186:ゴールデンシープとエルフ族

「黄金の繊維がエルフの心を豊かにする。金毛羊(ゴールデンシープ)に焦がれた髪は金に染まった。服飾一族、我らはエルフ族。魅惑の羊はどのように歩くのだろうか……生きたそのお姿を想像して眠る……我らが心に、金毛羊(ゴールデンシープ)様を忘れるべからず」

「なんですかその呪文!? こ、こわい!」

「「本気の敬愛の詠唱です!!」」

エリザベートと店主はきっぱり言い切ると、またバッと頭を下げて、手をすり合わせて神妙な声で金毛羊(ゴールデンシープ)を崇め讃えた。
まあ、今やハマルは金毛羊(ゴールデンシープ)よりもレアな夢喰い羊なのだけど。
言えば大混乱になりそうなのでレナは黙っていることにした。
ドン引き中の従魔たちも頷いて賛成している。

「エルフの里で見た剥製よりもすっっっっっごく素晴らしい毛並みだわああああっ」

「よく分かりましたね!? あっ」

「な、に、か、さらに秘密があるのね!?」

エリザベートがレナに迫る!
わきわきと動く手がハマルの羊毛に触れそうになった。本気で嫌そうな顔をしている。

「そこまでです」

ルーカが[サンクチュアリ]を展開。
「へぶぅ!」とエリザベートがぶつかる。
感激の涙が結界にこびりついていて、残念さがとんでもない……

止めに行かねばならないか、と動きかけていたモスラがルーカに心から感謝した。スチュアート家の執事服を汚しかねなかったので。

「……この子、元|金毛羊(ゴールデンシープ)なんです。今は夢喰い羊」

諦めたレナが話す。
ハマルは何度も[夢吐き]しているので、気になったらとことん追い求めるエリザベートはそのうち尾行をして種族に気づくだろうと思ったのだ。
尾行されたくない。

「その子の羊毛を譲ってくれるのね……!?」

「ちょ、ちょっとだけ」

「あああああああこの世に生まれて良かったーーーッッッ!!」

「そこまで!? ですよね! うちのハーくんは最高でもがっ」

『『レーナ、これ以上隙を見せたらアウトなのよっ!?』』

クーイズがスライムロープでレナの口を塞いで、トラブルを回避した。

天に向かって拳を突き上げ大絶叫するエリザベートは、先に正気を取り戻した店長にハンカチを渡された。顔の涙と鼻水を拭こう。

「エリザベート。どれくらいご提供頂けるのかちゃんと伺いなさい」

店主の目が据わっている。口元は笑っているのだが。こわい。彼女もまた服変態の祖先なのだ……。

エリザベートは顔を「緑魔法[クリーン]」も使い入念に綺麗にして、こほんと咳払い。
「称号[超絶美人][カリスマ]セット」と小声で呟いた。

持ち前の美貌を全力でいかして、華やかな笑顔をレナに向けた!

「おまたせ。羊毛をどれくらいお譲り頂けるか、伺ってもいいかしら? ”お気持ち”が多いほど私のやる気があがりますわ!」

つまりは「できるだけちょーだい!」である。
美形慣れしたレナはなびかない。

「私たちの装備への装飾として使うなら、どれくらい必要ですか?」

「……ぐぬぬぬぬぬ、こ、この箱にいっぱい分くらい」

エリザベートはそこそこの大きさの箱を持ってくる。
レナがちらりとルーカを見る。

「(嘘は言っていないよ。羊毛を糸にして刺繍するつもりだから、必要な分量。あと、飾り紐も作りたいみたい)」

こくりと頷きあった。
エリザベートは誠実だった。

「ちなみにですが、ブランケットのようなものは発注できますか?」

「金毛で!? やらせて下さーい! ……かなり分量がいるけれど?」

「とりあえず大人一人分の大きさのものを5枚分、作って頂けますか?」

「箱6つ分でーす。ブランケットに向いた保温バランスの問題で、綿花も混ぜるわ」

「では、それで。箱7つ分ですね」

「はぁい。うん、楽しみー!!!! だけど……服の素材として必要な分量を聞かれたら嘘がつけない服職人魂がうらめしいわぁ……」

余剰分もほしかった、という気持ちは分からなくもない。
レナは苦笑いで流す。
そうそう他人に譲れる代物ではないのだ。
「ブランケットも注文できて良かったです」とレナがお礼を言った。

エリザベートが惚れ惚れとハマルを眺めてから、こくりと首をかしげる。

「あら? レナちゃんは了承したけれど……この小さなヒツジからは箱いっぱいの羊毛を得られないと思うのよ」

「まあ、方法はあるので」

「絶対に他言しません!!!!!!!」

エリザベートが 土下座をキメる!!
交渉術をよくわかっている。

こういう展開は予想して話し合っていたので、レナがポンと肩を叩く。

「あとで一緒に毛刈りを行いましょう。[テクニカル][裁断]技能を持っていますよね? ハーくんの毛を傷めずに刈ることができるはずです」

ぜーんぶお視通し!

