163:後始末(サディスの場合)

時間は少し遡る。
サディス・シュナイゼはこの日、朝からラミア族の緊急報告を受けて、早々に冒険者ギルドを訪れた。
ギルド長と打ち合わせを済ませて、レナパーティ護衛部隊を送り出すと、事務作業をこなすために王宮に帰っていった。

しかし執務室に入る前に警護隊に呼び止められる。

「魔王様が!」

「承知致しました」

宰相は王宮中に散らばる朱蜘蛛たちの感覚を自分に反映して、頭の中で膨大な情報を厳選すると、魔王ドグマが王宮の屋根にいることを察知した。

「スキル[束縛糸]」

宰相が糸を伸ばして捕縛を試みるものの、なんとドグマは威力を調整した炎で燃やしてしまう。
宰相がぴくりと眉を跳ね上げた。

(本気の逃走のようですね。珍しい)

しかし魔王はまだ仕事を終えていないはずである。預けた書類の量は、彼が夕方に業務を終えられるよう計算されているのだ。
魔王の自由時間は業務後と、シヴァガン王国の法律で決まっている。

「”朱の線が走る時、全ては我の手中に手繰り寄せられる。
例えば生きとし生けるもの、あるいは光差す空間。
例えば地中で蠢(うごめ)く亡者、あるいは闇深き心。
嘆(なげ)き、踠(もが)き、暴れようとも、朱の線に運命は有り。
糸の外に伸ばそうとした白魚の手は、蜘蛛の毒牙によって項垂れる。
我に捕らえられぬものは無し。
捕 ら わ れ よ [束縛糸]”」

▽サディスは 晶文(しょうぶん)を唱えた!

あちらが本気なら、こちらも本気を出すまで。
ドグマの晶文使用は禁じられている。王宮が焼け野原になる危険があるからだ。

▽ドグマは 捕縛された。

宰相は蜘蛛糸でドグマを引きずりながら、執務室に向かった。
まるでモーゼのように、人垣が割れていく。
彼の日常である。

***

休むことなく手を動かして書類をさばきながら、宰相がドグマに問う。

「あのように逃走なさった理由を説明頂きたく」

拒否権などないというように、殺気を飛ばした。

ごまかす気はさらさらなかったドグマは、同じく手を動かしながら、不服そうな声で答える。
椅子に蜘蛛糸で縛り付けられているのは、ドグマの日常である。

「オズワルドが進化したというではないか? その祝いをしようと思ったのだ」

「オズワルドは任務のために旅立ちました。現在、シヴァガン王国に滞在しておりません」

「知っている。今朝報告を聞いたからな」

「私が冒険者ギルドに出かけるという予定を悪用するのはお止め下さい」

宰相がドスの利いた声で告げると、ドグマはふんっと鼻息を漏らした。

「そうでもしないと、椅子に縛り付けられて窮屈だ。お前の日頃の行いのせいだぞ」

「ええ、ドグマ様の日頃の行いにより椅子への縛り付けが日課となっております。ご理解下さいませ。
オズワルドがいない状態での祝い事、と。
どのようなお考えがあったのか、是非お聞かせ頂きたく」

最初の質問に戻った。
ドグマがニヤリと笑う。

「強い魔物を狩ってきて、久しぶりに我自らオズワルドに振舞おうと計画している!
進化の祝いの贈り物なのだ。
今後、より強い魔物になるようにと、願いを込めるならそれがいい!」

宰相がじっとり半眼になった。

(……オズワルドは、ドグマ様が贈る生肉があまり好きではない。
父親を気遣って生肉を食べていたものの、小柄なブラックドッグにとってレア魔物の肉は硬すぎたのです。
現在はクラスチェンジしていますが、食の嗜好については調査前。
プレゼントとして不適切です)

