165:後始末(ロベルトとクドライヤの場合)

ラミアの里騒動があった日の、夜に差しかかった夕刻。
ロベルトとクドライヤ、ギルド長は、事態の報告のためにシヴァガン王宮を訪れた。

「……政府への報告でこんなにも足が進まないのは初めてだ」

「ですよねー。隊長、いっつも尻尾振って帰ってましたもんねー」

「そうそう。こらこら」

「すみませーん。つらいわー王宮がまるで最果てのラストダンジョンみたいな雰囲気を醸しててまじで進みづらいわー。
なんでよりにもよって下から浮かび上がらせるような照明なわけ? 怖さが増すんですけど。薄暗いしー」

「魔人族は夜目が利くものが多いからな。あまりきらびやかに彩る必要がないんだ。今更だが」

「知ってまーす」

「やけっぱちな口調はここで終わりだぞ。クドライヤ」

「了解ですロベルト隊長」

「なんだ? 二人とも、いやに面白いな」

ギルド長がくくくっと笑い声を漏らす。
送迎のみをこなしていた彼は、気楽なものだ。

「「……いろいろありましたから」」

がっつりラミアの里事件に関わっていた二人は遠い目をしている。

「そのようだな。鍾乳洞から帰ってきたと思ったら、姫君は連れ帰るというし、魔物使いのお嬢ちゃんはぶっ倒れてるし、従魔たちは殺気立ってるし、護衛部隊はボロボロ。何事かと思ったぞ。
宰相への報告、まあ頑張れ」

その宰相本人がラミアの里事件に直接関わっていたから余計に苦悩しているのだが。

((さらにその後の説明も難しい……))

実は、以後の様子も宰相は把握済みなのである。

レナパーティ護衛部隊の隊長・副隊長が顔を見合わせて、ふうっ、とため息。

「「行くか」」

「俺は来客用スペースで話し合いが終わるまで待っている。冒険者ギルドが協力する内容を決めてきてくれ」

重厚な魔法鉄の門をくぐり、ギルド長はのんびりと、ロベルトとクドライヤは早足で、それぞれ王宮の奥に歩いていく。
この瞬間から、恐怖の道は始まっていたのだ。
…………。

(……なあロベルト。なんか、王宮全体が騒がしくないか? 職員の雰囲気がそわそわ落ち着かないし。事情、分かるか?)

(聞き耳を立てている。……っ)

(い、嫌な予感?)

ロベルトとクドライヤは長年の付き合いもあり、視線でなんとなく相手の言いたいことを察している。
ロベルトの耳がぺしょんと伏せた。

(赤の運命が蔓延している)

(あーーーーーー察した)

雪豹の感覚を研ぎ澄ましたロベルトは、あちこちから声を拾い、珍しくあからさまに顔をしかめている。
なんとか取り繕って、一瞬止まっていた足をまた動かし始めた。

不安になりながらも、クドライヤは静かに隊長の後に続く。

やがて、ロベルトが聞いていたであろう噂話を彼も耳にする。

「サディス宰相がまた新たな技能を取得したそうだな。|朱印の守護者(バーミリオン・サーヴァント)という称号らしいぞ」

「いつもシヴァガン王国のことを第一に考え、守ってくれる彼にふさわしい称号だ。守護者とは頼もしい限りじゃないか。さすが影蜘蛛の誉(ほまれ)」

クドライヤも立ち止まってしまい、「ん”んっ……!」とうめき声をあげて口元を押さえた。
なるほどこれはつらい。
心当たりがありすぎる大惨事に反応せずに、王宮の奥の方にある、宰相の執務室に向かわなければならないメンタルデスゲーム。
しかも、たどり着いた先にまだ報告という試練が待っているのだ。

(……地獄かよ……!)