「私の技能がお力になれるならこんなに嬉しいことはないですわああああよっしゃ!! このスキルを得ていた私、よくやった!! 運命に感謝を!」

「赤の運命に感謝を」

思わず言い直してしまったルーカ(潜在的宣教師)の耳をむぎゅっとつねって、レナがさらに相談を投げかける。

「もう1つお願いしたいことがあって。
実は、今日は着物のすそ直しも相談しようと思っていたんです。引き受けてもらうことは可能ですか?」

「レナパーティほどのお得意様はいないもの、もちろんよ」

るんるんで即返事をしたエリザベートは「仕事の内容をよく聞いてから了承するのよ」と店主に叱られた。

レナの後ろにいたキサが前に出る。
ドン引きの顔をしている。

「ああっそんな顔をしないで。ねっ。大丈夫よぉ、お姉さん服素材の話題以外ではけっこう普通のエルフだから♪」

普通のエルフをまだ見たことがないレナは信じられなかった。
レナの中で、エルフは総じて変人だし(店長も含む、と感じた)妖精族はキック好き、獣人は苦労人である。
まあそれは置いといて。

「この子の着物を調整してもらいたいんです。成長したので、手首が出るようになっちゃって」

キサがするりと腕を伸ばすと、着物のそでから手首まで10センチほどが覗く。

「ああ、これはいけないわね。ラミア族はそでが長めの着物を好むから、落ち着かなかったでしょう。急いで直すわ」

「ふぁっ! 妾がラミア族だとなぜ分かったのじゃ?」

キサが驚いて尋ねる。
これまでヒト型の姿しか見せたことがないはずなのだ。

「装いを見ていたら分かるわよー。各種族の伝統衣装は頭の中で覚えているからね。
このカラーチェンジ布地を着用しているってことは、貴方、ラミアのお姫様ね?」

エリザベートがパチンと指を鳴らして「どう!?」とキメ顔で言う。

「その通り、と言いたいところじゃが……今は、ただのレナ様の従魔なのじゃ。彼女に命を救われてな。従属を受け入れたのじゃ」

キサが苦笑しながら言って、レナと手をつないだ。
レナは優しく握り返す。

「レーヴェさんたちにとっては、キサは今でも可愛い妹姫様なんだと思うよ。また戦闘力を整えてから、キサのこれからについても考えていこうね。……まあ、諸事情あって」

レナに詳細をごまかされたエリザベートは、ふぅん、と言いながら驚いて丸くなった目でキサを眺めた。

「じゃあ、明るい話題にする?
キャーーーーーーーーー!! 成人した時にキサさんは恋をしていたのね!? 着物がドキドキのピンク色だわ! なになにっ誰誰っ!? おーしーえーてー!」

店主がエリザベートの頭をスパンと叩いた。

「ごめんなさいね」

「慣れました」

キサは困ったような顔をしている。
オズワルドをちらりと見て、でも恋心が浮かんでこなくて、感じられたのは仲魔(・・)としての深い愛情だった。信頼と安心感。

(蛇系統と犬科の魔物は、魔人族だったとしても、異種族婚姻の相性はよくないはずだしな……)

オズワルドが小さく息を吐いた。
ドグマが言っていたことを思い出したのだ。
魔物の交配、ということを考えてしまって、ぞわりと毛を逆立たせて熱くなった頭を振った。

((まあ仲魔としてうまくやれてるからそれでいっか))
オズワルドもキサもとりあえず問題をほったらかした。

キサは照れながらレナと繋いだ手に力を込めた。

エリザベートはキサとオズワルドの空気に気付いたが(従魔同士の恋愛は禁止なのかしら? レナちゃんはそんなに厳しくなさそうだけどなぁ)と頭の中で考えるにとどめた。

キサがフィッティングルームで着替えて、着物をエリザベートに渡す。
レナの「軍服風メイド服」を貸してもらって着ている。
うっかりレナの服の匂いを嗅ぎそうになって「シュシュのようになってはならぬ……!」と自制したのは秘密だ。
胸のふくらみがレナとはまるで違うが、服には[ジャストフィット]の魔法がかけられているため完璧に着こなしていた。

