204:目指せ終決!4

キラが魔力を込めた魔法陣から、みずみずしい泡がぷくぷくぷくぷくと溢れ出した。
天井一面に水面の模様が映し出されて、部屋を青く染め上げる。
ステンドグラスの光が入った部分だけは、カラフルな色が混ざった。

丸い泡が浮かんでパチンと弾けると、今度はシャボンフィッシュが勢いよく現れた!
群れとなり、大きなシャボンリングをいくつも形作る。

その輪を泳ぐようにくぐり、ついに緑髪の乙女が姿を現した。

▽大精霊シルフィネシアが 現れた!

植物の生命力を映したような緑髪がぱあっと広がり、白い肌を引き立たせる。
長い手足が踊るようになめらかに動き、くるりっと一回転。
大精霊はその美貌をあますところなく活かして、可憐に微笑んだ。

呆気にとられて大精霊をただ見つめる者たち全員の心が、浄化される。

どろりとした嫌な感情、後悔、不安、絶望、そのようなものをさっぱり洗い流して、今だけは明るい未来を見せたのだ。
シュシュの[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]の上級技術を施した、といったところだろう。

ピシッ! と人差し指を立てて、腕を上にまっすぐ伸ばす。
日々のステージで磨いた技を見よ!

『やっほーー♪ 大精霊シルフィネシアこと、ネッシーだよ〜。みんな〜! 今日はわたしにあえて、とってもハッピーかなー? やったーありがとー! わたしも嬉しいよー♪』

いえい! とピースサイン。
アネース王国ラチェリで行われるラビリンスライブの冒頭をそのまんまネッシーは再現した。

先ほどとは別の意味で、観客があんぐり顎を落とす。
(なんだこの大精霊?)と大混乱。

『出会いの歌をうたいましょうね。ラララ〜♪』

鈴が転がるような軽やかなリズム、慈愛に満ちた美しい声が、魂が黒い者も清らかな者も、どちらもを丁寧に包む。

ギリギリで警戒を保っていた子どもたちはついに緊張の糸が切れて、意識を手放してしまった。
ラズトルファが慌ててイラたちを抱え直す。

「……くそ、なんだよこれ……ッ」

その彼の目にも、理由なんて分からない涙がじんわりと滲んでいる。

──これまで、辛いことがたくさんあった。
それを認められて、今だけは周囲への迷惑を責められず、ただ癒しの声が心を撫で続けていた。

イラたちを抱えているので腕を動かせず、涙がついに雫となって落ちてしまって、自分をごまかせなかったラズトルファは肩をがっくり落として反撃の気力をすっかり奪われてしまった。

大精霊の歌にはそれほどの力があった。

(……あの鏡蜘蛛……もう動くことはなさそうですね)
サディスティック仮面が、こっそり後ろ手に構えていたコーヒースプレーをバッグにしまった。
ふっと息を吐く。

朱色の蜘蛛糸が夢組織の動きを奪っているので、レナパーティがピンチになることはもうないだろう。

「それでは、後は任せました」
<お疲れ様で御座いましたサディスティック仮面様! いやー助かりました! あとでお礼に窺いますね! さようなら!>
「………………はい。私が召喚され続けている限り、レナ様にずっと負担がかかりますからね。ここまで場が整えばもう大丈夫でしょう」
<もちろんですとも>

サディスティック仮面は、人型になったキラにシュシュを託して、スッと帰還していった。
裏の仕事をこなす、まさに影蜘蛛の鑑であった。……おっと、いやいやただのサディスティック仮面だから。

彼は仮面の裏側で、去り際に目を剥いていた。
理由は……この通り。

「キラ先輩……? 成長してるね!」

横抱きにされたシュシュがぽかんとキラを見上げて驚きの声をあげた。

キラは髪が伸びて、中性的な顔もいくぶんか大人びている。
しかし、いつも通りのにんまりとしたイタズラ笑顔を浮かべてウインクをパチリ。
中身はそのまんまだ。

「イヤッホーウ☆ お互いに成長期で御座いますね、いやはや。ネッシー様の召喚で莫大な経験値を得たので、進化条件が整ったんですけど、前例がないあまりラナシュ世界のアップデートが遅延していて、せめて人型容姿だけでも先に成長させちゃったんです。ここで目立たなくてどうします!!!!」
「そうなんだ。おめでとう!」

キラたちが敬愛する主人の方を見ると、リリーがきらきらした赤い目でキラを眺めていた。
キラは大歓喜でぶんぶんと手を振ってみせた。

レナはやっと魔力搾取から解放されて、体調の変化が大きすぎるあまりくたりとハマルの肩に頭を預けている。

キラがすっと指で指示すると、一体のシャボンフィッシュが小魚状態にぎゅっと凝縮して、レナの口に飛び込んでいった。
大精霊を喚び出したのはキラなので、指示が可能だ。

「むぐっ!?……ああ、活力が巡ってきたわ」

エリクサーの支援を受けて回復したレナが、自分の足で立つ。
服装を赤のフルコーディネートドレスに変化させた。

これからはレナの舞台だ。
ネッシーが手招きして呼んでいる。カルメン、キラの姿もある。

そのきらびやかな場所に、レナは迷わず進んだ。
自分の価値から目を逸らさない、逃げない。

「共に行きましょう」

途中、屋敷の精霊に手を差し伸べる。

『……光栄ですわ』

赤い手袋に包まれた手が、重なった。
赤いシルエットが二つ、薔薇の花のようにドレスのフリルを揺らしながら、優美な行進。

二人に隣を歩かれたスイが、びくびくっと震える。
精一杯腕を横に伸ばしたスイの背後には、黒い怨念をすっかり浄化された死にかけのマルクをかばっている。
涙はとめどなく桃色の瞳からあふれ続けていた。