(気持ちは分かる。こらえろ)

(表情筋が死にます、隊長)

(あれだ。あの夢喰い羊ハマルになった気分でこらえろ)

(試練に快感を覚えちゃったらとんだマゾヒストの目覚めかよこえぇーー)

……軽口で少し気が紛れた。
二人が気を取り直して、廊下を進む。

「昼間、サディス宰相が姿をくらまして、魔王様が逃亡なさった時にはこの国はどうなることかと思ったけどな」

「魔王様は火竜を狩って日が沈むまでに帰宅、サディス宰相は新技能の[トリックルーム]を取得して、ラミアの里と交信済み! 全てが丸く収まってよかったぜ」

((まるで収まっていないぞ!!))

▽ロベルトと クドライヤは 王宮の屋根に 登った!
▽静かな屋根道をひた走る。

「最初からこうすれば良かったぜ……ちくしょー」

「悩みの種は増える一方、か」

「再確認やめようぜ」

考えれば考えるほど深みにはまるので、二人は思考を停止させて、無心で王宮の奥に向かった。

本来ならば、諜報部の報告はまず部署長を通すべきだが、諜報部トップのレグルスの父は、ミレー大陸でガララージュレ王国の動向を探っているため、宰相に直接報告するよう命じられている。

はたして、宰相の反応はいかに。
そして魔王ドグマの様子はいかに。

▽宰相の執務室に たどり着いた。

***

「諜報部、レナパーティ護衛任務中の雪豹ロベルトです」

「同じく、ゴーストローズのクドライヤです」

「「失礼いたします」」

ロベルトとクドライヤが宰相の執務室に入り、敬礼する。
そしてその姿勢のまま固まった。

「ご苦労様。報告内容はラミアの里の様子である、と伝声官から聞いていますが」

宰相がそう言い、

「間違いありません」

ロベルトがなんとか返答を絞り出したが、その確認よりも、この部屋で同じく執務中の魔王ドグマの背後が気になりすぎる。
クドライヤが(マジなの信じられない)と思考しているのがロベルトにはよくわかった。同じ気持ちなのだ。

「部屋の様子は気にせずに、報告を優先させなさい」

「は、はい」

宰相にそう言われては、ドグマとその背後に鎮座する火竜はいったん無視せざるをえない。
デス・ケルベロスは狩りの獲物を自分の近くに置いておく習性があるのだ。
もちろん火竜は死んでいて、血止めされている。

((せめて宰相が仮面をつけていなくて本当に良かった!))

宰相はいつも通りの見た目で二人を出迎えていた。

((称号まで取得したそうだし、万が一レナパーティのノリに染まっていたらどうしようかと思った))

ホッと胸をなで下ろしている二人は、仮面が外れずに宰相が苦労したばかりなどとは、知るよしもない。

「ご苦労!」

「「魔王ドグマ様、勿体ないお言葉です」」

ドグマからは、はつらつといたわりの言葉が投げかけられる。
ロベルトとクドライヤは無難な返事をした。

息子の活躍を聞きたくてウズウズしているのが伝わってきたが、おそらく宰相はいつも通り「全部の説明を彼らから聞き出すまでお待ち下さい」とドグマを戒めているのだろうと察して、ギラギラの視線も受け流す。

「申し上げます。姫君の昏睡を救うために訪れたラミアの里で、別の事件があり、対応していました」

「簡潔に説明を。訪問目的であるキサ姫の昏睡状態が回復したのか、から報告しなさい」

「はい」

((すでにその辺りはご存知でしょうけど……))

それはもう全部余すところなく知っているだろう。
鍾乳洞に宰相が召喚された頃には、キサ姫は元気に動いていたのだから。
しかし宰相はラミアの里に来てはいなかったので、そんなことは知らないのだ。いいね?

