21:一般常識を学ぼう!

生鮮食品店主の女性は、アイシャと名乗った。
レナとハマルは、偽名でクリスとハルと名乗っておく。
村人たちは日中は畑仕事にせいを出しているようで、特に誰かに絡んで来られることもなかった。
何事もなく、アイシャの家に無事たどり着く。

「子どもたちは遊びに行ってるから、そのイスを使っていいよ。
飲み物を出してあげようね。
今なら旬のベリージュースが作れるんだけど…どうかなー?
あなたたちの口に合うかな。
アリ蜜を足して煮詰めたベリージャムに、炭酸水を入れてジュースっぽく割るんだけど、これが甘酸っぱくて美味しいんだよ!
飲んでみる?」

「うわあぁ……美味しそうー!
そんな凝ったジュース、いいんですか…!?ぜひっ」

「ふふふっ。お姉ちゃんは随分食いしん坊さんみたいだねー?
ハルくんも、それでいいかい」

「ありがとーございますー」

「ん!ちょっとだけ待っててね。
窓のカーテンも閉めてあるから、ローブを脱いでも大丈夫だよ」

「重ね重ね、おそれいります」

お察し名人アイシャの気配りがすごい。
彼女は、家に着いた瞬間にすべての窓のカーテンを閉め、魔道具のランプに柔らかな光を灯した。
手際よくイスに座布団を敷いて、玄関で足を止めていたレナたちを、テーブルに自然に案内してくれたのである。
過剰に気を遣ってしまうお客人に対しての、自然に先回りした完璧なおもてなしだ。
リリーの[心眼]フォローがなければ、あまりに親切すぎて、騙される事をまた疑ってしまったかもしれない。

レナは心からお礼を言って、ありがたく埃っぽいローブを脱いだ。
着替えにまだ手間取るハマルのローブも、砂で床を汚さないよう気をつけながら脱がせてやる。

「あらやだ…!…本当に、キレイな子たちだったのねぇ」

あらわになった整った容姿に、アイシャはとても驚いて、しかしレナたちを安心させるように優しく微笑んでいた。
目が潤んでいるのは、なまじ容姿が良かったことで”人攫いから逃げてきた上流階級の子供”という仮説に、説得力が増したからかもしれない。
ベリージャムをとても贅沢に使った、気合いの入った絶品ジュースが小さなお客人に出される。

さすがにここで「いやキレイだなんて」と面倒くさく謙遜するほど、レナは空気の読めない子ではない。
ハーくんはキレイだよなぁ、と完結させておいて、美味しそうなジュースを笑顔でいただく。
…あまりの美味しさに、頭上に花を飛ばしていた。

ハマルも、初めての甘味を夢中で味わっている。[幻覚]で消されたヒツジ耳がピコピコとせわしなく動いていた。

「美味しいねぇ」
「うんっ」
「そう喜んでもらえると、作りがいがあるよ!」

スライムとフェアリーにも後でジュースを作ってあげようと、使ったベリーの種類と、炭酸水の作り方を店主に聞いておく。
炭酸水は、水に”ぷくぷくの骨”をしばらく入れておくと出来るらしい。
今度ぷくぷくスズメを捕まえたら、骨は残しておこう。
生活を豊かにするこういった細かな知恵も、これからたくさん学んで行きたいな、とレナは口中の甘みを堪能しつつ考えていた。

ジュースを飲んで一息ついた頃。
アイシャはテーブルの上にスカーフを広げ、その上に、様々な種類の硬貨を載せていった。
素材は全て銅と銀。
これより更に上の硬貨になると、金が使われるんだとか…。金は貴重らしい。
ラナシュ世界の通貨単位は”リル”。
大きさはどの硬貨もそう変わらなくて、小さめで楕円型。
穴が開いていたり凝った装飾がされていたりと、同じ素材でも模様のクオリティが全然違った。
それが、通貨の価値の差になっているのだろう。

「額の小さい硬貨は見たこと無いかもしれないから、順番に説明していくね。
まずは、銅貨から。
葉っぱのシンプルな模様のが1リル、穴の空いたものが5リル、盾の紋章が10リル、剣の紋章が50リル。
次は銀貨。
模様価値の順番は同じで、下から100リル、500リル、1000リル、5000リル。
それに追加で王冠印の10000リル硬貨。
さらに高価になってくると、金貨もあるんだけど…普通の市民ならまず使う機会なんてないねー。
使うのは大商人か、貴族たちくらいじゃないかな?
王族たちの使う白金貨って存在も聞いたことはあるよ。