「本当に斬新な服をたくさん持っているわね!! ねぇどこで買ったの!?」

関心がころころと入れ替わるエリザベートが尋ねたが、店主が後ろでシュッシュッとチョップの練習をする音が聞こえたので、しゃきっと背筋を伸ばした。

「さあ行きましょうか! 最高の素材採取へ!」

▽レナたちは 自然訓練場に向かった。

もはや慣れた場所である。
ロベルトたちが受付に頼み、他の冒険者から見えないような隔離地区を確保した。

「木が多くて気持ちがいいわ。懐かしくなるわね」

エリザベートが緑の匂いを吸い込んで、うーん! と伸びをした。
店長も心地よさそうに深呼吸する。
服職人としてシヴァガン王国で活躍している間、なかなか外に出る機会がなかったのだ。

「妖精契約を行いましょう」

「信用がない!?」

「もし、レナパーティの技能がどこかから噂として広がった場合に、エリザベートさんたちを疑わないためなんです。
今後も気持ちよく取り引きをして頂きたいなって思って……」

レナがにこっと[友愛の笑み]を浮かべてみせると、効果絶大。

「契約します! だってこれからもレナちゃんたちと仲良くしたいもの!」

「そうねぇ。よろしくね」

エリザベートと店長は納得してくれた。
リリーがレナと場所を変わる。

「あれ? レナちゃんと契約するんじゃないの?」

「あのねっ。妖精契約って、契約印が……身体のどこかに、残るでしょう?
ご主人様、しょっちゅう契約してたら、身体中が百合(リリー)の印だらけになっちゃうもん。
妖精と誰かの契約なら、こちらの印は、妖精が1つにまとめられるから」

ここね、とリリーが胸元に浮かぶ白い紋を見せた。

「今日は、私と、契約なの!」

「いいわ」

得意げな褐色幼女が可愛らしくて、エルフたちは顔をほころばせた。

「スキル[妖精契約]!」

「うっひょぉー! なにこのドーム!? 虹色の美しい色彩! ひょえ! このグラデーションカラーを瞳に焼き付けたいわああああオッケー! できた!」

妖精契約の結界の中でエリザベートが大はしゃぎ。
店長は孫にスパンとチョップ。容赦がない。

エリザベートが結界の虹色をサッと記憶したあと、リリーが契約を結んだ。
声を届けるために魔人族の姿だ。

「ーーこの訓練場で見たレナパーティの技能を、口外しないこと」

虹色のドームが拡散する。エルフたちは夢でも見ていたようにほうっと頬を染めて、名残惜しそうに空を見上げた。感性が熱く震えるような光景だった。

「やっぱり、レナちゃんたちと仲良くなってよかったわ!」

「よろしくお願いしますね。今後もエリザベートさんに服の相談をしたいです」

「まかせなさーい! さあ、毛刈りとまいりましょう!」

「待ちきれないんですね」

エリザベートがてへへと舌を出した。
毎度反省はしているのだ、改善がなかなか伴わないだけで。

レナが、抱えていたハマルを地面に置く。

『はぁい。スキル[体型変化]〜』

ぐんぐんハマルの身体が大きくなる!
エリザベートが感動のあまり叫ばないように口を押さえている。「ほあああああっ」とそれでも声が漏れた。
白金色(スターライトカラー)のヒツジが、大きくなる。つまりたくさんの羊毛が、目の前に、ということ。目が輝くのは仕方がない。崇めるほど憧れていたのだ。

「はい、そこまで」

『ふいー』

ルーカが止めると、ハマルは巨大化を中断した。
どこか残念そうな顔をしているエルフ二人に「魔力をよく消費するスキルなので」と角が立たないように言い訳しておく。

「裁断バサミについて相談があります」

はい、とアリスが手を挙げた。

「とびきりいいものを使いましょう?」

「「大賛成」」

レナとエリザベートが声を揃えた。
アリスが迫力のある笑みを浮かべる。
マジックバッグに手を入れた。赤い靄が溢れる……ゴゴゴ……ゴゴゴ……!

