182:イヴァンがいないガララージュレ王国

ミレージュエ大陸にある小国、ガララージュレ王国。
国土が狭いながら、急速に高まる軍事力が危険視されている国である。
魂が黒い悪人を多数スカウトしていて、青の女王様シェラトニカが独裁政治を行っている。青いドレスがトレードマークなので、そのように呼ばれている。
飢えた国民は力がないため上流階級に支配され、逃げ出すことは許されない。
他国との交流をほとんど断ち、流れの闇商人たちとのみ取引をしているようだ。

力を増し続けたガララージュレ王国が不気味に静かになり、約1ヶ月……。
この間は国境の人の出入りがほぼなく、周辺国は不審に感じていた。

***

いつもにも増して不機嫌な女王が回廊を歩く。
ピリピリと空気を緊張させる。
触れれば切れそう、という表現がぴったり似合うような嫌な鋭さを纏っている。

足音をカツカツと鳴らす。王族女性としては静かに歩くべきなのだが、そのような余裕はない。

太ももまである編み上げブーツを履き、軍服のように動きやすくアレンジしたドレスを着用している。
母親の遺品であるガララージュレ王国伝統の青ドレスは、シェラトニカの代で切り刻まれた。
腰にはコルセットを着用、足元は編み上げブーツを。青のドレスを羽織るように着て……アンデッドとなったシェラトニカの身体が支えられる。

シェラトニカの靴音に合わせて、部下たちがまったく同じ歩調で歩く。
一糸乱れぬ異様な動き。
廊下にいた使用人は慌てて横によけて、床に頭を擦りつけた。
女王たちは下々を見向きもしない。

「解錠!」

玉座の間が開けられる。
中にはすでにガララージュレ王国の貴族たちが集っていた。

シェラトニカは優雅に玉座に座り、彼らを見下ろす。
紫の目は燃えるような熱を内包していた。

「シェラトニカからの王命よ。モレック・ブラッドフォード!」

貴族たちの中から、名前を呼ばれた小柄な聖職官長が現れた。
跪くと、長い三つ編みが床に垂れる。

「イヴァン・コルダニヤの場所が分かったわ。連れ戻していらっしゃい」

ざわ……と貴族たちが騒ぐ。

(行方不明になっていたイヴァンが帰ってくる!?)

それはすなわち、また波乱の日々が戻ってくるということだ。
王宮各所でトラブルが起き、聖職官長が廊下をひた走り、怒声が響き、顔を合わせた貴族はイヴァン節の喋りにおちょくられ、アンデッドが増え、シェラトニカ女王様の堪忍袋が爆発する。

イヴァン発見の知らせはあまり歓迎されていない雰囲気である。
とくに、イヴァンの知的好奇心の損害を被っていた研究者たちはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
シェラトニカが弱るのを今か今かと待っている謀反(むほん)貴族は「チッ」とこっそり舌打ちをする。

跪いているモレックも同じ様子……かと思いきや、それなりにこの王命には乗り気なようだ。

「承知致しました! 場所はどちらですか?」

「ジーニアレス大陸」

この発表にまた広間内がざわざわとする。
シェラトニカは片眉を跳ね上げて、

「おだまり!」

部下たちが剣や槍をかまえて切っ先を向けたので、貴族は青ざめながら口を閉じた。
この部下たちはシェラトニカの忠実な僕である。
イヴァンが与えた”アンデッドの駒”だ。

優秀な人材ほどシェラトニカの下落を狙い反抗的な態度を取っていたので、思い切って全員の首を撥ねて、アンデッド兵として使役することにしたのだ。
イヴァンがいなくてもシェラトニカが彼らを改造できる。シェラトニカは人ではなくなった。今やアンデッド上位種族「レヴァナント」として、下位死体を操る立場にいる。
順位としては、イヴァンの配下がシェラトニカ、さらに下が使役アンデッドたちとなる。

「イヴァン・コルダニヤがいるのは魔王国から南西に離れた屋敷の中よ。
意思をある程度縛られているみたいね。自分からガララージュレ王国に帰ってくることはできないわ。攫い返していらっしゃい」

「……そこまで視ることができたのですね、シェラトニカ様。最新の技術を取得してさらに魔眼の精度が向上したとか。さすがでございますー!」

モレックの賛辞を聞いた研究部員の一部が胸を張った。
裏貿易で得た視力強化眼球を、上手くシェラトニカの身体に融合させたのは彼らだ。

にこやかにわっしょいしたモレック。
(しかし……攫い返していらっしゃいですって?)これには、一瞬嫌そうな顔を覗かせた。
めちゃくちゃ難易度の高い命令である。
ため息を吐きながら、自分の損益勘定を頭の中で繰り広げる。