物価としては、クリスが使おうとした5000リル銀貨で、王都の高級宿1泊ぶんくらい。
普通の町の宿なら一泊でだいたい500リル。
長期宿泊なら割引してくれるからね。
食べ物の値段は、塩ひと瓶100リル、砂糖ひと瓶150リル、ハニーは250リル。
調味料類はちょっと高めだけど、果物や野菜、穀物は10~80リルくらいが相場。
肉は種類によってすごく差がある。普通の鶏なんかだと野菜と同じくらい安いし、貴重な魔物肉なら銀貨が使われることもあるんだ。
1リル硬貨は、裁縫用具の針とか、小さな買い物の時に使うかな。

クリスが5000リル銀貨をあの場で使おうとした異常さを、分かってもらえた…?
1000リルなんて商品代金をポンと払おうとするだけでも驚くのに、出てきた銀貨は剣の紋章なんだもの。
そんなの、私でも冬用の備蓄をまとめ買いする時にしか使わないよー!」

「そ、それはなんとも…」

レナは思わず口元を押さえて、顔を少し青ざめさせていた。
確かに、平民たちの常識から考えると、自分たちのしでかした行動は怪しすぎる。
ここで相場を教えてもらえて、本当に良かった。

アイシャが次に持ってきたのは、紙とペン。
紙は貴重品ではないらしい。
ペンは、日本人には馴染みのない羽タイプのペンだった。
この際だからと色々質問してみると、ペンは羽タイプが一番安くて使っている人も多く、たくさん書き物をする人は、もう少しお高めの万年筆を使うらしい。

紙にペンで地図を描きながら、この辺りの地理について説明するアイシャ。

「貴方たちの出身地についてはもう聞かないから、ざっくりと全体的に説明するね。
今いるこの村は、ヒト族の暮らすミレージュエ大陸の端っこ、ツェルル草原のネイ村だよ。
周辺の国々はこの通り。
…気をつけなくちゃいけないのは、ガララージュレ王国だね。貴方たちは絶対に行かない方がいいと思う。

他には、アネース王国が次に近いかな。
大きな街に行きたいなら、ここの王都はオススメだよ!治安がいいらしいから。
そこそこの規模の街でいいなら、一番近いのはアネース領内の小都市トイリア。
ここは私も食材の買い付けに行くんだけど、まあ暮らしやすそうな印象だねー。

ここはミレーの端っこだって、さっき言ったね?
船で海を渡ったら、反対側には、主に魔人族たちが暮らすジーニアレス大陸がある。
ジーニの大地はとても肥沃(ひよく)なんだけど、自然災害も多くて、場所によっての寒暖差が大きいらしい。
住むにはクセが強すぎるから、ヒト族より頑丈な魔人族が多く暮らしているという訳なのさ。
魔王さんがしっかり魔人族たちをまとめてくれているから、ヒト族が観光に行っても全然問題はないよ。
珍しくて美味しい食べ物がいろいろあるって聞いたことがある」

「美味しい食べ物!」
「ふあーー…」

素敵なゴハンを想像したのか瞳を輝かせだした2人を見て、アイシャは楽しそうに笑う。
今日の夕飯は何にしようかねー?なんてほのぼのと呟いていた。
ハマルはもうすっかりヒト族味覚に夢中な様子。

これからどこに向かうの?とは聞かずに、アイシャは地図のインクを”ウインド”魔法で乾かしてレナに渡した。
彼女は緑魔法の適性があるらしい。
たたんで籠に入れられていたローブを抱えると、洗濯をしにアイシャは家を出る。
遠慮するヒマも与えない早技だった。

その間にレナたちは、子ども部屋で身体を拭いておくよう言われる。
お風呂の代わり。さすがに村人個人の家に浴槽なんてなくて、公衆浴場へと今出向くわけにもいかない。
街の宿には風呂場がだいたい付属されているらしいので、次の宿泊先ではお風呂に入ろう。