「他の贈り物の相談を致しましょう」

宰相から冷たい声が出る。

「なぜだ!? 断る。息子の祝いくらい一人で準備できる」

「では、せっかくなので華やかなラッピングの相談はいかがですか。
派手で目立つことはお好きでしょう?」

宰相の交渉に、ドグマがぴくりと耳を動かした。
かかった。この交渉で気を引いてから、本命のプレゼント再選択への誘導を行うつもりである。

「それなら、話をしようではないか」

「ええ、致しましょう」

宰相が即座にラッピング十数パターンとドグマが好みそうな言葉を考える。
ドグマが手元の重要書類を一枚片付けたのを横目で見て確認してから、口を開こうとした。

ーーそして、宰相は部屋から消えた。

「……………………はッ?」

突如、宰相の気配が消え去り、一人残されたドグマは唖然と、使用者がいなくなった椅子を視る。
金眼を細めると、椅子には体温が残っているので、宰相の幻を見ていたわけでもない。
しかし、部屋にはドグマ以外の人物の気配はないのだ。

「……ふむ」

ドグマが顎を撫でる。
宰相が「最 重 要!」と念押ししていた書類数枚だけいそいで適当に片付けると、にんまりと口角を上げた。

「さあ、出かけるか!」

宰相の強力な蜘蛛糸を爪で傷つけ、歯で噛みちぎると、ドグマの[縄抜け]スキルの熟練度が上がった。
魔王ドグマは強運の持ち主である。

シヴァガン王宮はまた騒がしくなった。

***

宰相がどこに移動したのか。言わずとももうお分かりだろう。

宰相は困惑していた。
それはもう困惑していた。
生涯で初めて壁を殴りたくなった……が、ギリギリ無表情を保つ。
目の前のリーカが白目を剥いているので、無表情により逆に威圧感が出ているのかもしれないが、それくらいは放置する。

このトラブルについて簡潔に言えば、

「私(ワタクシ)の求めを喜んで受け入れなさいな。<召喚!>| 朱印の従者(バーミリオン・サーヴァント)!」

レナに喚(よ)び寄せられていた。

周囲をぐるりと見渡した宰相は、いつも規格外なトラブルを引き起こすレナパーティ、リーカ、ラミアの族長たちを視認して、現在地を察する。

(おそらくラミアの里の鍾乳洞内、敵と戦闘中。レナパーティが劣勢。助力を求められている)

レナから投げられた物体をとりあえず確保……してしまった。

(なぜ、仮面?)

自分の驚愕の存在理由を、宰相はレナの口から聞くことになる。

「サディスティック仮面!」

ここでの宰相の思考、わずか0.1秒。
最善の回答を導き出した。

「見 参 致 し ま し た」

▽宰相は 赤のマスカレイド仮面を 装着した。

ーー以降の活躍は、割愛しよう。

サディスティック仮面はレナが望んだ通りの活躍をこなし、レナが望んだ通りに「待て」も守り、レナが望んだタイミングでシヴァガン王国に帰還させられた。
周囲にダイナマイトインパクトをぶちかましながら。

こんな不条理は宰相の生涯で初めてである。
そして、まさか今日の出来事がこのあと長く長く長く後を引くことになるとは、いくら彼でも予想外であった。
彼もまた、運命の赤い糸によりレナパーティとつながってしまったのだ。

***

ーーサディスティック仮面。では帰還なさい。ご苦労様。

レナの命令で、宰相が強制帰還した。
朱色のド派手な魔法陣が執務室中に現れる!
眩しい光が満ちた。

(! 数人の気配)

人の宰相はとっさに影蜘蛛の姿に変化した。
ーーズゥンッ!!!

▽巨大な 影蜘蛛が 降臨した!

「「「「ッ!?」」」」

執務室に滞在していた魔人族たちは、息を飲む。
見上げるほど巨大な影蜘蛛。
影色の身体に朱色模様の、宰相サディス・シュナイゼであると理解した。

(滅多なことでは魔物姿にならない宰相が、なぜ!?)