オズワルドの白炎で、無事にキサ姫が目覚めたことをロベルトが告げる。
すると、息子の活躍が嬉しいドグマが得意げに「ふははははは」と笑い声を上げた。
宰相に「お静かに」と注意される。

「ーーそしてお礼にと温泉施設を提供されたところで、敵襲に遭(あ)いました」

「分かる範囲で詳細を述べなさい」

宰相の背後でドグマの耳が揺れる。

「誠にねちっこいことよ、それについて宰相はもう知っ……もがっ」

「ドグマ様。集中力が途切れたようですので、エナジードリンクの差し入れで御座います」

何か言いかけたドグマの口に、ぷるんとした水球を蜘蛛糸で放り込む宰相。
すると、
▽ドグマは みるみる元気になった!

「うおおおおおっ」

「気合いの一声。引き続き書類仕事を頑張って下さるのですね。さすがドグマ様です。魔王として素晴らしい心がけです。
私は雑務として報告文書の作成を行いますので」

「うむ!」

うまいこと宰相に乗せられたドグマは、張り切って書類をさばいていく。

((なんだあの得体の知れないアイテムは!?))

初見のアイテムにぎょっとしながらも、ロベルトとクドライヤはなんとか平然を取り繕う。

ドグマは細やかな書類仕事が大嫌いなので、宰相はわざと報告文書という物言いをしたのだろう。
宰相はロベルトたちの報告を聞きながら、書類に書き記している。……というよりも、チェックをつけているようにペンが動いていた。
不思議に思いながらも、ロベルトは報告を続ける。

「敵襲について、申し上げます。
近頃騒がれている夢事件の主犯二人が現れました。
キサ姫の昏睡はこの者たちの仕業だったと思われます。
それぞれ、|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)の樹人、死霊術師(ネクロマンサー)のヒト族です。
キサ姫を組織に取り込もうという計画を邪魔されて怒り、我々を攻撃してきました。
レナパーティ、ラミアたちとともに撃退しましたが……致命傷を負わせて退けただけで、捕縛・死亡確認はできておりません。
死霊術師(ネクロマンサー)が転移魔法を使ったため、逃げられてしまいました。
ーー二人が逃げた先は、おそらく犯罪組織本部であると思われます。
組織本部の場所は、魔物使いの藤堂レナが把握したようです」

「把握とは、どのように? 場所の確実性は?」

「ギルティアが藤堂レナに[|魂移し(ソウルリリース)]を使い、自らの記憶を分け与えていました。
魔物使いの彼女を組織に勧誘しようとしたのです」

「記憶ごと移したなら、場所は確実ということですね。……承知致しました。
魔物使い藤堂レナは、その情報公開に協力的なようですか?」

「今は戦闘で疲れ切っていて、淫魔ネレネのお宿♡で休憩しています。ラミアの里を去った時に気絶していたので、すぐに情報を聞き出すことはできませんでしたが、おそらく彼女は協力してくれるでしょう。
従魔を傷つけられてとても怒っていましたから。
今後また狙われることも想定して、そうならないように、組織撲滅に協力してくれると感じています」

宰相が頷いて、さらさらとペンを走らせた。

「護衛部隊のリーカの目で、藤堂レナの記憶を覗かなかったのですか?」

「レナパーティは何らかの魔道具かレア技能により、魔眼の覗き視を防御しているようです。メドゥリ・アイのリーカでも、看破できません」

「覗き見防御は報告されていたため、再確認のつもりでしたが……疲れ切って眠っている状態でも看破不可能とは。スキルではなく魔道具の可能性が高そうですね」

いいえキラの仕業だ。

ロベルトは、不確かな情報を肯定するわけにはいかないので、宰相の呟きを流して、続きの報告に移る。宰相も肯定を待っていたわけではないだろう。

さて……ここからがさらなる大問題だ。

「戦闘の様子を報告します。男湯と女湯に分かれているときに敵襲があったので、死霊術師(ネクロマンサー)の青年イヴァンには男性陣が、|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)には女性陣がそれぞれ対応しました」

目にした敵の技能について話す。
宰相はまた、チェックするようにペンを動かしている。

ドグマがこの話題に好奇心をあらわにしたが、強者とやらが気になりすぎて、逆におとなしく話を聞いていた。
死霊術師(ネクロマンサー)の詳細はレナパーティが知っているようだ、と話すと、「オズワルドに会いに行くついでに聞けばいいか」と機嫌良さそうに鼻をならす。