「期限はあと1ヶ月以内。それまでに帰ってくるのよ。旅の同行には私の側仕えをつけてあげるわ」

やっと成人になったばかりの少女と青年がモレックの前に出てきて、一礼した。
目は濁っていて生気がない。
この二人もアンデッドだ。

(シェラトニカ様を殺そうとして返り討ちにあい、首を撥ねられた。この二人、ガララージュレ王族の血を引いていて優秀だったものの、金髪紫眼という容姿に恵まれなかったため男爵家に下げ渡されて、復讐の機会をうかがっていた子どもたちでしたっけね……。
ガララージュレ王国には不遇な庶子がとても多い。ああ、なんという悲劇! たまりません)

これだから自分はガララージュレ王国から離れられない、とモレックはほくそ笑む。
おっと、と表情を取り繕った。

「その二人がいれば身の回りの世話をさせることができるわぁ。
あと強力な[幻覚]を扱えるし、もし窮地に陥ったら盾になさい。細かな傷は自動修復するし、三度くらいは体の崩れが再生するように魔法をかけておくから、上手に長持ちさせて使うのよ。
若者の付き添いとして貴方が海を渡るのにも都合がいいでしょう?」

「ありがたきご配慮、感謝申し上げます!」

モレックは二人のアンデッドの見事な金髪を眺める。
この二人は見目がいいので、シェラトニカのお気に入りとして近くに置いていたのだが。
もちろん、他の刺客への見せしめも兼ねて。
彼らが殺したいほど憎いシェラトニカのお世話をさせられる様子は、他の庶子の冷静な判断を奪ってネズミ発見器となったようだ。

(それを私に渡すなんて……よほどイヴァン・コルダニヤの帰還に焦っているんですねぇ)

それもそのはず。
シェラトニカが提示した期限「あと1ヶ月以内に」は、シェラトニカの身体が不調となるまでの期限だ。
死霊術師(ネクロマンサー)イヴァンの成長により、メンテナンスをある程度長期間あけても大丈夫になったが、親元であるイヴァンの定期検診は必須である。

(その期間が過ぎれば……シェラトニカ様はレヴァナントとしての力を徐々に失う。身体は腐り崩れ始め、部下のアンデッドの制御もままならないでしょう。
そして怒りが募っている国民たちの反逆にあうでしょうね。ああああ……それもたまらないなぁ……!)

モレックがこのような思考をすることを、シェラトニカは知らないのか?
うっすら勘付いてはいる。
それでもこの男に頼むしかないのだ。

両親を殺し、祖国を支配し、シェラトニカが歩むのは地獄のような茨の道。
心を預けられる味方はおらず、ただ歪んだ自己愛だけを軸に歩み続ける。
進んだ先に何があるのかは目を背けて見ない。
いや、理想にすげ替えているのかもしれない。

「行ってまいります」

「必ず帰還しなさい。いいわね?」

モレックに付けられた首輪の重さがズシッと増した。

(げぇ。ちょっとやめて下さいよ! 動きづらい! 中年の体力に負荷をかけないで下さいよね!! ……ま、まあガララージュレ王国から離れられないのはこの物理的拘束力もあるんですけどぉ)

モレックが眉を顰めて思い出す。
シェラトニカの[強制従属]を最大限に引き出すアイテム。[従属の首輪]……

モレックが仕事疲れで気絶したように眠っている隙に、シェラトニカが忍び寄ってきて首に噛み付いた。
アンデッド・レヴァナントの能力[仮死毒]でモレックを死人判定にしてしまい、その隙に従属の首輪をつけた。

まさかシェラトニカがアンデッドの新スキルを得ていたとは気づかず、初めての能力披露でモレックはまんまと従属させられてしまった。
首輪にかけられた闇魔法は、光適性があるモレックのような者にはとくに効きづらいのだが、もともと光適性の兄とやらを長期間従属させていたという危険性を失念していた。
兄について、シェラトニカと使用人が好んで語らなかった、というモレックにとっての不幸も重なった。

首輪で意思を縛りすぎれば、ただ立ちっぱなしの動かない人形となる。逐一細かな指示をしなければいけない。
そのため普通は「逃げ出さないこと」のみ制約させて、あとは自由という生活だった。

モレックはふてくされながらも、まあ現状あがいてもしょうがないと諦め、これまで通りにガララージュレ王国で悲劇の鑑賞を楽しんでいた。

(…………)