▽アリスは 呪いの大バサミを 取り出した!

30センチはある大きなハサミは白銀色、びっしりと呪い文字が浮かび上がり、縛りの鎖を破らんとばかりにギチギチと震えて動いている。これは、とてつもなくヤバイ。

「あらダメよ。モスラ、お願い」

アリスに呼ばれたモスラはしゅるりと赤いリボンをハサミに結びつけた。
ギュッ!!!!!!と縛ると<グギャアアアアアアア!>と恐ろしい叫び声が聞こえてくる。

「なるほど。”呪いの大バサミ”……かつて退魔師が使っていた武器。たくさんの幽霊の悪意を断ってきたが、ある時恐ろしい幽霊に取り憑かれて死亡した。その幽霊が封じ込められている」

「なんですかそれ!? っていうか赤いリボンは祝福……を受けたやつですか……!
そして私は今からこの封印を解く……と……?」

「レナお姉ちゃんならできるよ」

「そうだね」

ルーカが同意したので、できるのだろう。
レナがルーカを遠い目で見ると……「応援する!?」と張り切って言ってきたので、うん、と返事をした。

<承知致しました!>
<光魔法[|祝福の鐘(ベネディクション・ベル)]>

<称号[退魔師]を取得しました!>
<ギルドカードを確認して下さい>

レナパーティの頭の中に<リーン・ゴーン>と清らかな音が鳴る。

「キラからのガチな応援!」

「『フレーフレー♪』」

「こっちは可愛らしい! みんな好きだよ! ……よォしやったろうじゃないですかァ、称号[退魔師]セット!」

▽レナが幸運オーラをまとった!
▽背後に光の巨人が現れる……!

(((なにそれ!?!?)))

レナパーティに慣れきった護衛部隊ですら驚く光景だ。

「呪いに囚われし魔法道具よ。そなたの本来の姿を今、思い出せ。そして輝け! |魂の昇華(ウルトラソウル)ッッッ!!」

ハアッ! と気合いの掛け声とともにレナが呪われ魔道具に触れると、怨霊が苦しみながら飛び出してきて、背後の光の巨人がアッパーでK.O.(昇天)させた!!

ハサミから漏れていた赤い靄は刃に吸い込まれ、ハサミを赤くする。
呪い文字が形を変え、清らかな白銀の装飾模様となった。

▽祝福装備<邪ヲ断ツ祝福ノハサミ>が 完成した!

「すぐに変化したってことは、そうとうレアな魔道具だったんだねぇ……」

[退魔師]を解除したレナが疲れたように言う。

「[裁断補助][鋭利][品質保護][カマイタチ]の魔法効果がついている。魔剣にも劣らない、最高の切れ味だよ」

「だそうでーす。うちの鑑定士が言うんだから間違いないですよ。はいエリザベートさん」

レナが笑顔で祝福装備を差し出す。
さすがのエリザベートもたらりと冷や汗を流し、すぐには受け取らない。

「これでハーくんの毛を丁寧に刈って下さい。もう呪われていませんから、お貸しします。
なおハサミの主人は私ですので、多めに切らないように気をつけて下さいね」

多めに切ったら、きっとハサミからの裁きがある。怖すぎる。祝福装備はレナ贔屓なのだ。
そんな事態にならないためにも、レナはきちんと伝えてエリザベートをまっすぐ見た。

「……もちろん。仕事は完璧に成し遂げるから。エルフ族のエリザベートにまかせてちょうだいな」

エリザベートが跪いて、神妙に両手でハサミを受け取る。
彼女が服変態でよかった、とレナは初めて感謝した。
そうでなければこんなヤバイハサミは誰にも受け取ってもらえなかっただろう。

「い、今のは?」

護衛部隊が一応レナに尋ねる。仕事なのだ……。

「うーん、カルメン、何かしたかな?」

『さあ? どうであろうな』

喜んで飛び出てきたカルメンがレナの首に腕を絡ませて、首を傾げた。

エルフ族二人の目が飛びだしそうだ。しかしこの場で見たことは口外してはならない。
リリーが「いい仕事、しました♡」とニコッと笑った。

「では聞かせて頂けるとなったらぜひ我々を呼んでください」と護衛部隊がホッとしながら返事をする。
カルメンの存在はレナにとっても、護衛部隊にとっても必要なワンクッションになっていた。
偉大な聖霊の扱いとは思えないが、カルメンはたのしんでいるのでよし。

▽アリスは [呪い武器商人]の称号を 手に入れた!

