158:仮契約

レナとハマルの会話を聞いていたロベルトとレーヴェが、真剣な眼差しでレナを見つめている。
いっそ迫力すら感じるほどの強い想いを、レナは受け止めた。

二人が黙ってレナの言葉を待っている間に、レナ自身が言うべき言葉を考える。

(一緒に考えようか? ご主人様)

(……ありがとう、ルカにゃん。でもね、これだけは私が考えるべきだと思うんです。頑張るから、どうか見守ってて下さい)

(……分かった)

レナはギルドカードを取り出す。
大切に持つ。
そこには、これまで従魔にしてきた愛しいみんなの名前と、レナの魔物使いスキル[仮契約]の文字が記されている。
心臓がまたいっそう強く、ドクン、と鳴った。

「ねぇ、レナ様ー」

「ハマル。どうしたのかしら?」

先ほど自分から離れていったハマルが、またレナに抱きついてきた。
腕の中に収まっていたオズワルドは「二人が話すべき時かな」と考えて、そっと離れて隣に寄り添う。

「あのねー。レナ様がすごく悩んで、心を痛めてるのが分かるよー。
レナ様はこれまで『主人としてきちんと愛する覚悟をきめた従魔契約』をしてきたんだもんねー。
だからボクたち、毎日たーくさん愛されて、とーっても幸せー。
心から感謝していますー。
でも今回の契約は……状況が違いすぎるよねー?
レナ様は、絆を結ぶためじゃなくて、命を救うために急きょ契約をしなきゃいけなくてー、キサ姫とレグルスさんは深く眠っているから、相手の同意も得られないしー」

「……ええ。……心苦しいわ」

レナがハマルを抱きしめ返す、指先が少しだけ震えた。
この子たちのようにキサ姫とレグルスを愛せるだろうか、愛されることを相手は望んでくれるだろうか……と、考え始めると不安はとめどない。

(でも。こんな亡くなり方なんてあんまりだよ。二人を助けてあげたい)

レナが再び顔を上げた時には、力強くどこまでも優しい笑みを浮かべている。
ハマルは誇らしく思うと同時に「もっとレナ様に見合うくらいの強い従魔にならなくっちゃねー」と向上心を持った。
しつこくなるから言わないけど、辛い選択をさせてしまってごめんなさい、という気持ちをこめて、ぎゅーっと抱きつく。

「ボクたちもレナ様と一緒に悩ませてねー。後輩の面倒をみるよー」

「!」

「レナ様の従魔契約の信念ってー、素敵だから、これからも曲げないでいて欲しいんだー。
ちなみに[仮契約]は従魔未満、って感じだよねー?
だからー、ボクたち先輩従魔が、直接キサ姫とレグルスさんの上に立つよー。
まだ、レナ様のちゃんとした従魔とはちょっと認められない。
友だちだけどね。
本契約を結ぶまで……レナ様には、ボクたちを信じて見守っていて欲しいのー」

レナがぽかんと口を開く。
確かにそれなら、レナのポリシーが揺らいだことにならない。……かも?
すごくこじつけではあるのだが。

なんだかおかしくなってきて、レナはクスクス笑った。

「……そうね。二人のこと、よろしくね。先輩たちを頼りにしてるわ」

「はーい!」

ハマルの元気な返事に励まされて、レナは[仮契約]を前向きに捉えることができた。
他の従魔たちも、ホッとしたように微笑みを浮かべる。

「「あっ! だからレナの従魔契約の方針は変わってないってことだしぃ、自分も従えてー! なーんて魔物が殺到する心配は防げるわけだねー?
わーお! 防げるわけだねー!」」

クーイズがヒト型になり、わざとらしく声を張り上げる。
視線はバッチリ護衛部隊に向けられているので、「うちの主人をしっかりガードしてね」と釘を刺しているらしい。
クドライヤ、ドリュー、リーカは困ったような顔で、隊長を見た。
ロベルトからは苦笑が返ってくる。