((藤堂レナ様、話題そらしにしてしまってすまない))

ロベルトとクドライヤは心の中で謝っておいた。

「|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)……王宮にもわずかに資料がありますが、クドライヤの方が詳しいでしょう。説明を」

宰相が要求する。

「はい。とはいえ、私もあの樹人の少女に出会ったのは本日が初めてです。
樹人の一族で共有されている情報を申し上げます」

クドライヤが真剣な表情になり、口調を上官向けに切り替える。
彼にとっても苦しい話題なのだが、滑舌よくさらりと話す。

「|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)の樹人は、生まれた瞬間に、S級有害植物の性質を本能として、母親の生気を吸い取って昏睡状態に陥らせたそうです。
[|魂喰い(ソウル・イーター)]の能力を持つ樹人が生まれたのは、私に続いてギルティアが二人目でした。
生かすべきか、間引くべきか……親族は大いに悩んだとか。
ーーしかしギルティアが生まれたところとは別の樹人の村で、同じく[魂喰い]のゴーストローズとの共存という前例があったので、育てることになったそうです。
ご存知の通り、私のことですね。幼少期は力を制御できずに、周囲の樹人から生気を吸って疲労させ続けましたが、やがて訓練して能力制御できるようになりました。
村民もギルティアにそれを期待していた」

ここでクドライヤは少し瞳を伏せる。

「……樹人族は十人ほどの小村を作り、大陸各地で細々と暮らしていますね。
ギルティアの村の長は、私が育った村まではるばる[魂喰い]の対策を聞きにきたのだとか。ギルティア育成の参考にするつもりでした。
……しかし、彼が村に帰った時にはもう手遅れだった。
ギルティアの[魂喰い]は、ゴーストローズとは格が違ったのです。
生まれてすぐの小さな樹のうちに、村中の樹人の生気を吸い尽くし、それでも足りずに、周囲一帯の緑も枯れ果てさせました。
村に帰った村長は、真っ白になった生気のない廃墟で唖然と立ち尽くしたそうです。
茶葉を作る小屋の陰から、小さな見知らぬ樹人が現れました。
おそらくなにも分からぬまま、村の樹人たちを殺したギルティアは、急激に経験値を得て、異例の速さで自我に目覚めていたのでしょう。
「みんないなくなっちゃったの」とはっきり喋ったそうです。
……村長に「自然にいなくなったのではない、お前が殺したのだ」と責められると、泣いて逃げていったと…………そう、聞いています」

どちらにとっても、痛ましい過去だ。
全員がそう感じたが、私情をはさまずにクドライヤの語りに耳を傾ける。

「村長は後日、私の村をまた訪れたと聞きました。ひどく後悔していたそうです。
|砂漠の魂喰い花(デザートギルティア)の力を制御できると、甘く見積もったこと。村を離れてしまったこと。無知な子どもを一方的に責めたこと。しかし仕方なかったとは考えられず、今もギルティアを憎み続けていると……全てにおいて自分が許せない、もはや世界が憎い、と語ったとか。
……感情的なところを長々と話してしまって申し訳ありません。
彼は枯れた村で嘆き続けて、亡くなったそうです。
……私はその当時、シヴァガン王宮にいましたが、もしもゴーストローズが村に滞在していたら、殺されていたかもしれませんね。それ以外に再来訪の理由がありませんから。
ギルティアはずっと消息不明でしたが、まさか、遭遇するとは。
驚いています」

