210:魔王ドグマのおつかい業務

「ねぇラズ兄。本当に魔王国、いいところなのかなぁ……」
「みんな、殺されてたりしないかな……?」

ラズトルファにまとわりつきながら泣き始めたゴースト種族を「うっとおしいから事情を話せ!」と人型にさせたら、そんなことを言う。
ラズトルファはため息をついた。

「そんなこと、今考えててどうするんだ? 殺されてるかもしれねーし、……迎えられているかもしれない。それを今から視察に行くんだろ! ここで悩んでたって仕方ない、現実を見なきゃ答えは出ない」

切り捨てるような言葉だが、子どもたちの意見を拾っている。
柔らかく目を細めたイラを軽めに小突いて、ラズトルファが言う。

「『捕らえた仲間を助けてあげて』……ってこいつの魔法なら、信用できるだろ?」
「そうだね……!」

現金に言い切って、イラにまとわりつく。
いつも仲間全員に優しいイラは、歳下にとても懐かれている。

「ウィスプ、マイラ」

ゴースト二人の名前を、イラが呼んだ。

「頑張って、生きようね」

頷きが返ってきた。

イラは、共に生きることを肯定されて嬉しさがこみ上げてきて、三人で泣いた。
ゴースト二人はつられ泣きだ。

「トリプル号泣がうるせぇ……」

ラズトルファが呆れたようにぼやいて、近くの岩の上に座った。

泣いた子をつれて移動するなど、ここにいるとサイレンを鳴らしているようなものだ。
しばらく感情が落ち着くまで動くことはできない。

(……こいつら、あの屋敷からはしょっちゅう泣くようになったな。感情が育ったのか、これまで我慢してたものが年相応に解き放たれたのか……。知らねーけど)

ラズトルファは「うるさくて我儘で面倒」だからと子どもが嫌いだったが、夢組織の子どもたちはみんな大人びていて静かだったので気に入っていた。
それなのにまさか、子ども返りした仲間を抱えて、保育士の真似事をすることになるなんて、と頭を掻く。

(くそ、俺にいらつく……。『現実を見ろ』なんつって……今まで自分が一番嫌がってたこと、なんで言っちまったのかなー)

ラズトルファの意識が確実に変わってきているのだ。
そのことは自覚しているが、すんなり受け入れるには勇気が足りなくて、わしゃわしゃ桃色髪を掻き乱すと、悩ましげな息を吐き出した。

ぼんやりと視界の端に入ってきた桃色髪を見て思い出すのは、始祖天使のような姿をした成長後のシュシュだ。
ため息、もう77回目。

(……こいつらいつまで泣いてんだよ…………っと、いっけね。索敵!)

五感を研ぎ澄ませたラズトルファが、ギョッとする。

恐るべき気配が近づいてきているのを肌で感じて、ゾワリと鳥肌を立てた。

弾かれるように動いて、大急ぎで子どもたちを担ぐ。
適当に抱えたため、逆さまになったイラがぽかんとしている。

「行くぞ!!」
「ええっ……!?」
「なんだよラズ兄ー!」
「なんだよ、はこっちが聞きてぇ! でもすげー嫌な予感がするんだよッ!」

ばさっと翼膜を広げて数十メートル飛んだが、遅かった。

その程度の距離など、この|追っ手《・・・》は、ほんの一回ぶんの跳躍で追いついてしまうのだから。

ラズトルファたちを影が覆う。

「「え?」」

子どもたちが空を見上げるよりも早く、重く、ズドォンッ!! と目前に巨大な黒い獣が現れた!

「デ、デス・ケルベロス……魔王!?」

ラズトルファがひくりと口端を引きつらせながら、呟く。

『ほう。よく見破った!』

魔王ドグマの三つの獣の首がそれぞれ発言し、がうがうと口を開いた時に紫炎が草原に飛び散った。
一部でボヤ火災となる。

「うわ!? 青魔法[アクア]!」
「スキル[アクアウェーブ]!」

ゴースト二人が、自分たちの背後に生まれて服を焼こうとしていた火種を消した。

『む? ふははははは! よい働きだ。褒めてやろう』

▽紫炎が 飛び散った。
▽仕方なく 消火される。

ドグマは、やっとこのまま喋り続けては草原を火の海にしてしまうと気づいて口を閉じる。
この一帯は乾燥地帯なので、炎が燃え広がりやすいのだ。

▽ドグマがヒト型になった。

デス・ケルベロス姿のように、進路を物理的に止める大きさではなくなってしまったが、身長195センチの巨体に、魔王の[絶対王者の覇気]によって、ラズトルファたちが逃げ出すことはできない。
黒紫の長髪が、ばさっと風に煽られて広がる。
空気を我が物にした。