「レナパーティに護衛がつくことと、軽率な従属申請をシヴァガン王国政府がたしなめる方針は変わらないだろう」

「「やったね!」」

「しかし、その前に。
命を救うために従属の必要があるならば、キサ姫とレグルスの立場とも相談しなければならないと思うのだが?」

「「むむむっ、それもあったか」」

クーイズがぷくーっと頬を膨らませる。
その様子は、緊迫していた場の空気を和ませた。

「二人は危篤状態だ。話を急ごう。
先ほど君たちが口にしていた[仮契約]について、教えて欲しい」

ロベルトがレナに聞く。
レナはパンドラミミックを手に持ち、上に掲げた。

「<ステータスオープン!>」

▽巨大電子ウィンドウが 現れた!
▽レナのステータスが すべて 映し出される。

「「!?」」

ロベルトたちが唖然とレナのステータスを眺める。

「ギルドカード:ランクF
名前:藤堂(とうどう) レナ
職業:魔物使い(モンスターテイマー)LV.29
装備:華麗ナル赤ノビスチェ、華麗ナル赤ノフリルドレス、粛清(しゅくせい)ヲ授ケシ淑女ノ赤手袋、愛ヲ謳(うた)ウ赤ノハイヒールパンプス、乙女ヲ彩リシ赤キランジェリー、赤ノ祝福ヲ賜リシ覇衣(ハゴロモ)、赤ノ棘姫(いばらひめ)、M服飾保存ブレスレット(赤)、Mリュック、モスラの呼び笛、朱蜘蛛の喚(よ)び笛、白炎聖霊杯(カンテラ)、クラーケンストーン
適性:黒魔法・緑魔法[風]

体力:41(+4)
知力:73(+5)
素早さ:28(+3)
魔力:77(+8)
運:測定不能

スキル:[従魔契約]、[鼓舞]+2、[伝令]、[従順]、[従魔回復]+1、[みね打ち]、[友愛の笑み]、[薙ぎ打ち]、[仮契約]

従魔:クレハ、イズミ、リリー、ハマル、モスラ、シュシュ、ルーカティアス、オズワルド、キラ

ギフト:[レア・クラスチェンジ体質]☆7
称号:逃亡者、お姉様、赤の女王様、サディスト、精霊の友達、トラブル体質、祝福体質、聖霊の友達」

圧巻の一言である。
仰々しい名称の赤の祝福装備(ちゃっかり白炎聖霊杯(カンテラ)とクラーケンストーンも加わっている)、運:測定不能、そうそうたる激レア従魔メンバー、【☆7】ギフト[レア・クラスチェンジ体質]に、おそるべき称号群。

「……これは……とんでもない、な。これまでステータスを秘匿してきたのも頷ける……」

「お嬢ちゃんは一体、どんな人生を歩んできたんや……?」

乾いた声のロベルトとレーヴェの反応を聞いて、レナは、まだ一年にも満たないラナシュ生活を振り返った。
ーー怒涛の運命に流されていたら、こうなってしまったのである。
たくましくもなるというものだ。

「あらあら。レナ様とお呼び」

「「し、失礼しました。レナ様」」

声のハリも最高潮!
ついでに高笑いしたくなったが、ルーカが頑張って衝動を耐えて、レナの話が横道にそれるのを防いだ。

レナの首に回された聖霊の腕は震えているので、こちらはしっかり話を聞いたうえで、タヌキ寝入りしているらしい。
聖霊カルメンが興奮したため、豊かな髪とドレスは鮮やかな赤色に燃えて、レナをいっそう赤の女王様らしく輝かせている。

レナがギルドカードをタップすると、もう一つ電子ウィンドウが現れて、[仮契約]の条件を映しだした。

[仮契約]……契約魔法陣をくぐったモンスターを、仮の従魔とする。従属期間は一週間。
その後、本契約をするか、解放されるかを、モンスターが選択する。主人はそれまでに愛情を認めさせなければならない。
[鼓舞][従魔回復]などは適用されるが、仮契約中は効果半減。[従順]は使用不可。

「……私はこのスキルをまだ使用したことがないの。
でもおそらく、魔法陣をくぐった時点で、モンスターの意思に関係なく[仮契約]は成立する。
そこからおためし期間の間に、主人との信頼関係を構築する……ということでしょうね」

「ずいぶんと魔物側に配慮された契約なのだな」

ロベルトが顎に手を添えて、思考する。

「[仮契約]スキルは、魔物使いが一定数の魔物を従えた場合に取得できるらしいの。
しつけの才能があるだろう、と世界が認めた主人にだけ、このスキルが扱えるのでしょう。
もちろん失敗したなら主人としての力量不足なのだわ」

「そういうことか。……レナ様はレグルスとキサ姫をいずれ正式に従属させたいと考えていらっしゃる?」

「いじわるな質問ね?」

「申し訳ないが、役職柄聞かねばならないことなのです」

いつの間にか、ロベルトが敬語に戻っている。
シヴァガン王国に勤める諜報部員として向き合っている、というアピールだろう。

「私の気持ちを明言するわ。
このまま放置していれば、キサ姫とレグルスさんは死んでしまうでしょう?
だから命を救うために、二人との[仮契約]を望みます。
私の気持ちとして望むのはそこまでよ」

