17:羊モンスターを探そう

アンポンたちの太くてたくましい足が、緑豊かな大地をしっかりと踏みしめる。
一歩進むたび、ようやく国から逃亡できた安堵感で崩れ落ちそうになるのを、なんとかこらえながら歩いていた。

青い空からそそぐ光がやけに優しくて、泣きそうになる。
もうこれで、追手に追われる事もなくなるのだ…
毎日、捕まる恐怖に怯えなくてすむという当たり前のことが、なんて有難いんだろうか。

…はあっ、と、溜まっていた息を吐き出したポーン。
隣を歩くもう一人が、泣きそうな顔でにっこりと彼に笑いかけて、何も言葉はかけずにポンポンと軽く肩を叩いてやった。

しばらくの間、二人は無言で足を動かし続ける。
草原を吹き抜ける風が、おじさんたちの荒れた黒い肌を撫でていく。
…門番はもう冴えない男らなど見ていなかったが、警戒は続けておいた方がいいだろう。
安全が保証される距離を歩ききるまでは、彼らは旅人の演技をしておくつもりだった。

…門がだいぶ遠くに見える距離まで歩いた。
索敵して、アンポンはモンスターのいない草原の一角に隠れる。
ちょうど低緑樹が集まって生えている、隠れるのに最適な場所があったのだ。
アーンが、ポーンの瞳をじっと見つめて【テレパシー】を使う。

「(…お疲れさま。
ここまで来たら、もう大丈夫だと思うよ。
リリーを呼ぼうか?)」

「(!…はいっ…!)」

話しかけられた彼はまだ、緊張からか青ざめた顔をしていた。
旅の仲間たちが全員揃うまでは、心から安心できないのだろう。
早く従魔に会いたいと気持ちが急いでいる様子。
すうっと、息を吸いこんで…わずかに震える少女の声でスキルを発動させる。

「ーースキル[伝令]。
…リリーちゃん!私たちは無事に、国境を越えることができたよ…!
あなたが頑張ってくれたおかげです。本当にありがとう、お疲れさま。
…こっちにいらっしゃい」

ハラハラとしながら、ガララージュレ王国の国境壁を、逃亡者|4名(・・)が真剣に見つめていた。

ポーンの姿は、筋肉ムキムキの小汚いおじさんから、いつのまにか可憐な少女のものへと変化している。
スライム達なりの、レナ大好き!なリリーへの気遣いのようだ。
確かに、おじさん姿のままよりも、元の美少女の方が喜ばれるだろう。
正直この彼女へのいたわりは大正解で、スライムたちは、あとでリリーから何度もお礼を言われた。

ーー主人(レナ)の首筋に見えない小さな手が触れ、ほんのりとした温かさが伝わってくる。
おそらくすぐ目の前に、従魔のリリーがいるのだろう。
そのまま、あえて動かずにいると…きゅーーっと強く抱きしめられた。

「リリーちゃん…!」
『…っご主人さまぁーー…!』

彼女に呼ばれて。
レナは目の前の”空間”を、今度こそ優しく抱きしめ返してやった。
リリーが素直に感情を出せるまで待っていたのだ。

身長50cmほどの美しいフェアリーが、うすく光を纏いながら草原にフワリと姿を現す。
まるで物語の一場面のような光景だった。

一人きりで王国内に残り[幻覚]をはり続け、ずっと不安だったのだろう…
彼女の青い瞳はうるうるとしていて、今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。

それは、妖精契約の印が消えてしまったレナも同じで。
泣いてしまいそうに、目に大粒の涙を溜めていた。
泣く前にみんなに感謝の気持ちを伝えなくちゃ…と、なんとか気力で堪えている状態だ。
無理に笑顔を作ろうとして、結局、一筋だけ涙がこぼれ落ちてしまう。
肩まで跳ねてきたスライムたちがそれを吸いこんでくれて、「ああ、私は幸せ者だなぁ」と、レナは頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。

何度も、何度も、ここに無事でいることを互いに確認するように彼女らは顔をすり寄せあっている。
主人がまず口を開いた。

「…みんな。お疲れさま!
私に力を貸してくれて、本当にありがとうね。
貴方たちがいなかったら、きっと国外逃亡なんて成功させられなかったよ…。
今無事でいられるのは、みんなのおかげです。
ルーカさんも。
色々と手助けして下さって、本当に助かりました。ありがとうございます!
ようやく、これからは少し安心して旅ができそうですね」