たくさんの人がそう認知したのだ。
今後、アリスの元にさらに呪い武器が集まりやすくなる。そしてアリス本人は呪われにくい加護がついた。
「レナお姉ちゃんの役に立てるよ!」と嬉しそうにしているアリスと元凶のレナを、ギャラリーが遠い目で眺めた。

「風評被害感があります!」

レナの小さな叫びは聞き流された。

▽準備が整った! 羊毛採取をしよう!

エリザベートが真剣な表情で羊毛を掴む。ちょきんと一切り。
ふわっと綿雲のような羊毛のひとまとまりを、オズワルドが[|重力操作(グラヴィティ)]で浮かせる。たくさんの物体を同時制御するレッスンだ。

エリザベートが無言で、ちょきんちょきんとハサミを動かす。
驚くほど軽やか。手への負担もなく、生クリームをスプーンで掬っているようにスッと刃が通って毛が刈られる。
分量はルーカが細やかに指示をした。

大きな黄金のヒツジの周囲にポワポワと毛玉が浮かんでいて、それはもうメルヘンな光景。

(……信じられる……? これ、エルフ族が夢にまで見た金毛羊(ゴールデンシープ)さまのご好意なの。長生きはするものねぇ。エルフの夢が叶って、その光景に孫が携わっているだなんてねぇ……)

店主が目の奥を熱くしながら、幸せそうに光景を眺めた。

▽毛刈りが 終わった!

オズワルドが箱に羊毛をふわふわと詰めていく。
こんもりと箱の上に山になった。
初めての素材なので扱いが難しいかもしれないし、と、ちょっぴり多めの分量はサービスだ。

たくさん口止めしてエリザベートも慎重になった今なら、金毛の管理をしっかりしてくれるとレナは信用した。

「レナちゃん。……いいの?」

「分量が最低限で絶対に失敗をしないで、というのは締め付けすぎと思いますし、練習用の羊毛も含んでこの分量でと思いました。お納め下さい。
余った分や、練習用に使ったものは、エリザベートさんたちの個人所有品としてもらえますか?
市場にいきなり流していい代物ではないと思うんです……。
こちらの商人アリスちゃんが、私の従魔たちが生み出す素材をまとめて扱ってくれていて、今度、魔王国経済部の大悪魔マモン様とその相談をするらしいので」

万が一にも流通してしまったら、エルフィナリー・メイドが大悪魔マモンに厳重注意される大変な案件である。

輝く笑顔にだったエリザベートが、青くなってこくこくこくこくと頷いた。
どうやら、ルネリアナ・ロマンス社の件で、マモンから直々にお叱りを頂いたことがあるらしい。

「マモン様の真の姿、怖いのよねぇ……」

アリスが無言で深く頷いた。
レナは(真の姿ってなに!?)と中二病的好奇心をくすぐられたが、やぶへびだとすぐ理解して、気持ちを切り替えてハマルを撫でる作業に集中した。

「お疲れ様。ハーくん」

『むにゃぁ……うたた寝してる間に終わりましたからー、ボクはとくに疲れてませんよー?』

そうは言うが、レナにお願いされて、他人に毛並みを触らせていたのだ。
気疲れのような状況かも、とレナは丁寧に撫でてハマルを労(ねぎら)った。
『得した気分〜』むふふとハマルが笑う。

「少し毛が短くなって、触った感触が違うねぇ。
夏用のお布団って感じ? 上に金色ブランケットをかけてハーくんベッドで眠ったら……これまた極上の寝心地なのかもー!」

レナがたまらず大きなヒツジに抱きついた。
もっふ! もっふ! もっふ!
従魔たちが続けてダイブしてくる。

『くすぐったいです〜! うひゃひゃっ』

ハマルの笑い声が響く。みんなが乗れるようにもう少し大きくなったが、毛並みは少し短めのままだ。
「なんって贅沢なことをー!」とエリザベートの悲鳴も響く。

「むー。私もテイムしてもらおうかしら?」

「そんなに簡単なことじゃないですよ」

「?」

レグルスがそう言ったので、エリザベートは首を傾げた。
レグルスは「あっ」と口を押さえる。思わず考えを口にしてしまったのだ。ピクピクと獣耳が揺れた。

護衛部隊のなまあたたかい視線を背中に感じていたたまれない気持ちになっていると、「レグルスもおいで」とレナたちに呼ばれたので、赤くなった顔を隠すように獣型になり、もふっ! とハマルのお腹に突っ込んでいった。