緊急事態か、と身構える。

彼らの混乱を把握した宰相は、悲鳴を上げなかったことは評価しよう、と考えながらギロリと複眼で魔人族たちを眺めた。

(影蜘蛛の一族の者たちか。つまり魔物姿のままでも言葉が通じる)

宰相は内心ホッとしながら、威圧を解いて、部下(・・)に向き直った。

『訪問の要件を』

簡潔に告げる。
固まっていた部下たちは、ハッと姿勢を正す。

「昨日14時からの遠征会議のまとめ資料を頂きに参りました」

「報告書を持って参りました」

「こちらの書類を早急にチェックしてほしいと、外交担当から要請です」

『承知致しました』

宰相はたくさんの蜘蛛糸を操ると、必要な書類をからめとって、ひとまとめにして部下に渡す。
報告書はチラリと見ただけで内容を完全把握し、今後のスケジュールを組み立てた。
急ぎの書類には、蜘蛛糸で操ったペンでサインをして、対応の指示をする。

部屋の中を朱色の糸が複雑に行き交って、それぞれが無駄のない動きをしている。
ラミアの里に一緒に召喚されて、宰相とともに戻ってきた悪魔(デーモン)文書もさりげなく整理された。

部下たちは感嘆の息を吐く。
蜘蛛糸の操作技術も、頭の回転も素晴らしく、サディス・シュナイゼは間違いなく影蜘蛛一族の誇りであった。
全員がいっそう背筋を伸ばして、誇らしげに告げる。

「「「確かに、書類を頂戴致しました」」」

『ご苦労様』

宰相はちらりと、部下の中で一番若い青年の影蜘蛛を眺めた。
彼の要件はまだだ。無駄足ということもあるまい。

『他に要件は御座いますか?』

硬めに会釈をした青年が、爆弾発言をする。

「申し上げます……魔王ドグマ様が国外に出られました。
衛兵たちではドグマ様を止めることができず、このような事態になってしまい申し訳ございません。
報告に参りました」

『……承知致しました』

宰相は複眼のひとつをぎょろりと動かし、ドグマの席をじっと眺める。

(ドグマ様が周辺にいらっしゃらないことは気配で察していた。しかしこれはまた……)

頑丈な蜘蛛糸が食い千切られている。
脱出の技量を更に上げたらしい、と察して、宰相は頭痛を覚えた。
超絶叱責案件だが、数枚の重要書類が机に置かれているのを眺めて、ふむ、と怒りの衝動を抑える。

(以前に比べたら、魔王として責任を持ち、成長していることは評価しなくてはならない)

早々に完璧を求めても、できないものはできない。
確実に成長していることが大切なのである。

宰相自身は完璧主義者だが、他人に求める部分は適材適所で調整している。
究極の教育者であった。

宰相が青年に向き直る。

(ドグマ様が国外に出てしまったなら、早急な連れもどしは不可能。
これまでの私の対応を覚えていたのだろう。王宮内の緊急案件報告を優先させた彼の判断は良かった)

『ドグマ様は帰りの時間を告げていましたか?』

「夕方までには帰る、と。ハーピィたちに言付けたようです」

いざという時はせめて帰宅時刻を言うように徹底させていた側近たちのお小言の賜物(たまもの)である。

『……獲物を見つけるために30分。狩りを10分と予想致します。
ドグマ様の足で丁度たどり着く距離を計算すると……出かけた先は、火山地帯で間違いないでしょう。
炎魔法を使っても被害が出にくく、デス・ケルベロスの脚で走りやすい、彼が狩りをする時に好む土地です』

慣れた土地なら、確かに夕方までに帰って来られるだろう、と宰相が見積もった。

『ーードグマ様の現状報告を確かに聞き届けました。ご苦労様。
追跡班は送らず、彼の帰還を待ちます。
落ち着いて通常の業務に戻るよう、王宮の者たちに伝えなさい』

「はいっ」

ご苦労様、と言われたら宰相が仕事内容に納得している証だ。
青年は胸を撫で下ろしながら返事をする。

緊急案件の書類を持った部下は先に立ち去ったが、成り行きを見守っていた二人の影蜘蛛の上司たちは、青年に穏やかな視線を向けた。

『…………。まだ、何かあれば質問を』

宰相が低く声をかける。
三人の部下たちはドッと背中に冷たい汗をかいた。

(((聞かなければならない)))