「うん。
レナもみんなも、長い間お疲れさま。
…本当に逃げ切れたね…夢みたいだ。
妖精契約の印が消えたっていうことは、世界が、契約文の”逃亡成功”を認めたということだから。もう本当に安心していいと思う。
色々とありがとう…!
物ごころついてから、ずっとこの日を夢見てきたけど、なんて素晴らしい気分だろうか。
僕も、もちろん貴方たち全員にすごく感謝してるからね?
自分一人の力では、きっと逃亡は無理だったよ。
うん、ほんとに嬉しい…」

『『ご主人さまもルーカも、泣いてるーー!?』』
『でも、笑ってもいるね…』

従魔たちが目をパチクリとさせてヒト族二人を見上げていた。
彼女らは揃って、泣いているのに嬉しそうな表情をしている。
この時初めてモンスターたちは”幸せすぎると出る涙”というものを知った。

従魔全員で目配せして、クスクスと笑い、得意げに胸をはる。

『…ふふん、魔物の底力(そこヂカラ)みたことかー!
どんなもんじゃいっ』

『二人の感謝の気持ちはたくさん受け取ったよー?
でもでも、イズたちだって感謝してるのよー!』

『皆で旅できて、とっても楽しかったの。
それに、悪い奴らを引っかきまわしてやれたし。いい気分!
…えへへっ』

「「あははっ!」」

みんなで、心底おかしそうにお腹を抱えて笑った。
従魔たちも泣いてみたくなったのか、スライムは身体の表面を盛大にプルプルさせており、リリーは涙をこぼしている。

国外逃亡は、成功した…!
レナ、クレハ、イズミ、リリー、ルーカは誰にも縛られない自由な未来を手に入れることができたのである。

笑顔の彼女たち。
しかし、頭の中には、ガララージュレ王国で学んだ様々なことが教訓として刻みこまれているのだろう。
このつらく大変だった経験を、糧(かて)にして。
これから、ラナシュ世界全土を強くたくましく旅していくに違いない。

一つ目の”妖精契約印”は、逃亡が成功したため消えていた。

二つ目の印は、レナがルーカに[身体能力補正]スキルを返した時に消えるはずである。

付き合いのいい先生は、次のモンスターテイムを終えるまではレナにスキルを貸しておいてくれるそうだ。
「いきなりスキル補正が無くなって、それでテイム失敗しちゃっても後味が悪いからね」
と笑って言っていた。
感激したレナさんが、オーバーなほど深ーく頭を下げてお礼を言っている。
ストレートに”運動能力が不安”と言われていることについては、もう自分でも認めているからいいらしい。

一行は、草食モンスターの生活する草原の中央へと向かっていった。

▽国外逃亡に 成功した…!
▽羊モンスターを テイムしよう!

***

ガララージュレ王国を出てすぐの草原には、草食で比較的おとなしい魔物が多い。
ウサギ種・ヒツジ種がよく見られ、肉食か雑食のものは、ヘビ種・ネズミ種・イヌ種・スライム種などが生息している。

レナたちがテイムを目指す羊モンスターは、「居眠りヒツジ」「丸ヒツジ」「ステルスシープ」の3種のどれかになるだろう。
ちなみに「ヒツジ」と「シープ」の表記が混じっているが、これは第一発見者がそれぞれ思い思いにつけた名称というだけで、別れていることには特に深い理由はない。
ラナシュ世界の言語は現在は統一されているのだが、昔はいくつかの種類があったのだ。
その名残で、ウサギ一つにしても、「ウサギ」「うさぎ」「兎」「ラビット」など様々な表現がその時々でされている。