扉の鍵を閉めると、ようやくスライムとフェアリーが姿を見せた。

『『…ぷはっ!』』
『ふー。…アイシャさん、とってもいい人だったねー!ご主人さま』

「みんな、お疲れさまー。
隠れててくれてありがとうね!
うん。いい人すぎてビックリしたよー。本当にありがたいね。
また後で、皆にもベリージュースを作ってあげよう」

『『『うわーーい!』』』

「美味しかったねぇー」

『…あのね?ジュースを見てたら、ノド渇いちゃったのー。…ご主人さまっ』

「わ、わーお!」

この瞬間、レナはリリーに血液を提供することが決まった。

『『クーとイズも空腹なんだよー。
生肉をおくれー!』』

「はーい。今、マジックバッグを開けるからー」

大喰いのスライム達はガッツリと生肉を食べ始める。
レナもガブッと[吸血]されていた。

様々な情報を詰め込んで教えてもらっていたため、結構な時間が過ぎている。朝には村に入ったのだが、今はもう夕方になっていた。
お腹もすくはずだ。

ハマルはまだヒト族風の素肌が濡れるのを嫌がるので、とりあえずレナだけが身体を拭いていく。
この場には魔物の子どもしかいないし、と、普通に下着以外の服をすべて脱いでいる。

…しかし欲情なんてしなくても、目の前でそんな事をし始められると、イタズラ好きの従魔たちがウズウズしない筈がなかった。主にスライム。
…ジリジリと、ねっとりゆっくり近づいてくる。

「だ、ダメだからね?
…今、変な声出しちゃって誰かに覗かれたら、大変な事になるからね!?
分かってるよねっ!めっ」

『うへへ…』
『ご主人さまはくすぐったがりですからなぁ…?』
『『ふっふっふーー!!』』

これまた見事な「やるなよ?絶対にやるなよ!」フラグだった。レナさん…。

さすがのスライム達もこの場では空気を読んで、主人をからかうだけで手は出さなかったが。
レナを囲んでリズミカルにマイムマイムを披露し、これでもかと煽っている。
焦った彼女は身体を拭くスピードを早めて、最終的に足をもつれさせて水の入った桶をうっかり蹴飛ばしてしまった。
スライムがサッと床に広がり水をすべて吸収してくれたが、そんな責任取りよりも、ゆっくり身体を拭かせて欲しかったと思う主人である。
こんどこそ、後で”おしおき”だーー!

リリーは爆笑しており、ハマルはマイペースに首を傾げていた。

「…お姉様はー、どうして拭いた足をわざわざまた濡らしたのー?」

▽レナの 心が 傷ついた…

生まれ持っての運動センスのせいなのだが、基本的に運動の良くできる魔物たちには、ドジっ子属性は理解されていない。ドンマイ。

少々騒がしく会話をしていると、階段を上がってくる3人分の足音が聞こえてくる。
スライムとリリーには再び隠れてもらって、部屋で待っていたら、コンコンと軽く扉がノックされた。

「はい」

「…ほんとにお客さまがいるー!はじめましてっ」
「わあ、おねーちゃん達いらっしゃーい!」

「こらこら。うるさくしてごめんねぇ。
さっき子どもが帰って来たんだよー、挨拶なさいな」

現れたのはアイシャとその息子のカイ、娘のロロ。それぞれ7歳と5歳の小さな子供たちだ。

「そうでしたか。
はじめまして!クリスです。一晩お世話になります」
「よろしくねー。ハルだよー」

軽く顔合わせを済ませて、夕飯の準備が出来ているというので皆でリビングに戻った。
カイとロロは、レナたちにあれこれ楽しそうに話しかけている。
旅の話などを意図的に避けるように質問していたのは、母の教育の賜物だろう。

今日のアイシャ家のご飯は、薄切りパンにチーズを乗せたものと、トマトスープ、野菜サラダに採れたての生ベリー。
素朴ながらとても美味しそうなご飯に、レナとハマルは目をキラキラさせている。
しかし、家の子ども達には「またぁ!?」と不評なようだ。子どもらしく、野菜より肉が好きらしい。
レナが、アイシャに生肉の提供を申し出てみる。