「ふはははははは!!」

低音の高笑いがビリビリと子どもたちの耳を震わせた。

ゴースト二人がかくんと膝をついてしまって、イラが支えようとしたが、二人ぶんの体重にべしゃっと押し潰されてしまう。

ドグマがずんずんと歩み、近寄る。

「…………っこいつらに手ェ出すな!」

ラズトルファが震える脚を叱咤して、ドグマに向かっていったが、あっけなく放り投げられてしまった。

ぬっ、と大きな手がイラたちの頭上に現れる。
逆光がドグマの迫力満点のニヤリとした笑みに影を落とし、いっそう恐ろしく見せた。

「〜〜〜〜〜〜!!」

唇をぎゅっと噛み締めて、イラたちが体を硬くしていると、頭に手のひらが乗せられて、わしわしと撫でられた。

耐えるイラたち。
ひたすら撫で続けるドグマの手。

ラズトルファはぽかんと口を開けてその様子を見ていた。
……胡乱な目で、ドグマの背を眺める。
じりじりと近寄る。

イラたちは閉じていた目を開けて、そろり……と窺うように見上げた。

魔王の顔が! 怖い!!

「ふははははははは!!」

▽ゴースト二人が 気絶した。

「……ほう。我の近くにおり、咆哮を聞いても意識を手放さなかったか。見込みがあるな。お前、種族は?」

イラが腕を掴まれて、豪快に引っ張り起こされる。

ゴースト二人を後ろにかばうように半歩前に出てから、イラは自分に注目を集めるために口を開く。

「|鏡蜘蛛《ミラースパイダー》」
「ああ……ふーむ……そうだ、思い出した。夢組織の上位実力者、だな?」
「…………っ! そう。おれが最上位。能力は補助中心だけれど、蜘蛛を使っての仲間への伝達技術に長けていて、組織を牛耳っていた」

イラが小さな蜘蛛を指先に乗せて、ドグマを挑発するように腕を伸ばしてみせる。

「イラ! 馬鹿、やめろっ!」

ラズトルファがぎょっとして止めようとする。

「ん? これが幻だというくらい我には分かる。普段、影蜘蛛の使役蜘蛛をよく見ているからな」

ドグマが半眼でイラの指先の蜘蛛をつまみ潰した。
質感はなく、あっけなく蜘蛛が消える。

(不愉快にさせた?)とイラは冷や汗をかきながらも、ドグマを睨んで目を逸らさない。

「我は魔王ドグマである!」

((だろうね!))

どどん!! と自己紹介をしたが、イラもラズトルファもとっくに察している。
そう何体も、三つ首の地獄の番犬がいてたまるか。

「魔王サマがなぜこちらに?」

ラズトルファがイラの前に滑り込んできた。
つまりドグマととても距離が近くなる。
ビリビリと真正面から覇気を浴びることになる。

にこり、と取り繕った笑みを浮かべてみせた。
攻撃姿勢を取らない限り、魔王はむやみに暴力をふるう獣ではないと知っているのだ。
ハニートラップをしかける淫魔として、魔王国に所属していた経緯が活かされた。

(くそっ、きっつい! あの赤の魔物使いの覇気よりも攻撃的で肌に刺さるような感覚だな……ッ)

「なぜ、か。お前たちを迎えるためだな!」
「……迎える……!?」

ラズトルファとイラが、確認するように復唱した。

「そう! 我が直々に迎えにきた。光栄だろう?」

ドグマがニヤリと凶暴に笑った。
鋭い犬歯が覗く。

(いや本当にビックリだぞ!? なんだよ! 魔王国、暇なのかよ!?)