草原の片隅に、草を食べている白いヒツジを見つけたレナがルーカに尋ねた。

「あの子はどうでしょうか?」

さっそく魔眼でヒツジを鑑定したルーカだが…希望とするスキルを持った個体ではなかったようだ。
首を振っている。

「丸ヒツジの♀(メス)、レベルは2。
スキルは[治癒]と[ステップ]持ちで、ギフトはなしだね」

「うーん、大きくなるスキルは持っていませんでしたかー。残念!
…理想の子を探し出すには、ちょっと時間がかかっちゃうかもしれませんね」

レナがそう言うと、ルーカにクスリと笑われてしまう。

「普通なら、限りなく種類のあるスキルの選別なんてやってられないんだけどね?
貴方の幸運さなら、いける気がしてるんだよ」

「えっ。…期待が重いです…!」

『『『レーナ!レーナ!』』』

「ちょっ!?
もぅ。そこで乗らないでよぉーー」

『『アハハーー♪』』
『クスクスッ』

「本当に愉快な子たちだよね」

「ルーカさんのからかい方も、たいがい愉快ですよ…?」

「もっと?」

「ごめんなさい」

国境門で緊張しまくっていた反動か、草原をいく一同の雰囲気はとてもやわらかく楽しげなモノだった。
次から次へとおふざけが止まらない。
会話しては、クスクス笑っている。

もちろん、索敵して魔物の不意打ちにそなえつつ羊モンスターを探していた。

ヒツジの毛色は白が多くて、時々黒やベージュの個体も見られる。
モンスターの種類によって毛色が違うのではなく、個体の差があるらしい。
途中、青い毛のヒツジを見つけて、皆で大はしゃぎしていたら[突進]されて逃げたという事件もあった。
珍しい肉食の「進撃ヒツジ」だったのである…ある意味大当たりだ。

ヘビや虫を避けつつ、ヒツジを鑑定しまくっていると…ついに、望んだ出会いがやってきた!
探索を始めてからだいたい4時間後のこと。早い。
ご主人様の幸運、すごーい!

それだけしか経っていないのに本当に理想個体が見つかってしまうだなんて…と、皆が驚いた表情でレナを見つめている。

「いや、そんな顔で見られてもですね…?」

▽本人は 困った顔を している。

異世界に来たらなぜか運がカンストしていただけで、自分が何か努力した訳でもないし、向けられる視線がむず痒い。
…けして、運が底辺なルーカ先生のジト目が気になったわけではないのだ!
※からかわれているだけです。

「あの子の詳しいステータスを教えてもらえますか?」

「うん。…すごいよ?
“居眠りヒツジ”の♂(オス)、レベルは6。
黒魔法の適性がある。
スキルは[体形変化]、[駆け足]、[快眠]、[周辺効果]。
ギフトは☆5【鈍感】。
知力と運のステータスが高めで、性格はのんびり屋さんみたいだね」

「うわーー!
なんだか、至れり尽くせりなステータスですね…?
なんてベッドに最適そうな子なんだ…」

「すごい幸運さだよね」

「ジト目!」

『あの子が仲間になるのー?』
『ふむふむ。なかなかにモフりがいのありそうな羊くんですなぁ!』
『生ベッド…。じゅるり』

リリーが自重していないが、おそらく彼女なりの冗談だろう。…。

羊はのんびりと木陰で眠っていた。
毛色はスタンダードな白一色である。
よほど深く眠っているのか、頭に落ち葉が積もっているのにも気付いていない様子。

…いくら「のんびり屋さん」とはいえ、この子は大丈夫なんだろうか?
少し心配になったレナだが…
彼女のテイムした魔物たちは、これまでも皆かなり個性的な性格の子ばかりだった。
それなら、この羊ちゃんも同じなだけかもしれないなーと考え、恐れるものなど何もなくなったようだ。
親バカである。
従魔のダメな所は可愛いし、甘えてくる所は愛おしいのだッ!

ともあれ、仲間にしたいモンスターは見つかったので、みんなで作戦を相談しあった。

「私がおとりを」

『…さすがに、[駆け足]持ちは、危ないよー!動きを止める方法があるなら、いいけど。
[魅了]する?』

「性格的に美や恋に興味がなさそうだし、それがギフトの【鈍感】で補強されちゃってるから、効かないと思う。
ギフトレア度も高いし…”超鈍感”くらいに思っておいた方がいいね。
【鈍感】は、いろいろな痛みに鈍(ニブ)くなるのと、精神力強化の効果があるみたい。
その代わり、一度メンタル面を崩されたら反動で混乱する」