部下たちが目を細めて宰相を視る。
[心眼]を発動させている。
たとえ宰相といえど、不可解な行動をとったなら審議が必要である。

「サディス宰相。……数時間、貴方がどちらにいらっしゃったのか、何をしていたのか、納得できる説明を我々は求めます。
知りうる限り、王宮のどこにもサディス宰相の姿はありませんでした。
執務室にいらっしゃると思っていましたが……同室にいたはずのドグマ様が立ち去り、宰相対応の書類事務も滞っております。
先ほどの朱色の魔法陣は何事でしょうか?
取り急ぎ回答頂きたい質問は、以上になります」

一番年上の部下がはっきりと質問する。

(私が誘導するまで口を開かなかった遅延は減点ですが。質問内容はいいでしょう)

宰相が頷く。

『ラミアの里の重要案件に対応していました』

ド真実をくらえッッ!
宰相の魂は朱色に光っており、心の潔白が証明された。
万が一悪事を働いていたなら、魂が黒く濁るはずなのだ。

魂の清らかさにホッとしながらも、思いがけない答えに、部下たちは目を見開く。

『私の姿が見えなかった件について答えます。
……別の空間で話し合いをしていたためです。
ドグマ様の見張りよりも、こちらの案件を優先させました』

「空間」

部下が影蜘蛛を見上げる。
その目は尊敬に輝いていた。

『………………新たな能力として、空間魔法を取得致しました。
証明しましょう』

「「「拝見いたします!」」」

宰相の声が重々しい。
いや、苦々しいという表現をするべきなのだが、部下たちは「影蜘蛛の誉れが輝きを増した!」とポジティブに感じてしまったのだ。

(……っ。パンドラミミックの声がまだ脳内に響いている)

宰相がぎりっと歯噛みした。
じつは召還転移している間に、様々な出来事があったのだ。
キラが暗躍していた。

『称号[|朱印の”守護者”(バーミリオン・サーヴァント)]セット。
空間魔法[トリックルーム]オープン』

▽サディス・シュナイゼは 呪文を唱えた!

部屋中に朱色の光線が広がっていく。
蜘蛛の巣のような魔法陣が現れた。

「なんと美しい魔法なのだ……」

部下の一人が感動したように言った。
宰相の頭痛が加速する。

……事情は後ほど説明しよう。宰相とてまだ事態を完全に把握しておらず、キラに問いただすしかない。
忙しいからと説明通信をブチッと切ってよこしたのだ。

<|朱印の”守護者”(バーミリオン・サーヴァント)、キターーーーー! ホーーホホホホホ!>

キンキンと響くキラの声が宰相の脳内に再生された。
リアルタイムで。

(ッ!?)

<お疲れ様です、サディス様。まだギルドカードを見る暇もないでしょうから、私の説明を復唱して下さいませ。
”[トリックルーム]……異空間の特別な部屋を作りあげる。トリックルームをオープンした者、部屋の支配人が許可した者だけが入室できる。部屋の維持時間は込めた魔力による。持ち込んだ品物は引き継がれる。”
[|祝福の鐘(ベネディクション・ベル)]で貴方に称号を与えたのは他ならぬこのパンドラミミック・キラですので、効果を把握しています。
マスター・レナを救って下さった貴方へのお礼ですよ。
従魔の忠誠心を信用して下さいませ>

キラは抜け目なく最後の二言を添えた。
この説明をそっくりそのまま信じていいのだろうか、と宰相が疑うことも見越したようだ。

従魔のレナへの忠誠心はよく知っているし、ここにきてキラが宰相を貶める理由はない。
沈黙してしまい部下に不信感を与えることと、キラの発言を秤にかけた。

『”[トリックルーム]……異空間の特別な部屋を作りあげる。トリックルームをオープンした者、部屋の支配人が許可した者だけが入室できる。部屋の維持時間は込めた魔力による。持ち込んだ品物は引き継がれる。”
この魔法で作り上げた空間で、ラミア族と密やかに交信していました。ファーストベル・カードで機密情報をやりとりしていたのです』

