209:草原に転移した夢組織たち

遠方の草原に転移させられた、マルク、スイ、ラズトルファ、イラ、子ども二人。
だるい身体をなんとか起こして、周囲を索敵、それからボソボソと相談をする。

まずは現状把握から。
お屋敷のことを話し出して、あまりの非常識の連続に早々に頭が痛くなった。

うんうん唸って、大きなため息。
できるだけ前向きな方に、気持ちを切り替える。

「……あの魔王の息子に『捕らえた仲間を助けて』って呪いをかけた、ってマジかよ……イラ」
「うん。まじ」

ラズトルファの疲れた声に、イラがこっくりと頷く。
はあ〜、と大きなため息とともに、ラズトルファが頭を抱えて苦悩した。

──魔王国に渡るべきか、否か。

しばし沈黙が訪れて、各々が思考に耽った。

その間、清らかなエンジェルの歌声が全員を包んでいる。

ラズトルファが立ち上がり、翼を広げたり軽くジャンプしたりして、胡散臭いものを眺める目で自分の身体を確認すると、[エンジェルヒーリング]の魔力を切った。

「……俺は完全回復したみたい。やけに早かったけどな。お前たちは?」

ゴースト種族の二人の子どもは魔物姿に戻ると、ラズトルファの周りを軽快に旋回してみせた。

『『快調! ありがとラズ兄』』
「そうかよ……調子良さそうだな」

イラが手をぐー、ぱー、と開いて動作を確認してから、指先を合わせる。
爪先に集中すると、鏡蜘蛛のきらめく蜘蛛糸がふわっと現れた。

「ラズ兄。見て。こっちも回復した。ありがとう」
「そうか、じゃあまず結界を張ってくれ」
「ん」

イラが鏡の結界を施して、この場の全員の姿を捉えにくくした。
姿隠しの効果がある。

ラズトルファたちはホッと息を吐いた。
これまで何度となく組織の姿を隠してきたイラの技術だ。安心感がある。やっと腰が落ち着いた。
ゴースト二人もヒト型に戻る。

「ねぇラズ兄。[エンジェルヒーリング]あんまり痛くなかったよ」
「…………っぽいな」
「どういうこと? ラズ兄、新しくスキルとか取得したの?」
「堕天使になったとか!?」
「うるせぇ俺は白淫魔だ。もともと天使族じゃないから堕ちようがないね。……スキル取得はしてないんだ」
「「じゃあどうして僕ら、苦しまなかったんだろう? 黒い魂の者には回復とともに懲罰の痛みを与える、そんなスキルのはずなのにね?」

ゴースト二人がうーん? と首を傾げている。
ラズトルファとイラはなんとなく顔を見合わせた。

「痛くなかったならラッキー、でいいんじゃない?」
「こらイラ。んな簡単な結論で終わっていい問題なわけねーだろ! お前は……期待して違っていた場合のダメージを怖がって分かんないフリしてるな」
「…………どうなのかなぁ」

俯いたイラの頭をラズトルファは荒っぽく掴んで、ゴースト種族二人の方を見させた。
「イラに何すんのー!?」「乱暴! よくない!」と子どもたちが騒いでいるので、イラが、ぷぷっと小さく笑う。

「イラは自分を瀕死にしてまで仲間を助けようと頑張っただろ。んで、二人はそんなイラを助けようとしてあの激戦の中俺のとこまでやってきた。それが”善行”とか”美しき友情”って判断されて……魂の濁りが和らいだんじゃないか? って俺は思ったけどね」

ラズトルファの言葉に、イラたちは目を丸くする。
そしてゴースト二人が「「よかったねー!」」とイラに抱きついた。
イラが肩を震わせた。

「…………そっか。みんなは、鬼蜘蛛じゃないから……おれのワガママで助けても、喜んでくれるんだね。それって……嬉しい……ほんと、よかった。許してくれてありがとう。……………ッ」

涙を流し始めてしまったイラに、ゴースト二人はぎょっと慌てる。

「「イ、イラーーーーーーー!?」」
「うるせぇ。泣かせとけ。あーやって気持ちの整理つけてんだよ」

ラズトルファは投げやりに助言すると、ぷいっと顔を逸らした。

先ほどから沈黙したままのスイとマルクに目を向ける。

マルクは身体の傷は癒えているようだが、まだずいぶんと体調が悪そうに見える。ぐったり動かない。

スイはマルクの呼吸を聞けるように側に寄り添っているが、口を固く結んでいて、胸の前でぎゅっと手を組んでいた。何かに耐えるように目を閉じている。

「大丈夫かよ?」

問いかけるが、二人からは返事がない。

「子どもよりも手がかかるな、おいこら」

先ほどよりも深くながーく、これ見よがしにラズトルファが息を吐いた。

マルクがのそりと少し動く。
ヒト型になった。

ラズトルファたちが顔を引きつらせて、一歩、引く。

マルクの身体の半分は質感のある靄に包まれており、まるで欠損したようになっているのだ。
血肉が見えていないのでグロテスクではないが、おぞましい。

「……すまない。俺の半身であるイヴァンが死亡したため、このような状態だ。魔物型になるとそう目立たないのだが。……現在、レベルが半分になっている。そのため倦怠感がひどく、動き出すにも負担がかかる状態なのだ……」
「マジか……!?」

