157:聖霊覚醒

「クレハ。体内の金属球を地面に置いて離れなさい!」

クレハはやけどの状態異常にはならないが、とても熱がっている様子だったのでレナは気が気じゃなかった。
オズワルドに白炎が現れた時、オズワルドは平気だったが、クレハは体内の金属球を『アッチッチ!』と嫌がっていたと覚えていた。

『うんー』

指示通りにクレハが動く。

金属球をぽこんと吐き出して、すうーーっとその場から離れた。
熱を冷ますように、地面にとろーりと広がる。
イズミがやってきて、片割れに覆いかぶさりクールダウンさせた。

くすんでいた金属球が、赤色の古代文字を浮かび上がらせている。
全員が注目する。

ボッ! と金属球が白炎に包まれた!

瞬間、強烈な威圧感を感じ取り、誰もが身体を震わせる。

赤色の古代文字が空気に溶けるように浮かび上がり、白炎の上に登っていく。
文字のラインに沿って、褐色のなめらかな肌が現れた。

(…………!)

みんなが息を飲む中、長い脚が踊るように地を踏みしめる。
赤のスカートがひらひらと舞う。
|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)の豪奢な装飾を揺らして、緋色髪のとんでもない美女が微笑んだ。

『ーー皆の者。出迎えご苦労』

あたりまえのように美女が言い放つ。
その言葉の一音一音が、古代の力を内包していて、とても重い。

『面(おもて)を下げよ』

聖霊の言葉により、一人を除いたみんなが本能的に、深く頭を下げることになった。
美女は満足げに光景を眺める。

『ああ、懐かしい光景だ。とても懐かしい……! 久々の逢瀬(おうせ)に心が昂ぶっている。繋がりがあるとは心地がいいな。
永遠のような時間を、片側だけで孤独に過ごしていたのだから……』

続けて、彼女は本題を口にしようとしたのだが……

『ん?』

ぱちりと瞬きして、いったん口をつぐむ。
視線の先には、レナがいる。

『其方(そなた)。なぜそのように突っ立っていられる?
我々は聖霊拝礼のまじないを口にしたというのに』

聖霊はまっすぐにレナを見つめた。
レナは臆することなく、見つめ返す。

二人には”共通の魔力”が流れている。
ぼんやりとした意識下でレナパーティと共にいた聖霊は、レナの態度に気を悪くした様子はなく、両者の間に流れる空気は穏やかだ。

(レ、レナ女王様あぁーーーーーーッッ!?)

内心が大荒れなのは、それを知らぬ保護者たちのみである。
滝のように背に汗を流している。無理もない。
ガクガク震えながらも口を出せないので、レナたちの会話の行く末に耳をすませるしかない。

「はじめまして、聖霊様。私は魔物使いの藤堂レナと申します。
これまで貴方の目覚めのお手伝いをしていました。
この魔力に覚えがあるでしょう?」

にこっと聖霊に笑いかけるレナ。
「ご確認なさいます?」と手を差し出す。

まるで聖霊を自分と同等とみなした対応ーーーー!!
大人たちに戦慄(せんりつ)が走った。

『…………』

聖霊の”タメ”が大人たちの心臓に悪すぎる。

『ーー知っている。たいそう美味な魔力であった』

聖霊はあっけなくレナの手を取った。
大人たちがドッと疲れながらも、心から安心する。

「そうでしょうね。私に従属している者にとって、魔力も、血も、熱も、匂いも、最高に甘美な嗜好品になるらしいもの」

レ・ナ・女・王・様ーーーーッッッ!?
ストップ! ストップ! あまりの事態に周囲が息をしていないぞ!
爆音を立て始めた大人たちの心臓音は、寿命が縮まっている証かもしれない。十年くらい。いたわってやってほしい。

『従属……誰が?』

「貴方が」

『誰に?』

「あら。私(ワタクシ)藤堂レナ以外に心当たりがあって? なんてね。ちょっとした言葉遊びだけれど」

『ふふっ』

(レ、レナ女王様アアアーーーーッ!!)

はたして、崇められる経験しかなかったであろう聖霊の反応はーー!

▽聖霊美女は レナを 抱きしめた。

『……ああ、たいそう甘美だ。絆を実感していると明言しよう』

「絆ね。まあ、よろしくてよ。オーーッホッホッホ!」

▽レナ様の 完全勝利!
▽やったね!