少し、思考する。

「必ずやイヴァン・コルダニヤを連れ帰りましょう」

「聞き届けたわ」

シェラトニカが、ホッとした表情を見せた。
一瞬で消したが。何気に付き合いが長いモレックには分かった。

(長期の遠征では、シェラトニカ様は私に詳細な指示を出したり、厳しい制約をつけることができない。私の頭が馬鹿になっていては、イヴァンを探せませんから。”帰ってきなさい”というささやかな約束のみさせて、送り出すことになる……。
その間にもし私が契約を解く方法を見つけてしまったら、どうなるのでしょうね?
シェラトニカ様は私という駒を手放すことになりますが)

どんな表情をするだろう、とモレックはとても楽しくイメージする。
どうするかは、未定。
にんまりと笑みを浮かべる。

「貴方のその顔、嫌いだわ」

モレックがシェラトニカによく言われる言葉だ。

「卑屈な人生を送ってまいりましたので」

これもいつもの言葉。

「……その人生の話。聞いて差し上げてもよろしくてよ」

「なんですって?」

この返事は初めてだった。モレックは口元を歪める。

「とんでもない。シェラトニカ様を褒め称える言葉ならまだしも、美しいお顔を歪ませてしまうような醜い話なんて口にできません」

「そう」

シェラトニカはそれきり、興味がなさそうにモレックから目を逸らした。
その時、シェラトニカのメイドをしていた少女がスカートの中からナイフを抜き、[アサシンナイフ]スキルで女王に切り掛かる!

「[影縛り]」

シェラトニカはダン! と靴のかかとを鳴らし、ヒールに刻まれていた魔法陣を発動させた。女王お得意の[影縛り]に捕らわれた少女は、苦しげにもがいている。
そのまま宙高く少女を持ち上げて、首吊り状態に。
少女は大広間の晒し者になった。スカートの中には他にもナイフや針が仕込まれていて、ジタバタと足を動かすと貴族の上に降り注いで騒ぎになった。

少女は朦朧としながらも、憎々しげにシェラトニカを睨み続けている。
イヴァンが戻ってきたらシェラトニカの護りは強固になるので、召使いたちをモレックに譲った今が殺すチャンスだと思ったのだろう。

「貴方のこと、これからずっと私の召使いとして使ってあげるわ」

そんな言葉をかけられた少女の青紫の目が激怒の感情を映す。

「スキル[首刈り・カマイタチ]」

シェラトニカは少女の首を鮮やかに切断。
スキルにより、出血が極力抑えられる。

「スキル[|亡者の再誕(ザ・デッド・リバース)]、[アンデッド・メイキング]」

即座に死体に作り変えて、忠実な僕(しもべ)とした。
ゆっくりとメイドの少女が床に降ろされた。不気味な無表情で玉座への階段を登る。ゆっくりと。
シェラトニカのすぐ脇に静かに控えた。

「ちょうど僕(しもべ)の補充ができてよかったわ」

涼しい顔でシェラトニカは言い放ち、少女にその場で自分のドレスの裾を直させた。
もう、憎むこともできないただの人形だ。

貴族たちは生唾を呑み、震え上がる。

(強力なアンデッドを作るには、未練や遺恨、復讐心が強いほどいいんですよねぇ……。さっきのメイドの少女も王家の末梢の血筋だった。出自を調べた上で近くに置き、復讐心をわざと高めていた。さっすがシェラトニカ様ー!)

モレックが内心小躍りしながら、恍惚と壇上を眺めた。

「ん? この子はあげないわよ? 美容の手伝いが上手で、お気に入りだもの」

「ああ、もちろんでございます。つい凝視してしまって失礼しました。今日は一段とシェラトニカ様の微笑みが美しくてー!」

「今日こそ顔のメンテナンスが不十分で不満なのよ……。適当なことを言わないで頂戴!」

シェラトニカがむくれる。
この軽いノリはなんだか久しぶりで、イヴァンの話題になった影響なのかもしれないなぁ、なんてモレックはぼんやり考えた。
ご機嫌取りのために、少女小説で培った語彙力でシェラトニカを10分くらい褒め続ける。
「さすがにしつこい、気持ち悪い」と叱られた。どんまい。

「そのアンデッドの二人が持っているマジックバッグにいろいろな旅の道具を詰めてあるわ。役立てなさい。さあ行くのよ」

「あのー。私の魔道具コレクションを取りに部屋に帰ったりは……?」

「戦闘道具はアンが持つ袋の中にあるわよ。それ以外のものは邪魔なだけでしょうから、王宮宝物庫で大切に預かっておいてあげるわね」

(なるほど、人質というわけですか)