クドライヤが口を閉じた。
最後の方は彼も感情的に話してしまっていたが、情報としては十分。
ここでは、宰相のペンが超速で動く。

「ギルティアの経歴について、把握致しました。
説明ご苦労様。
村長とギルティアの会話、精神を病んでいた様子、などは初めての報告でした。政府記録を更新致します」

「……少しでも情報提供できたならよかったです。
樹人一族はこのことを教訓として、今後、生まれた樹人が有害指定植物であれば芽をつむと決めているそうです」

「そちらは既に存じ上げています」

クドライヤが頭を下げて、ギルティアの報告を終えた。

顔を下に向けながら、ラミアの里で目にした少女の痛々しい叫びを思い返し、ぎゅっと眉根を寄せるクドライヤ。
生まれながらの能力のせいで、少女はどれほど辛い思いをしてきたのだろうか。

(……もう二度と、あんな悲劇は起こしちゃいけないんだよな。
樹人一族が、子の種を芽吹かせる前に[鑑定]して、いざとなれば焼くっていう決まりは、俺たちみたいな有害指定植物にとって一番優しい選択と言えるだろう。
魔人族としての豊かな感情を持たない、まったくの自然植物の状態で、ひとつの種が灰として大地に還るだけなんだから)

樹人の種子は、親の遺伝子と周囲から飛散してきた植物の花粉により作られるが、種の時点ではただの自然植物と変わらない。
魔力を注ぎ芽吹かせて、愛情を持って育てることで、樹人族として成長するのだ。

(……俺のせい、かー。ギルティアの言葉はグッと心臓にきたよ。前例として村崩壊の悲劇を呼び込んだことは罪になるのか、なんて考えちまったぜ。
……でも今すぐ死ぬ決断なんてできないし、俺が死ぬことがお詫びになるわけでもないんだよな。そんなことで満足して幸せになるような単純なやつはいない。
ロベルトと話してた通り、俺はこれまで通りに、この世界における善行をコツコツこなしていこう)

頭を上げたクドライヤは、きちんと表情を取り繕っている。
またギルティアのことで悩み始めないように、目の前に集中した。

(……うっわー、ドグマ様めっちゃ不機嫌そう。
あの人、方向性が突拍子もないけど根は子煩悩だから。すみませんね。
あっペンを折った。
嘘だろ、何十万リルのペンだぞ!?)

クドライヤが別の意味で、涼しげな表情の崩壊を我慢する。

「ド グ マ 様」

宰相の地を這うような声が響く。

「ふん、なんと脆いペンなのだ!」

「ペンのせいにしないで下さい。我が国の職人の努力を踏みにじる発言です、魔王としてお気をつけ下さいませ。
問題点は力の制御です。いつも通り、弁償して頂きます」

「構わん、金は持っていけ。魔王業務で賃金を得るとはいえ、俺には使いどころが特にないのだからな。……力加減は、今後、気をつける」

ドグマの私財が使われる時は、だいたい物を壊した時だ。
宰相がふうっと息を吐いて、ドグマは気まずそうにそっぽを向いて口を尖らせている。

(叱られちゃいましたねぇ、重ね重ねすみません)

クドライヤが内心で苦笑いする。

いよいよ聖霊の話に、とロベルトが身構えた。

ここで、宰相が時間を確認して、トントンと手元の書類の端を揃える。

「報告内容が多く、時間が押してきていますね」

なんとなくロベルトとクドライヤが小さくなったところで、宰相から爆弾が落とされた。

「これまでの経緯について、実は、すでに政府は把握しておりました。
私が宰相として得た情報とまったく同じ、偽りのない報告は褒められるべきでしょう」

((ま、まさか自分からサディスティック仮面であるという暴露を!? しかも宰相と関連付けて!? ドグマ様の前で!?))