羨ましがりながらも、エリザベートは箱の中をチェックをしていく。
「ほわっほわ! でも毛の繊維は丈夫そう。繊細なスターライトの輝きぃぃぃ! 不純物がない[クリーン]したてみたいな清潔な羊毛、どうなってるのぉ!?」奇声をあげた。

「レグルスも随分とレナパーティに馴染んでるなぁ。よしよし、安心できる居場所があるのはいいことだぜ」

クドライヤが小さく笑いながらそう言うと、護衛部隊が頷いた。

***

▽金毛を[エルフィナリー・メイド]に譲った!
▽キサの着物を 預けた!
▽祝福装備<邪ヲ断ツ祝福ノハサミ>を貸し出した!
▽赤のオーダーメイド衣装ができるのを待とう。

レナパーティはお宿♡に帰ってきた。

「今日もいろいろと頑張りましたねっ」

「「「いえーーい!」」」

フレッシュジュースを乾杯! 樹人族が経営する有名ドリンクスタンドに寄ってきたのだ。
アップルハイビスカスティー、はちみつ豆乳ブレンドティー、パッションフルーツミックスジュース……など、様々なフレーバーが揃う。

夕方のご飯前に、軽いおやつタイムだ。
たくさんのスコーンが机に並んでいる。ハニーやジャムをつけて召し上がれ。

「モスラは本当にお料理上手だね! 手作りスコーン、美味しい〜」

「ありがとう御座います。技術向上を心がけて毎日料理をしています。皆様に喜んでもらえたらこんなに嬉しいことはありません」

本当に嬉しそうにそう言うので、

「「主人として誇らしいよね! ありがとう」」

レナとアリスが二人で甘やかした。
モスラは従者としての喜びをたっぷり味わったようだ。

(従属満足度、1000分の100。これはなかなか)

ルーカが微笑ましく分析した。
ほっぺに苺ジャムをつけたハマルにハンカチを渡す。

「はい」

「あれー? ねぇ、拭いてくれないのー? イジワルー」

「そろそろ成長するから、みんなにカッコイイとこ見せるのもいいんじゃない?」

ハマルがパチクリと目を瞬かせた。

「成長! そうだったー! ねぇねぇ、そろそろ!?」

「そうだね」

「……でも今は子ども気分を満喫するのもいいかなって思うんだよねー?」

「はいはい」

ルーカはハマルの頬を拭いてあげた。
隣にいたキサが「あーん!」とスコーンを食べさせてあげて、ハマルのお世話をして楽しむ。
代わる代わる従魔たちが世話を焼いた。

レナとキラが、感激と愛しさと少しの寂しさに泣きながらその光景を記憶する。

「食べ過ぎたー……けふ。……お? なんだか身体の内側が熱い感じ〜!?」

「おいで、ハーくん」

レナがハマルを呼ぶと、白金色の髪をふわふわ揺らして、小さな子が抱きついてくる。
大切にぎゅっと抱きしめた。

「ああああ……! 成長が嬉しくもあり、寂しくもありっ……! ぐすっ。ずっと大切にするからね」

「うん! ボク、レナ様とみんなのためにすごーく強くなるのですー。守るからねー」

レナがいっそう強く抱きしめた。

「これからもいっぱい可愛がってね? ボクのご主人様ー」

もちろん、とレナが言う前に、ハマルが光に包まれた。
レナが抱きしめている身体が、ぐんぐん成長していく。
繋いでいた手はひとまわり大きくなった、と感触でわかった。

▽ハマルが 少年に成長した!