モレックが「ケッ」と悪態をついた。

「戻ってきたら宝物庫の魔道具30点を貴方のものとしていいわ」

相変わらず、シェラトニカは部下を従わせる手腕が見事だ。
モレックがこだわりぬいて収集した魔道具はもう手に入らない激レア品も多く、また集めたらいいや、とは簡単に考えられない。
それでも、またこのガララージュレ王国に帰ることと天秤にかけるには軽やかな事情だが……。

モレックは鮮やかに一礼をすると、与えられたアンデッド部下を連れて玉座の間を出て行った。

シェラトニカはその背を無表情で見送る。
内心の不安定な気持ちを貴族には探らせない。

モレックはシェラトニカにとってそれなりに信頼できる駒だ。
彼がいなくなった今、女王の確実な味方は数人の部下と、アンデッド兵のみ。
その部下も買収される可能性はゼロではないと考えているので、シェラトニカは実質一人きりだった。

(構わないわ。大切なのは私がこの世で一番美しいということ!)

そのためならなんだってやる。
これまでと何も変わらない。

貴族たちを帰した。
この場には王宮の研究者たちが残っている。

「ーーモレックへの王命から続いて、この場で貴方方の研究発表を聞いてあげましょう。有益な研究について、私に報告なさい」

研究者たちがそれぞれ資料を持ち、玉座に座るシェラトニカに一人一人謁見していく。
研究者仲間にも内緒の研究打診があれば、こっそりと追加予算を出すこともできる、とシェラトニカは明言していた。

五人目、謁見者はメルガ・リッツ。
もともと下っ端の扱いだったが、シェラトニカの身体に魔物の要素を取り込む提案をして成功をおさめたため、今や幹部に昇格している。

「シェラトニカ女王様! 研究のお願い事がございます!」

「今日はどのようなすっとんきょうな提案をしてくれるのかしら?」

発想がぶっ飛んでいることが多いメルガだが、たまにミラクルな実績を現すので、シェラトニカは彼の話をとりあえず聞くことにしている。

「えへへ、ありがとうございますー。
以前、研究部の部屋の一角が爆破されていたでしょう?
その時の焼失資料をなんと再生されることができたんですよぉ!
部屋の隅に残っていた灰を食べたアホな魔喰いアリがいて。灰に何らかの魔力が付着していたんでしょうねー。そのアリの脳をなんとなく調べたら、灰が資料だった時の文章を解読することができました! 褒めてくださぁい!」

「なんですって!? よくやったわ。それで、その研究の相談とはなに?」

シェラトニカが前のめりになって聞く。
以前爆破が起こった時、貴重な研究資料がいくつもなくなったと聞いている。
復活させられたなら、ガララージュレ王国の資産となる可能性が高い。

爆発が起こったのは研究の失敗のせいだったはず、とシェラトニカが自分の記憶を”書き換える”。
実際は、ルーカティアスが王宮から逃亡する際に仕掛けたもの、と言われていた。王子の話題はシェラトニカの地雷なので、もはや誰もこの件に触れようとしないが。

メルガ・リッツが自信満々に言い放つ。
クマが濃い目をキラキラとさせて。

「”勇者召喚の儀式”の研究をしたいんです!」

「…………ああー……。えーと、他には?」

シェラトニカは一気にどうでも良さそうな顔になった。

「これ、興味深いんですよー!?」

メルガは一生懸命研究についてプレゼンする。
他の研究者に「お前の謁見長い!」と殺気を飛ばされる頃には、少しだけ女王の関心を引いて見せた。
…………。

謁見をこなしたシェラトニカは自室に戻る。
ようやく緊張を解いた。疲れた様子だ。

「髪を整えて頂戴」

さっそく、先ほどアンデッドにしたばかりの召使いをこき使う。
少女は生前の動きそのままに、鮮やかにシェラトニカの髪を整えた。
結い上げていた髪は流れるように背中に降ろされる。
贅沢を極めた部屋着ドレスに着替えた。

窓を開けて、シェラトニカがジー二アレス大陸の方角を睨む。

(イヴァンのことも、モレックと同じように従えようとしたのよね。
まずモレックにイヴァンの注意を引かせて、その隙に首筋に噛り付いた。…………そこまでは良かったんだけど、さすがに元の支配者であるイヴァンを操ることはできなかった……。イヴァンは「興味深い」なんて言っていたから、私の襲撃に気付きながら、どうなるのか自分の身体で試したんじゃないかしら。
ええい、忌々しい!)