これまで冷静を保っていたロベルトとクドライヤが、一瞬で凍りつく。
絶対零度の風がゴウウッ! と二人の心に吹き荒れる。大嵐だ。

宰相は、|王宮における(・・・・・・)彼の情報入手経路を発表する。

「つい先ほど、私は新たに空間魔法に目覚め[トリックルーム]スキルを取得致しました。その異空間内でファーストベル・カードを使い、ラミアの里と交信していたのです」

まだこの嘘の方がセーーーーーフ!!
ロベルトとクドライヤが表情筋をフル制御する。

「その時に、聖霊についても聞き出していました」

(……えっ、どういうことだ!? 俺たちが知っているかぎり、宰相が立ち去ってから、あの現場の誰かが宰相に報告していた様子なんてなかったけど……それなのに把握済み……? もう訳がわからない……)

(本当にラミアの里と交信していたというのだろうか? しかし、レーヴェ族長はキサ姫のことで頭がいっぱいだったと思うが)

ロベルトたちが背中に嫌な汗を流す。
するとドグマがとても余計な口を挟んできた。

「ほう。ずいぶん長いこと姿をくらませていたと聞いたが、何十枚のファーストベル・カードをラミアの族長と交換していたのだ? おお、もしや恋仲か!」

((どうかおやめ下さい魔王様!!))

ドグマがにんまりとした笑みになって宰相に絡んだため、部屋の空気がズドンと重くなる。

(これはサディス宰相が怒っても仕方ない)

(しんッッッどい)

恐ろしい無表情で宰相がドグマを振り返る。

「話を横道に逸れさせるのは や め て 頂 け ま す か。
オズワルドへのプレゼントのラッピングを相談する時間がなくなりますよ」

「それは困るぞ! 仕方ない。あとでからかってやろう。仕事でもするか……」

ドグマが学習していることに、ロベルトたちは感動する。泣きそうだ。

「すでに得たラミアの里の情報をこちらから読み上げて、貴方方に確認致します。
もし間違いがあったら訂正をして下さい。
そのように進行致しましょう」

「「承知いたしました」」

宰相がぱらりと資料をめくる。

どうやら今までのペンの動きは、政府既存情報とロベルトたちの報告を照らし合わせてチェックしていたらしい。

ここからは聖霊のダイナマイトショックな会話となるため、また空気が緊張する。

「時系列で話します」

細々した夢事件の事情を会話しながら、宰相は、ひとつめの重大事項に触れる。

白炎聖霊カルメンがこの時代に復活したことの確認。
聖霊の真名を勝手に呼ぶと災いがあるかもしれないため、宰相の手元の書面を、ロベルトたちが確認していく。

((全てあますところなく知られているらしい))

また、冷や汗が流れた。

聖霊については、レナパーティが回復してから聖霊本人も交えて相談した方が安全で確実、と意見がまとまり、いったん簡単な確認だけとなった。

そして、ふたつめの重大事項へ。

「魔物使いの藤堂レナ様が、新たに従魔を得たことについて。
ラミアの姫君キサ様と、諜報部のレグルスを仮従属させたのですね。間違いは御座いませんか?」

きた。
ロベルトがまっすぐ宰相を見る。
あちらからは刺すような視線が返ってくる。

「おっしゃるとおりです。敵襲により、レグルスとキサ姫、オズワルドが夢にとらわれて昏睡状態になりました。
放置すれば死ぬ状態でしたので、レナパーティの夢喰い羊・ハマルに救ってもらうために、レグルスの仮従魔契約を、私が要請しました。
眠ったままのレグルスを契約魔法陣にくぐらせて、従魔契約が仮締結されました。魂に痕跡が刻まれています。
従魔ハマルの活躍により、レグルスは意識を取り戻しました」

直立したロベルトが、宰相の回答を待つ。

「……レグルスの従属について、自分の判断であった旨、偽らずに全て話したことはいいでしょう。
部下の命を守るための措置だとは理解しています。
大衆心理的に考えれば、賞賛されるべき美談です。
しかし諜報部としては許されない。
ーー雪豹ロベルトは重大な政府規約違反を犯しました。相応の罰が必要となります」

「身勝手な行動をとり、誠に申し訳ございません。罰則は、政府の決定に従います」

ロベルトは罰を甘受すると決めている。
罰則内容について思考する余裕すらある。

(これからしばらくの間、牢で尋問と謹慎、それからグルニカ様のように従属魔法で意思を縛られて、重労働の過酷な任務に……というところだろうか? まあ、引き受けるさ。何にせよ会議待ちだな)