聖霊はふわりと浮かび、レナを様々な角度から抱きしめてみて、背中側から首に腕をまわす姿勢で落ち着いた。
楽しげに脚を遊ばせながら、すりすり頬ずりする。

パッと見、レナの守護霊か何かに見える。
ただでさえド派手な赤のドレス一式に、超絶美貌の聖霊やら舞う赤スカートやら装飾のきらめきまでプラスされたレナの、覇女帝感がハンパない。

早くこの姿を、頭を下げたままの面々に見せてやりたいものだ。

聖霊はそのままの体勢で穏やかに話し始める。

『我々の復活を手助けした功績は褒められてしかるべきものだ。
良(よ)い。
其方(そなた)への褒美として、絆を受け入れようではないか。
冷たくなった溶岩の中で過ごした永遠のような年月を思えば、生きた者の体温は狂おしいほど愛おしく、とても離れがたい』

聖霊は、失ってしまった古代の信者たちとの繋がりを、今一番近しい存在のレナに求めているのかもしれない。
ぶっちゃけレナは信者ではないが、この聖霊もシルフィーネなどと同じ「信者の崇め奉る信仰心で存在する」という条件が当てはまるなら、わずかな世界の認識にしがみついている状態だ。
レナを手放したくないだろう。

(魔物使い藤堂レナは、聖霊様に認められているらしい)

つい、みんながそう認識する。

<くぅーーキタキタキターー! この時を心待ちにしていたのですよ。
光魔法[|祝福の鐘(ベネディクション・ベル)]>

清らかな鐘の音が鍾乳洞内に響き渡る。
レナへのアナウンス。

<称号:[聖霊の友達] が追加されました!>

▽おめでとう!

キラのナイスアシストにより、レナパーティはラチェリの時と同じく、「聖霊(・・)に無条件に好かれる」という破格の待遇を手にした。
精霊・聖霊どちらもがホイホイ寄ってくるということ。

『誠に愉快! 我々に友達ができたことなど初めてだ……!』

聖霊美女は世界の福音(ベル)に目を丸くして驚いたあと、嬉しそうに笑い声を上げた。
なんとなく事態を察した大人たちの目が飛び出ている。

『白炎聖霊杯(カンテラ)の片側、姉なる者。真名は”カルメン”。
そう呼ぶことを許そう』

聖霊のどえらい宣言に、レナは堂々と応える。

「よろしくてよ、”カルメン”。仲良くしましょうね。私のことは……友達だものね。レナと呼んで頂戴な」

……セーーーーーーフ!!
伝家の宝刀「レナ様とお呼び」が出る展開は防がれた。やったぜ!!

真名を呼んだり、同等と言い切る発言だったりとだいぶアウトな気がしなくもないが、レナ女王様にしてはだいぶ控えている。
えらい!!!!

恐ろしさのあまり肝が凍結寸前な護衛部隊の内心は以下の通りだ。

(あ、危なかった……! もし、彼女がまた「レナ様とお呼び」などと言って従属を促(うなが)していたら、たとえ俺が肢体飛散の事態になろうとも止めに入るところだった)

ロベルトは苦労人が染み付きすぎである。

(怖ぇーー! すげぇーー! もうこれレナ様が世界を手にしたも同然なんじゃないか……? トンデモ戦力抱えすぎだろ)

(まじすかレナ様。すげーなレナ様。流行りにのっかるくらいの気持ちで囃(はや)し立ててたけど、真剣に女王様信仰を始めてみるべきかもしれない。
……っふふ、面白いなー。
デザートギルティアの件で暗く沈んでた気持ちがちょっとだけ明るくなった)

(聖霊様が友好的な人格で……ほんっっっとうに良かったよぉ。
でも、レナちゃんのことが好きだから優しいだけで、内面は苛烈……いやいやとても情熱的みたいだね。自分が崇められて、意見が受け入れられて当然って認識のようだし。
外野の権力者がアレコレ口出ししたら、間違いなく聖霊様の機嫌を損ねる……。……世界的な天災が起こるかも。
瞳の一族の誇りにかけて、これは絶対にシヴァガン王国政府に報告しないとね。
各国で認識を共有するべき非常事態だわ)

レナと聖霊が仲良くなり、ひとまずことが収まったため、ようやく皆の心音も安定してきた。
背筋の冬将軍の到来を乗り越えて、まるで春がきたような晴れやかな気持ちになっている。ギャップというやつなだけだ。

レナが聖霊の髪を指で弄(もてあそ)ぶ。
そのようなことは初体験なカルメンが、興味深そうにレナの動きを観察した。

「ねぇカルメン。みんな戦闘で疲れていて、頭を下げている姿勢が辛そうなの。
貴方の聖霊のオーラ、軽減して下さらない?」

『ああ、かまわない。久しぶりに現世に現れたものだから、つい、演出に気合いが入ってしまった』

カルメンは軽やかに言い、自分の力の放出を控える。

やっと息苦しさがなくなって、頭を下げていた面々は大きく息を吸い込んだ。
そしてゆっくり顔を上げる。

レナの覇女帝感溢れるビジュアルがきつい!!!!