窓枠をシェラトニカがイライラと殴る。

(首輪をつけて従属魔法をかけようとしたけれど……首輪を装着した瞬間、イヴァンは魔法陣につつまれて跡形もなく消えてしまった……。
あんな魔法陣、見たことがなかったわ。魔力の痕跡は、魔物もしくは魔人族のものだった。
恐るべき力を持った何者かに攫われた、と考えるのが妥当。
私が魔法をかけた首輪に、別の何者かが従属魔法を上書きした感覚があった。
イヴァンは悪運持ちだから、私に強制従属させられるよりも不幸な境遇にいるのかもしれないわね)

「必ず”取り返す”わ」

目がギラギラと異様に輝いていた。
眼球に魔法陣が浮かび上がり、はるか遠方までの[遠視]を可能とする。
魔人族とともに過ごすイヴァンの姿をぼんやりと視認した。
そして目に見えない強力な存在の妨害にあい、視界が閉ざされる。
悔しそうに、痛む目を抑えた。

シェラトニカの片目は深緑色で、黄金の魔法陣が刻まれている。
深呼吸すると、ぐりんと半回転させて、もとの紫眼に戻した。
半分の緑眼は頭の中側に隠したのだ。
ガララージュレ王国の頂点に君臨する以上、シェラトニカは金髪紫眼でなければならない。

「お前のような紛い物とは違うのよ。私は金髪紫眼のガララージュレ王国女王。世界で一番美しいのだわ」

侮辱されたアンデッド召使いは、なにも返事をせずにただつっ立っていた。

***

「さあお前たち、行っきますよー! はあぁ、久しぶりに王宮勤務から解放されて快適〜! 一人旅なんて年甲斐もなく胸が高鳴りますねぇ!
お前たちはアンデッドですから、ほとんど一人旅のようなものですね。
食事も睡眠も必要がなくて、見張りによし、外部への言い訳によし、盾によし。なんて便利な駒でしょう。シェラトニカ様はいい部下を作ったものです」

モレックが生き生きと森林地帯を歩きながら、アンとデッドの二人に話しかける。返事がないので、独り言を言っているようなものだ。

「アンデッドだからアンとデッドなんて名前にされたんでしょうね。もとの名前ってなんでしたっけ。まあどうでもいいですけど。名前なんてくだらないものです」

モレックは「名は体を表さない」ことをよく知っている。
”モレック”は彼の本名で、修道士”モンク”をもじって付けられた。代々聖職者の家系だったため、立派な聖職者になれるようにと清らかな願いが込めれていたのだ。
そんな彼は現在、闇職の破戒僧としてたくさんの人の人生を狂わせている。
あえて本名を使っているのは、モレックの自嘲と皮肉である。

「嫌なこと思い出しちゃいました」

べー、と舌を出す。
中年のおっさんの仕草にも、アンデッドたちは良くも悪くも反応しない。
モレックは一人咳払いして、表情を引き締める。

「それにしてもイヴァンの奪還ですか。うっわぁめんどくさぁい。
あいつに関わりたくないんですけどぉ……でも、シェラトニカ様がとーっても喜ぶ顔から、悪運の余波に当たって憤怒の表情になるの観たいしなぁ。イヴァンが現れたのにいうこと聞かなくて絶望してるのも観たいなー。
あいつを一回殺してしまえば、シェラトニカ様との契約も切れるんじゃないですかね?
ああそれも面白そう。どんなに嫌がるだろう。うわぁ。うわぁ!
シェラトニカ様って本当に面白ーい」

自由な旅なのでどれだけでも仮眠を取れるため、モレックの体力がぐんぐん戻ってきている。
本来の飄々とした調子を取り戻しつつあった。

子熊を殺してさばき、食事をとる。
食べ物を嚥下するとき、首輪が少し邪魔なので眉を顰めた。

「私への命令は『帰ってくること』……これはシェラトニカ様が生きている限り、厳守となる。そして帰るなら、土産(イヴァン)と一緒じゃないと受け入れられない。ということなんですよね」

再度目的を反復した。
面倒くさいなぁ、とまた愚痴る。

「…………ひとまずジーニアレス大陸に行きましょう。話はそれからです。まあ、観光しながらのんびりと行きましょう」

偽装ギルドカードを三名分、確認してから懐にしまう。

足取り軽く、モレック・ブラッドフォードとアンデッドたちがジーニアレス大陸に向かった。
はたして依頼を達成してみせるのか、逃げるのか……まだ誰にも分からない。

 

 

 

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