レナが言い切った。

「でも二人の魂には『藤堂レナに従属した証』が刻まれる……。
たとえ、今後従属を解除したとしても、一生消えない痕跡になる。
そのことについて、ラミアの族長レーヴェさん、諜報部役員ロベルトさんに、許可を求めます。
私のステータスをすべて見て、信用して下さったかしら?
こちらは本気よ。本気で救う気でいるわ。貴方たちの大切な人を」

ーー賽は投げられた。
厳しいが、とても優しい言葉で。
レナがステータスをあえて隠さずに開示したのは、覚悟を見せるためなのだ。

次は、レーヴェとロベルトが本心で答える番。

「……レナ様……。うちらラミアはね、姫さんのことがとってもとっても大切なんよ。
この子がこれから成長していくのを、みんなで楽しみにしてた。
次期族長だとか、いろんな事情はあるけども、何よりも、死なせたくないわ」

レーヴェがキサ姫の頬を撫でる。
そっと抱き上げて、自分の身体から少し離した。

「どうかうちの子、大切にしてあげてね」

寂しそうな笑顔で言う。
レーヴェはラミアの族長として、キサの従属を認めた。

「レグルスが勤めるシヴァガン王国諜報部は、いかなる場合でも重複所属を認められていません。機密情報を多数保持しているためです。
一生の忠誠を、シヴァガン王国政府に誓うことになっている。
拷問されようとも、国家機密を漏洩させるならば、”死を選べ”と教えられます」

「!」

ロベルトが放った氷のように冷たい言葉に、レナの心がズキッと痛む。

主人の決断をここにきて踏みにじられたように感じた従魔たちが、がるるっ! と牙を剥きかけるが、ロベルトは「続きがある」と手で静止して話した。

「そこまでの覚悟を持って、レグルスもこの部署に配属を希望したのです。
レグルスは今、死を選ばなくてはいけない局面です。
ーーところで。
レナ様はシヴァガン王国の国家機密に興味がおありですか?」

「そんなもの、全く、これっぽっちも聞きたくなくてよ。
これでも厄介ごとは嫌いなの。
白炎で焼いて捨ててしまいたいわ!」

「レナ様はそういう方ですよね。
分かりました。
ーーそれでは隊長権限を行使して、レグルスに『魔物使い・藤堂レナ様への従属』を命じます」

ロベルトの言葉に、レナと従魔たちが目を丸くした。

「そういうことが、できるのね?」

「ええ」

レナの問いに、ロベルトは穏やかな声で返した。
しかし他の部下たちが大慌てで「待った!」をかける。

「よくねぇっ!? おいロベルト、いやあの、ロベルト隊長!
……全責任が貴方に課せられますよ。重大な規約違反です」

「そ、そうですよー!? そんなことしたら、ロベルト隊長が責任を問われて殺されかねませんよーッ!」

クドライヤとドリューが叫ぶように言う。
二人だってレグルスを見殺しにはしたくないし、レナが提案した以外の解決策は思い浮かばないのだが、ロベルトの決定がどれだけマズイものか分かるため、口を挟まずにいられなかった。
ロベルトの魂の輝きを視て「本気で部下を守る気なんだ」と知ったリーカだけが、ぎゅっと口を噛み締めて黙っている。

護衛部隊の様子を見て、ロベルトは尋常じゃない決断をしたのだ、とレナたちも理解した。
ドッと嫌な汗をかきながらも、レナはなんとか視線を逸らさずにいる。
ここで顔を背けるのは、失礼だ。

「そんなことはとっくに覚悟している。部下を持った時からな」

ロベルトは軽いため息とともに、なんてことないように言って、うすく笑った。

「雪豹(スノーパンサー)は忠義に厚いモンスターだ。
群れの長の命令には絶対服従する。
もし最上位となり配下を持った場合には、そのものたちを死に物狂いで守る。
……本能的にそう動いてしまうのさ。
だから、どちらの行動を取ってもおかしくない今の立場に雪豹を置いた政府は、大誤算だったな」

雪色の尻尾は機嫌がよさそうに揺れている。

「どちらの選択も俺の忠義に反していない。
それならば、気分がいいほうを選ぼうと思うだろう?」

「た、隊長ぉ〜〜!」

感激したドリューが泣き崩れる。

「……はぁ。そこまで言われちゃ、反対なんてできないぞ。
うーん……サディス宰相に縋(すが)って、酌量(しゃくりょう)の余地を求めるしかないか。
本当にいい上司だなー、ロベルトは。自己犠牲がすぎるけど。ちくしょー」