「オーーーッホッホッホ!」

ルーカが早くも撃沈し、衝動が伝染したレナ女王様が高笑いを響かせた。

この類稀(たぐいまれ)なる光景は、記憶力をフル活動させたリーカによって完璧に宰相に報告され、これまた完璧に大(・)悪魔文書に記録されて、ラナシュ後世にまで永らく語り継がれるのであった。

▽赤の栄光の軌跡が 更新された!

<今夜お宿♡で鑑賞会をしましょう>

キラがレナパーティの脳内で宣言して、ルーカの腹筋にトドメをさした。

より強くなったレナの清らかな後光を浴びて、オズワルドが苦しそうに眉を顰めて、身じろぎする。
みんながハッとしてオズワルドを見ると、髪の毛先が純白に染まり始めていた。

『我々の目覚めにより、影響を与えてしまっているのだろう。
友達の従魔ならば、配慮しよう……しばし眠りに入る』

聖霊はそう言って、瞳を閉じた。
レナにくっついた状態で、たゆたうように眠っている。
金属球の熱もおさまったので、クレハがまたぽにょんと体内に仕舞った。

オズワルドの髪は青みを帯びた黒に戻り、呼吸が安定して、また夢に囚われている証の無表情になる。

レナたちが顔を見合わせた。
誰ともなく、はあ、とため息が出た。

それぞれ疑問が山のように湧き出てきているし、眠り続ける三人の様子も気がかりだ。

(また、友達の称号がー……!
でも、今回はレナパーティの誰も、赤属性の極大魔法を授かっていないよね……? それはどうしてだろう。聖霊の友達って、現代の精霊とはまた価値観が違うのかな。別に強請(ねだ)っているわけじゃないけど、不思議。
あとオズくんとクレハで、白炎の影響が違っているのには理由がある?
金属球……いや、白炎聖霊杯(カンテラ)……うわ、すご……一応私の所有魔道具ってことになってるけど、それについて聖霊様は思うところがあるんだろうか。
一人称が『我々』なんだけどお一人だよねぇ?
あーーーっ聞きづらいことばっかりーー!
それに考えるほどに深みにはまっちゃう、もーーっ!
問題が山盛りすぎるよ!)

頭を抱えたい心境のレナ。
女王様スタイルを解除するタイミングを見失っているので、気弱な様子は見せないが、落ち着かなさそうに、ピチュ! ピチュ! と手袋をはめた手でハマルの頬をささやかにビンタし始める。

「レナ様、何してはるんや!?」

「メンタル鼓舞よ。頑張ってね、ハマル」

「鼓舞」

「魔力を使わないで応援の気持ちを送っているの。物理的に」

ーーいろいろな嗜好の世界があるのだろう、とレーヴェは新たな疑問にそっと蓋をした。

ロベルトがリーカに視線を送る。

(聖霊様の情報を覗けるか? リーカ)

(それを気付かれたらさすがに私、死ぬんじゃないでしょうか。今のところ視ていません。でも嫌な予感がします……)

(そうか。……それなら無理はするな。自分の経験を信じて、命を最優先にしろ。
いいな。隊長命令だ)

(……うっ、ロベルト隊長の部下で良かったです〜!)

リーカが目元をハンカチで押さえる。
そのハンカチもロベルトのものなので、さすがの[万能上司]だ。

ルーカの目ならば聖霊の情報も覗けるだろうが、今はレナの気持ちが「聖霊よりもハマルとオズワルドの安全」に向いているため、ルーカもそちらに集中している。
ハマルが戦っている様子を魔眼を通して眺めた。

レナにつつかれたハマルはうっとりと頬を桃色に染めている。
|夢の世界(ドリームワールド)でよりヤル気を出していて、極大魔法やら日本の物理戦力やらをぶちかまし、大奮闘していた。

(あ。新幹線がオズワルドの夢の殻に突っ込んだ)

アクション映画さながらのド派手な爆煙が上がっている。
オズワルドの苦悶の唸り声が大きくなる。

(もしこの類の[夢吐き]がラナシュの現実世界で放たれたら……うわぁお)

ハマルの底力をイメージしたルーカは、ひんやりと背筋を冷たくした。

(ほんと、頼もしいね。従魔の先輩たちって)

ハマルの髪を撫でた。

ーーやがて、ハマルがまぶたを持ち上げる。

「……おはようございます〜」

んんっ、とあくびをかみ殺しながら挨拶して、ハマルが上体を起こした。

『『「「ハーくん!」」』』

従魔仲間がわらわらと集まった。

むぎゅ、と乗っかられたオズワルドも、目を開ける!

