215:条件、とは?

「条件……とは?」

宰相の仕草がずいぶんと柔らかくなっているな、とレナは思った。

レナたちの緊張をほぐす意図なのか、それとも自然にレナパーティの空気に馴染んできたためか。

宰相がふっと軽く息を吐く。

「まず前提として、これを知っておいてください。書面で、土地の権利を譲渡する、と書いただけでは、土地の世界情報は更新されません。世界情報、というのは[魔眼]で視ることができるラナシュ構成のことを、我々はそう呼んでいます。土地に新たな名前が刻まれるまで、約10年」
「そんなに……!?」

レナがかくんと顎を落とす。
まさか、こんなにも難しい話とは思ってもいなかった。

ちらりと、パンドラミミック状態のキラを眺めると、むすっとした顔文字が小さなウィンドウに現れる。
これも「ラナシュ世界は仕事が遅い」せいで怒っているのかもしれない。

「余談ですが、シヴァガン王国の建国時にも、土地の名義が変わるまでは10年かかりました。それ以前の土地には、その場をなわばりとする魔物の一族が混在していたか、基本的には無記名だった。シヴァガン王国民が10年間生活を続けて、ようやく、世界に認知されたのです。目の一族のメデューサが[魔眼]で確認致しました」
「そうなんですね……。……」

レナは相槌を打つことしかできなかった。
すぐに返事を思いつけなくて、肩を落とす。

宰相が片手を上げると、朱色の蜘蛛糸がきらめき、1冊の分厚い本がテーブルに落とされる。

「この国の、建国歴史の複製本です」

やたら真新しいのは、元本ではないからだ。

宰相が迷いなくページを開き、レナパーティーに本を見せる。先程の説明とまるで同じ事実が綴られている。
ルーカの瞳でも、嘘では無いことを確認したので、真実の歴史である。

ドグマは難しい本を眺めて天を仰ぎ、キラは虚空を睨んでいる。

<土地はもともと、神々のもの。それを知恵ある生き物に貸してあげるので、名前を刻むには、長い時間がかかる仕様のようですね……すぐにころころ名義を変えられてはたまらない、ということでしょう>

キラの見識は、ラナシュ世界の構成を見つめたものだ。

土地は神々のもの、という認識は[魔眼]では知り得なかった新たな情報である。

キラとレナの長いアイコンタクトを眺めていた宰相は、今だけはサディスティック仮面でないことを悔いた。
召喚された従属状態であれば、パンドラミミックの言葉も認識できるのに、と。

「復唱致します。ダンジョンマスターがお屋敷を運用する……そのために土地の名義を変更したい、という理由でしたよね。土地の名義が違うことで、ダンジョンマスターの能力に制限がかかっている可能性は?」
<んぐぐぐぐぐぐぐ……!>

宰相の問いかけに、キラが悔しそうに唸った。

まだダンジョンを扱いきれていない部分は、キラ自身のレベルが低いからであろう……と考えていたら、思わぬ他の要因が出てきてしまったので、悔しくてたまらないようだ。

<……いっそ、土地の名義を、無理矢理変更したり……!? ふふ、フフフフフ……!>
「サディス宰相ー! それで”条件”って、結局何なんでしょうかー!?」

レナが慌てて話を進める。

キラを放っておくと、またこっそり世界に干渉して甚大なお叱りをもらいかねないので、レナはキラをそっと大切に両手のひらで包んだ。

<いやん♡ マスターったら〜>

キラがほんのり赤くなって照れる。誤魔化された。

「条件とは」

宰相が眼鏡をくいっとあげる。

「レナパーティーが10年間、お屋敷を解放することです」
「解放……手放せと言うことですか……? いや、話の流れ的に違いますよね? 具体的な話を聞かせてもらいたいです」
「はい。シヴァガン王国が土地の権利をもつしかない10年間は、法律に基づいて、土地を貸し出します。物件案内、とでも思って頂くとよいかと。その間にはなにかしらの商売を始めていただきたい。無償提供、もしくはお金だけを対価に国家の領地を譲る……ということはできないのです。犯罪の温床になりますから。理由があれば、我々も動けます。
それが、解放ということ。
名義変更後は、皆様の好きなように住んでいただいて構いません。ぜひシヴァガン王国とも健全な外交をして頂きたい。できるだけ皆様に有利な話をしているつもりですよ」