「じゃーーん!」

レナのお腹に顔を埋めていたハマルが、レナを見上げて、にぱっと微笑む。
レナの優しい黒い瞳には、成長した姿が映っていた。
中性的な愛らしい少年。ふんわりとした髪が特徴的な………………

「……のわぁーーーーーー!?」

ハマルが自分の頭を撫で回す。ふわんとした極上の感触。だがしかし!
首に手を下ろすと、すっきりと髪がなくなっているのだ。

「うええええー! なんでぇ!? 短髪ぅ……!? あっ。今日毛刈りしたから……!?」

ハマルがルーカを見ると「正解」とスパッと真実が返ってきた。
心配そうにハマルを眺めている。
ううっ、とハマルが息を詰まらせた。

「そんなのってないよぉ……ボクが提供した金毛、ちょこっとなのにぃ……。刈った、ってとこだけ世界が汲み取ったの? もー!!
ううう、レナ様がすごく好きって言ってくれてた髪、短くなっちゃったー……うわあーーーーーん!」

夜空のような目から大粒の涙が次々こぼれる。
ハマルがこれほど泣いたのは初めてだ。
それだけ、レナが可愛がってくれるポイントが無くなったことが悲しいのだろう。

レナがおろおろとハマルを見つめ返す。
(こういう時、どうすれば落ち着いてくれる? …………)

レナが従魔にしてあげられることは、愛情をたくさん示すこと。

泣くハマルをゆっくりと撫でて、優しく寄り添う。

「……ハーくんの髪はふわふわで素敵な感触。きらきら綺麗な白金色は、お星様みたいだよね。ツノが少し伸びて、立派になった。お顔もカッコよくなったなぁ……見惚れちゃうよ。貴方は本当に素敵ね」

1つずつ丁寧に、成長したハマルに「好き」を伝える。
瞳は夜空みたい、と言われると、少し涙が収まってきた。
ハマルはいつだって、レナに「特別綺麗だね」って褒めてほしかったから。泣いて涙で瞳を覆ってしまってはもったいない。
レナがハンカチでそっと頬を拭いてあげた。

「……レナ様ぁ……。……今のボクのこともー、好きですかー?」

「大好き!」

「……えへ。ぐすっ。髪が短くなっちゃったけど……」

「それもとっても似合うよ。これから長く伸ばすなら、伸びていく過程でいろんな髪型のハーくんが見られるから楽しみだなぁ」

ハマルはホッと安心したように、長ーーくため息を吐いた。
レナの膝に頭を預ける。ふあぁ、とため息。

「たくさん頑張るから、たくさん褒めて愛でて下さーいっ」

「うん!」

「縛って♡」

「うん! ……あっ!?」

「従えてぇーーー!!」

レナに慰めてもらったついでに自分の趣味まで盛り込むハマルはしたたかである。
落ち込んでも持ち直しは早いところは、主人譲りなのかもしれない。
レナは苦笑した。
お互いに肩の力が抜けた感じがした。

「これからもよろしくね、|星の羊(ハマル)」

「わぁぁ! 正式名称で呼ばれたの久しぶりですー。なんだか、一区切りって感じがするぅぅー」

レナはふふっと笑って「ハーくん」と言い直した。ハマルが言う通り、区切りのつもりで一度だけ呼んだのだ。「そっちの方が落ち着きますー」とハマルがふわっと微笑む。

レナは三つ編みを縛っていたリボンを外して、ハマルの手首にぎゅっと”縛って”あげた。

「いったんこれでいいかな……?」

「ふふ。プレゼント頂きましたー」

ハマルが幸せそうに手首にすりすりと頬ずりした。
おやつを食べ終えた従魔仲間がハマルを囲む。

「ハーくんおっきい!」

「背丈、オズと、同じくらい……?」

「ふふん!」

ハマルが得意げに立ってみせると、オズワルドよりは少し低い。

「かなり背が伸びたな。俺ほどじゃなかったけど?」

「すぐ追い越すかもねー!?」

「俺の方が先に成長するだろうし。デス・ハウンドになってからの変化がまだだからな」

「ぐぬぬ!」

ドスッとハマルが肘打ちしたら、オズワルドにけっこうなダメージ。
まだ力加減が苦手なようだ。
ごめんねー……! と素直に謝ったら、オズワルドは許してくれた。こつんとデコピンの仕返し。

レナが[従魔回復]してあげて、また少年ハマル鑑賞会がはじまる。

「ハーくんの服の寸法、計り直しに行かなくちゃねぇ」

前はゆったりとしていたハマルの服はきつそうだ。靴は「足が痛い」と言っている。
これらは新調すべきだろう。
レナの財力がうなる。

ーー翌日、また[エルフィナリー・メイド]に行ってハマルのサイズを計り直した。
まだ生地の裁断前だったので間に合った。

これから従魔たちが成長するかも、と聞いたエリザベートは[ジャストフィット]の魔法をかけると提案してくれた。

▽赤の祝福戦隊レナレンジャー! が結成されるまで、あと少し!?

 

 

 

 

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