落ち着いた様子のロベルトを見て、宰相がぴくりと眉を上げる。
隣にいるクドライヤの方がハラハラとしているくらいだ。

「いち早く情報を取得したため、この件についてはすでに会議が終わっています。
罰則内容を告げます」

「「……!」」

ロベルトとクドライヤがごくりと生唾を飲み込む。

(早い! これは予想外だった)

ロベルトは無意識に耳を伏せている。

「雪豹ロベルト。まず、諜報部の所属を解除致します。この部署に貴方の席はもう御座いません。レグルスの席も同様です」

「承知いたしました」

ロベルトが即答する。胸にズシンとくるが、耐える。

「これからの決定についても、貴方に拒否権が御座いません」

「はい」

ここで、なぜか再確認。
ロベルトが頷くと、ドグマの低い笑い声が聞こえてきた。くっくっ、と愉快そうに喉がなっている。
不気味だが、罰則内容を聞かなければならないので、スルーしよう。

宰相の目がキランと光る。

「ーー雪豹ロベルトが部署長を務める、新たな部署の創設が魔王国会議で決定致しました。
“全ての部署の最上位”。
聖霊対策本部です」

「………………はっ、い!?」

予想外すぎる言葉に、さすがのロベルトも驚きがにじみまくった間抜けな返事をしてしまった。
クドライヤもぽかんと口を開けている。
ドグマが愉快そうに手を打った。

宰相が会議資料を読み上げる。

「白炎聖霊の出現は世界的な非常事態です。分かりますね?
対応を誤って怒りを買えば、世界の法則すら変えて我が国を攻撃することも考えられます。
絶 対 に 、間違えずに適切な対応をしなさい。
……聖霊はレナパーティをとても気に入っている。[聖霊の友達]の称号を贈るほどに。今後、他の聖霊からレナパーティにアプローチがあることも考えられますね。
その場合も貴方の部署が対応するのです」

聖霊全てにベストな対応をせよ、とはなんという無茶振り。
しかも、レナパーティに聖霊が殺到することはめちゃくちゃありえそう。

ロベルトとクドライヤが思わず顔を引きつらせながら、話の続きを待つ。それしかできない。

「レナパーティをこれまで護衛してきた貴方たちがこの部署に最適任であると、我々の意見が一致致しました。
聖霊を制御しようとは考えません。
各国家と連携を取り、聖霊の現状を共有することが目的です。
できるだけ聖霊を刺激しないよう、この部署は少数精鋭とします。
雪豹ロベルトを部署長とし、ゴーストローズのクドライヤ、魚護人(マーマン)ドリュー、メデュリ・アイのリーカがまず就任。副部署長として光妖精(ライトフェアリー)マリアベルを予定しています」

問題児の希少種族ばかり!
ロベルトは天を仰ぎたくなった。

「炎獅子レグルスについて。
現在、仮従魔としてレナパーティにいるそうですが、この聖霊対策本部ならば入隊も可能と致します。
ここは、新たに法を制定致しました。
従魔がこちら側にいるとなれば、レナパーティ及び聖霊の態度が軟化するであろうという期待をこめた特別措置です」

なるほど、ゆるやかな魔王国の法律がいい仕事をしているようだ。
宰相が一呼吸おいた。

「これからも希少種魔人族をこの部署に配属していく予定です。
雪豹ロベルト。
部署の長として、”全ての部下を守り抜きなさい”」

ロベルトの心臓が、どくん、と大きく鼓動する。
ざわざわと尻尾の毛が逆立った。

(そうきたか)

雪山の魔物たちを守るために、宰相に立ち向かった時のような興奮が湧き上がってきている。

「この命の重みが貴方への罰であり、今後の戦力向上は果たすべき責任です。
規約を破ったとはいえ、これまで従順に政府に尽くしてきた貴方には、まだ信頼がある。ただ腐らせておくのは人材の無駄です。シヴァガン王国政府は引き続き、雪豹ロベルトに期待しております。
ただし二度目はありません。
この決定を胸に刻み、恩情を裏切らないように」