宰相が静かに語り、それから声をすっと低くした。

「万が一、土地の名義と、書面の名義が異なっていると、土地がわざわいを呼び込みます」

レナが息を呑む。

「わざわい、とは呪いのようなものでは御座いません。恐ろしいトラブル、と言いましょうか……。
過去には、国土を巡っての戦争がありました。様々な小国家が入り乱れて、泥沼になったそうです。土地と建物の名義が異なっていたり曖昧だと、隙があるとみなされて、土地の権利を主張する第三者が現れて、争いの火種になってしまう……」

望ましくありません、と宰相が首を横に振った。

レナは、どこか遠く離れたところから眺めるような感覚で、話を聞いた。怖く思いながらも、いまいち実感が湧かなかったのだ。

(戦争……私が、経験したことのない恐ろしいもの……。ガララージュレ王国に追われる事はあったけど、国が兵士をぶつけ合う大規模な争いなんて、見たことがないし、見たくもないよ……。従魔たちが巻き込まれるのは、それこそ、絶対に避けたいことだ)

視線で宰相の話の続きを促す。

母数の大きい話で怖がらせすぎたか、と思っていた宰相は、レナの反応を眺めて胸をなでおろした。
従魔も、宰相への睨みの視線を緩和した。

「シヴァガン王国は、今までにない新しい名義で、強大な魔王が複数の魔物を覇気でまとめあげて建国を成し遂げました。シヴァガン王国の名義となっている広い国土は、必要に応じて『貸し出し』しています。たとえば一部魔物が集まったコミュニティが国土のすみっこに出来上がっても、そこの名義はシヴァガン王国のままです。国取りの争いは生まれません」

なるほど、とレナが頷く。

「何かが突出して権利を主張することのないように……健全で冷静な国家運営を……」

宰相のそんな言葉には、深い実感がこもっている、とレナは感じた。
国の重要な部分を任されながらも、ずっと日影の者として生きてきた影蜘蛛らしい人生が、彼の言葉に、深みを与えているのかもしれない。

「お屋敷がある土地はいうなれば一等地ですもんね……それに貴重品もたくさんあるし。教えてくれてありがとうございます」
「我々にとっても必要なことですから。提案は当然です」

レナの態度に安堵しながら、宰相が机から、書類を取り出す。

まっさらな悪魔《デーモン》文書に、ペンで文字を綴り始めた。
流麗な文字が、今までなかった新しい契約を記していく。

キラがしっかりと録画し、レナパーティーはどきどきと文字を目で追った。

「シヴァガン王国は、国家指名依頼をこなして下さったレナパーティーへの御礼は当然と考えております。出来る限り、皆様のご希望に沿った報酬を贈りたい」

宰相が声を張り、文書を読みあげた。

「レナパーティは第77地区の特別建造物の権利を有する。シヴァガン王国はそれを認め、土地の権利を10年後にレナパーティに譲渡する。土地の名義変更を行う──」
「最大級の譲歩だ。シヴァガン王国の法律はまあまあ融通がきくとはいえ、国土を得られることはそうそうない……! らしいぞ!?」

魔王ドグマが、くっくっ、と低く喉で笑いながら、レナを見た。

レナはその後の文章を、目を丸くして眺めている。

「10年間、土地はシヴァガン王国からの賃貸とする。流浪の旅人に土地を貸す場合、期間を定めて、商売をすることが条件となる。──」

その後は空白である。
宰相はレナパーティを見回した。

「商売としてもっともお勧めするのは、淫魔のお宿♡系列として|高級宿泊所《リゾート》をつくること。いかがで御座いますか?」
「リゾート……!?」

▽まさかのイベント!
▽淫魔のお宿♡ を運営しよう!?

▽レナは 判断を迷っている。

 

 

 

 

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