宰相が告げる。ファーストベル・カードのくだりは作り話だが、ラミア族と関わっていたのは真実である。

「何か非常事態が起こったのですね……?」

『ええ』

それはもう、すんごいことが起こっていた。
復活していたキサやら、現れたS級認定危険植物の樹人ギルティアやら、死霊術師(ネクロマンサー)イヴァンやらを思い出して、真剣な表情をしている宰相。
彼が立ち去ってからさらにどえらい展開が目白押しなのはあとで伝えよう。

宰相はひとまず、キサが回復したことと、悪人の乱入によりラミアの里が攻撃されていたこと、悪人はひとまず去ったことを告げる。

これだけの情報なのだ、密室で集中して話をしたいと考えても無理はない、と部下は判断した。
最後の情報に安堵しつつも、部下たちが顔を引き締める。

「緊急応援の手配はいかがなさいますか?」

『ラミアの里にはレナパーティ、ドグマ様が野生の本能で厳選した護衛部隊員、ギルド長が滞在しております。
あちらと状況連絡を行いながら、今は待機でいいでしょう』

宰相が状況を思い出す。
レナが宰相を帰還させたということは、現在の戦力でこと足りると判断したのだ。
瞳の一族リーカよりも情報通な従魔もいるのだから、信用していいだろう。

ここで机上の作戦会議をするより、早急にキラと相談する方がいい。

(この判断で問題御座いませんか)

<ベストアンサーだと思います☆>

問いかけるように思考すると、キラから軽快な返事が返ってくる。
宰相はまた壁を殴りたくなった。自制心をフル稼働させる。

『引き続き、[トリックルーム]で通信を行います。何かあれば早急に朱蜘蛛で知らせることを約束致します。
退室し、それぞれの業務に努めなさい』

「「「はっ」」」

三人の部下が立ち去ろうとする。
すると青年の影蜘蛛だけが、宰相を振り返った。
言いづらそうに告げる。

「……サディス宰相が見当たらないと王宮内がざわついていたので、ノア様が心細がっています。
どうか彼女にお言葉をかけて安心させてあげて下さい」

ノアの名前を聞いて、宰相がぴくりと反応する。

『王宮全体へのアナウンスを貴方に頼みました。ノアへの配慮もそれで事足ります』

静かに返事をした。
青年は頷いたものの、不服そうな表情を隠しきれていない。

(この影蜘蛛はノアのつがいの候補だった個体か。
……ノアが順調に成長していたら、結ばれる予定だった。婚儀を考えていた間に、ノアに情が移ったのでしょう)

『私は業務が忙しく、これから寄り道をすることは御座いません。
本日の業務が終わってから予定通りの時間に帰宅します。と、貴方からノアに伝えて頂きたい』

「!」

一言付け足すと、青年の顔がぱっとほころんだ。

『魔王様が帰ってきた時に備えて諸々準備することが御座います。退室しなさい』

「はい。失礼いたしました」

青年がやっと退室する。
ノアに伝えるよう言付けた時、殺気を飛ばしたので、なんとも素早い退室だった。
伝言の際、彼がノアに余計なちょっかいをかけることはないだろう。

宰相は自分の娘のことにほんの一瞬思考を割く。

(ノアはまだまだ身体の発育が未熟。
本来ならば、年頃の影蜘蛛のメスは10メートル以上になりますが、30年生きたノアの魔物型はまだ1メートルほど……魔人族の姿も幼い。
影蜘蛛の婚期を迎えているとはいえ、幼体のままでハーレムを作ることは許されません。
卵を産めないどころか、負荷がかかった母体も死んでしまいかねない)

娘への懸念と、滞ったぶんの業務と、城を抜け出した魔王、それにキラとの通信。
あまりにも問題が多すぎる。

ひとまず、宰相はヒト型に変身した。
ーー仮面を装着している状態である。この姿を誰かに見られなくて本当によかった。
仮面に手を伸ばす。

▽サディスティックな仮面が 外れない!