『『おやおや、[溶解]をお望みかなっ?』』

「…羊くん死んじゃうよーー!?」

「…うーん。
魔物使いのテイム縛りで、部外者が手伝えないっていうのが痛いねー」

さっそく悩みだしてしまった一同。
モンスターテイムをしたいなら、レナと従魔だけでヒツジに勝たなくてはいけないのである。
ルーカ先生に助けを求めるわけにはいかないし、スライムの[溶解]では完全に死なせてしまう…。

テイムしたい相手が有益なスキルを持っているほど従属の難易度が上がるのは、不遇な魔物使いのさだめと言えた。
レナがこうして魔物使いとしてやっていけてるのは、ひとえに規格外なギフトを持っていたからである。
普通なら弱モンスターをテイムした所で、成長させるのがまた大変な職なのだ。

そんな幸運な彼女は、なにやら、ピンとくる作戦が思い浮かんだらしい。
唐突に”適性魔法”について、従魔たちに問いかける。

「みんなは今、”魔法”ってなにが使えるのかな…?」

従魔たちが口々にさわがしく答えた。

『クーは、フレイム!』
『イズは、アクアだよー!』
『むぅ。…私はまだ、魔法は使えないなー…』

「そっか、ありがとう。
…うん。…いけるかも?リリーちゃんには、[幻覚]スキルで応援をお願いしたいな」

『!…それなら、まかせてっ』

「取得した魔法についての確認がしたいなら、ギルドカードの”適性魔法”欄をタップしてみるといいよ」

「あ。本当だ。
次からそうしますね、ありがとうございます」

「どういたしまして。
この間はさらっと説明しただけだったから、教えきれてない部分があるね…」

これまであまり使ってこなかった魔法について、ルーカ先生が説明してくれた。

魔力を使って術を発動させるのはスキルも魔法も同じなのだが、基本的には、魔法の方がスキルよりも燃費が悪くて、集中力が必要になる。
同じような威力と内容の魔法を使うなら、スキルを選択した方がいいだろう。

魔法の良いところとしては、技の自由度が格段に高くなるというところだ。
イズミが”アクア”の呪文一つで、身体を冷やしたり、水を出したりできるのはそれが理由である。
まずオリジナルが魔法。それがショートカットされて固定の技術になったものがスキル。
…と言えば、分かりやすいだろうか?

ちなみにヒト族の職業「ウィザード」は、この魔法特有の燃費のわるさを解消し、自分らしい魔法を自在に使うことができるという職だ。
その代わり、スキルはほとんど覚えることが出来ず、ステータスの体力値などが上がりにくい。
集中することが必要なので、冒険者になるならパーティを組むことが必須になる。
一長一短で、職業全体のバランスが取られているらしい。
レア度の差はあれ、この職業につけばチート確定!などという職種はない。

レナが、こしょこしょっと皆に作戦を耳打ちした。
内容に、従魔たちが目を丸くしている。

今回の作戦で使用するのは、魔法の「フレイム」と「アクア」、そして[幻覚]スキル。
…あとは、レナの演技力(・・・)が鍵となる。

プライバシー総スルーで話をばっちり聞いていたルーカ先生が、感心したように呟いた。

「よくもまあそんなに次から次へと、奇抜な作戦を思いつくものだね…。すごいな」

「んー。私の故郷は娯楽にあふれていましたからね。
その影響かもしれません」

「…そっか。また、故郷の話を聞かせてくれる?」

「はい。ふふっ、そんなに気遣ってもらわなくても大丈夫ですよ?」

『『ああーーんっ!
レナさーん、こっちにも笑顔下さいなぁーーっ』』
『…準備、する?』

「なに、クレハとイズミも構って欲しいの?ふふふー。
でも、そうだね、準備も始めなくちゃね。
みんな手伝ってくれる?」

『『『はーーーい!』』』

「ヒツジを火あぶりにする準備か。恐ろしいな…」

えっ。火あぶりとかレナさんハンパない。
…一体、どういった作戦を立てたのだろうか?
クレハとイズミがスライムジェルを作り出し、リリーが落ち葉を集めている。
…レナは鞭を手に、怪しくニヤリとわらっていた。

▽Next! ヒツジモンスターを一瞬で追い詰めろ!
▽精神にクる作戦を 決行せよ。

 

 

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