「ううう、隊長……私も頑張って上を説得しますね。もう! 一度ロベルト隊長に仕えると、他の上司の元では働く気がしませんんん……!」

「「確かに」」

護衛部隊の意見もまとまったようだ。
重いけど。
レナは他者の命を預かる重さを、改めて感じた。

「どうか、うちのレグルスのこともよろしく頼みます。レナ様」

「……わかったわ」

「感謝します。時間がないですから、急ぎましょう」

「ええ。二人の命、確かに藤堂レナと従魔たちが預かりました」

ロベルトが抱え上げたレグルスはルーカが受け取り、キサ姫はオズワルドが抱える。

「魔法陣をくぐるとロベルトさんとレーヴェさんとまで従属契約が結ばれてしまいそうですから、従魔が二人を運びますね」

「分かった。よろしく」

「お願いね……デス・ハウンドのお坊ちゃん」

キサ姫を横抱きしたオズワルドは、こくりと頷く。
さすがにレーヴェもこんな時にキサの恋心への期待はしていなくて、オズワルドはホッとした。

レナが深呼吸して、自分の身体に魔力を循環させる。
なけなしの魔力を使い切って、倒れてしまいそうだったが、キラが霧状のエリクサーで包んでくれたため、なんとか持ち堪えた。

「スキル[仮契約]! キサ、レグルス。私の従魔におなりなさい」

レナの目前の空間に、ふたつの魔法陣が現れる。

「「せーのっ」」

▽レグルスと キサが 魔法陣を くぐった。

<<[仮契約]が成立しました!>>
<<契約期間は残り7日です>>
<従魔:レグルスのステータスが閲覧可能となりました>
<従魔:キサのステータスが閲覧可能となりました>
<<ギルドカードを確認して下さい>>

「いらっしゃい」

レナが優しく、眠ったままの二人に微笑みかける。
二人の胸のあたりに、淡い契約魔法陣が現れて、心臓に吸い込まれていった。

魂が閉ざされているから、大精霊シルフィネシアによる水の極大魔法をキサは取得していないのだな、と考える。

「ハマル。二人を金色ベッドにのせてあげられる?」

「はーいっ。おおせのままにー」

ハマルがヒツジに戻り、

『[体型変化]〜。大きくなーれ』

クイーンサイズの金色ベッドになる。
レグルスとキサは、ふわふわんっと寝かされた。

『ふふふ。レナ様の従魔への愛情に触れたらー、どんな魔物でも、すぐにメロメロになっちゃうに決まってるんだよねー?
いきなりの従属に混乱してたってー、ツンツンの反抗期が一週間も持つはずがないのですー。ね? オズー』

「…………。まだ二人は従魔未満、だろ? そこの大事なとこを強調しとかないとさ。さっきハマルが言ってたじゃん」

『おっと! そうだったー。ごまかされてあげるねー』

「…………はいはい」

ハマルはにやっと笑って、元反抗期だったオズワルドをからかうと、瞼を下ろして、眠る二人の意識同調に集中した。

『……うん。さっきまでよりもー、夢が身近に感じるよー。いけそう』

「良かったわ! では。カルメンを起こそうかしら? [闇焼き]の効果がより発揮されるものね」

レナがそう言って、首に絡みつく褐色の腕を、ぴちゅぴちゅ、と桃色の指先でつつくと、『手袋をはめた手で我々に触れて、手懐けられると思うのか?』と面白がったような呟きが返ってくる。
カルメンは眠った姿勢のままだ。

「……そう」

時間がない。
レナは立ち上がると、とフラメンコダンサーのように派手に手鳴らししてみせた。
ピチューーン!!

「その者、赤き衣を纏いて、運命さえも従え、悪党たちを裁きつくすであろう。
女王の導く運命に逆らうべからず。
この私(わたくし)、赤の女王様藤堂レナが、運命のままに貴方を呼ぶわ。
目醒(めざ)めよ! 白炎聖霊杯(カンテラ)に宿りし高貴なるレディ、カルメン!」

レナを祝福するように、赤く染まった聖霊のスカートが舞う。

『ふふふふっ! いい声だ。輝くような生気がこもっている。
運命とまで言われては、起きなくてはならないな。
我々の友、レナよ』

カルメンが灼熱の炎のような瞳を開けた。
ぶわっ、と熱気が周囲にただよう。
オズワルドが尻尾の毛を逆立てていて、毛先は白く染まりかける。
ーー同じく従属したはずのレグルスは白炎の影響を受けておらず、ただ苦しむように呼吸が荒くなった。

ハマルがむずむずと口元を動かしてから、深い眠りに入った。
ドリームワールド内で、[夢吐き]の超破壊魔法をぶちかます。

▽レグルスと キサが 目覚めた!

 

 

 

 

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