

「……元諜報部員を誘拐、ですか……」

宰相が頭痛を堪えて呟き、クドライヤたちは社畜の同僚に合掌した。
後ほど、自分たちもあのお屋敷に向かうことになるんだろうな、と苦笑しながら。

(まずは、俺たちは夢組織の更生について調整しなくてはならない)
(そうね。頑張りましょう!)
(魔王様もう地下牢に駆け込んで行かなかった?)

ドリューの言葉に、ハッとするクドライヤたち。

(どうりで静かだと思った!)
(あの人、ついにステルスを覚えたんっすね……やる気さえあれば才能豊かなんだなぁ。オズワルド坊ちゃんの言付けの効果、すげぇ)
(夢組織に何か妙な約束をしてしまう前に、追いましょう!)

「ドグマ様については、問題御座いません。朱蜘蛛に見張らせていますし、もう影蜘蛛たちが向かいました」

宰相のアフターフォローは完璧であった。

少し気が緩んでいますね、と言われた護衛部隊は気合いを新たにし、宰相からキラ製栄養ドリンク(お察し)を送られて驚愕することになった。

な、仲良しですね、などと失言したドリューは先輩にあとで全力で叱られた。

夢組織と話し合うため、護衛部隊は地下に向かう。
彼らの、今後の明るい未来を願いながら。

宰相はふっと肩の力を抜くと、休む間も無く執務室に戻っていった。

 

 

 

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