魔王の発言を信じるべきか否か……ラズトルファが悶々と悩む。

「……おれ、貴方の息子に『呪い』を施したんだけど」
「イラーーーーーー!?」

余計なことを言うイラの頬を、ぎぎー! とラズトルファがつねる。
頬が真っ赤になってしまった。

「『捕らえた仲間を助けてあげて』……だったか。魔物使いレナの従魔より、聞いている」

ドグマが断言すると、二人の若者が固まり、目が見開かれた。

「……じゃあ……本当に? おれたちを、殺すのではなく、助けるために動いてくれるの?」
「オズワルドは約束を守るぞ。我と、妻ツェルガガの息子だけあって、たいそう出来がいいからな!」

満足げにドグマが高笑いした。
それから息継ぎなく二十分ほど、息子自慢が始まる。

これらの褒め言葉をオズワルド本人に言えばいいのだが、オズワルドを前にしてしまうと、思い出を振り返るよりも今の息子と関わりを持ちたい気持ちが強すぎて、ドグマは会話が空回りしてしまうのだった。
不器用な父である。

「……というわけで、お前たちも来い! 連れて行くぞ」

ドグマが有無を言わせず宣言した。

「見た目の年齢も近いし、|鏡蜘蛛《ミラースパイダー》よ、影蜘蛛の女子の友人になるといい!」
「……分かりました。努力します」

機嫌を損ねないように、仲間への扱いが良くなるように、とイラは言われるがままにこっくり頷く。

「宰相の一人娘なのだ! ノアという」

詳細を聞いて、頭を抱えた。

(犯罪者として捕らえたやつを、そんな重要人物の友人に据えても……いいの……!?)

いいわけがない。
あとでドグマはサディス宰相にコテンパンに叱られる。

「白淫魔よ、お前は面倒見が良さそうだな。捕らえた夢組織には子どもが多いというし、更生活動中の取りまとめ役でもするといい」

(子守り継続かよ!!)

「|いいえ《はい》」

ラズトルファは偽った笑みで頷いた。

ドグマは細かいことなど気にしないので、肯定の言葉をそのまま受け取る!

「そこの二人も迎えるとしよう!」
「「ま、魔王様、よろしくお願いします……」」
「ふはははははははは!!」

▽夢組織四人が よろしくされることが 確定した。

「……ふむ。転移した夢組織は6名、だったはずだが?」
「あとの二人はあっちっすね」
「よくやった! 白淫魔よ!」

ドグマがラズトルファの頭をがしがし撫でる。
こちらは成人しているので力加減に容赦がない。

(いってええええ!?)

「ああ……確かに、死臭とレナパーティ特有の花の匂いがするな。よし乗れ!」
「「乗ッ!?」」

ドグマは四人を軽々担ぎ上げると、獣姿になる。

視界が一気に高くなり、イラたちは慌てて艶やかな毛並みにしがみついた。
本来の姿になったことでドグマはいっそう強烈な覇気を発しており、背中の二人が毛を掴む手が震える。
仲間のゴーストを支えながらなので、体勢がきつい。

朱色の線が視界を舞い始めた。

宰相が見張りとしてドグマに付けていた小さな朱蜘蛛が糸を吐き、イラたちをこの獣の背中に固定したのだ。
主人に似て、気遣いができる優秀な蜘蛛である。

この小さな蜘蛛一体でも大きな力を秘めている、と感じ取ったイラが、感嘆の息を吐いた。
抵抗心がみるみる萎んでいく。

『さあ向かうぞ!』

“グオオオーーーーン!”

遠吠えはお屋敷にも届いた。
オズワルドがそわそわと、声が聞こえた方を眺めた。

地面を重く蹴りつけながら、ドグマが超速で駆ける!
背中に嫁以外を乗せた経験がないため、ぐわんぐわんと大きく跳ねた。
うぷ、とイラが青い顔で口を押さえているが、絶対に吐くわけにはいかない。

(どっわああああ!? ……マルクにスイ! お前たちも、この万有引力みたいな魔王に攫ってもらえよ、ちくしょうめッ!)

ラズトルファが目を細めて、草原の彼方を見つめた。
そこにいる仲間を想いながら。

マルクとスイも、無事にドグマに回収された。
因縁を覚えていたマルクは挙動不審であったが、ドグマは細かいことなど気にしない!

スイはしょんぼりとしており、抵抗もしなかった。

おつかい業務を完璧にこなしたドグマは、息子に武勇伝を聞かせて胸を張るべく、意気揚々とステップを踏んで、ズドォン! ドドォン! と爆ける足音を轟かせながら魔王国に帰っていった。

魔王国につく直前では足音を忍ばせて飛ぶように走っていたのだが、騒音被害を訴えた魔人族の小集落にハイテンション走行をバラされてしまい、宰相にコッテリ絞られた。

息子との再会では感激の咆哮を上げて、下働きの従業員を失神させて叱られた。

めげない!!!!
しょげない!!!!

魔王が歩む力強い道に、ラズトルファたちは連れ込まれたのだった。

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!