ラズトルファたちが驚愕する。
|死霊術師《ネクロマンサー》と魂を分け合うという状況が珍しすぎるが、魔物のレベルが半分になってしまうなど聞いたこともなかった。

「……イヴァン……! 死亡……あんな悲惨な最期……黒炎で……私の、せいで……」

スイが震える声で吐きこぼすように告げた。
ひゅーひゅー、と喉が鳴り、咳き込む。

「っスイ……やめるんだ!」

マルクが大慌てで、スイを包むように抱きしめて手のひらで口を塞いだ。

彼女が声に出して断言すると、本当に「スイのせいでイヴァンが死んだ」と世界が認識しかねないし、そう思い込むことでスイの心が壊れかねない。
間接的には間違いではないかもしれないが、仲間たちはスイを助けたいと思った。

マルクの腕の中で、スイは自分の幸せを感じる暇もないほどに後悔して、虚ろな目で震えていた。

赤い光で示された栄光の道が見えていたはずだが、その始発点のところで黒緑のアンデッドの腕に足首を掴まれていて、動けない。

(イヴァンめ……あいつううう! 最期まで大迷惑! くそでっかい爆弾残していきやがって!)

ラズトルファが頭を掻きむしって、イヴァンを脳内で罵倒した。
脳内イヴァンが悦び始めたので、ぶん殴っても悦ぶし、ぶんぶん頭を振って不愉快なイメージを追い出す。

「こっち向け」

ラズトルファは、ぐいっとスイに顔を近づけた。
しっかりと目を合わせて[魅了]で引き込む。

「いいか、あいつのことを気に病むだけ損だぞ。あの場にいたの、ずっとしつこく語ってた赤の女王様って子だったじゃん。きっと手をかけられて大満足のご臨終だっただろうよ、どマゾヒストだったんだし、最期笑ってたしな」

肩を竦めてみせる。

「考えるなら俺たちのことにしとこうぜ」

……今のスイは罪悪感に殴られて、自己肯定感がぶっ壊された状態だ、とラズトルファは冷静に見た。

それは女性を恋に夢中にさせやすい状態でもあるのだが……スイの場合は真面目な性根と、目の前でイヴァンの死を見た衝撃が大きすぎるのだろう。

それに愛しのマルクを見るたびにイヴァンを思い出してしまうのも、相当きついはず。

レナパーティに光を見せられた今だからこそ、死が重く響く。

(これ以上は、打つ手がないんだよなァ)

やれることはやったけど、とラズトルファは困り顔でマルクを見た。

「あとは私が寄り添おう……」

(そんなお前の中にイヴァンがいるんだけどな? まあ、頑張ってくれよ)

ラズトルファはひらりと手を振ってその場を離れると、イラと子どもたちを回収した。

「「わっ!?」」
「お前ら、魔物型になれよ。重いから。そんで索敵しろよ、得意だろ」
「えー命令の仕方横暴ー」
「って、イラはちゃんと抱えてくの!? ずるいっ」
「一番重症だろうが。そのうえ、さっき無駄に強力な結界こしらえて、早くも回復した魔力使っちまったんだよ、こいつは」

ラズトルファが不機嫌そうにイラの頬をつねると、伸びた先の皮膚がぴきぴきと痛々しく少しヒビ割れた。
ゴースト二人が悲鳴をあげる。

「イラがーーー!?」
「ラズ兄もっと丁重に扱ってくれる!? あのさぁ!」
「責める前にさっきまでの発言撤回しやがれ二人。イラは笑ってないで反省しろ、このバカ!」

ゴーストが纏わり付いているのでうっとうしそうに頭を振って、ラズトルファが振り返った。

「俺たちは魔王国にさらわれてった奴らの様子を見てくる」

えっ!? と子どもたちが驚いた。

心の準備ができていないうちに決められてしまったが……仲間たちの顔を思い出すと、自然に頷いていた。
辛い境遇を慰めあった者同士、絆は強い。

マルクが重く頷いた。

「分かった」

以後の言葉を、迷う。
もし待遇が良さそうだったらお前たちも助けてもらえ、とはこれまで組織に引きつけていたマルクが言うのは無責任すぎる、追って後に続く……と断言するには、スイの心情が心配だった。

「んじゃ」

ラズトルファは返事を待たずに、さっさと踵を返した。

「……良い未来を」

小さな祈りを風に乗せて届けた。

「良い未来を……」

マルクがゆっくり目を閉じて、同じ言葉を返した。

もう瞼の裏に、今までのような都合のいい未来は浮かんでこない。
見えるのはただの光だ。

この光を掴む方法も定かではなく、追いかけていった結果どうなるのかも分からない、確固たる未来のイメージはまるで湧いてこない。
白炎に焼かれて消えるだけかもしれない。

それでも、新たな道がいくつも、全員の中に生まれていた。

ラズトルファたちは魔王国を目指し、飛び立っていった。
まずは捕らえられた仲間を視察して、それから自分たちの進むべき先を考える予定である。
痛い目を見る可能性もあるが、ここで立ち止まっていたところで、自分たちは何も変われないと気づいたのだ。

マルクとスイは、草原に留まった。
鏡の結界の中で、二人きり。

地面に文字を書いて、少しずつ、コミュニケーションを図る。
スイが声の一族の里を出てからすぐの頃は、会話をすることに慣れていなくて、このように筆談をしていた。
懐かしく思い出しながら、二人は手を動かす。

またここから始まるのだ。

しかし今度は、マルクの身体と、スイの心が、イヴァンに囚われている。

混沌とした気持ちだったがひたすら指を動かし続けて、たくさんの話をした。

 

 

 

 

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