滲んだ視界でスイが眺めた赤薔薇たちは、一瞥していったように見えたが、そのまま横を通り過ぎていった。
ドッと冷や汗をかきながら胸を撫で下ろして、スイは後ろ姿を見送る。
……光溢れる場所に向かう様子はなんて美しいんだろうと、スイの心にどうしようもなく刻まれた。

大精霊シルフィネシア、古代聖霊カルメン、屋敷精霊ルージュ・リ・アンペラトリス、創造者キラ。
全員に慕われる、赤の女王様レナ。

歌が響く夢のような舞台に豪華メンバーが揃う。

ネッシーの歌が終わり、ふわりと一礼してみせた。

『ごせいちょう、ありがとうございました♪ みんな気持ちよく回復したかな? それは良かったぁ!……レーナ! あいたかったのよ〜!』

ネッシーがぐいぐいとレナに抱きつく。
羨ましがったカルメンが首に手を回し、面白がったキラが屋敷精霊を巻き込んで参加した。

舞台から降りてきていたシュシュが(あの場にいれば良かったあああ!?)と飛び出して行きかけてオズワルドに羽交い締めされている。
ばっさばっさと主張する翼がとても邪魔になっている。

しかし人型オズワルドも15歳ほどの見た目に成長しているため、シュシュがもがいてもビクともしないし、かろうじて翼の隙間から視界も確保されていた。
デス・ハウンドに進化した時の成長が今、現れたのだ。

『そうだ。夢組織のみんな〜! この子のことは、レナさまとお呼び〜♪』

そう呼ぶしかないだろう。
数々の|精霊・聖霊(スペシャルゲスト)を従えて、従魔の猛攻を組織に見せつけたのだから。

ラズトルファとスイが顔を引きつらせた。

イヴァンは食いぎみに「レナ様!」と呼んだが、グルニカに速攻口を塞がれたし、皆にスルーされた。
モスラからは怒りを抑えた無感動な視線。くいっと口角を上げてみせた。

「駄目ダヨー? ここは今、みずみずしい生命たちの舞台なんだからサ! 死体はお呼びではないんだよネ。そーいう場の空気の読み方、アンデッド業界では大事ダヨ?」

にんまりと歪(いびつ)に歪むグルニカの目を見て、イヴァンは(その業界の事には詳しくないが、この者は酷く愉しそうだな。好かない)と同族嫌悪を抱いた。

ひとまずアンデッド業界人の言葉は聞き流して、ビリビリざくざくと肌を貫く女王の覇光をしっかりと浴びてダメージを負っておく。
ここでいったん痛めつけられ納め、と思った。

「マスター・レナ。この屋敷の空間は完全掌握致しました! 私が強度を保つことができます!」

成長したキラが優美に一礼。

『レーナ。あなたのための舞台が、ととのったね! じゃあおやしきの隔離結界に〜、風穴あけけちゃおうか!』
『よいよい。我々白炎聖霊も祝福を授けようではないか』

ネッシーとカルメンが同時にレナの顔を覗き込んだ。
──そしてお互いをチラリと見て、なんだか波長があったのか、手を繋いでみせた。

尋常じゃない最強タッグの結成を目の当たりにしたロベルトとマリアベルが頭を抱えた……。

レナは屋敷精霊を見つめる。

「私にまかせて頂戴な。信じて下さる?」
『……こんなにも従魔に慕われている主人を、信じなくてどうします。わたくしの鞭は貴方にこそふさわしい。どうかお使いになって』

二人の手が触れた[赤の棘姫(いばらひめ)]が変化する。
赤の宝石が鮮やかに咲き広がり……大輪の薔薇の花となった。

「[|緋の薔薇女王(スカーレットアンペラトリス)]ってところかな。あの鞭のイメージ」

パトリシアが観察して「すげーな」と指をパチリと鳴らした。
これほど美しい薔薇は見たことがない。

レナがしっかりと鞭の柄を握る。
元の持ち主から正式に継承された鞭は、まるでレナの一部になったかのように手に馴染んだ。
従魔を導く強さと、支援する優しさを秘めている。

伝説の魔物使いそのものを、今、レナが扱う。

レナは鞭を持つ腕を高く掲げた。

「よく御覧なさい。そして覚えなさい。閉塞的な場所から抜け出す、圧倒的な開放感を……! 黒歴史は赤歴史として昇華されるのだわ! 風魔法[テンペスト]!!」

レナの魔力が一気に解放された!
闇を打ち砕く暴風が、まっすぐに屋敷の天井をぶち破って突き抜けていく!

ネッシーがレナに寄り添い風の制御を助けて、カルメンが楽しげに手を叩くと、白炎の火種が風の中に生まれた。

おそるべき光を放つ火柱となる。

屋敷を閉ざしていた結界が破壊されて、外の世界と繋がった。

レナは黒紫の目をパチリと瞬かせて、夢組織の全員の魂を視定めた。

「──ちょ、さすがに威力強すぎ……ッ」

光魔法[サンクチュアリ]で風の範囲をコントロールしているルーカは、頭の中にクラスチェンジの福音(ベル)を聴きながら(まったくレナはどこまでも凄いな)とこみ上げてくる笑いを必死にかみ殺すのだった。

 

 

 

 

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