宰相がスッと、漆黒に赤文字の書類をロベルトに見せた。
最上位の悪魔(デーモン)文書だ。
サインしたら、宰相が口にしたロベルトの責任が悪魔契約として成立し、いざという時に逃げ出すことが一切許されない。
四肢が千切れて血反吐を吐こうとも、部下の命を守らなくてはならないのだ。

威圧感を放ちながら大悪魔的な要求をしてのけた宰相を、クドライヤはおそろしいものを見る目で、ロベルトは眩しそうな目で見つめた。

(……ああ、結局、なにも今までと変わらないのか。
サディス宰相は雪豹の性質をよく理解し、俺の志(こころざし)に配慮した提案をして下さっている。
悪魔契約を結ぶことで、政府内に俺が罰を受けたとアピールできるし、敵の催眠などで仲間を裏切る心配もなくなるな。
最良の提案だ)

感謝の気持ちすら込めて、従順なロベルトは深々とお辞儀をした。
サインするために宰相の執務机に歩む。

ロベルトの背中を見送るクドライヤは(ここまでするのかよ……)と複雑そうな顔をしていたが、当の本人はとくに問題視していないあたり、異種族の習性はなかなか理解されないものである。

悪魔文書にサインして、血印を押した。
ロベルトの喉元に、契約文がぐるりと巻き付いて、縛りの紋様となる。

「報告と確認。今後の相談。罰則の適用。本日の貴方方の必須業務は以上です」

宰相が告げた。

「話が終わったようだな! それでは! 宰相とラミアの族長の話と参ろうではないか」

圧倒的に空気を読まないドグマが、元気に声を張り上げる。

((おやめ下さい!!))

解放される、と安堵した気持ちから一転、ロベルトとクドライヤが内心で絶叫する。
緩急が心臓に悪すぎる!

「ド グ マ 様。……それよりも。ドグマ様の狩りの武勇伝の方がよろしいのではないですか?
火山地帯の銀火竜。オズワルドへの贈り物なのでしょう。
レナパーティに関わることなので、引き続き護衛を務めるロベルトとクドライヤとも、情報共有しておくべきでは」

「おっ。そうか?」

ドグマがころりと関心を変える。
今だここしかない畳み掛けろ!
まだドグマの自慢話の方がメンタル負荷がマシ!!

「「ドグマ様の武勇伝を是非聞かせて頂きたいです!! 背後に置かれた巨大な銀火竜と、どのような戦闘を繰り広げたのでしょうか!? 気になります!」」

「ふはははははは! そうかそうか、よいよい! 話すとしよう」

上手く乗ってくれた。
ロベルトとクドライヤは必死にわっしょいしている。

「それでは、私は書類業務が終わりましたので席を外します。
現在の護衛部隊とマリアベルの部署異動通知は明日、書面になります。
異議申し立てがあれば話を聞くので、私の元に直接来るように」

(無理無理無理無理)

クドライヤが顔を引きつらせながら、なんとか「とんでもございません、新部署異動、喜んで!」と宰相に伝えた。

「冒険者ギルドへの協力要請について、私からギルド長へ連絡致します。すでに応接間にいるそうですので。
全員、早めに休むように。
それでは失礼致します」

そう言うと、宰相はさっそうと、応接間に単独で向かった。
ーーその後、通常業務時間内に諸々の仕事を終わらせて帰宅、娘のノアと穏やかな団欒の時間を過ごしたらしい。

残された三人がきちんと言いつけを守って早めに休めたのかは、宰相が退室した瞬間にパチンと嬉しそうに指を鳴らしたドグマの采配による、とだけ言っておこう。
銀火竜のウロコの光が眩しくて目に沁みた、とロベルトとクドライヤはのちに語った。

 

 

 

 

 

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