「…………ッ!」

指先に力を込めてもダメ。
魔力を流してみてもダメ。
蜘蛛糸を隙間にねじ込もうとしてもダメ。
まるで皮膚と一体化したように、仮面が宰相に馴染んでいる。

(このままではいけない。パンドラミミックのキラ、事情を知っていますか)

<はぁーーい!>

キラが応答した。
[テレフォン]スキルで、宰相に干渉しているのだ。

<赤の女王様、万歳! これです! そう口になさって下さいませ。
赤の女王様を讃えたら、仮面も満足するはずです>

(それを、言えと?)

宰相の眉がぎゅっと顰められる。

<赤のマスカレイド仮面はマスター・レナの体質の影響を受けた祝福装備ですから。
赤の女王様贔屓なので御座います。
さあ、赤の運命を受け入れますか? それとも一生その仮面の姿で過ごしますか?>

キラがとても優しく圧迫要求をしている。
やり口がヤクザそのものだ。

相手のいいように動かされるのは危険すぎる、と考えた宰相がゾッとするような恐ろしい声を出す。

「どちらもお断り申し上げます」

<あらあらあらー。無理やり外そうとすると皮膚が剥がれてしまうのでは?
サディスティック仮面とサディス宰相になにか関係があるのでしょうか? 御座いませんよね?
それぞれ別の個人であると私は認識しております! えへっ。
鍾乳洞の皆様もきっとそのように配慮……失礼。思っておりますよ>

「……」

<私は何も見ていないし、執務室の声を聞くことも御座いません。
だって今、パンドラミミックはラミアの里にいるのですからー。何かを知り得るはずがないでしょう。ね?>

「貴方の行動は……藤堂レナ様の指示ではないように感じます」

キラの言葉に違和感を感じ取った宰相が、慎重に問いかける。
キラがふうっ! とすかしたため息を吐く。

<私は従魔の中でもとりわけ独断で行動することが多く、マスター・レナからよくお叱りを頂戴してしまうのです。よよよ。
レナパーティをとても大切に思うからこそ、自分が多少痛い目を見てでも、恨みを買って汚れ役になったとしても、安全を確保したいと考えるのですけれど。
年長者の特徴なのかもしれませんね?
貴方と私はちょっぴり似ている気がします。きゃっ>

……宰相は交渉に出た。

「その言葉を口にさせることで、サディスティック仮面がこれからもレナパーティに協力するよう意識付けたい。そのような思惑を感じます」

<まあその通りです。と、赤のマスカレイド仮面が申しております。こればかりは、私が、というよりも祝福アイテムの効果です>

「魔法で意思や行動を縛られる可能性はありますか」

<ご心配なく。
この仮面は元は呪いのアイテムでしたが、今はレナ様の祝福を受けておりますから、強制従属効果は御座いません>

「承知致しました」

<おお>

宰相がすーーっと息を吸う。
丁寧に言葉を紡いだ。

「赤の女王様に栄光あれ」

<あ、そーーれ! 従えてぇーーー!>

▽満足した赤のマスカレイド仮面が 外れた。

やっと仮面が外れた宰相が、いつものメガネを装着した。
さすがの彼も疲労していて、顔が青白い。

<魔道具「朱蜘蛛の喚(よ)び笛」はレナ様の所有物ですから、再び召喚されることもあるでしょう。
サディスティック仮面に変身した状態を、服飾保存ブレスレットに登録しておくことをオススメ致します☆>

「……助言として受け取っておきます」

低い声で告げた宰相が、朱色の魔法陣に足を踏み入れる。

([トリックルーム]の本当の使い道は、称号付与によって私の空間魔法を目覚めさせたパンドラミミックのキラと、いつでもどこでも対談できること……)

非常識が過ぎる、と思いながらも、レナパーティが味方にいる限り、こんなに便利なサポートもない、と秤の重さに宰相は頭痛を覚え(以下繰り返し)

(現在残っている資料を業務時間内に片付け、狩りの後のドグマ様を迎える準備を整え、部下たちに心配をさせない時間は……30分というところでしょうか)

スケジュールを組んだ宰相は、キラの誘いに乗って、魔法陣に魔力を流し、[トリックルーム]に消えた。

▽Next! キラとサディスのOHANASHI

 

 

 

 

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