「……〜〜ッなに、みんな、乗ってんの……!?」

『『オーズー!』』

クーイズが絡みつき、くねくねと身体をよじる。おいおい泣いているらしい。
リリーとシュシュ、ルーカは涙目の笑顔だ。
オズワルドが照れくさそうに耳をピクピクさせる。

「……そうだ、ハマル。お前、ほんっとに、手加減しなさすぎ……んぐっ!」

レナが抱きついた!
従魔のためならレナ女王様は膝を折る。
感極まっているため、レナの腕は震えていた。

「おかえり」

むぎゅっと小さな従魔たちが腕の中に収まり、主人の声に愛情をしっかりと感じたオズワルドとハマルは、本能的に安心して、心が落ち着いていくのを感じた。

「……ただいま。主さん」

「ただいまぁ、レナ様〜。ボク、できる限りで頑張りましたー」

オズワルドは小さな声で言って頭を預け、ハマルはぐりぐりとレナの肩をおでこで押して妙な行動をしている。
レナの背中に回したハマルの小さな手には、力がこもっていた。

「おいハマル。あの大爆発、一体どんな魔術を使ったんだよ……!?」

「えー。すごーい発想の[夢吐き]をしただけだってばー。レナ様の夢だったんだから個性的なのはあたりまえでしょー? まず、ボクにありがとうはー?」

「……あ。助けてくれてありがとう」

「どういたしましてー。仲間を全力で助けるのは当然だよねぇ」

ハマルはそう言うと、自分からレナの腕を抜け出したので、オズワルドは驚いて、続けるはずだった言葉を飲み込んだ。
その纏わり付いてる美女はなんなんだとか、諸々言いたいことはあるのだけど。

レナがハマルを見る。
ハマルはぎゅっと口をへの字に曲げていて、不機嫌そうな顔だ。

「……ハマル。キサ姫とレグルスについての状況を聞いてもいいか?」

ロベルトが慎重に言葉をかける。
するとハマルの目の藍色が、深みを増した。

「うん」

ハマルは正座して、膝立ちのレナを見上げる。
それから流れるように土下座した。

「レナ様ぁ。……ごめんなさいー……今のボクの実力じゃ、従魔じゃない二人は助けられなかったよ……」

「!」

レナはハマルの頬に手を添えて、頭を上げさせる。

「……続けて。ハマル」

「はぁい」

また正座姿勢になったハマルは、青い顔をしている護衛部隊と、ひんやりしているキサ姫を涙目で抱くしかないレーヴェを眺める。
それから真剣な表情をレナに向けた。

「あのねー、他人の夢の世界はねー。卵みたいな魂の器があってー、その内部に夢が展開されている。ボクは夢喰いヒツジだからー、他人の夢に入り込むこともできるんだー。近場なら、だけどー。
三人の魂は今、あの死霊術師(ネクロマンサー)の頑丈な檻に囚われていて、ボクは何度もヒツジ姿で夢に頭突きしたり、[夢吐き]で檻を攻撃したのー。
そうしたら、レナ様の[闇焼き]の後光が届いていたオズの檻はなんとか壊せたんだー。
中に入り込んで、オズの目を覚まさせた。
でも、キサ姫とレグルスさんはー、救えなかった……。
未熟で……ごめんなさい」

ハマルの声に悔しさが滲む。

「ボクね……悪い夢魔なんかに知り合いをいいようにされて、腸(ハラワタ)が煮えくりかえるくらいに悔しいの」

涙で潤んだハマルの瞳が、とても強い光を宿している。
レナは気持ちを読み取った。
躊躇いながらも、しかし頭に浮かんだ可能性を言葉にする。

「従魔じゃないから、助けられなかったのね……?」

「うん」

「従魔だったら、私の後光が届く?」

「……うん。そうだと思うー」

ハマルが、レナの背後のカルメンを見る。

「このおねーさんのせいかなー。あのねー、眠りながら夢の世界でアナウンスを聞いたんだよー。聖霊を従えたのー?」

「あら。お友達よ?」

「そっかー。その聖霊が現れた時からねー、レナ様の赤い光が従魔の魂をとっても強くあったかく照らしてくれてるのー。
女王様としてまた覇道を極められたのですねー」

ハマルの話を聞いている限り、キサ姫とレグルスを助けられるかもしれない。
このまま放置していれば、魂と身体が分離して死んでしまう。

(魔物使いの[仮契約])

レナの心臓が、ドクン、と大きく鳴った。

▽レナは 新たな決断を 求められている。

 

 

 

 

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