「手持ちのお肉があるんですけど」
「ありがたいけど…何肉なんだい?手持ちって、さすがに痛んでないかなぁ…」
「今朝狩ったばっかりですよー」

別室でマジックバッグから鳥肉、ウサギ肉、ヒツジ肉を出してみると、頭を抱えられた。
マジックバッグはやはり貴重なものらしい。
レナたちが持っていたのは、マジックバッグとしては中級クオリティのもの。最上級のものになると、時間経過もしないとか。

とりあえずお肉は提供しておいた。
レナの薦めで、トマトスープにはコンロで炙(あぶ)ったウサギ肉と牛乳が足され、具だくさんのトマトシチューになる。
その上にパンを乗せて、更にチーズを散らしてオーブンで焼いてもらうと…

▽こんがりパングラタンもどきが完成した!×5

子どもたちも大満足なボリュームのある一品になっている。

「「「…美味しいーー!」」」

とっても喜ばれた!

「まあ。料理の知識はあるんだねー。とっても美味しいよ、ありがとうクリス!
レシピ、もらっちゃって良かったのかい?」

「構いませんよー。こんな事しかお礼出来ていませんが…」

「何、水くさいこと言ってるの!
そもそも、たくさん買い物してくれて私は大助かりだよ?
余ったお肉も買い取っていいかい?」

「はい!助かりますー」

魔物の肉は畜産動物肉よりも少しカタいが、味が濃いので、塩漬けにして長期保存すると絶品のベーコンが出来るのだとか。
しかし狩るのが大変なので、今回魔物肉を大量に手に入れられたアイシャはホクホク顔だ。

何かお礼を、と更に言ってくれたので、夜食にまた同じパングラタンを貰いたいと図々しくお願いしてみる。
よく食べるのね!と笑われてしまったが、スライムとリリーの分だ。

「「おやすみなさい」」

「お休みー!また明日もお話しようね。お姉様とハーくん」
「おいロロ、そんな事言っちゃうと2人とも困るだろー。ゆっくり休んでいってねっお姉様たち!」
「だって…お別れさみしいもーん…」
「それは俺もだけど。…言うんだったら、また来てね、だろー?」
「…ん。またねーっ」

カイの言葉には、早くもアイシャのような優しい気遣いが表れてきていた。
レナはその親子の繋がりに気づき、目元を緩める。
自分もこうして親をマネて育ったんだろうな、と、懐かしく思っていた。

「あはは。まだ明日の朝は会えるから、その後に”またね”しようね?
まだ、私達はここにいるから。色々と楽しいお話をありがとう。
…あと、私は、クリスお姉ちゃんだよ…?」

「「「お姉様」」」

「うっ」

…ハマルが装飾して話したクリス様武勇伝のせいで、すっかりお姉様呼びが子どもたちにも定着している。
キラキラしたまっすぐな視線が痛すぎる、と悩むレナだった。

***

「…またねー!…また遊びに来てねー、お姉様ー!」
「ハーくんもー!」

「貴方たちがあんまりにもいい子だったから、私達も別れるのが惜しいよ。
買い物していってくれてどうもありがとう。お肉も嬉しかった。
気をつけて旅をしていきなさいね」

「はいっ!
こちらこそ、色々と教えて頂いて…本当にありがとうございました。
また来るからね、カイくん、ロロちゃん!」

「またねー。同志よー」

「こ、こらっ」

「「「あははははっ!お姉様ー!」」」

レナたちは親切なアイシャ家族と別れて、小都市トイリアを目指して歩きだした。

村を出てしばらく歩いたあたりで、スライムとリリーが姿を現し、ハマルも魔物の状態へと戻る。
久しぶりの極上ゴールデンもふもふを堪能してから、まずはベリーを探すことにした。
先を急ぐのは大切、しかし、美味しいゴハンだって大切なのだ!
あのベリージュースが、すでに恋しい。

砂糖とハニーの入った鞄を意気揚々と抱えて、ベリーを夢中で採取する一同。
リリーが[魅了]した虫たちの誘導により、効率良く野生のベリーを採取できていた。
本当に頼りになる従魔たちである。
赤く熟れた果実を口に含んで、今回のやさしい出会いを思いだし、レナは明るく笑う。

<称号:[逃亡者]、[お姉様]が追加されました!>
<ギルドカードを確認して下さい>

「…ああああっ!?」

▽レナは 一般常識を 学んだ!
▽レナは 称号を 手に入れた!
▽Next!小都市トイリアを目指そう

 

 

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